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私は転生した

転生完了

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――うるさい。

――うるさい。

――うるさいっつってんだろ!

 耳元で大勢が騒ぐものだから、野木敬義のぎけいぎは眠気を振り切って無理矢理起き上がり、元凶を確かめるために目を開けた。眼前には数人の男女がいた。敬義の体が固まった。

――だぁれ!?

 てっきりバカ騒ぎする友人の誰かだと当たりをつけていたのに、一人として知り合いがいない。というより、日本人ですらなさそうだ。身に着けているものも鎧やら和服に似て非なるものやらいろいろ、何より話している言葉が一切理解出来ない。

阿心アーシン、どこか痛いところはないか? 皆で歩いていたのに急に倒れたから心配したぞ』
フー将軍、水を飲まれた方がよいかと存じます』
『おい、胡威風が目覚めたことを知らせるのだ!』

――なになに、全く分からないんだけど! 何語! 服的には中華っぽいけど、第二外国語でも中国語専攻してないから全然自信無い!

胡威風フー・ウェイフォン? 胡威風! 本当に大丈夫か?』

 腰に剣を差した体躯の良い男に体を揺すられ、どうにか自分が「胡威風」と呼ばれていることだけ理解した。

 ただ、名前以外は聞き取れないので状況は変わらない。とりあえず自分は「胡威風」ではないことを知らせたい。ついでに家に帰してほしい。飛行機代も出してほしい。

――中国の人って今でもこういう服着ることあるんだなぁ。式典の最中とかか。いや、待てよ。

 なんとなく呼ばれた名前に聞き覚えがあった。

 胡威風。中国。たしか、一週間前に購入した小説でそんな名前の男が登場していた。敬義は頭を振った。

――いやいや、んなアホな。転生とか、俺死んでないし。転生なんてお話の中だけだし。……死んでないよね?

 目覚める前のことを必死に思い出そうと試みる。一人暮らしの部屋にいて、そう、件の小説を読もうと棚から出して、そして。

――落としたんだ。しかも俺の頭に。

 自分の背より高い位置にあったので、手を伸ばして取ったことを覚えている。落として、頭に当てたことも。それでも、文庫本をぶつけた程度で人というものは死ぬだろうか。

――えーと頭にぶつかって、びっくりして……ああ! 転んだんだ! きっとその時打ち所が悪くて……ってアホ! 俺のアホアホ!

 本当に死亡した可能性が浮上し、顔が青ざめ冷や汗がたらりと滑り落ちる。その様子を見ていた周りがまたもや騒ぎ出した。

『まだ具合が悪いのか!』
『一言も話せない程とは重症だ』
『廊下では休まるものも休まらん。自室で静養した方がいいだろう』

 弁解の余地なく、すぐ前にある部屋に連れていかれ、寝台へと寝かされた。これなら言葉が話せなくとも済むので、ある意味有難い。日本人お得意の曖昧な笑顔を携えてみれば、最初に話しかけてきた男に額を触られた。

『熱があるようだ。ゆっくり休むといい』

 心配そうな表情を浮かべるので、なんとなく頷いておく。このまま眠っていいだろうか。そっと目を閉じ、今の状況を整理した。

――考えたくないけど、多分俺は死んで、頭にぶつかった小説の中に転生した。小説は「大下克上記」って名前で中国みたいな国が舞台だけど空想の中国だから完全異世界で、魔族も存在していて設定がむちゃくちゃで……現在の俺はそんな世界に生きる胡威風で将軍で……胡威風なのはヤバイな!?

 胡威風といえば、将軍の地位にいる秀でた軍人で、役職名は法術師。異世界で言う魔法使いみたいなものであり他にも何人かいるが、胡威風は特に優秀で、戦いでも大いに活躍する。のはいいとして、実は良いのは顔面偏差値と技術だけで、性格に関してはすこぶる悪かった。とにかく悪かった。

 求められれば上司や同僚の恋人と関係を持ち、部下を虐め、最上位の地位である大将軍になるべく、上司を陥れることに命を懸けていた。懸けていた末、実際に命を落とすのだが。しかも戦闘ではなく、悪事を散々ばらされ国から追放され、仲間に殺された。実に悪役らしい。

――こいつ、結局誰に殺されたんだ?

 例の小説は最後まで読んでいなかった。ちょうど胡威風を殺した裏切り者が判明するところだったのだ。当然話の結末も知らない。分かるのは、胡威風の性格が登場人物の中でも殊更悪く、仲間に殺されるということだった。敬義は頭を抱えて転げ回りたくなった。

 一刻も早く、今がいつのなのか知らなければならない。まさか殺される当日ではないだろうが、それは明日かもしれない。その為には、言語が通じないと話にならない。この国の言語は王華語だったと記憶している。

――王華語が話せるようになりますように。王華語が話せるようになりますように。王華語が話せるようになりますように。

 きっちり三回、流れていない心の流れ星にお願いする。すると、閉じて真っ暗な瞳の奥が光り輝いた。黒の中に、白地の文字が浮かび上がる。

[胡威風、迅国じんこく東将軍とうしょうぐん、言語―王華おうか語―を取得]

――んん~~~!?

 驚きで目を開ける。いつの間に去っていたのか、部屋には胡威風を「阿心」と呼ぶ男のみが寝台脇に腰かけていた。

「もう眠らなくていいのか?」
「え……あ、うん。問題ない」

 敬義改め胡威風は混乱していた。突然王華語が聞き取れるようになった。そしておそらく、話すことも出来ている。先ほどの文字が原因だろう。心の流れ星にお願いしたからかもしれない。なんにせよ助かった。命が助かったに等しい。それならばいっそ。

――現実世界に帰れますように。現実世界に帰れますように。現実世界に帰れますように!

 何も起こらない。

――なんっっでだよ! 帰せよ! いや、もし死んでたら帰りたくないけども! けども!
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