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その奴隷危険につき②
しおりを挟む初めてのお客は元軍人だという貴族の青年だった。高貴な家柄の彼は護衛を数名引き連れていた。
「高名な時渡りの魔女殿にお会い出来るとは光栄です」丁寧に挨拶する青年。
「時渡りの魔女とは一体なんのことだ?」
疑問を口にしたギイトをまるっと無視し、魔女は目の前の椅子に座る彼の欠損部である左膝を強引に持ち上げた。
「うわっ」
「トーヤ様に何をするのだ!!」
案の定体勢を崩し椅子から落ちそうな青年を護衛が支え、鋭くサクヤを睨んだ。
後ろでは数名が剣の柄を掴みいつでも抜刀出来るよう構えた。
射殺すような視線を浴びても抜刀寸前でも怯まないサクヤは、ねっとりした視線で青年トーヤの欠損部を観察した。
「ぐふふ、傷口が膿んでますね。綺麗な断面じゃなくて残念です」
俺、意外の欠損を舐めるのか?
固唾を飲んでギイトが見守る中、サクヤは鼻歌まじりで、机上に並べた器具から先に白い布を巻いた棒を手に取った。あろうことかそれを欠損部位にグリングリンと押し付けたのだ。そう執拗に。念入り。
「ひいぃー!やめとくれっ!!」
容赦のない痛みにトーヤが情けない悲鳴を上げた。
「魔女め錯乱したのか!」
止めようと護衛がサクヤに斬りかかる。
「生体装具を作りますから……げふふ。逃げたらだめっ!ですよ」ニチャアと薄気味悪く笑う魔女。恐怖に青年と護衛の顔がひきつる。
ギイトはサクヤを護るため護衛を蹴り倒しながら、大声でサクヤに呼び掛けた。
「サクヤ…俺の時のように舐めないのか?」
「心外ですよ。
私を誰の欠損でも舐める尻軽のように言わないで下さい……ギイトのだから舐めたいんです」
「そうか……俺のだから」
ギイトに沸き上がったのは、舐めなくても生体装具を作れたのかと憤る気持ちと、不思議な優越感、仄かな喜び。
「何をごちゃごちゃ言っているのだ。トーヤ様を今すぐ離せ!」
相変わらず哀れな青年トーヤの欠損部をグリグリしているサクヤに護衛が怒鳴った。
「サクヤ離してやれ。
冷静になって今の自分の顔を鏡で見てみろ。好青年を襲う気持ち悪い痴女にしか見えんぞ。それは装具作成に必要な工程なんだな?
客人にどんな作業を行うのかわかりやすく説明してやれ…護衛が勘違いしてる」
「ぐふ、ぐふ、気持ち悪い痴女なんて照れますね」
体をくねくねしだした魔女は、トーヤの欠損部から綿棒を離した。ひー、ひー、言いながらトーヤ青年は椅子から転げ落ちた。護衛が彼を背にかばう。
くねつくサクヤに代わり、ギイトが剣を握る彼らに謝罪した。
ギイトに促されサクヤが生体装具作成に必要な過程を説明した。
サクヤの説明はしどろもどろ前後に飛んだり、雑話が多く的を得ない。たびたびギイトが要約し補足した。
つまるところ先ほどの綿棒で、トーヤ青年の細胞を採取した。細胞を培養して増殖させ生体装具作成に使うとのことだった。
その日の夜……。
何時ものようにギイトの欠損を舐めて良いか聞く魔女にギイトは詰問した。
「……魔女、俺を騙したな?欠損を舐めなくても生体義装具は作れるんじゃないか」
「ぐっ、だ、騙してなどいませんよ。舐めた方がより正確な生体義装具を造れるんですよ……趣味と実益を兼ね備えた素晴らしい方法です!」
「く、くっ。やっぱり趣味か…」
前髪をくしゃりと掴むとギイトは顔を歪めて笑った。魔女の館に来てから初めてみせたぎこちない笑みだった。
「ぐふふ、ギイトの笑顔貴重ですね。額に入れて飾り付けしたいです」
つられるようにサクヤも笑った。もちろん気持ち悪い笑みで。
この日から、ギイトは剣術大会に出場する傍ら
生体義装具作成においてサクヤの助手的な役割をこなすようになる。
ギイトは気持ち悪く笑い話下手なサクヤに代わり、接客こなし客にわかりやすく説明をした。
客も実際義装具を使用するギイトに質問をし、ギイトは丁寧にこれに答えた。生体義装具の使用者も困ったことはギイトに相談した。
時渡りの魔女のことをギイトが訊ねても「そのままの意味です」と、サクヤは頑なに詳しく教えてはくれなかった。
気になったギイトが図書館で古い文献を調べても解らなかった。
徐々に生体義装具の使用者も増えた。
その便利さ性能の良さに定評が増えれば増えるほど、軍関係者からは是非とも戦闘用生体義装具を使用したいと声があがる。
拒否していたサクヤだったが、帝国将軍閣下からの脅しに近い命令書を受けて渋々了解した。
「ぐふふ、どうなっても責任はとりませんからね」
高圧的な帝国軍兵士たちを前にサクヤは命の保証は出来ないことを説明し同意書にサインをさせた。
神経回路に激痛が走り、次々にあがる悲鳴。意志が弱い者から戦闘用生体義装具に飲み込まれた。泡を吹いて床をのたうちまわる哀れな帝国兵士。
「ひ、ひいいぃー」
監視役の上官は顔面蒼白で震え腰を抜かした。
「だから忠告したんですよ。生半可な覚悟で扱える品物ではないんです」
上官を見下ろすサクヤからあの気持ち悪い笑みは消えていた。冷たい瞳が真っ直ぐ彼らを射抜く。
「あ、がががっ」
少しでもサクヤから距離を取ろうといざって逃げる上官に呆れたようにギイトが声をかけた。
「おい、あんたの部下を助けなくていいのか?」
ギイトの声を皮切りに上官は脱兎のごとく逃げ出した。その場に残された兵士の戦闘用義装具にサクヤが薬品をかける。じゅっと音がして義装具は溶けた。息も絶え絶えの兵士たちにギイトは仕方なく医者を呼んだ。
懲りた帝国から戦闘用生体義装具を使いたいとの声は消失した。
ところが……諦めきれない帝国は、唯一の戦闘用生体義装具使用者のギイトを軍に献上しろと言い出したのだ。
奴隷から貴族の身分と隊長の位を与え、尚且つ高給金という厚待遇。
「ギイトはどうしたいですか?軍に行きたいですか?」
奴隷のギイトの所有権は魔女にある。それなのにサクヤはギイトに尋ねた。
「俺は魔女の奴隷だ。自由などない」
「確かにギイトは私の奴隷ですが……貴方の意志は自由です。主人の私にも縛れない」
「……俺か軍に行ってもいいのか?」
ぎりりと奥歯を噛み締めた。
「ぐふ、私は良い主人ですから、ギイトが望むなら叶えますよ」
俺の意志を尊重すると言い、簡単に手放そうとするのか?
奴隷の幸福を願う。酔狂な。
奴隷の主人としてはこの上なく神のような存在だろう。
だが……
なぜか、負けたように悔しい。
「ふざけるな」
「…ギイト?」
「軍も戦争もうんざりだ。
俺が望むならだと?
物分かりの良い理解ある主人のふりなんてするな!俺意外の欠損を舐めないくせに、俺を手放そうとするな。もっと俺を欲しがれよ」
ギイトは怒鳴った。
噛みつくように、苛立ちをぶつけるように。殺気すら視線に絡めて、真っ直ぐにサクヤを見据えた。
「……ぐっ。
………ひぃぃっ。
それって……」
潰れた蛙のような変な声を出した魔女は縫い止められたように動けない。
「………ほ、欲しがったら、奴隷じゃないギイトをわ、私にくれるという……ことですか?」
くねつくことを忘れた魔女はスカートの前をくしゃりと掴むと下を向く。
顔は前髪で見えないが尖った耳の先はほんのり赤かった。
「…魔女が望むならな」
ギイトにそんなつもりはなかったのだが……気がつけば……下を向く魔女をそっと包むようにギイトは抱き寄せていた。
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