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かけがえのない③ 旦那さま視点
しおりを挟む白猫堂の店の奥、毛布にくるまり震えうずくまるシリウスがいた。
泣き張らした青い瞳が痛々しく腫れていた。まだ幼毛の獣耳が悲しそうに垂れ下がっていた。
「……シリウス、頑張りましたね。遅くなってすいません。お迎えにきましたよ。とても偉かったですね」下がった獣耳に労りをこめて触れると、びくりと体を震わせたシリウスはゆっくりと上を向いた。
「おとぅしゃん?」
「怪我はありませんか?無事で良かったです」
「ぼく……ぼくっ。怖い人が……。
あれ?マァマは?どこ?………また、居ないの。
うわああ!怖いよ~。マァマっ!!マァマーっ!!」
「落ち着ついて下さい。ヴィーはお家に居ます。シリウスの帰りを待って居ます」
混乱し号泣するシリウスを引き渡せ抱き締めた。
「イヤだよー!ぼくお家に帰るのーっ!!マァマーっ!!助けて~!!」
錯乱したシリウスは泣きながら手足を突っぱねもがいた。狂ったように泣き叫ぶ。どうやら私が誘拐犯に見えているようです。余程怖い思いをしたのでしょう。
この世の終わりみたいに泣き叫び、母を求める我が子が不憫でなりません。
錯乱したシリウスが泣き止まない。
顔を腹を蹴られ、困り果てていると白猫堂の扉が壊れそうなほど勢いよく開いた。
「シリウスーっ!!ここですかー!」
店に入ってきたのは息を切らしたヴィヴィアンだった。その後ろから護衛のスージーの姿も見えた。
ヴィヴィアンは暴れるシリウスをもう離さないとばかりにひしっと固く抱き寄せた。
錯乱していたシリウスが見知った温もりに動きを止めた。
「マァマ?」
「はい!ママですよ。迎えに来ましたよ。シリウスが無事で嬉しいです」
「ーーっ、ぼく、ぼくっ。怖かったよぅーっ!うわあああっ」
「うん、うん……本当に怖かったね?偉かったですね。もう、思いっきり泣いて大丈夫ですよ」
ヴィヴィアンは微笑むとシリウスの頬にキスをした。隙間なくお互いの頬をくっつけると擦り合わせた。泣くシリウスの涙と鼻水がヴィヴィアンの頬を洋服を濡らす。
「もう怖い人はいません!パパが追い払いましたからね!安心して下さい」
ヴィヴィアンは厭うことなく泣き叫ぶ我が子を抱き締め、背中を優しく擦り話しかけ続けた。
シリウスが落ち着くまで寄り添う。
やがて泣き疲れたシリウスが安心してヴィヴィアンの胸に顔を埋めた。そして、暫くして穏やかな寝息をたて始めた。
気を利かせた女将キリコがシリウスに毛布をかけてくれた。御礼を言うヴィヴィアンに小声で話しかける。
「ヴィー。どうしてここに来たのですか?」
「……どうしてもシリウスが心配で閉門許可書を届ける役目を無理にお願いしました。
あっ!ちゃんと途中でイザークさんに会って閉門許可書はお渡ししましたよ。
イザークさんに氷詰めの馬車が第二門に向かったと聞いたのでシリウスと旦那さまを迎えに来ちゃいました」
後ろめたいのか早口で捲し立てるヴィヴィアン。
「困りましたね……ヴィー。
シリウスが心配な気持ちは解りますが軽率です。
ジャスティン王子に襲われかけたのに、また自分から危険に飛び込こんでくるなんて。
仮に戦闘中だったらどうするつもりだったのですか?」無鉄砲な彼女が心配で口調が鋭くなる。
「おい!シオン隊長、そんな言い方ないだろう」
スージーが俯いたヴィヴィアンを庇うように言った。
「スージーさん良いんです。
悪いのは私ですから、でも旦那さま!」
ヴィヴィアンは眉毛を上げキッと私を見据えた。
「やっぱり……私は、大切な家族が危険に晒されているのに一人安全な場所でやきもきしながら待っているのは嫌です!迎えに行くし旦那さまとシリウスをを護るため必要なら戦闘だってします!」
「せ、戦闘?貴女がですか?」
剣を振り回すヴィヴィアンなんて想像出来ませんが?
「はい!
剣は扱えないので闇魔法で後方支援を頑張ります。もしもの時は改良した黒丸くん特大を召喚しますから心配しないで下さい」
「……黒丸くん……特大ですか?」
嫌な予感しかしません。
「ジャスティン王子に使わなかったのは細かな魔力の調整が出来ないからなんです。
黒丸くん特大は、見渡す限りの広範囲を濃縮した暗黒空間で押し潰し、建物、敵味方関係なく壊滅させます。土壌を黒く汚染し暫くは草一本も生えない不毛の土地にしちゃうので……」
「っ!!!絶対に使わないで下さい」
得意気に語るヴィヴィアンを止めた。敵を倒せても土地を汚染するのは頂けません。
「ええ~っ!駄目ですか~」
「駄目に決まってます」
この国を壊滅させるつもりなのでしょうか?明確に拒否すると潤んだ瞳で見つめられました。
上目遣いも……くっ、可愛い。
妻が今日も安定の可愛さです。
騎士団長で英雄の私を護りたいなんて初めて言われましたよ。耳と尾の毛が逆立ち腹の底から歓喜が沸き起こる。
伸ばしかけた手を理性で押し止め、眉間の間を叩き冷静さを取り戻しました。
「旦那さま?」
「こほん……貴女の気持ちは大変嬉しいです。ヴィーとシリウスを護りたい気持ちは、私も同じだからです」
「それじゃっ」
期待に頬を染めるヴィヴィアン。
「それでも、戦場に参加させることは出来ません…戦場は負の感情に支配されています。
今回、魔に呑まれたのはミリヤ妃でしたが、本来魔と親和性が高いのは闇属性の貴女です。貴女が魔の傀儡となったら厄介です。闇は魔はお互いの力を増幅する作用を持っています。黒丸くんを使役し大陸を壊滅しかねません。考えただけで恐ろしいですよ」
「ひぇぇー、魔に呑まれるのは」
ヴィヴィアンは、ミリヤ妃の変貌を思い出したようで青い顔をした。
今のヴィヴィアンの明るく前向きな性格上、魔に呑まれる可能性は低いですが、僅かな危険でも回避すべきでしょう。
よく、風花に人格が変わる前の彼女は魔に呑まれなかったものです。自尊心の高さが魔の侵入を拒んだのでしょうか?
そうか……もしかして、ふっと思い当たった可能性に身震いした。前の彼女は自分に忍び寄る魔の気配に気づいた。
だから、その前に魔に染まらない風花と入れ替わったのではないでしょうか?
行き場を無くした魔は次のターゲットを探し、適材だったのは自分勝手な思考回路のミリヤ妃だった。
そう考えると唐突に風花に変わったことに納得できます。いけすかない女でしたが彼女に感謝しないといけませんね。
風花と出会わせてくれたのですから。どちらにしても、かけがえのない今の家族との生活を、風花を手放すつもりはないです。
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