死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第27話 碧眼の旅人

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 ピクニックから数日。海風が心地よいある日の午後、エルセリアはギルベルトを連れて街の外れにある薬草園へと向かっていた。この季節、強い日差しが照りつける海岸沿いの道は、慣れない旅人には少々酷な環境になる。

「お嬢様。日傘の角度が少々ずれています。俺がこのまま、エルセの周囲に日陰を作り続けましょう」
「ありがとう、ギル。でも、あなたこそ暑くない? その黒い服……」
「俺の体温は、エルセの視線さえあれば氷点下にも沸点にも自在に調整可能です」

 そんな相変わらずの会話をしていた時だった。道の端、大きな岩の陰に、一人の男性が倒れているのを見つけたのだ。

「大変! どなたか倒れていますわ!」

 エルセリアが駆け寄ると、そこには砂埃に汚れながらも、仕立ての良い旅装に身を包んだ青年が横たわっていた。ギルベルトが瞬時に彼女の前に割り込み、指先にナイフを忍ばせながら、倒れた男の頸動脈に触れる。

「……生きています。単なる不注意による、太陽への敗北でしょう。放置して進みましょう、エルセ」
「いけません! 熱中症だわ。ギル、鞄から水と、補水液を出して!」

 エルセリアが青年の頭を膝に乗せ、手際よく首筋を冷やし、薬を飲ませる。



 数分後。青年は「ん……」と声を漏らし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

「——……あぁ。ここは、天国ですか? 目の前に、女神様が見える」

 現れたのは、吸い込まれるような碧い瞳。そして、汚れを拭えば王宮の彫刻も逃げ出すような、超絶的な美形だった。

 彼はエルセリアの顔を見るなり、ふわりと優雅に、どこか浮世離れした微笑みを浮かべた。

「助けていただいたのですね。……あぁ、なんて清らかな手だ。この恩は、一生忘れません」

 彼が彼女の手を取ろうとした瞬間。

「……その指がエルセに触れる瞬間、お前の目を抉り出して海に沈めるが構わないですか?」

 ギルベルトの全身からどす黒い殺気が溢れ出す。普通の人なら腰を抜かすか、泡を吹いて倒れるレベルの威圧だ。

 だが、その旅人の青年は、怯えるどころか「おや」と愉快そうに目を細めた。

「おやおや、物騒な番犬君だ。けれど、その瞳に宿る歪んだ愛。嫌いじゃないですよ。……君、それほどの力を持ちながら、一人の女性に首輪を繋がれているのか。贅沢な趣味だ」
「……何だと?」

 ギルベルトの眉が跳ね上がる。この男、ギルベルトの本性を見抜いた上で、余裕を崩していない。

「僕は放浪の詩人、あるいは真実を探す者……とでも名乗っておきましょうか。名はカイン。……あなたはエルセ様、と仰るのですか? 街であなたの噂を聞き、一目お会いしたいと思っていたのです」

 カインと名乗った青年は、ギルベルトの殺気を柳のように受け流し、立ち上がると優雅に一礼した。

「命の恩人であるあなたに、最高の『物語』を差し上げたい。……番犬君、そんなに睨まないでくれ。僕はただ、彼女という美しい光に惹かれただけの、一匹の蛾に過ぎないのだから」
「エルセに近づく蛾は、鱗粉ごと焼き尽くすのが俺の仕事です」
「ははは! 素晴らしい忠誠だ。しかしエルセ様。あなたの運命は、この平穏な街だけでは収まらないようだ。……近いうちに、またお会いしましょう」

 カインはそう言い残すと、足取りも軽く街の方へと去っていった。

「……ギル。あの方、ただの旅人ではなさそうね」
「ええ、エルセ。……俺、あいつが嫌いです。生理的に、魂のレベルで、殺すべき対象として認識しました。今から追いかけて、背後から……」
「いけませんわよ。……でも、確かに不思議な方だったわね」
 
 ギルベルトは、かつてない強敵(?)の出現に、自分の胸元のブローチ(エルセリアから貰ったハンカチを畳んで丁寧に閉まっている)を強く握りしめた。

 碧眼の美青年、カイン。彼の登場により、セレンの穏やかな日々に新たな騒乱の予感が漂い始めていた。

(……エルセは、誰にも渡さない。たとえ神が相手でも、俺は彼女をこの腕の中に隠し通してみせる……!)

 ギルベルトの執着が、新たなステージへと突入した瞬間だった。
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