死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第39話 枯死の村

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 クレイウス王都へ向かう街道沿い。馬車が通りかかる景色は、次第に目を覆いたくなるような惨状へと変わっていった。かつてはオアシスを中心に栄えたであろう村々は、今やひび割れた大地に埋もれ、枯れた街路樹が死者の指先のように天を仰いでいる。

「……酷いです。これでは、草一本も……」

 エルセリアは馬車の窓から、力なく座り込む村人たちの姿を見つめていた。子供たちは唇を乾かせ、家畜は骨が浮き出るほど痩せ細っている。エドワードの表情も、かつてないほど沈痛なものだった。

「これでも、まだマシな方なのだ、エルセリア。国境から遠ざかるほど、大河の恵みは途絶え、大地はただの熱い砂の塊へと成り果てている……」

 馬車が村の中央広場で足を止めた。井戸の周りには一滴の水を求めて人々が集まっているが、滑車が引き上げるバケツは、虚しく乾いた音を立てるだけだ。

「エルセ、外へ出るのは危険です。絶望した民衆は、時に理性を失った獣となります」

 ギルベルトが鋭い視線で周囲を警戒し、エルセリアの前に立ち塞がる。だが、彼女は彼を制して馬車を降りた。

 砂埃の匂い。死の予感。彼女の足元に、一人の少女が倒れ込んできた。その手には、完全に枯れ果てた小さな薬草の苗が握られている。

「……おねがい。これ……おかあさんの、くすり……」

 微かな声。少女は、自分の喉の渇きよりも先に、母親のための薬草を救おうとしていた。その健気で絶望的な願いが、彼女の胸を激しく締め付けた。

「——っ、そんな……」

 エルセリアは少女を抱き上げ、その乾いた小さな手に自分の手を重ねた。
 そしてただ、祈る。前世から王都の結界を護るために魔力を使い続けていた彼女は、その力がなんとか少女たちを救えないかと強く考える。

(助けたい。この子を。この大地を。……芽吹いて。お願い!)

 その瞬間。エルセリアの体の奥深く、魂の根源から何かが溢れ出した。それは、これまで感じたことのないほど温かくて、奔流のような生のエネルギーだった。

「——!? エルセ、その力……!」

 ギルベルトの驚愕の声が聞こえる。エルセリアの体から、淡い真珠色の光が溢れ出し、砂漠の熱気を塗り替えていく。光は彼女の手から、少女が持っていた枯れた苗へと流れ込んだ。

 奇跡は、そこから始まった。

 茶色く変色していた苗が、みるみるうちに鮮やかな緑を取り戻し、一瞬で小さな花を咲かせたのだ。それだけではない。彼女の足元から、波紋のように緑が広がっていく。ひび割れた大地から瑞々しい若草が突き出し、村の中央にある死んでいたはずの巨木が、ごう、と音を立てて新緑の葉を繁らせた。

「……あ、あぁ……。水だ! 水が出たぞ!!」

 誰かの叫び声に顔を上げると、空っぽだった井戸から、清らかな水が噴水のように溢れ出していた。地下に眠っていたわずかな水脈がエルセリアの魔力に呼び寄せられ、増幅され、大地を突き破って戻ってきたのだ。

「……嘘だろ。聖女の力ってのは、こんな……地形を変えるほどのものなのか?」

 カインが呆然と呟き、エドワードは膝を突いて、溢れ出した水に手を浸した。

「……再生の魔力。……これこそが、失われた古の『大地の巫女』の力……」

 光が収まったとき、村は文字通り蘇っていた。人々は泣きながら水を浴び、エルセリアを神か何かのように仰ぎ見て、ひれ伏している。

 けれど、当の彼女は、自分の内側から引き出されたあまりに巨大な力の余韻に、立ちくらみを起こした。

「……あっ……」

 崩れ落ちそうになるエルセリアの体を、誰よりも早く、ギルベルトが抱きとめる。彼の顔は、かつてないほど青ざめていた。

「エルセ。……なんということを。これほどの力を、こんな……こんな場所で……!」

 ギルベルトの手が、小刻みに震えている。彼は気づいてしまったのだ。エルセリアが今見せた奇跡が、どれほど価値があり、そしてどれほど危険であるかを。

 この力を見た者は、誰もが彼女を欲しがるだろう。国を救うため、富を得るため、あるいは神として崇めるために。

「エルセ、今の力は忘れてください。いいですね、二度と使ってはいけません」

 ギルベルトはエルセリアを隠すように強く抱き寄せ、エドワード王子や村人たちを、射殺さんばかりの鋭い目で睨みつけた。

「……暴君。今の光景を見た者の、全員の記憶を消すか、消せないなら……」
「わかっている、ギルベルト! 私もこれほどとは思わなかった……。……エルセリア、君は……」

 エドワードの瞳に宿ったのは、もはや単なる恋慕ではない。それは、畏怖を孕んだ敬意だった。

 村人たちの歓喜の渦の中で、エルセリアと、彼女を離そうとしないギルベルトだけが、異質な静寂の中にいた。
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