お人好しアンデッドと フローラの旅は道連れ世は情け。 骨まで愛してる。

あべ鈴峰

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待てば海路の日和あり

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ジャックは割れた仮面を見ながら、 その場に佇んでいた。

1時間が経った。 
ひと月近く離ればなれになっていたんだ、積もる話もあるだろう。

2時間が経った。
メイドが、お茶のおかわりを運んでいく。後片付けをしていた私兵達もいなくなった。

3時間が経った。
太陽の影が足元まで近づいている。 待つ必要があるのか?
姉が見つかったんだ。俺の役目はここまでだ。そういう約束だったし……。フローラが俺にかける言葉だって、感謝だけ。他には何もない。 そう思っているのに何故、帰らない。 ジャックは、奥歯を噛み締める。もう一度だけ、もう一度だけ、顔が見たい。 そう、もう一度だけ……。
(本当に?)
自分の中から声がする。ずっとそばに置きたいんだろう?ジャックと呼んでほしいんだろう?毎朝、コーヒーを手渡して欲しいんだろう?

4時間がたった。
隣にいることが、当たり前になってしまった。それなのに離れられるのか? 胸に積もる恋心が、寂しさに色を変えて 骨を軋ませる。
ジャックには、もう一つ不安があった。こんな思いをしているのは、俺だけかも……。俺は所詮アンデッド。 
最後の最後で、捨てられるかしれない。もし、そんな言葉をフローラの口から聞かされたら、生きてはいけない。


そう考えると、待つことが、とてつも恐ろしくなって逃げてしまった。
今は、そのことを後悔している。
「ああー俺は、なにやったるんだ!」 
ザックたちの話が真実なら、フローラもその気があるはずなんだ。それにあの爺さんの話もある。告白だってできたのに!
しかし、だからといって、今更 フローラの姉のところへは戻れない。
タイミングを逃した。

だけど、一人で村に帰りたくない。
 フローラと1月も 寝起きを共にしておいて、一人で家に帰ってどうする。みんなに何というつもりだ 。
(やっぱり、男女の仲になってると思ってるよな……)
 姉の承諾得られなかったと言えば 、村のみんなは納得るか?しないだろうな。男として不甲斐ないと、怒られて。連れ戻して来いと 村を叩き出されるのがオチだ。
もしくは全員から、つまらなアドバイスと 文句を言われに決まっている。
なら、振られたと言うか?
でも、後からフローラが村にお礼を言いに来たらバレる。

フローラの性格を考えれば来る。 
絶対来る。
「あーどうしよう」
じゃあ、このままフローラが来るの待つか?
どうせ、アンデッドだ。待つのは構わない。時間ならたっぷりある。しかし、いつ来るかわからない。 2、3日待ってくればいいが、姉に引き留められて来るのが、 一か月?半年?1年後になったらどうする。最悪、来ないと言う事も考えられる。
貴族の暮らしだ。フローラだっておしゃれをしたいだろうし、美味しい料理を食べたいだろうし、ふわふわのベッドで寝たいはずだ。
俺に勝ち目はない。駄目だ。
そんなに待ったら村へ帰りづらい。

「はぁ~」
どうして逃げたんだ。 逃げなければ、俺を選んでいたかもしれないのに。こんな事になると分かっていたら……。でも、あの時は完全に忘れ去られて、俺より姉の方が大事なのかと。姉にフローラを取られたと嫉妬してた。
なんて狭量なんだ。
だけど、あの場所で待ち続けられるほど、俺は自分に自信が持てなかった。
仮面が割れて、自分がアンデッドだと知られた時の 使用人たちの悲鳴が、いまでも耳に残っている。改めて自分はアンデットと思いしらされた。
フローラが人間として扱うから忘れていた。愛があれば全て解決すると思い込んでた。あまりにも単純だった。
 現実は、こんなにも 複雑で残酷だ。 いったいあの時、俺はどうすればよかったんだ? たとえ失恋したとしても、待つべきだったのか?
 ジャックは頭蓋骨を抱える。 堂々巡りで頭が爆発しそうだ 。
「はぁ~」
ため息をつくと、考えるのは諦めた。どうせ正解なんて分からないんだからもう休もう。
 何かいい考えが浮かぶかもしれないと、現実逃避する。

*****

息を切らして狭い山道を歩きながら、
フローラは ランタンで夜道を照らす。
ジャックに追いつこうと最短ルートで馬車を走らせてきたんだけど、 未だに追いつかない。
(ジャックとの距離は縮まったと思うんだけど……)
 とにかく、村へ行こう。そうして押しかけ女房としてジャックの家に上がり込もう。そうすれば何とかなる。

夜が深くなり、ほんの数歩先も真っ暗で何も見えない。
(そろそろ野宿出来る場所を探さないと)
 森に棲み着くゾンビ犬もジャックの外套を着ているからか 赤い目が見えない。襲ってこない理由は、よく分からないが、何事もなくここまで来た。
暫く歩くと
(ここは……)
 初めてジャックと会った思い出の場所に着いた。
懐かしく思いながら、焚き火跡を探そうとランタンを掲げる。
(どうせなら、あの日と同じ所で寝たい)

すると、黒いかたまりが照らされる。あの形は……ジャック?
ランタンで照らすと青磁のように青白い頭が見える。フードをずらして顔を覗く。
( ジャック……やっと会えた)
 嬉しすぎて口元が緩む。
 深い眠りについているのか、起きそうにない。 
フローラはジャックの頭にあるヒビ割れを指でなぞる。
ジャックの感情を読み取ろうと、顔色
ならぬ骨色をずっと見ていうちに、ヒビの形を覚えてしまった。
そのヒビに、そっと口づけする。 冷たくて硬い感触に、やっと再会出来たと
安堵する。 
何も言わないでいなくなった時は、 悲しいというより怒りの方が強かった。 確かに、姉と長話したけど……。放っておいたけど それでも待つべきだ。私たちの絆を簡単に切ってしまうなんて、薄情な男だ。

とっくに村に戻ったと思ったのに、ここにいるのは何で?
(あっ!ああ、そう言うことね)
私を置き去りにしたことを後悔しているんだ。 そう思うと胸がすく。
 フローラは、にんまりと笑うとジャックの隣に鞄を置いて横になる。
明日の朝、 私がいることを知ったら、さぞ驚くだろう。
明日が楽しみ。
「ふふっ」

*****

 温かい重みを感じてジャックは意識を取り戻す。
相変わらずフローラは寝相が悪いと腕をどかす。
悩み続けて昨日はオーバーヒートした。そのせいか、ぼーっとしてる。
(…… フローラ?)
何でそう思ったんだ?

花のような匂いに頚椎を動かすと外套を着た金髪の娘が、しがみついている。

ドキン!!

 肋骨に痛みが走る。
これは自分の願望が見せた幻か? 本物か確かめるようにジャックは外套の上から自分に半分のしかかっている者を 上から下まで手を滑らす。指骨に伝わる温もりを感じて涙が出る。
(ああ、フローラ。俺の愛しい人)
 フローラの体の曲線を全部覚えている。 間違いない。
 でもどうして、ここに?
姉と会えるまでの約束だから、もう俺に用は無いはずだ。もしかして、俺を追いかけて来たのか? しかし、頭に浮かんだ考えを振り払う。
(先走りするな)


その理由が、自分の思っているのと違うかも知れない。
ただ単に、礼を言うだけに来たんだ。
期待しそうになる自分を押さえつける。
「フッ……」
 名前を呼ぼうとするが、そうしたら、理由が分かってしまう。失ってしまうかもしれないという恐れから声が出ない。 一秒でも長く見ていた。
 そっと乱れた髪を耳にかける。
 バラ色の頬に、あどけない口元。
 このまま自分だけでものにしたい。 姉だろうと、誰だろうと、絶対に取られたくない。 そう思った時には、指骨が熱くなっていた。
ハッとして指骨を抜く。
フローラの首筋に赤くて丸いあざが出来ている。
慌てて外套を首元まで引き上げた。
これはキスマークをつけたことになるのか?そのアザを見ているうちに、悪い考えを思いつく。

手篭めにした証拠があれば、素直に嫁になる。 男として最低の行為だが 、責任は取るし、男性経験のないフローラな信じる。いや、駄目だ。
彼女なら 信頼を失いたくない。俺が欲しいのは体じゃない。心だ!
 素直に言えば許してくれる。
しかし、本当に何も感じないんだな。
発覚を遅らせようと、髪の毛でキスマークを隠そうとする。すると、フローラの瞼が震える。
(げっ!)

パチリとフローラが目を開ける。
目覚めがいいのが、こんなときばかりは困る。

*****

首元を誰かに触られている感触に目を開けると、ジャック私を見下ろしている。
「ジャック……」
「フッ、フローラ。これは……その……むっ、虫…かな?」
 この春の空の瞳。 間違いない。再会できた嬉しさに急いで起き上がる。
 抱きつこうとしたが、ハタと気づいて途中で止まる。 私の気持ちを考えないで、 勝手に帰ったことを許したわけじゃない。文句の一つも言いたい。
「勝手に帰って、ひどいじゃないですか!」
「そっ、 それは……」
 怒っているんだからと、腕組みしてプイとそっぽを向く。

俯いて言いよどむジャックの態度に不安になる。
(目も合わせてくれない)
 私の事なんとも
思ってないの? 別れられて清々してるの?ジャックの本心を探ろうと、四つん這いになって側まで行くと、下から覗き込むようにクイッと顔を近づける。
「私のこと嫌いになったんですか?」
 すると、ジャック
がびっくりして身を反らす。
「ちっ、違う。久し振りで、驚いただけだよ」
(んっ?久し振り?)
 話をそらされた。 フローラは仁王立ちで、ジャックに問う。

「誤魔化さないでください。私のこと好きなんですか?それとも嫌いなんですか?」
命令口調で、質問形式だけど。 これって、告白した事になのかな?
 返事を持ちながらフローラは、自分で言っていて内心首を捻る。
「すっ、……好きです」
ジャックが、ぼそりと俯いたまま言う。
「本当に!私も好き」
両腕を広げて抱きつくとジャックが、
ひっくりされそうになりながら、受けとめる。
 やっぱり、私のこと好きだった。両思いだと分かって、喜びで全身が満たされる。ジャックが抱っこしたまま、私の髪を一房掴むと口づけする。
「ジャ、ジャック…」
「んっ?」
その恋人 っぽい仕草にドキドキして、恥ずかしさに顔が赤くなる。
でも、これで満足した訳じゃない。

「じゃあ、わっ、私と嫁さんにしてください!」
「えっ?………えー!!!」
逆プロポーズにジャックの下顎骨が
外れる。そんなに驚くこと?付き合うなら、いずれは結婚したいと思うのは普通だ。
「だって、お姉ちゃんはローランド兄さんと結婚するし、村に帰っても誰も待ってないし、 私にはジャックのところしか行く宛がないの」
「寂しいとか、姉が結婚するとか、そういう理由なら失敗する。結婚してから後悔しては遅いんだ」
「………」
ジャックが真面目な顔で姉と同じような事を言う。心配するの、分かる。でも、もう決めたことだ。
「結婚する理由は、ジャックが好きだからよ」
「………それで、フローラは本当に良いのかい?」
後悔しないのかと重ねてきて聞いてくる。フローラはジャックの肩に手を置いて自分を向かせる。

「それを言うなら、私の方よ。私は人間だから、ジャックを先に死ぬけど、それでいいの?」
 愛する人に先立たれる。
その悲しみは、アンデッドのジャックに、とっては永遠と言える。
それを抱え続けることになる。
ジャックが私の手に自分の手を重ねて、微笑む。
「そのことは散々考えた。だけど、500年近く生きてきて 自分を男として想いを寄せくれたのはフローラ。君だけだった」
「………」
 確かに相思相愛の相手に巡り合える
確率は低い。
(告白したとき、相手も好きとは限らない)

「それに、二人のうちどちらが悲しい思いするなら。それは自分と決めていた。フローラにはずっと笑顔でいてほしい」
そこまで考えていてくれたなんて感動する。私すごく大切にされている。ジャックの思いの深さに涙が出る。
 「ジャック……」 
ジャックが、私の涙を指で拭くと顔を近づけてくる。フローラは、ファーストキスの予感に目を閉じる。

 ***エピローグ**

ジャックの父親であるトーマスは、家の前のベンチに弟とならがら、 タバコでわっかを作って噴き出す。
「俺は決めたよ」
「何をだよ」
 弟がコーヒーを飲みながら、適当に相槌する。
「 ジャックに男の子が生まれたら、アーノルドと名前をつける」
「 アーノルド?…… それって、爺さんの名前だろう」
「 そうだ。きっと勇敢な孫になる」

祖父は戦に行って勲章を貰って帰ってきた。トーマスにとっては憧れの存在だ。
「全く、気が早い」
 ジャックがフローラと村を出て行って一月になる。呆れる弟に向かってトーマスは頚椎の横に動かす。
「失恋してたら、とっくに帰ってきてる」
「 しかし、アンデッド人間。うまくいくのかね~」
「 お前は、一目惚れ
という言葉を知らないのか」
 恋多き男と言われた弟は結局、誰とも結婚しなかった。 だから信じられない。 だけど、俺自身、女房に一目惚れした。 俺の息子だ。 そうなってもおかしくない。
俺の勘をよく当たる。
「 だったら、禁煙しろよ。『おじいちゃん、タバコ臭い』って言われるぞ』
「………」
 トーマスは、しばらくパイプを見ていたが、おもむろに火を消す。
 500年待った孫だ。嫌われたくない。

                                                終わり

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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