《R18》春告と紫に染まる庭《セクサロイド・SM習作》

サクラハルカ

文字の大きさ
2 / 15

第2話

しおりを挟む
 蘭と最初に言葉を交わしたのは、彼がお客として私の小さな店先に立った時。
 刺繍作家を自称する私は、お寺の境内で開かれる手づくり市に出店していた。
 三月の少し暖かい日で、夕方からの雨予報にも関わらず、日中はすっきりと晴れてポカポカした陽気だった。

 月に一度の手づくり市は抽選制での出店なので、申し込んだからといって必ず出店できるわけではない。二月にその抽選から外れていた私は、二ヶ月で作りためた作品と共に店を開いていた。

 春らしい刺繍をと思って、薄桃色、黄色、橙色、黄緑、紫、黄土色、そういう糸を選んで植物を描いた。
 人気の商品は、小さなくるみボタンやそれをヘアゴムやブローチにしたもの。刺繍を使ったピアスやイヤリング。そして、ポーチやミニバッグといったところだろうか。
 額縁に糸で風景を描いた布を張った作品も置いてはあるが、そういうものはあまり売れない。こちらもあまり期待はしていない。

 私にとって春といえば木蓮の花。昔からその木が好きで、モチーフとしてよく描いていた。
 蘭と出会ったその日、売り物としてではなく店の飾りに、約三年がかりで刺した大判の木蓮の木の刺繍を持ってきた。手作り市が終わったら、自分の住むワンルームの壁にタペストリーに仕立て直して飾る予定のものだった。

 薄桃色に煙るような桜達と共に春を彩る木蓮。紫と白の花びらが、周囲に芽吹いた薄い黄緑に似合う。香りも爽やかで、その立ち姿は華やかな西洋の貴婦人のようで美しい。

 私が作ったのは、縦七十センチ、横五十センチほどの薄いベージュの綿の布に、童話の絵本に出てくるようなクレヨン画のイメージで刺したもの。だから、木の幹には茶色だけでなくその他にも黄色や赤など、現実の幹はないような色の糸が這っている。枝は春のものだけでなく、四季の全てを詰め込んだ。それが、ランダムに一本の幹から出ている、空想そのもの。

 その刺繍のおかげというか、その刺繍の所為というか。
 蘭はこの木蓮の刺繍作品を欲しいと言った客だった。



 アンドロイドを連れて店先に立った彼は、私の背後に飾ったその刺繍をじっと眺めて、ふいに、これ幾ら、と聞いたのだ。

「ごめんなさい、これは売り物ではないんです」

 答えながら、私は目の前に立った二人組を見た。

 アンドロイドを連れた彼は、鼠色の使い古した作業服、ボサボサの頭に無精髭。見た目に頓着しない感じなのに、縁なしの眼鏡だけはそんな彼の中で不釣り合いにスタイリッシュだった。
 そして、彼の連れているアンドロイド。白髪に紫の瞳だけれど、顔の作りや肌の感じは東洋人のそれで、身長も彼より少し低いくらい。
 刺繍の色をわざとチグハグにすることがあるのだけれど、この二人はまさにそういうチグハグさを持って、でも意外とアリな色の組み合わせかもしれない、などという感想を抱いていると、

「売り物じゃないなら、何故店先に出しているのかね。紛らわしいだろう」

 片眉を上げて、少しイラっとした口調で彼はそう言った。
 その言葉に、私は突如コメディーシーンに自分が放り込まれた気分になって、笑いがこみ上げてきた。

 だって、考えてもみてほしい。

 言い方は悪いけれど、まかり間違えば浮浪者にも見える彼、その隣の美しいアンドロイド。
 凡庸な私はその二人に、いわば店の看板に対して、これは幾らだと聞かれている状況。
 しかも主要な登場人物であろう彼の動きは非常に凝っていて、片眉を上げるなんてそうそう見ないし、気取った口調が見た目とはアンバランス。

 まるで、自分が映画の登場人物になったのではないかと錯覚した。
 そうすると、彼はチャップリンだろうか、ステッキをどうぞ、と渡したいが生憎刺繍小物を売る店なので、そういうものは置いていない。そして、彼を英国紳士のように仕立てるためには、服装と髪の毛は最低限でもどうにかした方が良い。

「申し訳ありません」

 私は笑いを堪えて頭を下げた。
 その動作は勿論、ごめんなさいという意味ではなく、笑いを堪えた口元が曲がっているのを隠すためだ。
 彼は、もういい、といって大仰に溜息をついた。どこまでも芝居がかった彼のキャラクターが、笑いをこらえる私の限界を試す。

 そうやって我慢比べをしていると、後から来たお客さんが二人の脇からぬっと出てきて、お先にいいかしら、と彼らに聞いた。二人は申し合わせたかのように体をずらした。

 薄い桜色のニットを着た少しぽっちゃりとしたそのご婦人は、彼が気にしている木蓮の刺繍になど目もくれず、くるみボタンを一つ一つ手にとって眺めて、気に入ったものを三つ買っていかれた。
 彼女が小さなボタンを一生懸命見ている間、彼は腕を組んでその片方の手を頬に当てて、じっと木蓮の刺繍に見入り、白髪のアンドロイドは微動だにせず、彼の隣でひっそりと立っていた。

「考えたんだが、」

 何人かのお客さんが入れ替わり店の前にやってきたのにも動じる事なく、そこに十分以上は立っていただろう彼は、お客さんが途切れた時に不意にそう言った。

「はい?」

「これを買えないのなら、君を買うことはできるだろうか」

「……はい?」

「君を買えば、この木蓮の刺繍も一緒についてくるだろう?」

 何か問題があるのか、というように、今度は両眉をきゅっとあげた。

 『ついてくる』
 そう、お菓子のおまけか何かのような言い方をされて、私の口から出たのも珍妙な返答だった。

「確かに、私はこの後、これを家に飾る予定ですけれど……」

 そんなことは聞かれていないのに、するっとそう言ってしまった。

「奇遇だな。私もこれを家に飾りたいと思った。それで、君は幾らなんだ?」

 この人、大真面目なのかしら。

 一瞬、揶揄からかわれているのかとも思ったが、目の前の彼は、さあ金額を言いたまえ、という音声がこちらに幻聴として聞こえるような態度で、微動だにせず立っていた。

「ええと、私も売り物ではないのですけれど」

 困惑したままそう返すのがやっとだった。

 どうしよう、と思わず彼の隣に立つアンドロイドに視線を向けたけれど、白髪の向こうの紫色の瞳は何も映しておらず、目の前に立つはずの私を素通りしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...