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スイセンの花
7.ゼフィランサス
しおりを挟む土曜日の朝。
目覚ましには頼らず、いつもよりゆっくり起きて、ぼんやりとした微睡みを楽しむ。最近暖かくなってきて、半そでの腕に当たるシーツの感触が気持ちいい。カーテン越しに見える明るさで外がいい天気だというのが伺えた。
「ん…く…」
布団の中で大きく伸びをして脳に酸素を送る。徐々に意識がはっきりしてきて、「ふぅ」と息を吐いた時には完全に覚醒していた。今日も元気な息子はそのうち治まるから放置する。
覚醒したものの、特に予定のない休日だ。未練がましく布団に包まりながらスマホを確認する。オンラインの新聞を読んだり、くだらないゴシップにも目を通しつつ、上から順番に通知を消していくのが休日のモーニングルーティーン。
これが終わったらコーヒーを飲んで、シャワーを浴びて、ざざっと掃除と洗濯をして、あとはゲームするか、映画でも見ながら昼までダラダラするんだ。その後は気分次第。
適当に昼飯食って、今日は天気が良さそうだから買い物にでも行こうか。そろそろ新しいネクタイが欲しい。それに靴が一足へたってきているからメンテナンスにも出したい。
『もしお休みなら、どこかに行きませんか?』
不意に目に飛び込んできたチャットアプリの通知を見てぎょっとした。覚醒したと思っていた頭がもう一度覚醒した。
主税から連絡が来ている。あの奥手の根暗の色白オタクからまさか外出のお誘いなんて!カーテン開けたら豪雨なんじゃないか?
この通知以前に何かあったのかと思って思わず画面を開いてしまって、何の心構えもしていないことに気付いた。
いや、どうすんだ俺。
予定はないからいいんだけど、あまりにも想定外すぎて頭が混乱している。
今まで『元気?』『はい』。『何してるの?』『仕事してました』。というようなやり取りしかしたことのないような相手からいきなりのお誘いだ。混乱して当然だろう。
あまりのそっけなさにてっきり脈なしなんだと思ってたけど、お誘いがあったって言うことは…、…どういうことだ?宗教?
今まで相手にしたことないタイプすぎて思考回路が読めない。
とりあえず何か返信しないと。適切なスタンプはないだろうか。今起きたよー、的な。いや、そんなスタンプで会話できるほど仲良くない。
焦って色々考えて、結果、とりあえず放置することにした。
通知のチェックが終わって、コーヒー飲んでから考えよう。
問題をがっつり先送りして、現実逃避するように画面を閉じた。
それから、いつもよりしっかり通知に目を通して、布団から出る。名残惜しいけど、お前とはもうお別れなんだ。豪雨じゃなかったら干してやるよ。
ベッドから降りて、改めて大きく伸びをする。上にも下にも身体を伸ばして、軽く解しておく。これをしておくのとしておかないのとではエンジンの掛かり方が全然違うんだ。
コーヒーマシンにカップをセットしてボタンを押す。コーヒーが抽出される、「ヴヴヴヴヴ…」という鈍い音を聞きながら待っている間、主税の連絡について考えた。
何で、とか、考えるから混乱するんだ。シンプルに考えればいい。
行くか、行かないか。
だったら答えは簡単。「行く」だ。
理由は「面白そうだから」。
何を考えて連絡してきたのかはわからないけど、もともと揶揄ってやろうと思って連絡先を交換したのに、あまりに食いつきが悪いから肩透かしを食らっていた所だ。向こうからのお誘いなんて願ったりかなったりじゃないか。
どうせ今日は暇だし、なんなら明日も特に予定はない。
今日一日潰れたからって明日取り返せばいい。
そう結論付けたのを待っていたかのようにコーヒーが出来上がった。
立ったままそれを一口飲んで、スマホを持ち直してチャットアプリの画面を開く。
『シャワー浴びたら、いつでも出れるよ』
見方によっては思わせぶりに取られるよう、わざとそう返信した。
返信してから、物の数秒で既読マークがつく。
これは、たまたま開いたのか、待ってたのか。どっちだろう。
待ってたんだといいな、と思った。
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