【本編完結】ブーゲンビリアの花束を

ローダンセの花

37.オジギソウ

　最近主税が強い。
　というより、多分俺が弱くなってる。
　今日は主税の家に行く日だ。
　弱体化した俺じゃホームで強化されてる主税に負けるかもしれない。
　いやまぁ負けたらなんだって話なんだけど。
　この前焦っててきとうに選んだ映画。よりによってこれかよって。あれでもう俺はおどおど作戦を諦めた。
　構えてる所に主税のカウンターがもろに決まって逆に俺がおどおどさせられてしまう。
　最後の「調子悪いの？」には本当に動揺した。
　もしかして、アイツは全部気付いてて、逆に俺が揶揄われてるんじゃないか。そうとすら思った。
　いや、だとしたら最初のころのあの態度はなんだ。あれは演技とは思えない。
　それに、アイツが俺にそんな事する意味がわからない。
　俺はざわつく胸の内を主税に気付かれないように、しっかりと蓋をした。

　主税のマンションが見えてくる。
　アイツは相変わらず下で待っていて、花屋の女性と話している。
　そして俺を見つけて顔を綻ばせた。花を持っていない方の手を小さく降る。
　女性は俺をみて、主税を見て、また主税に何事か話しかけて主税を赤くさせていた。
　なんの話をしてるんだ。
　俺も手を振り返して、主税に近づく。
「お待たせ。今日もよろしくね」
　声を掛けると主税はまだ赤い顔のままニコリと笑った。
　その笑顔にも、最初のころのぎこちなさはない。
　そしてまた俺の荷物を奪ってエントランスへ歩き出した。
「今日の花は？」
　問いかけると主税は一層顔を赤らめて目を逸らす。
　おや、この反応は、いけるんじゃないか？いや、またカウンターを食らうとホントに…。
「ゴデチア。最近は色々自分で調べてみることにしたんだ」
　それは、今日の花は自分で選んだってことだろうか。
「可愛い花。部屋の花、そろそろ枯れそうだから買って帰ろうかな」
　主税は嬉しそうに微笑むと「僕に選ばせて」と一言言った。


　ビールで乾杯して、お互い一口飲む。
　主税は最初のころのおどおどきょどきょどが嘘みたいにリラックスしてる。
　こうして見てみると、童貞臭さも随分薄らいだ。でも、まだ見た目が童貞なんだよなぁ。
　服のチョイスはおしゃれなんだけど、長い前髪とダサい眼鏡に全てが持っていかれてる。だって、こんなんに抱かれるネコいる？髪が鬱陶しそうなんだもん。集中できない。
「薫くん、そんなに見られると、その」
　赤くなった主税がちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。
　しまった。予想以上に見つめてしまっていたらしい。
　俺も顔が熱くなる。
　何も言わずに見つめ合ってしまった。
「きょ、今日はお前の映画な」
「う、うん、そうだね」
　二人とも顔を赤くしたまま顔を逸らした。


　今日は、俺がボロボロに泣かされた作品に出ていた俳優が出ているミュージカルだそうだ。
　コイツはホントなんでも見るんだな。ミュージカルなんて初めて見た。なんとなく、食わず嫌い。
　有名な古典作品を映画化したものなんだけど、ストーリーははっきり言ってサスペンスなのか、ラブストーリーなのかホラーなのか、よくわからない作品だった。ぶれぶれで。
　ただ、途中途中で挿入される歌のシーンがどれも印象的で、仮面舞踏会のシーンなんて鳥肌が立った。
　荘厳華麗で、ちょっとだけコミカル。
　イメージを変えて何度も挿入されるメインテーマが、映画が終わった今でも頭の中をぐるぐると回っていた。
　ソファに凭れてビールを一口飲む。
「なんというか、凄かった。どの曲も凄い良かった。サントラ欲しい」
　語彙を無くした俺の感想を聞いて、主税は相変わらず箸でスナックを食べながら「ふふ」と笑った。
「ストーリーはぶれぶれなんだけどね」
　この映画好きと同じ感想を持っていたことに嬉しくなった。