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陣の中の小さな獣2
しおりを挟む「すごい……」
沙雪から思わず、掠れた声が漏れた。
これまでもりょうが戦う姿なら見てきたが、対人戦で彼女が【人狼】になった時には大体そこで勝負が決していた。年数回『雪波』に一緒に戻るときも、鍛錬内容が異なるため沙雪は『学院』に、りょうは『峠』に居つくことになるので、沙雪としては今初めて【人狼】同士の戦いというものを目の当たりにしたのだ。
そしてそれはここまで人外の動きになるのか、との驚きを禁じ得ないものだった。
「んー」
感嘆の声を上げた沙雪に対して、美織はまったりと感想を述べた。
「圭君、前戯へたっぴぃだなぁ」
「は、え?」
「ああごめん、手順だった手順。あいつ、いきなりクラスのオナゴのお腹にガッチガチなのぶちこんじゃってさー。ごめんね沙雪ちゃん、彼、ちょっと育ちがアホだもんで」
美織は沙雪に笑いかけ、引いちゃった? と続けた。
「そ…育ち、ですか?」
「大事な二次性徴がほぼまるっと地獄になっちゃったからさー、たぶん、一度戦いとなったら無条件で鬼の価値観を起動しちゃうのかもねー。りょうちゃんも日和んなきゃいいけど」
確かに、一度動き始めてからの圭は女子相手というような考えなど微塵もないようだった。
夕方に玄関でアーチの蔦を押し広げ、女性陣が持っていた布袋を自ら受け取って回っていた彼からは想像もできない。
しかし、これは戦いなのだ。沙雪もりょうもこの程度で日和るような訓練は受けていない。更に言うと沙雪は、りょうがどういう性格なのかということもとてもよく分かっていた。
「……彼女が日和るっていうことは、ないと思います」
「そ? へえー、なら良かった」
そして、沙雪の予想通りりょうは、自分に圧を掛けるかのように接近してくる圭を見ながらも真顔から徐々に愉し気な表情へと変わっていき、遂には大きな声を上げて笑い出した。
「フ…フフ……、ク、アハハハハハ!! おい!おい結野! 何だお前それ、すげえじゃん!」
「……ん」
「すげえな!!こんな、『溜まり』の町でさあ、まともな”狼使い”に会えるなんて」
「……」
りょうはくっくく、と口の中で笑いながら、更に愉快そうに話す。
「やあー思い出すね。いたよ、『雪波』にもそうゆう戦い方をするおっちゃんが」
「そう、か」
とっくに手合わせが始まってるというのに語りを止めないりょうは、接近を続ける圭にとっては大きな隙があるはずだった。
しかし、注視する圭の前で彼女は今は両腕を自然に垂らし、体の力を抜き切っている。
一見油断してるようにも見えるが、その実は違う。本当に向こうの『お山』にもいたんだろう、こういう戦い方に対処するときに適した姿勢のひとつ、後の先だ。
そしてりょうはまた、未だに武器も札も出してこない。心が焦りに侵されてない。まだ、ここぞのタイミングを狙うつもりなのだ。
やはり、彼女も相当戦いなれてるな、と判じて圭は一旦歩を緩める。
「…ちょっと、意外だよ。白兵に力を入れてる『お山』ってのもあるんだな」
「んー? なんか沙雪が言うには、どこも今は隠れながらじゃんじゃんやってるはず、だってよ」
「そう、なのか?」
「おう。まあ隠れてって言うぐらいだから、俺らみたいに外に出回んのは珍しいのかもな? てか、お前の『お山』にはいなかったんかよ」
「ん……」
「へへ、ほら、な? なんかさ、立て続けに体術使いが戦いをひっくり返したとかで、魔女の価値観も変わってきてるとこなんだってよ。確か『何とか返しの何とか』とか、『何とか戦』の後から」
「全然分からん」
「あん? だからー……」
沙雪が陣の外からフォローを入れる。
「『御影の八人戦』とか、『白鬼返し』よ。あたし達が生まれる少し前にあったやつ。その番狂わせや逆転劇で、体術も鍛えた魔法使いが一番強いに決まってる、というのを全ての『お山』が知ることになったわ」
と言ってもあたしは魔力不足で鍛えさせてももらえないんだけど、と沙雪は心中で続けるが、そこはわざわざここで白状するようなことでもない。
「へえー、『白鬼返し』は聞いたことあるけど、今そんな風になってるのか。外の『お山』のことはまだ知らないことが多そうだな」
「まあ地獄にいたんじゃ仕方ないでしょうね」
「ん……地獄?」
圭は沙雪の方へ顔を向けこそはしなかったが、きょとんとした声を上げる。
「ああ、そう言ったらそうかも、なんだが……。……美織。どんどんおしゃべりが酷くなってないか」
「んーっふふう、ええやんかええやんか。あ、ところでねー圭君、ダンちゃんも美織ちゃんももうオネムかも」
「お前、な……。まあ、消耗戦にはならないと思うからもうちょっと待ってろ」
圭はそう言って、これまで二回ともりょうが仕掛けて来た間合いの一歩外側で立ち止まった。
「へへ。地獄だって? そっか、お前のそのどんよりした感じも、そういう出身ってことなのかもな」
「元から俺はこうだし、まあ、地獄は言い過ぎだよ。ちょっと毎日頑張ってる期間があってな」
「今のだけでどんだけ戦(や)って来たかが分かるっての。それに魔力も『三割』程度の【人狼】じゃないよな。なあ、沙雪ー?」
「うん?」
「結野の人形、全然減ってないんだろ。俺のは?」
「……そうね。圭君のは全部赤い。りょうは、3,4ミリ白に戻ってるかな」
「魔力隠蔽、だっけー。沙雪はそれはないって言ってたけど、外れたな」
「……圭君まで、そうなの」
「今の速さからすると、俺とおんなじぐらいってところかなあ。なあ結野? こっからこのまま何時間戦えるか勝負したくないか」
「えー、だからオネムだってー。りょうちんー」
「ああ、ははっ、そうだった」
りょうも圭のことを見据えたまま、リラックスした様子で外野とまで会話を交わしている。
不思議なことに、教室などに比べて戦っている今の方が表情の険が取れているように見えた。
「そうやって笑うんだな。初めて見たよ」
「お? そうか?」
本当に普通の少女の様に笑う。サイズアウトぎりぎりの巫女衣装が、彼女の小柄な体を更に小さく見せていた。
りょうが肩口をぐりっと回し、口を開く。
「ま、じゃ、行くか。今度は普通に行くぞ」
「そう、だな」
そう二人が短く交わして互いに口を閉じてから、二秒ほどの沈黙。
圭でも予備動作を見抜けないような自然な素早さで、りょうが手を交差させた。袖もくくっているのにどういうカラクリか、既にそれぞれの指に白札二枚と黄札一枚が挟まれている。
【氷撃】
――速い。
最速とも言える起動時間で、大二つ、小が複数の氷弾。
それらが形成と同時に圭へと向かって飛来する。
「魔法戦はまだ、修業中でさ」
大きい氷弾の軌道に移動範囲を縛られながら、先んじて飛来した小さい氷弾に手刀で対処していく圭に、りょうが追加の弾丸のように肉薄してくる。
「ほんとは『雪波』らしく減速系とか色々駆使すべきなんだけどね」
低い姿勢からの打突。
それも氷弾と合わせて肘先でいなし、圭はタイミングを掴んで弾幕の外側へ回避するため斜め横に走った。
そして、安全地帯に至る寸前の本当にギリギリのタイミングで、圭はそれに気付く。氷弾が空気を切り裂く音や自分とりょうの足音に混ざって、自分の、後方からの音。
もう少しで弾幕を出るというところで圭は急停止し、むしろ上半身を弾幕の方に戻し込んだ。
いくつかの弾幕を何とかいなすが、そのうちの一つが圭の肩口を掠める。
りょうが更に圭に肉薄しようとして、しかし圭の表情と体勢が既に整ってるのを見て動きを止める。そして、ふ、と笑ってから逆に二歩分の距離を余分に置いた。
圭が先程まで回避先にしようとしていた地点を通り過ぎ、りょうの傍まで戻って来てその周りを周回し出したその物体は、三枚の円盤。薄い銀色の、中心が空いたカレー皿程の大きさのものだ。
――やはり魔装持ち。確か、『日輪』、だったか。
「……ハッ!! すげえ! 沙雪すげえぞコイツ! 俺の初見殺しのコンボを見切りやがった!」
りょうは『日輪』を自分の周りに周回させながら、それでも楽しげに声を上げる。
「随分珍しい獲物だな。地方色、か?」
「あ、これ知ってんの? んにゃ、実は『雪波』でも俺だけだよ。なんか気に入っちゃってさ。ちょっとずつ増やしてるとこ」
「飛輪使いは獲物の数を隠すから面倒だってのを聞いたことがあるな」
「んー? ああ、なるほどね。そういうやり方もあんのか」
「そう言うのが、厄介なんだと」
「は、ヘヘッ」
それから、次は何の前置きも入れずに『日輪』と獣のように姿勢を低くしたりょうとが一息に飛んでくる。三本と一体とがそれぞれ四種類の角度と時間差を作っている。
圭は回転移動しながらその全てを避け切るが、りょうはすぐにターンし、『日輪』も大回りながら追尾して来た。
手刀で対処しようにも形状的にそれが難しく、また横面でなく上か下かから打つしかないことも更に難易度を上げている。外刃だけでなく内刃も仕込んである可能性を考えると、円の中心にも手を伸ばしづらかった。
嫌な武器だ、と圭は連続攻撃に対して回避を続ける。
その時、
――上。
りょうの蹴りと三本の『日輪』を掻いくぐりながら咄嗟に無理めのロンダートを入れ、圭はそこから緊急離脱した。
かなり無理をしたため頬が薄く数センチ、左腕がもう少し深くまで切れ、血が流れる。
そのまま速度を緩めず飛びすさり、りょうとの間に距離を開けた。
「んん? 今のも?」
りょうが首を捻る。
「……ああそうか。音、ね。お前今、【兎】と【強化】を使ってるのか?」
【兎】は【聴覚強化】と【速化】の複合で、回避・逃亡用の魔法だ。
「いや、普通に【人狼】だな。あとは【五感強化】っていう五感全部の強化を入れてる」
圭は大して頓着もせずに答えた。
「へ? 五感を、全部?」
「ああ」
「何だそりゃ。しんどくないの」
りょうが四本になった『日輪』の中心地点から、素朴な表情で素朴な疑問を投げかけた。
それから目線を圭の頬と腕の傷へと順番に移し、軽く顔をしかめる。彼女も【触覚強化】を起動中にどこかに怪我を負ったことがあるのかも知れない。
「最初はしんどかったが、まあ、慣れだな」
「へえー、なかなかすげーじゃん。ところで血、出てるみたいだけど」
「ああ。止められないんだ」
「え? 【回復】なんて片手間でできるだろ。今やってもいいぜ」
「まあ元々苦手ではあるけど、特に今は、な」
「んあー? 良く分かんねえな。ま、いいか」
りょうがもう一度身体を沈めた。
その時、沙雪から声がかかる。
「りょう!」
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