19 / 25
陣の中の小さな獣3
しおりを挟む沙雪の呼び掛けを聞いてりょうは予備動作を取ったところで停止した。そのまま圭に視線を固定し、沙雪の続きの言葉を待つ。
「『日輪』を起動してから、りょうはもう八分の一くらいを使ってるわ! え…と、3センチくらい」
「あー、ちょっと使うからなーコレ。まあでも、魔力が切れる前には決めてやんし」
「違うの! 圭君は、2ミリも行かないくらいなの!」
「はあ?」
疑問の表情を浮かべるりょう。圭は彼女と数秒の間見つめ合った後で、おもむろに目を逸らし、二人が立っている方を見た。
「あの人形、さ……。要は魔力と体力を合わせた、メーターみたいなものってことなんだよな」
「お前……」
「で、魔力や意識を失ったら真っ白に戻って、当然試合終了と。あとは一定以上のダメージ、生命や体の一部を失うような攻撃を食らったときには、あれが代わりに炭になってくれて、本人は何とか生き残る。まあ、そこまでは知ってるんだ」
圭はりょうの方を向き直る。
「そこで疑問なんだけど、一発でどれぐらいのダメージまでなら、あの人形が受け持ってくれるんだろうな?」
圭が悠長な語り口で疑問を述べると、外野の方から更に悠長な声で回答が入った。
「あー圭君それねえー、魔法固定じゃなくって、調整可能っすー」
「ああ、そうなのか。じゃあ今回は美織が?」
「そうよー。ふつうはこの紙贄ってトントン相撲程度のサイズで、ほしたら受け持てる限界値ってのもあるもんなんだけどさ。えっと今回はー、今の圭君の”制限”なら、念ためで”全部”行っても大丈夫にしてあるー」
「そうか。分かった」
「でもねー、保険よー保険ー。炭までカマしたらおねしょ暴露ねー」
圭はそれに言葉を返そうとしたが、しかし結局呆れた様な表情をしただけで、ふうと軽く息をついた。
そんな彼のことを、りょうは先程より警戒を強めた表情で見上げる。
「おい。”制限”って、”全部”ってのは何のことだよ」
「ん? ああ、”制限”の話は、まあいいかな。今俺さ、使える魔法が3つだけになっててな」
「……3つ?」
「ああ、そう美織に設定されてる。まずはさっき言ってた【五感強化】ってのと、あとは【人狼】。こいつらは常態魔法だから今も起動中だ」
りょうはいつのまにか気付かない内に、再び圭のことを睨んでいた。
両手がじんわりと汗ばんで来ていたが、それは恐れからではない。
ただ今の今まで拳を交えていたはずの敵の輪郭が、急にまた見えなくなってきたのだ。――否。今やりょうは仕合前に対峙してた時以上に、結野圭という男が何者なのかが分からなくなっていた。
「あとは火炎魔法なんだけどな。【点火】ってのは分かるか。それだな」
――【点火】
火炎の初級魔法。
氷雪系統で言えば同様に最も初歩のもので、物体中の運動エネルギーを低下させて凝固させる【氷固】に当たるもののはずだ。
りょうのよく知る【氷固】であればそれは、果たして氷雪魔法に入るのかどうかも微妙な、子供たちが入門編として訓練するような魔法のことだった。
村の教室を手伝ったときの、出来たよ、出来たという稚い高い声がりょうの頭の中に聞こえたような気がした。
「………てめえ…!!」
圭の火炎魔法よりも先にりょうが発火したようだった。
彼女の周りに”六本”の『日輪』が、籠めている魔力量が変わったのか紫煙のようなものを立ち昇らせながら浮かび上がる。
りょうはその中心で腕を交差させ、肩を怒らせながらその双眸を強く光らせた。
そして、
「……っ!!」
間髪入れずに声にならぬ気を発すると、全ての『日輪』が圭を取り囲もうとするかのように飛来を開始した。
(やっぱり、六本か。……じゃあ『日輪』と違う魔装が、あと一対)
高速の四本が左右から迫り、時間差で低速の二本が正面から。
圭はそれを見てから一瞬だけ考えて、正面に向かって走り出した。
六本分の鋭利な金属片が風を切って接近するその音と、感覚。圭自身の足音。
その場に留まるりょうを除いた仕合場にあるあらゆるものが、結界のほぼ中央地点へと集まっていく。
そして、ここから速度を上げれば左右の四本はくぐり抜けられる。そうしたら、後は二本、というタイミングがやって来る。圭は更に加速する。
「だと思ったよ!!」
『日輪』の向こうのりょうの両手の指先には、既に四枚の青札が挟まれていた。
【雪輪】
彼女が使える中で、最高位の氷雪魔法。
本来なら手に余るはずの難易度のものだが、りょう自身の魔装『日輪』を媒介させること、そして使用を陽力時間に限ることで、やっと発現が可能となる強力な”雪”の魔法だ。
圭の正面の『日輪』が一気に巨大化した。
いや、『日輪』を中心にして、雪の結晶のかたちを取り、その剣を回転させながら折り重なって圭に迫る。
左右4本と正面2本のタイムラグにより、隙間を抜けるルートをわざと作り出して、そこへの誘い込みを狙ったのだ。
30センチ程度だった『日輪』が、10倍近い直径に変貌して圭に迫る。強度も硬度も質量も、先ほどまでの攻撃とは大きく隔たりがあるレベルのものだ。
圭は、
(……婆さんのやり口のまんまじゃないか)
そう思いながらも一応、「だと、思ったよ」と呟きを返す。
走り出したとき既に、携帯のボリュームをふたつ分上げてある。今日の上限だった。
そしてこれから使う魔法には”本来必要ないはずの”範囲指定を完了する。むしろ圭はそこにこの戦いで一番の集中を使ったほどだ。
――中心と全体とに分けた二重の範囲指定。
――それぞれの温度指定。中心点から段階的に、グラデーションとなるイメージ。
――継続時間は一瞬でいい。但し、一気に。
大味の圭にとっては、蝋燭を相手にするよりよっぽど楽な作業だった。
―――【点火】
りょうは、圭の姿が結晶の向こうに消えた光景を確認した時、勝利を確信していた。
ほぼ【雪輪】の一本一本の剣の距離しか『日輪』と離れていなかったはずだ。
二本それぞれに角度と上下幅を作ったので逃げるにしても横方向しかない。そして横へ回避してもかなりの数の剣を食らう、そういうタイミングだった。月弧形剣を出す必要もなかったかと思いつつ、両腕の構えは解かずに勝敗が決する瞬間を見守る。
その時、【雪輪】の真ん中から圭が現れた。
【雪輪】同士には横の隙間などなかった、むしろ一部は折り重なっていたはずだ。なのに圭はその真ん中から、突然出現したのだ。
「な!?」
りょうに理由は分からない。だが確かに圭は正面突破で現れた。
ここで立ち尽くしてしまうような半端な鍛錬は積んでいない。りょうは、最速で両手の月弧形剣を十字型から胸の前へと……
そしてそのりょうの”つもり”の前に、圭の手に握られていた一本の棒による打突が、両手の剣と剣との間をすり抜けた。
「――りょう!!!」
吹っ飛んだ親友の姿を見て沙雪が叫んだ。
「はーい、りょうちゃんの負けー。沙雪ちゃん、りょうちゃんの気つけと回復しちゃってくれるー? 痣とか残らないようにねえ」
「え、あ……」
「ほら、ほら、終わったよー? まだ五月の地べたは冷たいよー。腰が冷えちゃう」
「は、はい」
りょうの人形が白一色に戻り、オーロラのような光を放っていた四方の壁が消える。沙雪は倒れているりょうへと駆け寄った。
すぐに彼女の胸に手を当てて【回復】を行い、『お山』で教わった気つけを行う。
りょうはすぐに薄っすらと両目を開いた。
「あ…れ……?」
「りょう、大丈夫? 痛いところは?」
「あ、試合は」
「……負けちゃった。圭君の突きで飛ばされて気絶してから、まだ、そうね、1,2分が経ったくらいよ」
「え……あいつ、は?」
りょうの上半身を支えながら沙雪も振り向く。
圭は身を屈めて地面を見ながら、仕合場の真ん中をうろついていた。
「あ、その、圭君、どうしたの?」
圭が顔を上げる。
「お、りょうも起きたか。あのさ、さっきの『日輪』、魔装が解除されても自分で呼び戻せるものか?」
「え」
「熱でひしゃげたりしないように気を付けたつもりなんだが……。探しても、流石にあの大きさだとなかなか見つけられない」
話しながらあっちに行ったりこっちを向いたりを繰り返している圭は、今も何の警戒もなしに二人に向けてジャージの尻を突き出している。
「普段見えない金髪もだけど、このイヤリングも、りょうの隠れたお洒落ってやつなんだろ」
お、2個目、と言って圭がしゃがみ込む。
それから立ち上がって二人の方を振り返り、手の中の2つの小さな鎖を見せた。薄暗い中、眼鏡の奥の目を笑顔で細めている。
「せっかくりょうの女の子らしくて可愛いとこなんだしな。探さないと」
座り込んだままできょとん、としているりょうの横。
なぜか沙雪の方が徐々に赤くなっていき、圭から目を逸らした。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる