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第7話 落ちこぼれ聖女と腹黒司祭

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「わーっ!聖女様!!?どうなさいました!?」

「なっ、泣く程お口に合いませんでしたか?おい誰だスープ味付けしたの!」

「やはり女性には甘いものの方が良かったですかね!?あっ、チョコレートとかどうですか!」

 セレーネの涙に気づくなりワァッと男達が一斉に彼女を囲む。セレーネは涙を拭い、戸惑いながらも弱々しく微笑んだ。

「だ、大丈夫です、美味しいですよ。安心したら少し、涙腺が緩んでしまって……」

 そう答えるセレーネに皆が心配げな顔を向ける中、騒ぎ中も一人グラスを傾けていた司祭の男が何でもない風に告げる。

「 無理も無いでしょうね。あんな高位魔物の巣窟に、空の花嫁として独りで閉じ込められて居たのですから」

「ーっ!……お気づき、でしたか」

「えぇまぁ!これでも観察眼は鋭い方でして!空の花嫁については昔調べた事もありますし」

 それに、と言葉を切り男が取り出したのは、セレーネが遺跡内で直した術式に使われていたのと同じ古代文字の書物であった。

「今こうして火をくべていても尚、あれだけいた魔物どもが現れる気配が無い。来るときにはあれほど感じていた禍々しい魔力も皆無です。ならば考えられる結論はひとつ!魔物はすべて消し飛んだのでしょう、貴女が直した、初代大聖女の術式の力でね」

「…………っ!」

 肯定すべきか否か。言葉に詰まったセレーネに苦笑し、司祭の男が隣に移動してきて囁く。

「そんなに警戒せずとも何もしませんよ。それより、最後の一行の空欄に入る単語は……だったのではありませんか?」

「……っ!はい、その通りです……」

 自分も半信半疑で書き込んだその単語をしれっと当てて見せた彼に驚き呆然としたセレーネの返事に、司祭の男が満足げに笑った。

「やはりそうでしたか!いやぁ、あの遺跡については我が国も実は調査をさせて頂いていたのですがね。ほら、ここが決壊すると我が国の方にまで魔物が来かねませんし!ですがあわよくば術式の修繕をと来てみたら中は瘴気が充満してるわ魔物にやられるわで散々で!」

 そうだったのか、と納得したセレーネに、司祭の男が笑いかけた。先程までの完璧すぎて怪しい満面の笑みでなく、穏やかに、優しく。

「ましてこの古代文字は、誰にでも扱える代物ではない。あれを完璧に再生出来てしまう優秀な聖女見習いを手放すなんて、理由が穏やかな訳はないでしょう。良ければ話して頂けませんか?貴女の身に、何が起きたのかを」

「い、いえ、私は劣等生で全然優秀なんかじゃ……」


 でも、と。司祭の男の月明かりの様な銀色の瞳に誘われてつい一言弱音が出たら、後はもう止まらなくて。セレーネは気づけば彼等に、自分の生い立ち、妹とのあまりの力量差、周りに軽んじられ虐げられ続けた生活の全容を話してしまっていた。
 本当はずっと、ずっと……募り積もった哀しみを、どこかに吐き出したかったのかも知れない。

 そして最後に空の花嫁にされた理由と教祖から吐かれた罵詈雑言を伝えれば、ある者は泣きながら、またある者は怒りに顔を高揚させながらも黙って話を聞いてくれていた男達は揃って激昂した。

「なんっっっですかその下衆野郎は!本当に神に遣える聖職者か!?うちの司祭様のがまだマシですよ。この人部下は絶対見捨てませんし!人使い荒いけどな!」

「本当にろくでもないっすね。どんな野郎か知りませんが、聖女様の手柄を横取りした他の聖女見習い達の嘘にも気づかず騙されて、挙げ句に被害者の方を追放とか……そもそも人を見る目が無いんすね。良かったです、うちの司祭様がどんな些細な嘘も見破れる腹黒野郎で」

「ぐす……っ!お、俺はもう、気の毒すぎて涙が止まりません……!そりゃやせ衰えもしますよ!聖女様ご飯足りてますか!?足りないならこっちもどうぞ、司祭様の分ですけど!」

「えっ、いえっ、そんな、お気持ちだけで……!」

「はっはっは、喧嘩売ってます?お前達」

 こめかみに青筋を立てる司祭の男が部下達の肩を小突く。セレーネはあまり男性と話したことは無いが、彼等のやり取りの気安さが絆の深さから来るのだろうな、と。何となく感じ取った。

(一風変わっていらっしゃいますが、皆様から慕われているようですし……あの司祭様は、きっと素敵な方なのでしょうね)

 そう彼等のやり取りを眺めているセレーネに、部下を小突き終えた司祭が向き直る。どうしたのかしら、と首を傾いだセレーネの前に立ち、司祭の男はバッと両腕を広げた。

「辛い過去をお聞かせ頂き申し訳ありませんでした、聖女見習い殿。しかし貴女は運が良い!悪夢は今宵から幸せな現実へと変わりますよ!」

「えっ?」

「ひとつ確認ですが、貴女はミーティアに帰りたいですか?」

「ーっ!それは嫌、です……!」

 考えるより先に口からついて出た拒絶の言葉に、司祭の男は腕を組みながら『そうでしょうそうでしょう』と頷いた。

「つまり貴女はあの国に未練が無く、あちらも貴女を連れ戻す気はない。そして実は我々は、予てより“聖女”と言う存在が誕生しない我が国ルナリアにいずれは癒しの力を持つ聖女を迎え入れたいと考えていたのですが、これまで他国から聖女に嫁いで頂く足掛かりが掴めずに困っていたのです。これこそ正に運命的な利害の一致!そうは思いませんか!」

「え、あの、何を仰りたいのかがよくわかりませんが……」

「司祭様、捲し立て過ぎです」

「おっと、これは失敬!では単刀直入に申し上げましょう。お優しい聖女のお嬢さん、我々と共にルナリアに参りませんか?」

 薄々まさかと思っていた提案を面と向かってされてしまい、戸惑うセレーネ。何度か口の開閉を繰り返してから、ぼろぼろの自分の手に視線を落とした。

「……お誘い、ありがとうございます。ですが私は本当に、聖女なんて呼べないような落ちこぼれで、雑用くらいしか使えない人間ですから。皆様のご期待に応えられないと思います」

 彼等は、優しい。こんな時間が日常になったら、どんなに良いだろうか。でも、だからこそ……彼等の期待を裏切って、また前みたいになってしまうのが怖い。そのトラウマが、セレーネの背中に重くのし掛かっていた。

 かける言葉を見つけられず狼狽える男達、うつむいたままのセレーネ。しかしそんな重たい空気を司祭の男は一蹴した。

「役立たず?片腹痛い!次そいつらに会ったら言っておやりなさい!お前らの使い方が悪いのだと!」

「えっ?で、でも……」

「良いですか?上官に取って部下は力であり、財産であり、そして仕事と言うゲームをより円滑に勝ち進む為の手駒!チェスの駒が全てナイトだけで試合が成り立ちますか?断じて否!駒と言うのはその能力が様々だからこそ良いのです。その駒の最適な場面を見極められず活かせなかった自分の無能を棚にあげ、捨ててしまうなど愚の骨頂!現に、貴女の上官は一度たりとも貴女の長所を探そうとはしなかったのでは?」

「え、あ、えと、は、はい。そう……ですね……」

「“手駒”ってアンタ……他に言い方なかったんすか」

「あはは、まぁうちの司祭様らしくて良いんじゃないですかね?」

 そんな部下達の囁き声の中、司祭の男のあまりの勢いに負け素直に頷いてしまえば直ぐ様ガシッと両手を掴まれる。

「その点自分ならば、既に貴女の活躍出来る方向性をいくつか閃いております。もちろんただで働けだなんて理不尽は言いませんよ?勧誘したからには好待遇が必然ですから!安全な住居、綺麗な衣服は勿論、身体に無理のない仕事量に、理不尽な雑用は一切無い暮らしを保証致します!ちなみに結婚願望はおありですか?」

「い、いえ、まだ17ですしそれはまだ……」

「なんと!では自分と同い年ですね!これはまた運が良い。貴女さえよろしければ上記に加えて更に将来有望な夫もお付けしましょう!さぁ、如何です!?貴女も自分の手駒になりませんか!」

「何ちゃっかり求婚してんすか!!」

 すっかり困り果ててしまったセレーネは、最早頭が回らなくなってきた。そのせいか、取り繕いすら出来ない疑問がつい口から零れてしまう。

「あ、あの……どうしてそこまでして下さるのですか?こんな落ちこぼれを拾っても、皆様に利点はないでしょう」

「これは自分の持論ですが、役立たずなんて本来居ないんですよ。それに正直申し上げて、貴女は自分の好みです!!」

「え?えぇと、ありがとうございます……?」

「あんたちったぁ欲望隠せよ一応聖職者でしょ!!?」

 いっそ清々しい程堂々と『あわよくばお近づきになりたい!』と付け加えた司祭の男に唖然となるセレーネを、彼はひょいっと抱き上げ魔力で呼び出した馬に乗せてしまった。

「と、言う訳で。そろそろ日も昇りますしつもる話はルナリアに着いてからに致しましょう!」

「きゃっ!まっ、待って下さい。私本当に落ちこぼれなんです……!」

 走り出した馬から振り落とされぬよう彼にしがみつきつつもそう抵抗したセレーネを、司祭の男は笑い飛ばした。

「落ちこぼれ?大いに結構!自分の手にかかれば、貴女は伝説になりますよ!」

    





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