乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由

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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.72 一枚上手な王子様

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 ガイアとウィリアム王子によって引導を渡されたナターリエ様。そんな彼女の絶叫に似つかわしくない穏やかな朝陽がワルプルギスの森に光を注ぐ中、私は感じていた疑問を彼等にぶつけた。まずは……



「ガイア、こんな調書いつの間に仕上げたの?私全然知らなかったよ」



王都こちらに帰ってきてすぐ、これまで感じてきたが目を逸らしていた彼女ナターリエと公爵家に対する違和を一から調べ直していたんだ。元々うちの騎士団は悪徳貴族を取り締まる担当だし、俺自身が彼等に取り込まれていただけあって調べやすかったよ。少し叩くだけで、咳き込みそうな程の埃が出た」



 『全く、舐められたもんだな』とガイアが苦笑した。そうだろうな、と思う。ナターリエ様はまさかガイアが自分の物じゃなくなるなんて思ってなかったから、彼を敵に回した時の有能さを舐めていたのだろう。

 ちなみに先ほど出した書状と証拠資料はほんの一部で、他の部分は別の場所に隠してきたそうだ。そうだよね、こんな敵いっぱいの場所に全部持ってきて、万が一燃やされちゃったりしたら大惨事だものね。じゃあ次は……



「さっき言っていた古代魔法の魅了がどうのこうのっていうのは?彼女は普通のご令嬢でしょう?」



 それを聞いたら、何故かガイアだけでなくアイちゃんとウィリアム王子までもが『あぁ……』と言う顔をした。更に、未だにバックハグの体勢のままのヒロイン&メインヒーロー様から、ガイアを憐れまれているような気がする。

 少し間を開けてから、ガイアが自嘲気味に息を吐き出した。



魅了それこそ彼女が、愛してもいないくせに俺に執着していた理由だ。なぁ、そうだろう」



 冷ややかなガイアの断定的な言葉にビクッと肩を跳ねさせたナターリエ様が、射抜くような憎しみの目をガイアに向ける。



「……だったら何よ、ただの魔力タンクの癖して生意気な…「ガイアは貴女の道具じゃないわ、これ以上酷いこと言わないで!」……っ!」



 しまった、あまりの物言いについ怒鳴ってしまった。慌てて自分の手で口を塞ぐ私を見て、アイちゃんがよく言ったと親指を立てる。



「……ま、そういう事だ。“魅了”は名の通り、魔力によるまやかしの好意と多幸感を与えて異性を虜にする精神操作系の魔法で、今の王家が立ち上がった際に禁忌として葬り去られていたんだ。しかし、それを彼女は自分の目をつけた男達にかけていた。使な」



「……っ!」



 『魔力タンク』って、そういう事……!?あの山小屋でウィリアム王子にしていた儀式はそれだったのね。

 確かに、何でナターリエ様がガイアを狙い続けてるのか私もずっと疑問だった。彼女のお好みはどちらかというとガイアみたいな逞しい男性じゃなく、第二王子みたいな中性美人系だったみたいだから。でも、だからってそんなの酷すぎる……!



「……っ、馬鹿だな。何でお前が泣くんだ」



「だっ……てっ……!悔しいし、悲し…くてっ……!」



 気がつけば、勝手にポロポロ涙が溢れていた。困ったな、と言いながらどこか嬉しそうに笑ったガイアの指先が、私の涙を優しく拭う。そして……



「~~っ!?」



 軽い音を立てて、目蓋に唇を落とされた。驚いて固まった私を見て、ガイアが喉を鳴らして笑う。



「ククッ……ははは、いい反応だな」



「みっ……、皆も見てるのにいきなり何するのーっ!!!!!」



「だが涙は止まったろ?……君には、いつも笑っていて欲しい」



「……っ!」



「やれやれ、見せつけてくれるな……」



「そうですか?私は眼福ですわよ殿下、なんせ推しカプですから」



 ズルい。頬を撫でながらそんな甘く囁かれたら何も言えないじゃないですか……!



 ぷしゅうーと湯気を出す私を見て、アイちゃんとウィリアム王子も顔を見合わせて笑っていた。……って、そうだ!まだ疑問があった!




「あの!ウィリアム殿下も魅了をかけられていましたよね!?一体何故正気に戻られたのですか?」



「ん?初めから効いていなかったよ。イノセントローズを仕掛けるのに足に触れる為にかかったフリをしていたんだ。アイシラ、セレスティア嬢、いくら現行犯で押さえる為とは言え、君たちのようなか弱い女性に危険な戦いを強いた事、本当にすまない。特に君には、昨年の卒業パーティーからの数々の非礼を今一度謝らないといけないね。本当に、申し訳無かった」



 アイちゃんから離れマントと剣を外した王子が、あろうことか私の前で膝をついた。ぎょっとしてガイアの腕から抜け出し、王子の前でオロオロしてしまう。



「かっ、顔を上げて下さい王太子殿下!!お話を聞くに、恐らくあの日の一件からずっと、何か殿下にはお考えがあったのでしょう?私もこの一年幸せでしたし、巻き込まれたとしても怒っていませんから!」



 そう捲し立てると、王子はありがとうとそれはそれは美しく微笑んだ。それに対してちょっとポッとなった私を見てアイちゃんが自慢げにうんうんと頷き、逆にガイアが急に不機嫌になる。王子が立ち上がるのと同時に後ろから腕を引かれて、再びガイアの腕の中に閉じ込められてしまった。



「殿下……、セレンに必要以上に近づかないで下さいますか」



「ちょっ!ガイアったら、不敬だよ!」



「ははは、構わない。彼は命の恩人だ。私だけでは仮に正気であっても公爵家の暗部には敵わなかったからね」



 王子は笑ってくれたけど、ガイアはまだ私を抱き締めて威嚇オーラ全開だ。もう、これじゃ何か、まるでヤキモチやいてるみたいじゃない……!



(ってダメダメ期待しちゃ。ぬか喜びはもう卒業なんだから!)



 でも甘いドキドキは止まらない。こういう時は……無理矢理話題を逸らす!



「でも、確かにあの時儀式は成功してましたよね?なら、なんでウィリアム殿下だけ効かなかったの?多分、前まではガイアもナターリエ様の魅了にかかってたよね?」



「うっ……!あぁ、非常に情けないが、そうだな。かかっていただろう。魅了にかかった人間は、術者以外の異性に対して異常に攻撃的になると言う副作用があるからな」



「あぁ……」



「本当、叶うならあの日の俺を殴りに行きたい……!」



 だから初めの時のガイアはあんなにとがってたのか、納得です。

 叱られた仔犬のようにしゅんとしたガイアが、気まずそうな声で説明を続ける。



「魔法は本来、術者より魔力が高い者には効かない。ただこの国の人々は大半が魔力耐性が無いから、これまで彼女の悪巧みがバレないで来たんだな。俺がかかってしまったのは、術に使用されていたのが他ならない俺自身の魔力だったからだろう」



 他者からの力とは違い、自分の魔力を使った術をかけられた場合、体に流れ込んでくるのは他ならない己自身の力。だから抵抗力が作用せず、気づかないまま術中にハマってしまったのだろうとガイアは言った。



「そして同時に、俺の魔力だったからこそ、ウィリアム殿下には魅了が効かなかった」



「え?どうして?」



「……!」



 ナターリエ様もそこが気になっていたのだろう。怒りに肩を震わせながら、じっとこちらを見ていた。

 皆の視線を浴びながら、ガイアが手袋を外して右手の甲を全員に見せる。そこには、淡く輝く我が国の紋章が刻まれていた。



「現在は俺以外にろくな魔力持ちが居ない為知られていないが、魔力を持った人間が軍に所属する場合、その者は必ず王と第一王位継承者に従の誓いをする事になっている。これはその証だ。詳細は省くが、この誓いにより、俺は魔力を用いて国王と第一王位継承者に危害を加える事は出来ない」



 その説明にウィリアム王子もうんうんと頷く。

 そっか、ガイアの魔力はウィリアム王子には初めっから無効だったのね……。ちなみに契約対象が“王族”全体じゃないのは、王族内で対立が起きた場合に強力な戦力である魔力持ちを国王側の味方にする為だろうか。



「……ってちょっと待って!」



 と、そこで声を上げたのはアイちゃんだ。どうしたの?と皆がそちらを見れば、なぜだか彼女は青い顔をしている。



「つまりウィルは、ずうっと正気だったわけよね?つまり、私があいつらと戦ってる間も……」



「あぁ。実に凛々しく美しかった、惚れ直したよ!」



「嫌ぁぁぁぁぁっ!!!」



 悲鳴を上げたアイちゃんが駆け寄ってきたので、反射的に抱き止める。よしよしと背中を擦ると、アイちゃんは泣きながら私を揺さぶった。



「何よ、何それ酷くない?私が今までウィルの前で作り上げてきた『可愛く可憐でちょっとおバカな守りたくなる変な子』キャラが台無しよぉぉぉぉっ!!」



「あっ、アイちゃん落ち着いて!私は元気で強かで強くてオチャメなこっちのアイちゃんが大好きだよ!」



「ありがとう天使かよ、私もあんたが好き!でもそうじゃないのよぉぉぉぉっ!!」




     ~Ep.72 一枚上手な王子様~



  『アイちゃんに揺さぶられながら、王子様いい性格してるなぁなんて思ったのは内緒です』
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