貴公子、淫獄に堕つ

桃山夜舟

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本祭 二夜

木立の洞

 ぬばだまの黒々とした森を切り裂く長いきざはしを、松明たいまつを手にした先導役に従い、登っていく。
 二夜目の今宵の祭場は、昨夜の泉殿の更に上にあるとのことだった。

 按摩師の言葉どおり、この体にとっては淫気が滋養となるようで、何度も極めさせられたにも関わらず、疲労は残っていない。
 ただ、二人がかりで注がれた精が一歩歩くごとに染み入るようで、腹の奥がせつなく疼くのが悩ましいけれど。

 階を登るうちに、左右から張り出す枝葉の重なりが厚くなっていく。
 やがて、いくつもの大木が空を遮るように枝を張り、まるで隧道すいどうのようになった場所に辿り着いた。

 月明かりも星の光も届かず、四方に焚かれた篝火かがりびの灯りだけが赤く揺らめきながら木立のうろを照らしている。
 風に揺れる枝葉が起こす葉擦れは、まるで人のざわめきのようだ。


 枝葉が織りなす天井の下にはむしろが敷かれ、中心にはしとねが置かれていた。
 信徒達は既に集まっており、茵を遠巻きに取り囲んで座っている。

 よく見ると周りの木々は、春先でもないのに赤い花をいくつも咲かせていた。
 何の花だろうか。
 椿に似ているが、もっとずっと大きい。
 都では見たことがないそれらが放つ濃厚な甘い香りが辺りを満たしている。

 先導役に茵に座るように言われ、腰を下ろした。

(ああ、いよいよ、今宵も始まる)

 始まってしまう────
 
 膝の上で握った掌が、緊張と不安の汗で湿っていく。

 夜毎に眷属の淫妖と交わるという話だったが、今宵の妖が何かは教えられていない。
 妖は気まぐれなため、何が来るかはその時にならなければ確実にはわからないからだと言う。

(どのような妖が現れるのだろう……)

 心を千々に乱していると、木立の隧道の向こうから浪月ろうげつが姿を現した。
 飾り気のない麻の黒衣も、この男が纏うと最上級の二陪織ふたえおりの衣のようだ。

 浪月は、真霧まきりの傍らに立つと、強い光を放つ瞳でこちらを見下ろした。
 視線が絡み合った瞬間、不思議なことに不安が薄らいだ。

(不思議だ……。たとえ何が現れても、この方がいれば大丈夫な気がしてくる)

 いかなる淫妖に嬲られ、どれほど乱れても、浪月ならばきっと受け止めてくれる────
 そう思うと、肝が据わってきた。
 いずれにしろ、真霧に逃げ出すつもりがない以上、腹をくくるしかないのだ。
 
 
「これより、本祭二夜目の儀を執り行う」

 浪月はそう宣言すると、例の如くじゅを唱え始めた。
 それに呼応するかのように頭上の枝葉が大きく揺れ出した。
 葉擦れの音に紛れて、どこからかしゅるしゅると奇妙な音が聞こえてくる。
 ふと、気配を感じて背後を振り向いた真霧は、息を呑んだ。

 ────蔓だ。

 四方の樹から何本もの蔓がこちらに向かって伸びてきている。
 蔓は、まるでそれ自体が意志を持っているかのようにうねうねと身をくねらせながら、一目散に向かってくる。

「ひっ」

 逃げる間もなく、太い蔓にとぐろを巻くように胴に巻きつかれ、細い蔓に四肢を絡め取られて、宙吊りにされてしまった。

「や……っ」

 浮いた不安定な状態が恐ろしく、どうにか逃れようともがく。
 だが、蔓は幾重にも巻きつき、外すことができない。
 頭上に、赤子の顔ほどに大きな赤い蕾をつけた蔓が伸びてきた。
 その蕾が、真霧の目の前で、花弁を震わせながら大きく花開いていく。
 むせかえるような甘く濃密な香りが、鼻先にどっと押し寄せた。
 嗅ごうともせずとも鼻や口に入り込んでくるそれを吸う否や、酩酊したように頭が痺れていく。

「……は…ぁ……」

 花は開き切ると、その中心から蜜を滴らせた。
 蜜は真霧の頬を伝い、口内へも滴り落ちていく。

「うぅ……っ」

 舌が焼けそうなほど甘い蜜だった。
 とめどなく注がれる蜜が喉に落ちると、鼓動が高まり、肌が熱く火照り出した。
 急速にたかぶっていく体をわななかせながら、ようやく気がついた。

 ────この蔓が今宵の淫妖なのだ。

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