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5章 くノ一異世界を股にかける!

22 豆太郎

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 頬にあたる木漏れ日が暖かく、さわさわと心地良い涼やかな風がなびく。
 耳には小鳥の小気味良い囀りと葉擦れの音が入ってくる。
 いつまででもそこにいたいような安らぎ。
 体も頭も弛緩していつまでもその陽気に身を任せていたいような空間。


「ううん……あれ? ここは?」


 目が覚めるとそこは森の中だった。
 なんの変哲もない森。静かに自然の素晴らしさを教えてくれるかのようにただそこにあるだけ。
 ふいになんだか体に違和感を覚える。


「私……なんでこんなところにいるんだっけ?」


 全く思い出せない。
 家で寝てたらベッドごと森に運ばれた壮大なドッキリって訳でもないだろうし。
 まさか夢遊病? 勝手に歩いて来ちゃった? でも家の近くにこんな森あったっけ?


「きゃー!」


 ぼーっと考えていると女の子の悲鳴がした。
 すごく切迫していて冗談や演技じゃないようなリアルな感情だった。
 すぐさまその声がした方へ賭ける。
 でもなんだかめちゃくちゃ体が重い気がした。
 走りながら重りでも付いているんじゃないかと見回すが、私が着ているのは姿


「はぁ……はぁ……」


 少し全力疾走するだけで息切れしちゃうし、スカートや袖に枝葉が引っかかったりして全然うまく進めない。
 それでもちょっとずつ声のした方に茂みを抜けるとそこにいたのは――少女とゴブリンだった。


「は? ええ!?」


 ゲームでしかお目にかかれないような現場を目撃してしまい仰天する。
 
 ――助けなきゃ!

 驚いている場合じゃなかった。十歳ぐらいの少女がモンスターに怯え竦み襲われているという状況に体はなんとか動いてくれた。
 心臓がバクバクと大音量で鼓動を始め焦りながらきょろきょろとして咄嗟に足元の石を投げつける。
 全然剛速球でもなんでもない私の放った石は運良くゴブリンの背中に当たった。


『ギィ!』


 命中した喜びの次にきたのは後悔だった。
 何事かとこちらを振り向いたゴブリンは不快そうにこちらを睨む。


「あ……こ、こっちへ来ないで……」


 生き物の殺意が鋭く刺さり体が硬直してしまった。
 しかもターゲットを少女からこちらに変えてジリジリと距離を詰めてくる。
 逃げなきゃいけないのに金縛りにでもあったかのように恐怖で動かない。


『ギギィィ!!』


 ゴブリンはそんな私を獲物だと認識したのか飛び掛かってくる。
 サイズ自体は私より小さい。でも醜悪な顔に鋭利な爪、それに本当に私を殺そうとしてくる意思に覚悟の違いを思い知らされる。
 

「あっ!」


 もみ合いになり尻もちをついてしまうとゴブリンはそのまま私に馬乗りになって指を首に回してきた。


「ぐっ……が……やめ……!」


 力はそんなでもないはず。でも気管に入って苦しくこっちの力が入り辛い。
 それに爪が食い込んでたぶん血も出ている。
 手はゴブリンの腕を剥がそうとし、足もバタバタをさせるも死に直面し余計に抗わないといけないのにどうしようもなく事態は好転しない。
 

『ギシシシ!』


 ゴブリンは汚く嗤い、息が吸えないのとジタバタしているせいで次第に私の体力が削られていきどんどんと力が入らなくなっていく。
 目からは自分の死を悟ったせいか涙が零れる。


「ぁ……」


 ――そして私は死んだ。 
 
□ ■ □

「が……悪魔の……使いめ……死んで……し……まえ……」


 本来は豪奢で格式高いであろうお城の広間で恨めしい言葉を残して兵士が息絶えた。
 死因は刀による斬殺。犯人は――私だ。

 私は血に濡れた忍刀を振って血のりを落とす。
 一体何人殺しただろう。最初はそれこそ泣いて喚いて縋った。
 けれどそれが意味がなく、何百回、何千回と繰り返せば感情のブレが少なくなってきているのを自覚していた。
 今の呪詛も何度も聞かされた。なのに死ねない。


「……ごめんなさい……」


 こんな言葉、供養にもならない。
 でも言わずにはいられなかった。
 後ろを振り返ると兵士たちの死体がそこらかしこにぞんざいに地面に倒れ伏している。
 。私が作り上げた。

 陰鬱に俯いているとまるで爆発したかのように壁が破壊される。
 警戒してそちらを向くと人影が入ってきた。


「っ! 間に合いませんでしたか」


 【侍】の格好をして眼鏡を掛けた二十代半ばの男性だ。 
 手には特徴的な長刀を携えている。
 彼はこの散乱した死体の山を見て顔をしかめた。


「あなたは?」

「名前は『彼方』と言います。あなたを……救いにきました」

「――! そう。やっと解放されるのね」


 この彼方という初めて会ったプレイヤーが私を解放してくれると言ってくれてほっとした。
 けれど心とは裏腹に体は油断なく忍刀を構える動作に入る。
 これは呪いだ。そして私の過ち。


「あなたがブリッツたちに挑んでシステムに縛られ戦争を強要されてたのは同情します。でもだからと言ってあなたの罪が消えることはありません」

「分かってる。償いきれないほどの罪を犯した。強制力のせいで自死すら出来なかったなんて言い訳にもならない。だから早く私を殺して」


 良かれと思って私はブリッツに戦いを挑み、
 そのせいで彼とシステムの言いなりになってこうして多くの屍を生み出してしまった。
 辛うじて精神が保っていられるのは民間人には手を出していないからだ。それだけは守れた。
 もはや私が出来ることは死んで元の世界に帰ることだけ。
 もう疲れた。異世界に飛ばされ人殺しまで強制され何にも楽しくもなかった。早く家に帰りたい。


「すみません、リムに止められなければもっと早くに、それこそ戦争なんて起こす前に止められたかもしれないのに」 

「リム? 誰?」

「いえこっちの話です。すでにブリッツたちは私が始末しました。あなたが最後です」

「うん、お願いします」


 互いに全力での戦闘が始まる。
 どちらも手加減の必要もためらいもないためお城は全壊。
 けれど彼方さんは強くてものの数分で私はついに――死ねた。

□ ■ □

 一面真っ黒で何にもない水の中に私はいる。
 涙が止まらなかった。悲しくて怖くて赤ん坊のように膝を抱いて泣くしかできないでいた。
 私の中から無数の泡が出て行く。その一つ一つが私の過ちだった。
 泡に映る色んな『私』を見た。
 そのどれもが最後にはで終わる。

 似たようなパターンもあったし、全然違うのもあった。
 リィムの気まぐれでアバターの力が無かったり、リズやアレンたちと出会わなかったり、ブリッツが改心せずその手先になったのもあった。
 どれもたいていは呆気なく死ぬ。ほとんどの死因は八大災厄だ。やはり私が体験した勝利はどれも奇跡に等しいものだったんだろう。
 それを今、一万回以上体験させられた。一向に涙は枯れずずっと悲嘆に暮れ自分の馬鹿さ加減にどうしようもなく苛立ちを感じている。
 おそらくこれは走馬灯の一種だ。だけどそんな一言じゃ済まされないぐらいの拷問と言ってもいい。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 様々な複雑な感情が混ざり合って後悔しか出てこない。
 これを見せられながらゆっくりとゆっくりと自分が分解していくのも分かった。
 おそらくもう私は本当にいなくなる。
 何も為せなかった。何も出来なかった。でももう悔しさよりも何もしなくていいという安心が勝ってしまった。
 だからこのまま消えていなくなろう。


『……ん。……ゃん』


 ふいに誰かの声が聞こえた気がした。
 この暗く何もない水の底には何もない。きっと気のせいだ。
 時間も何もない。きっとリィムですらここは干渉が出来ないに違いない。


『あー……ゃん』


 ひどく懐かしさを感じるその幻聴に何も動く気がしなかった体がピクリと動いた。


「誰? 私を呼ぶのは誰なの?」


 変化は私の胸の中から起こった。
 胸からすごく小さいけれど今までとは全く違う輝く泡が抜け出てきたのだ。
 

『あーちゃん、まーだよ』


 驚くことにそれは豆太郎だった。


「豆太郎? 豆太郎なの? なんでここにいるの?」

『まーはあーちゃんといつもいっしょだからだよ』


 答えになっていない答えだ。
 でもこんな孤独で何もない世界に豆太郎がいるだけで嬉しい。
 それにとても暖かい。触ると壊れてしまいそうな儚げな光なのに体のつま先からてっぺんまでがじんわりと安らいできた。
 

「豆太郎はなんでそんなに私にしてくれるの? 私なんて全然ダメな子よ?」


 万に及ぶ失敗を見た。何千という過ちを知った。
 やればやるほど泥沼にハマっていき抜け出せないでいた。
 ついには自分を使い切りゼロになった。
 私はどうしようもないただの出来損ないだ。


『それはまーがあーちゃんをだいすきだからです!』

「私にそんな価値なんてない!」

『あーちゃんはつよいひとです』

「私は強くなんてない! 間違ってばっかりだよ!」

『あーちゃんはやさしいおんなのこです』

「優しくなんてない! 取り返しのつかないことをいっぱいした!」

『あーちゃんはいつもみんなのことをかんがえてます』

「そんなことない! いつも自分勝手だった! みんなを振り回した!」

 
 せっかく豆太郎が慰めようとしてくれているのに口から出るのは自分が嫌になってしまうぐらい否定の言葉ばかり。
 だって仕方ないじゃない。私がしたことは失敗ばっかり裏目ばっかり。一万回もやって反省も後ろめたさも感じないほど馬鹿じゃない。
 

「ねぇあーちゃん。たのしかった?』

「楽しくなんてなかった! 後悔してばっかりだった!」

『それはうそ』

「嘘じゃない!」

『んーん。まーはこわいこともあったけどあーちゃんといっしょでたのしかったよ?』


 ふいに私の体からさらに別の小さな光る泡が生まれる。
 そこには私と一緒にご飯を食べる豆太郎の姿が映っていた。
 さらに泡が出る。
 それにはタマちゃんや他のみんなと遊んでいる風景があった。
 他にも泡は次々に生じていく。
 そのどれもが私たちの楽しかった思い出が詰まっていた。


「あ……」

『ねぇ、こわいことつらいことばっかりじゃなかったでしょう?』

「……うん」


 確かに全ての物語が私の死で終わるが、そこに行き着くまでには嬉しいこと楽しいこともあった。
 なんで忘れていたんだろうか。そしてその時には必ず豆太郎が隣にいた。
 笑って食べて寝てずっと一緒だった。いつもいつも寄り添ってくれていた。


『ねぇあーちゃん。あーちゃんはどうしたい?』

「私は……」


 このまま何もせず分解されて終わりたい気持ちもあった。
 私の魂も心も傷付いてへこんで立ち直れていない。
 だから消えて行くのが一番良いんだと思っていた。

 けれど――


「出来るなら……みんなの元に戻って清算したい……でもそれはもう無理なの……私は死ぬ……」


 すでに私の魂というのは燃え尽きている。
 それにここはよく分からない死後の世界みたいなもので仮にどうにか出来てもあの世界へ戻る方法もない。
 あるのは本当に小さな悔恨だけ。
 だから何をしたって不可能なんだ。


『ううん。あーちゃんはしなないよ』

「豆太郎?」

『あーちゃん、まーはあーちゃんをたすけるためにうまれたの。だからおてつだいします!』

「お手伝い? 何を……?」

『まーのぜんぶをあげる! だからたって!』


 全部? どういうことだろう?
 豆太郎である泡が私の胸に戻っていく。
 途端に崩れていくだけの私に息を吹き返したかのようにエネルギーが溢れてきた。
 とっても暖かい。でもなんだろうこの嫌な予感は。
 ふと光が徐々に弱まっていくのに気付いた。
 ――まさか!


「駄目だよ豆太郎! そんなことしたら豆太郎が消えちゃう!」

『いろんなことをしたね。おいしいごはんをたくさんたべた。いっぱいあそんだ。わるいやつもこらしめた』

「いいから! 早くやめて!」

『あーちゃんがうれしいときは……いっしょ……によろこんだ。あーちゃ……んが……かなしいとき……もいっしょに……いた……。いつも……いっし……ょ……だった……ね……』

「こんなことしなくていい! 隣にいてくれるだけいいの!」


 分かる。直感した。
 これをすると豆太郎という存在はいなくなる。
 もう二度と豆太郎と会えなくなるんだ。


『それが……まーの……のぞみ……なのです。だ……から……あー……ゃん……』


 さっきまで小さくてもあんなに眩しかったのに今や消えそうな豆電球みたいに弱々しい。
 豆太郎の命が私に流れ込んできているからだ。そんなことしたら存在が消えちゃうっていうのに臆さずに……。
 なんでこの子は……。


「駄目だって! やめて! お願い豆太郎! 私なんかのためにそんなことしないで!!」


 言っても止まらない。止めようとしない。
 もしかしたらこれが豆太郎が初めて私に逆らったことになる。
 やだよ、私が生き返っても豆太郎がいないなら意味がないんだよ。


「私を一人にしないで!!」

『あー……ちゃ……ん……なら……だい……じょ……ぶ……』


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
 一万回やり直したということは、この子と私は一万回もの間、同じ時間を過ごしたんだ。
 それは肉親よりももっともっと長い時間を連れ添って共に生きたことになる。
 もはや半身どころかかけがえのないもう一人の私だ。


『まーは……し……あわ……せ……だっ……た……ょ……』


 その言葉を最後に光が消えた。
 悲しいのに崩れていた体は回復し安らぎすら感じる不思議な感覚に包まれている。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 叫ばずにはいられなかった。
 途方もない時間、絆を培いずっと私を支え肯定し続けてくれたまさしく私の半身。
 それが今、消失した……のだから……。

□ ■ □

「さぁ次は何で遊ぼうかなー? とりあえずリムたちの戦いを眺めるけど結果は決まってるみたいなものだしねぇ……ん? なに?」


 思案気に次の手を考えていたリィムが異常なエネルギーの発生に気付き下に目線を向ける。
 穏やかな水面があるだけだったがそこから――私が飛び出した。
 水しぶきを上げしっかりとその水面に足を付けリィムを見据える。


「久し振りね」

「嘘でしょ……なんで復活してるの!? あなたの魂は存在が保てなくなるほど摩耗してあとは消えるだけだったのに。あり得ない!」


 さっきまでずっとニヤニヤとして手の平の上で踊らせていますというぐらいいけ好かなかったリィムが本気で驚いていた。
 口調すらもあんなあざとい作ったみたいなのじゃなくて素に戻っている、
 一矢報いた気がしてちょっとだけ気が晴れた。ざまぁみろってんだ。


「豆太郎が譲ってくれたの」

「そんな馬鹿なこと……あれは私が作った疑似的な人格でしかないわ。仮に本当の命を得たとしてもここに来れる訳が……そうか、あの子とあなたは私が作り上げたシステムを介して魂で繋がっている。よってあの子も一万の死を体験し昇華したのね。そしてそれを利用した」


 リィムが呟いていることの半分も理解できていない。
 ここにいられるのは豆太郎が起こした奇跡、私にとってはそれだけでいい。理屈なんてどうでもいいんだ。


「この下でいっぱい泣いたわ。泣いて泣いて空っぽになるぐらい悲しんだら後に残ったのは豆太郎の願いだけだった。自分が大嫌いになってた。でも豆太郎に嫌われるのはもっと嫌。だから這い出てくることが出来た」


 全部豆太郎のおかげだ。
 私一人じゃなんにも出来なかった。
 小さいのに私にとっては本当に大きな存在だった。


「ふふっふふふふふふふふふふふっ!!」


 リィムの口元が緩み気持ち悪い笑みを浮かべる。


「なんて面白いのかしら! これだから人間観察はやめられない! すごくいいわ葵ちゃん、理屈は通ってもいざ出来ることじゃないのよ? 一万の失敗が一つの奇跡を生んだ! あなたは誇っていいわ、だって歴史の英雄に肩を並べるほどの誉れを起こしたのよ! あなたに心からの祝福と称賛をあげる!!」

「私じゃない、豆太郎よ」

「ふふふふふふふ、そうね! まさかあの子がここまでするとは誤算だったわ! あはははは!」


 リィムは笑いのツボにハマったかのように喜びを隠そうともしない。
 見た目は可愛らしい妖精だ。でも私にはとても邪悪なものにしか見えなくなっている。
 妖精は無邪気に人間に悪戯をしてくるというけれど、ひょっとしてその伝承もこいつだったりするのかもしれない。

 
「愉快そうね。私は極めて不愉快よ。でもそんなあなたに頼らないといけない」

「向こうの世界に戻して欲しいって言うんでしょ? いいわよ」

「……やけにあっさりね」

 
 条件を付けられたり嫌だって突っぱねられることだって予想してたのに、この手のひら返しのような態度はどうしたことだろう?
 思わず警戒してしまう。それほどに不自然だった。


「あなたは勘違いしているわ。私は人間を苦しめようとする悪い魔女や妖精じゃないの。ただ面白い場面が見たいだけ。こんな素敵な展開なのに手を貸さないなんて興ざめじゃない。それにあなたが戻ってどうなるのかとても興味をそそられるからね」

「……一つ訊きたいんだけど、豆太郎を復活させることって出来る?」

「それは無理ね。何度もやり直させたって言ったから時間を巻き戻してのループだと思ったかもしれないけどそこまで単純じゃないの。ここの時間の流れは特殊なのよ。私はその世界の性質を利用しただけ。だからここで起きてしまったことは覆らないし、一度コーヒーにミルクを入れたらもう分離するのは私でも不可能なの」

「あなた神様でしょ! それでもダメなの!?」

「それはあなたたちが勝手に言ってるだけ。私は違う次元に生きていて多少色んな力が使えるってだけよ」


 自然と手が豆太郎が入ってきた胸を触る。
 もはや残滓すらない。
 本当にぽっかりと穴が空いたかのような気分だ。
 
 ……やっぱり無理なのか。
 それが出来るなら私は何でもするつもりだった。
 豆太郎……。ごめんね。

 それでも豆太郎に託された想いは絶対に零しやしない。 


「そう。なら早くして」

「慌てないで。ちゃあんとあなたが死んだ時間とそんなにズレていない時刻に送ってあげる。ただあの肉体はもう死んでいるのよね。……いいわ、私が覗いていた依り代を媒介として復活させてあげる」

「それって景保さんが偽物って言ってたやつよね? 結局、誰だったの?」

「まぁそれは行けば分かるわ。それよりもいくつか現状のあなたの肉体に関して説明しないといけないことがあるの。それは……」


 リィムから聞けた内容は期待と不安が同居したものだった。


「……分かったわ。覚えておく」

「あなたの健闘を心から祈ってるわ。頑張って面白く足掻いてね、葵ちゃん」


 そうして私はみんなが待つあの世界へと戻ることになった。 
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