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第九話「第六階層」

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「アイシャ、シズク、今の内に詠唱を」

 後ろで待機していた二人に声をかけ、同時に了解の合図を受け取る。

「……さてと、アイシャはこの間のウルフとの戦闘で大体は把握したし、今回はシズクのお手並み拝見だな」

 二人を守るように、追い剥ぎゴブリンたちへと剣を構える。

「敵を貫け、アイシクル!」

 冷気がシズクの手へと収束する。円状の青白い光から飛び出す氷の刺。

 シズクは氷属性か……。

「斬りつける風を敵陣へ、シルフィード!」
『ギャギャッ!』

 追い剥ぎゴブリンに向かって飛んでいくのは、シズクの放った腕程の大きさの一本の氷柱。それを後押しするように、アイシャの風が、シズクの放った氷柱の勢いを増加させていく。

 突き刺さればひとたまりもない大きな氷の刺と、目には見えない風の刃がまっすぐ獲物へと向かう。

『ギャァッ!』

 氷柱は追い剥ぎゴブリンの着ていた皮の服を突き裂き、胸元を抉りぬいた。

 貫通した体の穴からは血がとめどなく溢れ出る。

『ッ――――!』

 もう一体の声はむなしくも、アイシャの風によって体ごと寸断された。

『ウ、ウガァァァアアアア!』

 仲間の返り血を浴びた追い剥ぎゴブリンが一体、俺の方へ襲いかかろうと駆け出した。

「もしかして仲間をやられて怒ったのか……?」

 振り上げられるこん棒。

 剣を正面に、地面と平行になるよう構える。

『ウガァァアアアア!』
「シュ、シュヴァルツ君!」

 俺の身を案じて、アイシャが声を上げた。

 一匹のモンスター相手に動じても仕方がないだろうに……。

『ウガァッ!』
「もし仲間だって言うんなら……――――――すまねぇな……」

 追い剥ぎゴブリンとすれ違った瞬間――――――

 振り切るために上げていた追い剥ぎゴブリンの片腕は、上半身とともに宙を舞っていた。

 鮮血の噴水を上げるモンスターの下半身が、どさりと地面に倒れ込む。

 斬り終えた剣の血を払うため、地に向けて振り払う。

 ビチャビチャと、モンスターの血が地面へと弧を描いて付着していく。

「くそ、きたねぇ……。だから大剣で叩き潰すほうが良かったんだ……」

 早いとこ筋肉つけないとだな……。

 投げ飛ばしたナイフをついでに回収し、マントの中へ。

「二人とも大丈夫か?」

 後方の二人に手を振りながら確認。

「今の剣速見えなかったんだけど……」
「は、速かった、です……!」
「お、おお。ありがとな。二人も良い感じだったぞ」

 大剣に比べれば玩具みたいなものだし、軽い分振りやすいからな。大したことはないんだが……。

 まぁ、褒めてくれるなら、素直に受け取っておくのが無難だな。

「さて……」

 ひと段落したが、さっきの冒険者の声が気になる……。

 位置的にはモンスターが出てきた辺りと近かったし、最悪の場合も想定しておかねぇと……。

 念のため剣を手にしたまま、追い剥ぎゴブリンが出てきた茂みの方へと足を運ぶ。

「二人は少し下がっててくれ。ついでに周囲の警戒を頼む」
「はーいっ」
「はいっ!」

 二人とも素直でよろしい。

 草や枝をかき分けて奥に―――――いや、面倒だな……。剣で斬り落とそう。

「よっと……」

 茂みの奥、開けた場所が目に映るには時間はかからなかった。だが――――

「これは……くそっ……」

 さっきの声の主と思われる男の死体が地面に転がっていた。

 装備一式を脱がされ、衣服だけになった冒険者の無残な死体。

「ねー、なにか居たー?」
「あー、いや、なにも……」
「うん?」

 追い剥ぎゴブリンにやられたんだろう……。

 体中に殴られた痕、顔はもう誰かすら分からないほどに潰れている。手足も縛られ、身動きできない状態で…………ひどい有り様だ……。

「ポーションも、命が尽きれば使い物にはならないからな……」

 …………うん?

 なんでこいつは手足を縛られてここに?

「なにかおかしい……」

 死体に近付き、冒険者の死体を調べてみる。

 追い剥ぎゴブリンは確かに冒険者に襲いかかる。だが、拘束するなんて聞いたことがない。

「誰かに……身動きが取れないようここに置いて行かれた……?」

 底辺冒険者でも極まれにこういうことがある。

 経験も能力も中途半端なのにも関わらず、自分の力を過信して上の階層に上がる。
 そして、勝てないモンスター相手に逃げ切れないと思ったら、逃げ足の遅い奴を生贄に撤退。

 そういう奴らはパーティを組むに値しない連中だ。

「お前も可哀そうにな……」

 ん、なんだこれは……。

 衣服の隙間に手紙のようなものが挟まっている。

『ジャックを助けに来た者へ。ここから更に奥へ向かえ。七階層へと通じる階段の手前を右に曲がり、洞窟へと入れ。手紙を持たせた冒険者の生死は第六階層の運命に任せることにした。お前たちが早く彼を見つけることを――――――』

 手紙を片手で握りつぶし、怒りに拳が震えだす。

「クソがっ……ふざけたマネしやがって……!」

 こんな手紙……、読む気も失せる。

 ただの誘拐犯、金目当ての奴らなら、こんな姑息な手は使わない。こんな卑劣な行為まではしない。

 こんな卑怯で汚いマネをする奴らは盗賊の連中か裏ギルドの奴らだ。

「悪党どもが……絶対に許さねぇ……」
「シュヴァルツ君、大丈夫なのー?」

 茂みを挟んだ向こう側からアイシャの声。

「あ、ああ、問題ないぞー」

 あいつらに見られる前にここから離れよう。

 立ち上がり、足元に転がる冒険者を見つめる。

 もう、どこに目があったのかも分からない。声をかけたとしても届く相手ではない。

 だが、それでも……。

「安らかに眠ってくれ……」

 俺にはマントをかけるくらいしかできない……。

 だがな、仇は必ずとってやる……。
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