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第一章 はじまり

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 「それじゃあ、そろそろ行こうか。」

 白虎たちと戯れていたリッカに優しくそう言った領主は最初の緊張した面差しではなく、もうすでに柔らかな表情になっている。この数刻の間で、神獣たちが言い伝えられたものと違うことを理解したからだ。言い伝えられている神獣はこの国を守ってくれているが、崇高で、近寄り難い存在であると言われていた。
 しかしどうだ。この国の守り神である黄龍はリッカにデレデレであり、四方の守り神はリッカに甘えている。そんな彼らを見てしまっては契約許可も出さないわけにはいかないだろう。実際に出しているのだが。

 「いよいよ、ですわね。」
 「契約は一からすべて一人で行わなければいけないからな。頑張れよ、リッカ。」
 「はい。父様、母様。では、行ってまいります。」
 「気をつけてな。」
 「うん。こーちゃんもわざわざ来てくれてありがとう。」

 契約の儀は領主の館の中の特別な部屋で行われる。部屋に入るのは八つになった子供と、契約候補である魔獣たちだ。数匹の候補が中でつながれている。その中から自分の適性に合う子を選び、契約するわけだ。万が一、契約に失敗したとしても外に上級のテイマーが控えているため、何の心配もいらないというわけだ。
 リッカの場合、ことが事であるため見張りは領主であるヒイラギが行うことになるだろう。これでもヒイラギはこの国随一のテイマーなのである。
 
 「封印の呪の施し方は分かるか?」
 「はい。本で読んでいたので。大丈夫だと思います。」
 「そうか……リッカは相変わらず優秀だのう……」
 『まま、すごい?』
 「ええ、その頭脳もですが、手先の器用さや応用に移す能力は他に見ないですねぇ。白虎様は、リッカがお好きですか?」
 『すきだよ!ままは、やさしいんだ!』

 馬車の中でヒイラギとリッカは言葉を交わす。白虎だけはリッカに抱っこされているので起きているが、他三匹は早々に寝息を立ててしまっている。領主の館までトウドウ家から少し遠く、馬車に乗っても一時間はかかるため眠ってしまうのは仕方のないことだった。

 「リッカは、いつから神獣様と一緒にいるんだ?」

 眠っている三匹を眺めながらヒイラギは尋ねた。その瞳はすべてを見透かしていそうで、どこか居心地が悪い。

 「こーちゃんは、生まれたときから。シロくんたちは四年前に。ずっとあの裏庭で一緒に過ごしていたので、」
 「そうなのか……」
 『ずっとままといっしょ!シロくんうれしい……』
 「そうなんですね……それは、ようございました。」

 そうしてなんだかんだと会話をしていればいつのまにか屋敷に到着していたらしい。おそらくどの家よりも大きいだろうと思っていた自身の家よりも大きな屋敷がちらちらと門の隙間から見えている。門の前には複数の馬車が停まっていて、数日遅れで契約の儀を行う子供が来ているのだろう。契約の儀は何も誕生日当日に行わなければいけないわけではない。

 「どうやらアズマ家とシーファ家、ストレイン家の子供が来ているようだな」
 「馬車でわかるんですか?」
 「ああ。馬鎧に家紋がついているだろう?領主として、領地に住む家の紋は覚えているんだ。」
 「……すごい、ですね。」
 「ほっほっほ、なぁに、領主としては当然さ。」

 リッカの純粋な敬意の視線に、ヒイラギは嬉しそうに笑った。門の前に停まっている馬車たちを横目に屋敷内へと馬車に乗ったまま入っていく。リッカとヒイラギが乗っている馬車はそもそもヒイラギの家で使っているものであるため、門の前で降りる必要がないのである。

 「起きて、ついたよ」
 『んぅ……まだ寝たい……』
 『おはようございますお母様。それから起きなさい、青龍。』
 『もう着いたのか……』
 『ほら、おきてー!ぼく、はやくままとけーやく、したいなぁ!』
 「はっはっは、こうしてみると神獣様も他の子らと変わりませんなぁ」

 まだ寝ようとする青龍を朱雀が起こし、寝ぼけている玄武を白虎が揺する。そんな姿を見てヒイラギはまたも声を上げて笑った。よく笑う領主である。リッカは少し居た堪れなくなり、ぎゅっと四匹を抱きしめた。馬車が止まり、扉が開けられヒイラギについて下りていく。
 玄関先にはヒイラギの家に仕えている執事らしき姿があった。

 「すでに三人は契約を終えております。」
 「早くて助かるよ。諸事情があってリッカの契約は私が見ることになったからね。」
 「なんと……!左様でございましたか、すぐに準備いたしましょう。」
 「リッカが終わり次第話もしたいから、他三人も談話室にておもてなしをしておいてくれ。」
 「御意に」

 ヒイラギとリッカを屋敷内に入れて、執事は身を翻した。驚いているリッカを連れてヒイラギは階を下りる。どうやら契約の儀を行う部屋は地下にあるらしい。すん、と白虎は空気を吸って、不思議そうに首を傾げる。腕の中にいた白虎のその行動に、リッカは疑問の声をもらす。

 「どうしたの?」
 『まじゅうのにおいがする……』
 「魔獣の?」
 『確かに気配がします。嗚呼、この部屋からですね、』
 「流石にわかりますか。今は前三人と契約しなかった魔獣がここに残っているんですよ。契約の儀を行う部屋はその隣です。」

 なるほど、と理解する。要は、リッカも例外がなければこちらの部屋で契約を行うことになっていたのだ。部屋が二つあることにも驚きだが、分けるほどに自身で最初の契約相手を用意する子が多いことにも驚いた。
 きょろきょろとしているうちに、ヒイラギが立ち止まっている。リッカも立ち止まると、ヒイラギは振り返って言った。

 「さぁ、準備はいいかい?」
 「はい。大丈夫です。」
 「自分で陣を書いて、その上で、契約をするんだ。大丈夫だとは思うが、万が一失敗したときは素早くここの扉を開けるように。」 
 「はい。では、行ってまいります。」

 重苦しい扉を押して、リッカは四匹と共に部屋の中へと足を踏み入れた。


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