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おさとうななさじ
8.
しおりを挟む「ケーキ、これで最後だよ。ほら、口開けて?」
どこまでもあまく笑って、クリームがたっぷり乗せられた大きなかけらのケーキを差し出してくる。
遼雅さんは、空になったプレートを目視せずにテーブルに置いて、もう一歩こちらに詰め寄ってくる。
ほとんど私の体に跨るような形で迫って、首をかしげていた。
とても一口ではおさまらなさそうだ。
思っているのに、遼雅さんの瞳を見つめたら、逆らうことを忘れておずおずと口を開いていた。
「ん、」
やさしく押し込まれて、口に入りきらなかったクリームが唇の端から、顎に流れる。
すぐに手で拭おうとして、そのままソファに倒れ込んだ。
「ん、ぅ……!」
なぞるように舐めとられる。まるで、私がこぼしてしまうことを知っていたみたいに、用意周到に体を押し倒していた。
うなじに触れる指が弄るように熱を擦り付けて、首筋に吸い付いてくる。
触れられる首筋がぴりぴりとしびれていた。口に入っているケーキを何とか飲み込んで、混乱するまま声をあげる。
「りょうが、さん、そこは、ケーキついて、なっ……」
「うん?」
「も、いい、ですからっ……!」
「こんなに、あまいのに?」
唇が、首筋から鎖骨をなぞる。吸い付いたり舐めたり、遊ぶように噛んでいる。
遼雅さんとあまい匂いだけがそばにあって、あとはもう、何もなくなってしまったみたいだ。
錯覚して、眩暈が止まらない。
「りょう、」
「全部あまい」
「っあ、きたな、いです」
「汚くない」
「だめ、」
「……じゃあ、一緒にお風呂入りますか?」
指先がトップスの裾から侵入して、ゆるりとへそのあたりを撫でる。
「や、だ」
「だめ? さっきのお願い、一緒にお風呂入ることだったんだけど」
「あっ、まっ、て」
「それが無理なら、このまま抱くよ」
背中に触れていた手が、ついさっき会社でされたのと同じように下着のホックで遊んでいる。
違うのは、その手がトップスの中に潜り込んでいて、今すぐにでも簡単に外してしまえそうなことだ。
「お風呂、入りたい?」
「ん、は、はいりたい」
「じゃあ一緒に入ろう」
「それ、は」
「柚葉さんの全部、きれいに洗ってあげるから、ずっと座っているだけでいいよ」
「は、ずかしい」
「恥ずかしがってても、かわいい」
指先がするりと服の中から離れて、当然のように抱き起された。
抱えられて、ようやく体に力が入らなくなってしまっていることに気づく。
もう、逃げることもできない。
「力入らなくなった?」
「う、あ……」
まるですべてがお見通しだ。
視界にぐちゃぐちゃになったソファクッションと、テーブルの端に置かれたケーキのプレートが見えて、すぐに目をそらした。
勝手にバスルームへと進んでいく遼雅さんに、抵抗する言葉すら見つからない。
「俺がぐちゃぐちゃにしたからだね。お詫びに綺麗にする」
「ん、もう、けってい、ですか」
「うん。……あきらめて、俺にあまやかされてください」
やさしく囁いて、耳に唇を触れさせてくる。
どうしようもなくあつい体にほだされて、結局目立った抵抗もできずにバスルームに押し込まれてしまった。
すべてを丁寧洗われて、すこしも手を使わないまま、のぼせそうな体を抱き起される。
バスタオルに包まれて、あっけなくベッドの上におろされてしまった。今日家に帰ってきてから、私一人でこなせたことが、どこかにあっただろうか。
思いだせない。
もう、ただ遼雅さんの匂いにつつまれてしまった。
やわく抱きしめられて、鼓動の熱さにぐるぐると目が回ってしまう。
こんなにも情熱的に尽くされたら、もっと好きでどうしようもなくなる。
「ゆず」
「あ、もう、あつ、い」
「うん、すごく、あつそうだ」
「あたまのなか、りょうがさんで、いっぱいです」
「うん?」
「どう、したらいいの」
「あはは、もう。かわいいな」
どうしたらいいのって私は本気で聞いているのに、どこまでもやさしい瞳は静かにあまく、笑っている。
夜はあつい。
もう、あつくるしいくらいで、眩暈がとまらない。
「そうだね、そのまま、俺の全部を受け入れて」
「りょう、」
「全部俺にくれる?」
わけもわからないまま、頷いている。
「ゆず」
ただ、うれしそうな遼雅さんが顔を寄せてくれる。
あまい指先の熱を頬に感じて、抗うことなく、ゆっくりと瞼を下した。
とっくに、溺れているような気がする。
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