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STEP 8 「もっと頼って欲しくて必死だわ」
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「……ごめんなさい、感情がすごく、昂ってしまって」
どうにか気分を落ち着けて、ゆっくりと瞼を開く。
じっと私を見下ろす八城の目が、どうしようもなく優しい。見つめあったら、困ったような、愛おしいものを見るような瞳で優しく笑われてしまった。
「ほんと、真面目なんだな」
「そんなこと、は、ないです」
「偉いよ。中田に爪の垢煎じて飲ませたいわ」
場の空気を、絶対に暗くしない人だ。わざと笑い話を作ってくれたのだと理解して、小さく笑ってしまう。
「明菜は、すげえわ。児島相手にもその神対応、どうなってんの?」
「神対応、ではないですけど……」
「ん。そういう謙虚で一生懸命なとこも、相手の立場に立ってめちゃくちゃ考えられるところも、俺はすごい、信頼してる」
「あ、りがとう……ございます」
「すごいな。明菜は本当、すっげえ頑張ってる。側から見ててもわかるよ。……児島の分も、俺がめちゃくちゃ高評価つけやりてえわ。明菜がいなきゃ、営業の仕事も回らねえし、優秀な新卒も入ってこねぇぞって、でっかい声で訴えようかな」
「そんなこと、しなくて、大丈夫です、そのお言葉だけで……もう、」
十分すぎるくらい、温かい言葉だ。どうしようもなく優しくて、胸が苦しくなる。張り裂けてしまいそうだ。
「でも、明菜が犠牲になる理由はないだろ」
そっとつぶやきながら、目線を合わせるように八城が身体をかがめた。
まっすぐ、目の前に見える瞳は、ずっと優しい。私を守ろうとしてくれているのだとはっきりと理解できる、温かい眼差しだった。
「毎日働きすぎて休憩室で倒れかけたり、土曜もこっそり出てきたり、ノー残業デーなんてほとんど忘れてずっと働き通しで……そこまでやっても評価してくれないなら、それはもう、そのやり方じゃ相手に届かないんだ」
「……はい」
注意を促されているはずなのに、あまりにも優しい瞳だから、甘やかされているように錯覚してしまう。
この人に従えば、すべての問題が解決してしまいそうな気がしてしまうから不思議だ。
頼れる人だと思う。ずっと、その肩にたくさんの人の期待を背負っている。
「たくさんいろんなとこから刺激受けて、初めてわかることもある」
「はい……、そう、ですよね」
「ダメ出しじゃないからな? 実は、昔の児島部長は部下に何も教えないくせに、営業成績が悪ければ平気で頭を殴ってくるような人だった」
「えっ」
「俺が新人の時にも何度も見たから、そんなに昔じゃない。でも、最近は不服そうな顔しながら、さすがに殴ったりするようにはならなくなったらしいし、昔は女性社員を、お茶汲みとか呼んでたくらいで」
「それは」
「ひどいよな。でも、たしかにすこしはマシになってる。……明菜みたいな一生懸命な人をこき使って、俺はマジでムカつくけど、そういう人たちの優しさに救われて、あの人も、変われるのかもしれない」
八城は決して、私のちっぽけな頑張りを否定したりしなかった。まっすぐな瞳に褒められた気がして、鼻の奥がつんと苦しくなってくる。
泣いてしまいそうだ。
どうにか誤魔化しているけれど、きっと八城には気づかれてしまっているだろう。零れ落ちてしまいそうで俯いたら、もう一度優しい手が頭を撫でてくれる。
「……そうだと、しんじて、います」
優しい熱に誘われて、どうしようもなく弱々しい声が出た。
私の声に、八城が笑ってくれる。どうにか場を明るくしようとしてくれているのが分かるから、泣きそうなのに、笑えてしまった。
「でも明菜を犠牲にするのはマジで勘弁っすね、俺が怒っちゃうわ」
わざと口調を崩して、おかしな言い方をしていた。
どこまでも優しい。情に厚くて、まっすぐで、誠実な人だと思う。
どうしようもなくすてきな人で、まいってしまった。八城は、誘惑なんてしようとしなくても、つねに人を惹きつける魅力あふれる男性だ。
「ふふ」
「笑い事じゃないっすよ。優しい明菜が児島の進退を心配するのと一緒で、頑張り屋の明菜が心配で心配で、仕事放り出して探しにくる男がいるってこと、覚えといてください」
やっぱり、私が思った通り、仕事を投げ出して探しに来てくれていたらしい。
胸がぎゅっと詰まった。この人に認められるなら、それでよかったのだと思えてしまう。
「……やさしいです」
「頑張るときは、周りも頼る」
「はい」
「会社は社長のもんでも、児島のもんでも、もちろん俺のものでもない」
「はい」
「いろんな考え方のやつがいて、全員が役割持って楽しくやるところだろ? 目の前の仕事をしっかりやるときに、誰かが喜んでくれるのがうちの仕事だから」
『目の前にある仕事を、誠実にやりきること。それが誰かの役に立っていることを実感できる、いい会社だと思います』
就活生の時に聞いた説明と同じ、まっすぐでうつくしい言葉だった。
どんなに理不尽な目に遭っても、この会社で輝き続けている八城の想いがよくわかる、すてきな言葉だと思う。眩しい気持ちで見上げているうちに、八城がすこしだけ真面目な顔をして私を見つめた。
「明菜の頑張りで、俺とか周りのやつら、悲しませちゃダメだろ?」
「……かなしいですか?」
「かなしいよ、もっと頼って欲しくて必死だわ」
優しい指先が、髪を耳にかけてくれる。私の意思を尊重しながらも道を照らしだしてくれる、かっこいい人だ。
もうずっと頼りきっている。私の道しるべになっているすてきな人だ。
「頼っています」
「どのへんが?」
「いつも、笑顔に救われます」
くるしいとき、つらいときに、いつも遠くから眺めていた。
常に人に囲まれていて、眩しい人だった。そばで笑ってくれる人になるなんて、本当に信じられない、願ってもいない幸運だった。
「じゃあもっと俺が笑っていられるように、小宮さんも笑っててください。ふらふらになるまで働かない。いいか?」
今までずっと名前で呼ばれていたのに、突然苗字で呼ばれて、背筋が伸びる。はっきりとした命令に、こころから頷いた。
「はい。そう、します」
あんなに頑なに戦っていたのに、八城の言葉一つで、周りを頼ってみたくなるからおかしい。
八城の誘惑は、いつも負けなしだ。
「よし。しばらく監視しておくわ」
「ええ?」
「今日も残業なしで、今すぐ帰る」
「いま、すぐ」
「飯食いに行こう。俺が奢るんで」
先輩社員になったり、恋愛ごっこの相手になったり、八城春海の切り替えの早さは相変わらずだ。
「……これは誘惑ですか?」
「はは、もちろん。誘惑されてください、明菜さん」
「あはは、もう。八城さんは忙しいです」
「ほら、海外出張も控えてるし、しばらく金曜の俺の癒しがなくなるから、今のうちに、たくさん明菜摂取しておきたいんだよね」
「せっしゅって、おかしいです」
「断んないよな?」
茶化しながらも、八城は不敵に笑っていた。
「ふふふ、さすが、強気の営業マンです」
「フラれたくないだけっす」
茶化した八城に、もう一度「明菜の時間ください」と強請られて、とうとうゆっくりと頷いてしまった。
今日は水曜日だ。はじめて、好きな人と水曜日を過ごせるらしいことを知って、勝手に浮かれてしまう。
突然のデートのお誘いだ。胸に大事にしまい込んでおきたいくらい、すてきな言葉に頬が緩む。
ブラインドをあげようと手を伸ばしたら、後ろから伸びた手に振り向かされて、間近に八城が見えた。
「や、」
名前を呼ぶ間もなく小さく口づけて、髪を乱されてしまう。
「会社、です」
「外じゃできないだろ」
「それ」
「今のうちに食っとく」
言葉にして、もう一度唇を食まれる。
抵抗することもできずにされるがままになって、呆然としているうちに笑った八城が私の髪を軽く整え直した。
非難の声をあげる前に、ミーティングルームから八城が出て行ってしまう。
出ていく寸前に耳元に囁かれた言葉が、胸にうるさく、響いて消えない。
「お外デート、すげえ楽しみ」
最近の八城のひそかな流行りなのか、私の言葉を真似てくる。怒りたいのに、私と同じくデートだと思ってくれていることに浮かれてしまう。
「もう……」
本当に、前途多難だ。
どうにか気分を落ち着けて、ゆっくりと瞼を開く。
じっと私を見下ろす八城の目が、どうしようもなく優しい。見つめあったら、困ったような、愛おしいものを見るような瞳で優しく笑われてしまった。
「ほんと、真面目なんだな」
「そんなこと、は、ないです」
「偉いよ。中田に爪の垢煎じて飲ませたいわ」
場の空気を、絶対に暗くしない人だ。わざと笑い話を作ってくれたのだと理解して、小さく笑ってしまう。
「明菜は、すげえわ。児島相手にもその神対応、どうなってんの?」
「神対応、ではないですけど……」
「ん。そういう謙虚で一生懸命なとこも、相手の立場に立ってめちゃくちゃ考えられるところも、俺はすごい、信頼してる」
「あ、りがとう……ございます」
「すごいな。明菜は本当、すっげえ頑張ってる。側から見ててもわかるよ。……児島の分も、俺がめちゃくちゃ高評価つけやりてえわ。明菜がいなきゃ、営業の仕事も回らねえし、優秀な新卒も入ってこねぇぞって、でっかい声で訴えようかな」
「そんなこと、しなくて、大丈夫です、そのお言葉だけで……もう、」
十分すぎるくらい、温かい言葉だ。どうしようもなく優しくて、胸が苦しくなる。張り裂けてしまいそうだ。
「でも、明菜が犠牲になる理由はないだろ」
そっとつぶやきながら、目線を合わせるように八城が身体をかがめた。
まっすぐ、目の前に見える瞳は、ずっと優しい。私を守ろうとしてくれているのだとはっきりと理解できる、温かい眼差しだった。
「毎日働きすぎて休憩室で倒れかけたり、土曜もこっそり出てきたり、ノー残業デーなんてほとんど忘れてずっと働き通しで……そこまでやっても評価してくれないなら、それはもう、そのやり方じゃ相手に届かないんだ」
「……はい」
注意を促されているはずなのに、あまりにも優しい瞳だから、甘やかされているように錯覚してしまう。
この人に従えば、すべての問題が解決してしまいそうな気がしてしまうから不思議だ。
頼れる人だと思う。ずっと、その肩にたくさんの人の期待を背負っている。
「たくさんいろんなとこから刺激受けて、初めてわかることもある」
「はい……、そう、ですよね」
「ダメ出しじゃないからな? 実は、昔の児島部長は部下に何も教えないくせに、営業成績が悪ければ平気で頭を殴ってくるような人だった」
「えっ」
「俺が新人の時にも何度も見たから、そんなに昔じゃない。でも、最近は不服そうな顔しながら、さすがに殴ったりするようにはならなくなったらしいし、昔は女性社員を、お茶汲みとか呼んでたくらいで」
「それは」
「ひどいよな。でも、たしかにすこしはマシになってる。……明菜みたいな一生懸命な人をこき使って、俺はマジでムカつくけど、そういう人たちの優しさに救われて、あの人も、変われるのかもしれない」
八城は決して、私のちっぽけな頑張りを否定したりしなかった。まっすぐな瞳に褒められた気がして、鼻の奥がつんと苦しくなってくる。
泣いてしまいそうだ。
どうにか誤魔化しているけれど、きっと八城には気づかれてしまっているだろう。零れ落ちてしまいそうで俯いたら、もう一度優しい手が頭を撫でてくれる。
「……そうだと、しんじて、います」
優しい熱に誘われて、どうしようもなく弱々しい声が出た。
私の声に、八城が笑ってくれる。どうにか場を明るくしようとしてくれているのが分かるから、泣きそうなのに、笑えてしまった。
「でも明菜を犠牲にするのはマジで勘弁っすね、俺が怒っちゃうわ」
わざと口調を崩して、おかしな言い方をしていた。
どこまでも優しい。情に厚くて、まっすぐで、誠実な人だと思う。
どうしようもなくすてきな人で、まいってしまった。八城は、誘惑なんてしようとしなくても、つねに人を惹きつける魅力あふれる男性だ。
「ふふ」
「笑い事じゃないっすよ。優しい明菜が児島の進退を心配するのと一緒で、頑張り屋の明菜が心配で心配で、仕事放り出して探しにくる男がいるってこと、覚えといてください」
やっぱり、私が思った通り、仕事を投げ出して探しに来てくれていたらしい。
胸がぎゅっと詰まった。この人に認められるなら、それでよかったのだと思えてしまう。
「……やさしいです」
「頑張るときは、周りも頼る」
「はい」
「会社は社長のもんでも、児島のもんでも、もちろん俺のものでもない」
「はい」
「いろんな考え方のやつがいて、全員が役割持って楽しくやるところだろ? 目の前の仕事をしっかりやるときに、誰かが喜んでくれるのがうちの仕事だから」
『目の前にある仕事を、誠実にやりきること。それが誰かの役に立っていることを実感できる、いい会社だと思います』
就活生の時に聞いた説明と同じ、まっすぐでうつくしい言葉だった。
どんなに理不尽な目に遭っても、この会社で輝き続けている八城の想いがよくわかる、すてきな言葉だと思う。眩しい気持ちで見上げているうちに、八城がすこしだけ真面目な顔をして私を見つめた。
「明菜の頑張りで、俺とか周りのやつら、悲しませちゃダメだろ?」
「……かなしいですか?」
「かなしいよ、もっと頼って欲しくて必死だわ」
優しい指先が、髪を耳にかけてくれる。私の意思を尊重しながらも道を照らしだしてくれる、かっこいい人だ。
もうずっと頼りきっている。私の道しるべになっているすてきな人だ。
「頼っています」
「どのへんが?」
「いつも、笑顔に救われます」
くるしいとき、つらいときに、いつも遠くから眺めていた。
常に人に囲まれていて、眩しい人だった。そばで笑ってくれる人になるなんて、本当に信じられない、願ってもいない幸運だった。
「じゃあもっと俺が笑っていられるように、小宮さんも笑っててください。ふらふらになるまで働かない。いいか?」
今までずっと名前で呼ばれていたのに、突然苗字で呼ばれて、背筋が伸びる。はっきりとした命令に、こころから頷いた。
「はい。そう、します」
あんなに頑なに戦っていたのに、八城の言葉一つで、周りを頼ってみたくなるからおかしい。
八城の誘惑は、いつも負けなしだ。
「よし。しばらく監視しておくわ」
「ええ?」
「今日も残業なしで、今すぐ帰る」
「いま、すぐ」
「飯食いに行こう。俺が奢るんで」
先輩社員になったり、恋愛ごっこの相手になったり、八城春海の切り替えの早さは相変わらずだ。
「……これは誘惑ですか?」
「はは、もちろん。誘惑されてください、明菜さん」
「あはは、もう。八城さんは忙しいです」
「ほら、海外出張も控えてるし、しばらく金曜の俺の癒しがなくなるから、今のうちに、たくさん明菜摂取しておきたいんだよね」
「せっしゅって、おかしいです」
「断んないよな?」
茶化しながらも、八城は不敵に笑っていた。
「ふふふ、さすが、強気の営業マンです」
「フラれたくないだけっす」
茶化した八城に、もう一度「明菜の時間ください」と強請られて、とうとうゆっくりと頷いてしまった。
今日は水曜日だ。はじめて、好きな人と水曜日を過ごせるらしいことを知って、勝手に浮かれてしまう。
突然のデートのお誘いだ。胸に大事にしまい込んでおきたいくらい、すてきな言葉に頬が緩む。
ブラインドをあげようと手を伸ばしたら、後ろから伸びた手に振り向かされて、間近に八城が見えた。
「や、」
名前を呼ぶ間もなく小さく口づけて、髪を乱されてしまう。
「会社、です」
「外じゃできないだろ」
「それ」
「今のうちに食っとく」
言葉にして、もう一度唇を食まれる。
抵抗することもできずにされるがままになって、呆然としているうちに笑った八城が私の髪を軽く整え直した。
非難の声をあげる前に、ミーティングルームから八城が出て行ってしまう。
出ていく寸前に耳元に囁かれた言葉が、胸にうるさく、響いて消えない。
「お外デート、すげえ楽しみ」
最近の八城のひそかな流行りなのか、私の言葉を真似てくる。怒りたいのに、私と同じくデートだと思ってくれていることに浮かれてしまう。
「もう……」
本当に、前途多難だ。
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