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STEP 10 「あんまり待たせるなら、ふらふらしちゃいますよ」
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「や、しろさん、かいしゃ」
「他の男にフラフラすんなって言っただろ」
制服の上から意味深に腰をなぞられて、たまらず腕にしがみついた。
良くないことをしている自覚がある。良くないことをされる予感もあった。どうにか八城の目を見上げて、あまりにも力強いまなざしに呼吸が止まりかける。
「ふらふらしてな、」
「俺だけ見てろ」
これ以上好きになって、どうするのだろう。
鋭い眼光に射抜かれて、言葉も出ない。
ただ力の抜けた足が地面に折れかけて、八城にそっと絨毯の上に座り込まされた。カギのかかった会議室には、誰も入ってこられない。ブラインドが下がっている室内は、外から様子を伺うこともできない。
例えば八城が、出世欲旺盛な男性で、どんな手を使ってでもトップに上り詰めると誓っているような人なら、私はこの人を、ずっと手放さずに居られるのだろうか。
「明菜」
自分のものでもないのに、身勝手なことを考えている。私が、私でなければ、八城に好意を伝えても、重荷になることはなかったかもしれない。
「驚かせたか?」
座り込んだまま呆然と八城を見つめている私のことを、心配そうに見下ろしてくる。
八城は私と極力目線を合わせるためか、片膝をついて座り込んでいた。まるで王子様みたいだ。私の王子様だったら、どれだけすてきだろう。
「明菜、大丈夫か?」
優しい声が聞こえる。
何も答えない私の頭を撫でて「いじめすぎたか?」とあまく囁いてくれる。私が派手にばら撒いてしまった紙を拾いながら、私が言葉を探し終わるのを待ち続けてくれていた。
結局私は、どうしようもなく八城のことが好きになってしまった。
右の手のひらに刻まれた痕をじっと見下ろして、一枚ずつ書類を拾い上げている八城の手首を掴んだ。八城の手のひらなら、私の手首をすっぽりと覆うことができるのに、私の手では親指と中指が触れることもない。本当に逞しい腕だと思う。
「あき、」
振り返った八城の肩を掴んで、背筋を伸ばして顔を寄せる。おそらく、今までのなかで、一番に八城を驚かせることができたような気がする。
八城の唇に自分の唇をそっと押し付けて、誰よりも近くで、八城の瞳を見上げた。
「春海さん」
「……なに?」
「あんまり待たせるなら、ふらふらしちゃいますよ」
囁いて、鋭く見下ろしてくる八城の唇にもう一度キスする。されるがままになっていた八城は、私の行動をじっと見下ろして、私の手を掴んだ。
——八城のことを、はやく忘れなければならない。これ以上続けていたら、間違いなく引き返せなくなる。
八城が何とも思っていなくとも、私は八城の姿が目に入るたびにこころをかき乱されて、普通ではいられなくなる。
終わりにしたい。こんなにも優しい夢なら、早く醒めてしまわないと、取り返しがつかなくなる。
「明菜」
「八城さんがもらってくれないから、よそみ、しちゃいます、よ」
思ってもいないことを八城の耳元に囁き落として、八城がいつも私にしてくれることを真似るように、耳に口づける。
拙い誘惑だと分かっていても、必死になっていた。離れなければならない。だけれど、私のはじめてを捧げるなら、八城以外にはいない。
八城に貰ってほしいと思う。好きな人になら、どんなに乱暴にされてもいい。どんなに苦しくとも、痛くとも、大事に抱えて、ひっそりと死んで行ける。
誑かすように音を立てて耳朶に口づけて、名前を呼びながら耳殻を舐めて優しく齧りついた。
「ほかの人にお願いしようかな」
自分勝手な言葉だと思う。笑ってしまいたい。私のことを好きになっていない八城からすれば、勝手にしてほしいような言葉かもしれない。
けれど、優しい八城なら、絶対に引き留めてくれると信じていた。
私は、ずるい人間だ。
「他の人って何」
握り合わせていた手が離れて、指先から熱が奪われる。さみしく感じている暇もなく、八城に力強く腰を掴まれて、八城の目の前に座り直させられた。
目の前で、鋭い瞳が燃えている。
苛立ちのような色にも見えたけれど、八城が苛立っているところなど、見たこともないから、それがどんな感情のものなのかは、すこしも分からなかった。
「……もういっそ、眞緒くん、とか」
花岡を下の名前で呼んだことなど一度もなかった。名前を憶えていられたのは、可憐が花岡を『魔王』と不思議な呼び方で呼んでいるからで、そもそも私は、男性を下の名前で呼んだことすらないほど異性に慣れていない、枯れた女だ。
八城の名前を呼ぶだけで、どこまでもしあわせな気分になって、特別な甘さを感じているなんて知ったら、八城は嫌になってしまうかもしれない。
嫌われたくなくて、必死になっている。
もう、どうしてこんなにも好きになってしまったのか、数えるだけでまた好きが大きくなるから、知らないふりをしていた。
私の答えに、八城は何も言わずに、真意を伺うようにじっと見下ろしてくる。今はその目が、すこしだけ怖い。
私のすべてを、見透かしているような気がする。私のこころのすべてが八城に奪い取られて、暴かれてしまいそうな気がする。恐ろしくて、こころを隠すようにこっそりと息を吐きおろした。
私は八城を誘惑する。八城から、離れるために、精いっぱい、誘惑をする。
覚悟を決めてもう一度八城の肩を掴みなおしては、彼の瞳を覗き込んだ。
「いいの? わたし、ふらふら、しちゃいます、よ」
精いっぱいの誘惑を囁いて、最後にもう一度だけ、口を開いた。
八城さん、私はもう、こんなにもしあわせな時間をつづけていられる自信がないんです。
「……三週間も待てないから、他の、」
最後まで、言いきることはできなかった。後頭部を熱に掬われて、あっけなく八城との距離がゼロになる。
「っん、……、ぅ、んんっ!」
身体を抱きすくめるようにしながら押さえつけられて、私がしたものとは比べ物にならないような深いキスをねじ込まれる。
簡単に侵入してきた舌が意識を奪うように勝手に口内を蹂躙して、私の呼吸を呑み込んだ。
声のすべてを、奪いつくすようなキスだった。
猛攻に酔って八城の胸に手を突っぱねてみても、私の弱い抵抗の手など、簡単に八城の手に絡まってしまった。
逃げ場もなく、ただ、八城の深い口付けに追い詰められる。まるで、身体の内側を八城の熱で染め上げるための行為みたいな、どこまでも熱いキスだ。ぐらぐらと揺れる世界の中で、とうとう身体から力が抜ける。ほとんど八城にされるがまま、舌を何度も弄ばれて、ただ八城に寄りかかるだけの人形になったところで、ようやく唇の拘束が剥がれた。
「ん……、ぁ、は、」
「今日うち来て」
呼吸が整わない。
必死で落ち着かせている私の耳に、そっと囁き落とされた。今日は金曜日だけれど、確かに、会うことができないと連絡が来ていたはずだ。
「そこでもらうわ」
はっきりと断言されて、一瞬息が止まる。八城はなおも私の身体を抱きしめるように抱え込んでいて、身動き一つとれなかった。
まるで、私をどこへも逃がさないように拘束しているみたいだ。
「でも、今日は飲み会が」
「適当に中座するから。決心がついたら、俺の部屋に」
「それ、は」
「泊まりになるから、そのつもりで準備して」
「他の男にフラフラすんなって言っただろ」
制服の上から意味深に腰をなぞられて、たまらず腕にしがみついた。
良くないことをしている自覚がある。良くないことをされる予感もあった。どうにか八城の目を見上げて、あまりにも力強いまなざしに呼吸が止まりかける。
「ふらふらしてな、」
「俺だけ見てろ」
これ以上好きになって、どうするのだろう。
鋭い眼光に射抜かれて、言葉も出ない。
ただ力の抜けた足が地面に折れかけて、八城にそっと絨毯の上に座り込まされた。カギのかかった会議室には、誰も入ってこられない。ブラインドが下がっている室内は、外から様子を伺うこともできない。
例えば八城が、出世欲旺盛な男性で、どんな手を使ってでもトップに上り詰めると誓っているような人なら、私はこの人を、ずっと手放さずに居られるのだろうか。
「明菜」
自分のものでもないのに、身勝手なことを考えている。私が、私でなければ、八城に好意を伝えても、重荷になることはなかったかもしれない。
「驚かせたか?」
座り込んだまま呆然と八城を見つめている私のことを、心配そうに見下ろしてくる。
八城は私と極力目線を合わせるためか、片膝をついて座り込んでいた。まるで王子様みたいだ。私の王子様だったら、どれだけすてきだろう。
「明菜、大丈夫か?」
優しい声が聞こえる。
何も答えない私の頭を撫でて「いじめすぎたか?」とあまく囁いてくれる。私が派手にばら撒いてしまった紙を拾いながら、私が言葉を探し終わるのを待ち続けてくれていた。
結局私は、どうしようもなく八城のことが好きになってしまった。
右の手のひらに刻まれた痕をじっと見下ろして、一枚ずつ書類を拾い上げている八城の手首を掴んだ。八城の手のひらなら、私の手首をすっぽりと覆うことができるのに、私の手では親指と中指が触れることもない。本当に逞しい腕だと思う。
「あき、」
振り返った八城の肩を掴んで、背筋を伸ばして顔を寄せる。おそらく、今までのなかで、一番に八城を驚かせることができたような気がする。
八城の唇に自分の唇をそっと押し付けて、誰よりも近くで、八城の瞳を見上げた。
「春海さん」
「……なに?」
「あんまり待たせるなら、ふらふらしちゃいますよ」
囁いて、鋭く見下ろしてくる八城の唇にもう一度キスする。されるがままになっていた八城は、私の行動をじっと見下ろして、私の手を掴んだ。
——八城のことを、はやく忘れなければならない。これ以上続けていたら、間違いなく引き返せなくなる。
八城が何とも思っていなくとも、私は八城の姿が目に入るたびにこころをかき乱されて、普通ではいられなくなる。
終わりにしたい。こんなにも優しい夢なら、早く醒めてしまわないと、取り返しがつかなくなる。
「明菜」
「八城さんがもらってくれないから、よそみ、しちゃいます、よ」
思ってもいないことを八城の耳元に囁き落として、八城がいつも私にしてくれることを真似るように、耳に口づける。
拙い誘惑だと分かっていても、必死になっていた。離れなければならない。だけれど、私のはじめてを捧げるなら、八城以外にはいない。
八城に貰ってほしいと思う。好きな人になら、どんなに乱暴にされてもいい。どんなに苦しくとも、痛くとも、大事に抱えて、ひっそりと死んで行ける。
誑かすように音を立てて耳朶に口づけて、名前を呼びながら耳殻を舐めて優しく齧りついた。
「ほかの人にお願いしようかな」
自分勝手な言葉だと思う。笑ってしまいたい。私のことを好きになっていない八城からすれば、勝手にしてほしいような言葉かもしれない。
けれど、優しい八城なら、絶対に引き留めてくれると信じていた。
私は、ずるい人間だ。
「他の人って何」
握り合わせていた手が離れて、指先から熱が奪われる。さみしく感じている暇もなく、八城に力強く腰を掴まれて、八城の目の前に座り直させられた。
目の前で、鋭い瞳が燃えている。
苛立ちのような色にも見えたけれど、八城が苛立っているところなど、見たこともないから、それがどんな感情のものなのかは、すこしも分からなかった。
「……もういっそ、眞緒くん、とか」
花岡を下の名前で呼んだことなど一度もなかった。名前を憶えていられたのは、可憐が花岡を『魔王』と不思議な呼び方で呼んでいるからで、そもそも私は、男性を下の名前で呼んだことすらないほど異性に慣れていない、枯れた女だ。
八城の名前を呼ぶだけで、どこまでもしあわせな気分になって、特別な甘さを感じているなんて知ったら、八城は嫌になってしまうかもしれない。
嫌われたくなくて、必死になっている。
もう、どうしてこんなにも好きになってしまったのか、数えるだけでまた好きが大きくなるから、知らないふりをしていた。
私の答えに、八城は何も言わずに、真意を伺うようにじっと見下ろしてくる。今はその目が、すこしだけ怖い。
私のすべてを、見透かしているような気がする。私のこころのすべてが八城に奪い取られて、暴かれてしまいそうな気がする。恐ろしくて、こころを隠すようにこっそりと息を吐きおろした。
私は八城を誘惑する。八城から、離れるために、精いっぱい、誘惑をする。
覚悟を決めてもう一度八城の肩を掴みなおしては、彼の瞳を覗き込んだ。
「いいの? わたし、ふらふら、しちゃいます、よ」
精いっぱいの誘惑を囁いて、最後にもう一度だけ、口を開いた。
八城さん、私はもう、こんなにもしあわせな時間をつづけていられる自信がないんです。
「……三週間も待てないから、他の、」
最後まで、言いきることはできなかった。後頭部を熱に掬われて、あっけなく八城との距離がゼロになる。
「っん、……、ぅ、んんっ!」
身体を抱きすくめるようにしながら押さえつけられて、私がしたものとは比べ物にならないような深いキスをねじ込まれる。
簡単に侵入してきた舌が意識を奪うように勝手に口内を蹂躙して、私の呼吸を呑み込んだ。
声のすべてを、奪いつくすようなキスだった。
猛攻に酔って八城の胸に手を突っぱねてみても、私の弱い抵抗の手など、簡単に八城の手に絡まってしまった。
逃げ場もなく、ただ、八城の深い口付けに追い詰められる。まるで、身体の内側を八城の熱で染め上げるための行為みたいな、どこまでも熱いキスだ。ぐらぐらと揺れる世界の中で、とうとう身体から力が抜ける。ほとんど八城にされるがまま、舌を何度も弄ばれて、ただ八城に寄りかかるだけの人形になったところで、ようやく唇の拘束が剥がれた。
「ん……、ぁ、は、」
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呼吸が整わない。
必死で落ち着かせている私の耳に、そっと囁き落とされた。今日は金曜日だけれど、確かに、会うことができないと連絡が来ていたはずだ。
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はっきりと断言されて、一瞬息が止まる。八城はなおも私の身体を抱きしめるように抱え込んでいて、身動き一つとれなかった。
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