センパイ番外編 

ジャム

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アキタ x イズミサワ

コネと弟とカネダ

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「コウキから電話がきた」

センパイはそれで全てが通じると思ってるのか、
玄関へ向かう。

「ちょっと、待てよ、センパイ」

コウキ。
センパイの弟からの呼び出し。
この時だけは、どうしてか、オレの声がセンパイ
に響かなくなる。
まるで、何かの呪文でも掛けられたようなセンパイ。
一つも振り向かないその腕をムリに引いて顔を合わ
せた。

「何だって?何て言ってた?」
少し力の入った眉間、深刻そうな顔。
一瞬、躊躇して諦めたように口を開く。
「母さんが、会いたいって」
「嘘だろ」

決めつけたセリフ。

「・・・わかんない・・・」
「嘘に決まってんだろ」

なんで、わかんねーんだよ。
あのクソ弟が、そうやってアンタ呼び出して、何て
言ったか忘れたのか?

「オレ、行くから」
「・・・行くな」

静かに命令する。
センパイは肩ビクつかせて、止まる。ドアノブに
掛かった指。
後ろから、剥がす。
後ろから、抱きしめる。

「行くな」
「・・・・うん」

抵抗せず、センパイは玄関から離れた。
オレに手を引かれて、次。
ベッドへ向かう。
センパイを押し倒して、オレは猛獣のようにノド元へ
噛み付いた。
センパイが鼻を啜る。
両手で顔を隠すように、泣き出す。
微かな泣き声を聞きながら、オレはハーフパンツのゴムを引き下げた。





イズミサワコウキがセンパイの携帯を鳴らしたのはこれで2度目だった。
勝手に一人暮らしを始めたセンパイへの家族の反応は冷ややかだった。
”すぐ、泣いて、戻ってくるだろう”
金銭面も含め、センパイの親は、センパイが一人暮らしなんて出来るハズも無いと見越していたようだった。
家を出るなんて、バカな事を、と。
すぐに、泣き付いてくる、そんな期待と共に、センパイの家族は、センパイを放り出した。

だが、それから二週間もすると、コウキから話たいと電話がきた。

待ち合わせたマックの箱。
ついて行ったオレは愛想のいい笑みでアイサツしてやった。
ソレに、コウキは軽く頭下げただけ。

ゼンゼン似てねぇな。キホンの形は一緒なんだろうけど、目が違うと、こんなにも違うもんか。

センパイがなに?と聞く。
「母さん、頭、イっちっまったよ。帰って来いよ、ケイ」
有名私立の制服姿で、コウキは溜息をついた。
「オレ一人に相手させんなよ。オマエがいねーと、あの女ずっと、ブツブツ言ってるんだぜ。近所にも、ケイが出て行ったのは、悪い友達のせいだって言ってる」
チラとオレを見るコウキ。

いい度胸してんな。

紙コップの中身を少し揺らして考えた。
ぶっかけてやろうか・・。

「アキタ、オレ、帰る」
突然、席を立ち上がるセンパイ。
「は?」
一緒にコウキも立ち上がった。
オレは慌てて、センパイの腕を掴む。
「待てって・・。何?帰ってどうすんの?」
センパイは瞳孔開いた目で、わかんない、帰る、と言った。

出てる。
完全に、症状が出てる。
家に帰りたい病だ。

この有効薬は、・・セックスする事・・。
だが、こんなとこでセックスするわけにいかねえだろう。
ここは、「ラスタ」じゃねーんだ。
しかも弟の手前、押し倒すワケにもいかない。
もしかしたら・・一回帰らせるってのも手かも知れない。
だけど、それで、もうセンパイが戻らなかったら?

そんな事を考えていると、さっきとは雲泥のアイサツが耳に入る。
「今まで、兄がお世話になりました。後日、母とご挨拶に伺いますので、今日はこれで失礼します。ケイ、行こ」
軽く肘を掴まれたセンパイがコウキの後を付いて行く。
「センパぃッ・・・」
一人マックの席に残されたオレ。
行き場の無い空気。
軽いショック。
暫く、動けないで、頬杖ついたまま固まるオレ。
フと、見ると、センパイの飲みかけのコーラ。
さっきまでここに居た痕跡。

ケイタ・・・。オレを置いてくなんて、いい根性してるヨ。
帰って来たら、覚えてろヨ・・・。
・・・・帰ってくるよな?

なんとなく手にしたコーラ。
隣の席で上がる笑い声に視線が上がる。
と、その一人と視線が合った。
ソイツはサッと向こうを向くと、仲間に囁く。
「アレ、セージだぜ」

聞こえてるっつーの。
イヤな街だぜ。
マックでゆっくりもできねえ。

誰とも知れない顔がオレを知ってるっていうのに、センパイの弟には通用しない。
自分で、オレが誰だか、なんて今まで気にもしなかったが。
今、オレは滅茶苦茶、自分の力の無さに悔いてる。
「ラスタ」のオーナーのセージ、じゃない、ただのアキタセイジって名前には、何の効力も無い。


これが、兄貴だったら?

笑顔で、一枚名刺をテーブルに滑らせるだけで終わりだ。


チキショ・・・。

オレはコーラの中身、ゴミ箱に流して、最後の雫振り払って捨てた。
黒い液体。
黒いアワが弾ける。





オレの杞憂は当たったようで外れた。いや、当たったのかも知れない。
「センパイ」
朝方だった。
ガチャッとキーが開錠される音に、飛び起きた。
フラつく足取りで、暗い中、目を凝らして玄関まで辿りつく。
「アキタ」
エヘってセンパイは右側を腫らした顔で笑った。
「ただいま」
「どうしたんだ、ソレっ」
「・・・コウキに。」

あの、クソガキ・・!!

センパイはオレが思ってたよりも早く帰ってきてくれた。
それは、嬉しいコトだったが、センパイがあの家へ帰って、良
かったのか、悪かったのかと言えば、”悪かった”だろう。
舌打ちが出る。

やっぱり、返さなきゃ良かったっ
なんで、オレはあん時、手放しちまったんだ?


「迎えに来たのは、その(殴る)ためかよ」
センパイは笑ってて、答えない。
とりあえず、リヴィングまで引っ張ってって、オレはタオ
ル探して、水で絞る。
「親、何だって?話、したのかよ?」
ソファの下へ座るセンパイの後ろ。
オレはソファに座ってセンパイの顔を上向かせる。
その顔に冷えたタオルを被せた。

「センパイ・・」
暫く、何も言わなかったセンパイが、ポツリと言った。
「生まなきゃ良かったって・・・言われた」
センパイの曝け出されたノドが鳴る。
「今まで、ずっと、説教されて、・・・家出てまで、そんなに
球蹴りがしたいなら、その足、切ってやるって・・・サ」
震えながら、センパイが続ける。
「オレが居なくなったせいで、近所からどう思われてるかとか
さんざん・・・、受験生のくせにとか・・・つーか、足無くな
ったら、オレ、サッカーの推薦、取れねぇーつーの・・」

笑うセンパイ。

「センパイ」
「アイツ、思いっきり殴りやがって・・チキショぉ・・」
「なんで、弟、アンタの事殴ったんだ?」
「・・・ドアの前、塞いでたんだよ、アイツ・・。それで、なかなか、逃げらんなかった」
悔しさで、センパイの口が引き結ばれる。タオルの下でたぶんセンパイが目を赤くしてる。
「・・・もう、行くな。命令」
「ん」
センパイが小さく頷く。
「腹減ったな・・・。なんか取ろうか」
「ピザ?」
センパイがクスって笑った。
「やってるかっつーの。ラスタしかないっしょ。シオママにおねだりしてみるか」
オレはセンパイの髪を軽く撫でて立ち上がる。と。
「・・・マジで?シオさん・・・店まだやってんの?」
タオルを手にした、目、真っ赤なセンパイが驚く。
「やってる。やってる。余裕でやってるから」
携帯で、ラスタの番号を出す。
「なら、行こうよ。出前なんて悪いじゃん」
「バッカ、その顔で行ってみろよ。それこそ、シオさんが騒ぐ」
「あ、・・そっか」
途端に項垂れるセンパイに、シマッタと思った。
携帯の呼び出し音が途切れるのも構わず、オレはセンパイにキスした。ただ、触れるだけのキスを数回繰り返して、やっぱり足りなくて、オレは、シオさんの声がする携帯の電源を切って、テーブルに置いた。
抱きしめて、背中を何度も抱きしめて、全部が包み込めない手が
もどかしくって、ギュウギュウ締め付けた。
「アキタ、・・すごい・・・安心する・・・アキタにこうされると・・」
「いつだってどこでだって、してやるよ」
「ん・・・。オレ、ここしか、もう、無いから」

せつない。
涙声。

「アキタにしか・・オレ、居場所ないから・・」
しゃくりあげる胸がダイレクトに振動する。
「オレが、守ってやるよ。絶対離れんなよ」

全員、オレが退治してやるよ。
あのクソ家族共を。
とりあえずは、あのクソ弟を絶対殴ってやる。

オレの背中で、センパイの指先に力が入る。
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