ユメノオトコ

ジャム

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鳥籠の中の楽園15

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枕に抱きついたまま何度か瞬きを繰り返すと、ぼやけた視界に人肌が映る。
少し陽に焼けた拳の大きな手だ。
軽く握った拳の山は小指の方から順番に大きくなり、中指の付け根で頂上を成し、その隣でまた下がる。
喧嘩慣れした強い男の手だ。
よく見ると細かな傷が幾つもついていた。
そこから視線を少しずつ上に上げていくと、黒いYシャツの前を開けたままの胸が見える。
体の正中を真っ二つに割るように胸筋と腹筋の盛り上がりの間に影が差す。
片手にコーヒーカップを持ったまま膝の上に雑誌を広げていた。
そういえば、部屋の中に薄っすらとコーヒーのいい匂いが充満している。
カップを持つ男の指は節が大きく長い。親指の付け根や掌が広く、そこから伸びる腕も筋肉質だ。そのせいかカップがやけに小さく見えてしまった。
理想的な手だな、と思う。
出来ることなら、自分もこういう手になりたかった。
無骨で野性味に溢れ、そこにあるだけで他を圧倒する。
単純明快、見ただけで相手がどれだけの場数を踏んできたかわかるだろう。
けれど野蛮なだけじゃない。
人を殴ってばかりじゃない。ちゃんと愛する時は優しくも出来る。
この手に抱かれる人が羨ましい。
きっと、幸せだ。
この手に抱かれる人は幸せになる。
だって、それは、勝貴に愛される事だからーーー

「かつたか・・」
西遠の唇がぽそりと動いた。
「起きたか」
やっと目が覚めた甥っ子の顔を見つめ、勝貴がニヤリと笑う。
ページを捲っていた方の手を伸ばし、西遠の髮を勝貴の掌が優しく撫でる。
その感触に、西遠は昨夜の情事を一気に思い出した。
思わず自分の頭を両手で抱る。

寝た。
オレは勝貴と寝た・・・。

何度も何度も、苦しい程の絶頂と愉悦に浸かって、夢と現実を行き来したせいでどれが本当かわからなくなっていた。
あの恐ろしく淫らな行為の全てが、現実に自分の身に起こった事なのだと同じベッドの上にいる男が証明している。
凄まじい勢いで昨夜の自分の脳内の記憶が読み戻された。
服を着たまま男を咥え込んだあられもない自分が巻き戻る。
男の飛沫を浴びて自分も達したいやらしい記憶が怒涛に押し寄せ、西遠は上げかけた悲鳴を喉の奥で飲み込んだ。
なんとか平静を装い「今、何時・・?」と声を出す。
「もうすぐ13時だな」
「13時・・」
最早、何も焦る気にもならない時間を勝貴に告げられ、更に脱力する。
いや、もともと動かせるような体ではない事はわかっていた。
全身の倦怠感は元より、下半身に至っては気だるさどころではなく疼痛さえ覚える。
セックスでここまで体を酷使する事など10代の時以来だ。
自分を守る意味でも、優位に立つ意味でも、ある程度のところまでで体にセーブを掛けていた。
男にとって、セックスは一番無防備な状態だ。
どんなに気を許した相手と言えど、立場上、いつ誰に命を狙われるかわからない自分は快感にも酒にも泥酔する訳にはいかない。
自分の足で立って帰れなければ、新藤の目を盗んで好き勝手する事など二度と許されない。
なのに、このザマ・・。
勝貴相手とはいえ、殆ど抵抗出来ずに体を好き勝手に突き上げられ、完全に勝貴の手に堕ちた。
あのクリスマスの夜みたいに酔ってもいない。素面でだ。奇跡的に勝貴が自分の前にもう一度現れて、この体を求めていると思ったら歯止めが効かなかった。
自分の体に触れてこようとする手を振り払う事もできず、その腕の中に簡単に収まった。
自分のペットを傷つけられ、アフリカ行きを勝貴に命令した時に『もう忘れよう』と決意したのに、そんなものは一瞬で崩れた。
未練たらたら。どんなに終わりにしたくても、そう出来ない。いくら想うなと自分に言い聞かせても、勝貴の事を好きなのはどうしようもなかった。
それはたぶん血が赤いのと一緒だ。他の色は絶対に存在しない。
だから勝貴に対する自分の気持ちは一つしかない。
「何か飲むか?」
本を閉じ、勝貴がベッドから立ち上がる。
ベッドの足元側にあるカウンターの内側に入り、冷蔵庫を開け「酒ばっかりだな」と零す。
「このコーヒーは・・」
さっきまで勝貴の手にあったカップについて聞くと、勝貴は「ああ、優良に持って来させた」と淡々と返した。
つまり、新藤がここへ入ったという事だ。
その事実が、イタイ。
まさかと思うが、たぶん、きっと勝貴とベッドに一緒にいる状態を見られているだろう。
「お前のお気に入りに持ってこさせるか・・」
冷蔵庫から顔を上げた勝貴がしょうがねえな、という顔でドアの方へ向かう。
「勝貴・・!」
「なんだ?」
慌てて体を起こして呼び止めると、ドアノブを掴んだまま勝貴がこっちを見る。
「そんな地味な嫌がらせしても・・オレは、千垣と別れませんよ」
意を決して宣言したセリフにも拘らず、勝貴は表情を変えずに「コーヒーでいいか?」と聞き返してくる。とりあえずはそれに頷き、だが居た堪れない空気が漂う空間に耐えられず、再び枕の上に頭を戻した。
それから勝貴がドアを開けて「興史にコーヒー持って来い」と、命じるとすぐにドアを閉めた。
自分から千垣との事を言っておいて、罪悪感に苛まれる。
でも仕方ない。千垣も蜂高も手放す気なんて始めからない。
たった一人を愛せればいい、なんて純情はとうの昔に捨てたのだ。
寂しさに惑うより人肌に触れ、心地よい快楽に微睡めれば、それで十分だった。
それに、もし、たった一人を愛してそれを失った時、自分がどうなるかが怖い。

ギシッとベッドが軋んだ。
ベッドの足元から自分の体の上へと勝貴が這い上がってくる。
「誰が、別れてくれって言った?自惚れんじゃねえぞ」
凄みを利かせたしゃがれ声が頭上に迫る。
思わず体が硬直し、目だけで勝貴の姿を追った。
「オレが妬くと思ったか?嫉妬に駆られて、また報復するって?」
鼻で笑い、二人の間を阻んでいた毛布を剥ぎ取る。
「しねえよ」
勝貴の目の前に力の抜けた自分の下肢が露わになる。
その膝を大きく開かされ、未だ濡るつく尻のあわいを視線に晒された。
「勝貴・・っ」
何をする気だと睨みつけても、どこ吹く風。
Yシャツとトランクス1枚姿の勝貴は軽くトランクスを下にずらすと、あっという間に半勃ちだったモノを手に取り、精液塗れの粘膜の間へと押し込んできた。
ぐじゅっと狭い肉の蕾が男の形に割られ、そこから出た水音が卑猥に響く。
中に入って来た勝貴は狭い肉壁に擦れる刺激ですぐに大きくなり、自分の欲望を更に成長させようと腰を素早く、深い場所へと狙ってぶつけてくる。
「情人を囲うのは男の甲斐性ってやつだ。オレにも何度か覚えがある。お前が何人囲おうがそりゃお前の勝手だ。が、ひとつ忠告しておくことがある」
言いながら勝貴の太い幹が、肉襞の中から出る時も入ってくる時もいい所をねっとりと擦り上げるせいで、その度に喘ぎ声が掠れた。
「興史、お前はもうオレのもんだ。オレは自分の情人が他人に触られるのが好きじゃない。それが例えお前のお気に入りでもだ」
「後から加わったくせに、主義主張が強すぎますよ」
「馬鹿野郎、好きになった順序で言ったらオレが一番先だろうが」
「あなたこそ、自惚れないで下さい。自分だけの恋人が欲しいなら、そういう人間を選べばいい。オレが人の物だってわかってて手を出したくせに、一回寝て、手放すのが惜しいと気が変わったんですか?」
そこでフと勝貴の口元が笑った。
「気が変わった訳じゃない。本気になっただけだ」
ドアがノックされる。
勝貴が目の前で冷淡に口元を引き上げた。
喘げよ。
口の形だけで命令し、勝貴が突き上げのスピードを上げる。
言われなくても声を抑えられる自信など無い。
ギシギシとベッドが小刻みに揺れる。
同じリズムで腰を穿たれ、それに抵抗するようにシーツを両手に握ってイカされないように耐える。
視界の端にこっちへ近づいて来る千垣の顔が少しだけ見えた。
こっちを見ないように目を伏せ、トレーに乗せたコーヒーカップをサイドボードに置く。
その健気な姿に思わず「千垣」と名前を呼んでしまう。
目が一瞬合う。
怖いくらい正直な千垣の目が『嫌だ』と言う。
見ていられない。
こんな自分を見たくない。
千垣の目は、他の男のモノで抉られて喘いでいる自分を嫌悪していた。嫉妬だった。
千垣の嫉妬に胸の奥がざわざわと騒ぐ。
「千垣・・っ」
すぐに立ち去ろうとする千垣にもう一度呼びかけると、一瞬ビクリと足を止め掛けたが、それでも出来る限り静かに、早足で部屋から出て行ってしまった。
思わずニヤける。
「この野郎・・嬉しそうな顔しやがって・・」
「千垣を呼んだの、あなたでしょ」
千垣に自分とのセックスを見せつける事で、ダメージを与えるつもりだった筈だ。
千垣が自分から離れていくように仕向けるために、よがり狂う姿を見せつけようとした。
全くガチンコ勝負が好きな男だ。
もし、この後でオレが千垣とのセックスを見て欲しいと提案しても、勝貴ならきっと快諾するに違いない。
自信満々。自信過剰。
でも嫌いじゃない。いや、こういう所は堪らない。
思わず身震いして、中にいる勝貴を締め付けてしまう。
「コラ、自分のペットに見られて、何感じてんだ」
勝貴の苦々しい指摘に口元が弛む。
浮気現場に遭遇した千垣の視線と目が合い、それに絶望するどころか体の芯がもっと熱くなった。
なんて辛そうで可愛い顔をするんだろう。
心を刻まれて苦しそうに顰められた目に、胸が締め付けられた。
そして、そんな自分を組み敷く男の顔にも、恐ろしい程そそられてしまう。
勝貴に抱かれながら千垣の名前を口にした自分を、勝貴が憎らしそうに睨みつけてくる。
思惑通りにいかなかった事態に苛つき、勝貴が激しく奥を突き上げてくる。無理やりに奥を開かせれる感覚に頭の奥がシビれてくる。
「んっはあ、はあ、かつ、たか・・もっと、もっと・・」
「その顔をアイツに見せたかったのによ」
オレは、舌打ちする勝貴に手を伸ばし、舌足らずな声で勝貴を呼びながらキスを強請った。
唇を噛ませ合うように深く濃く口付ける。
が、何もかも相手の自由にさせる気はない。
深く入り込もうとする勝貴の舌を押し返し、自分からキスを強請っておきながら顔を振り払う。
振り払うと今度は顎を取られ口の中いっぱいに勝貴の舌が入り込んで来る。
嫌だと?燧きながら、それでいて勝貴の腰に足を絡めて引き寄せ、男が自分の中から出ていくのを拒む。
「ったく、どっちが籠の鳥だかわからねえな・・」
愚痴る勝貴にひと際強く奥を穿たれ、男の欲望が断続的に弾ける。
全身の筋肉が強張り、体の奥に広がっていく愉悦を少しでも長引かせようと自分を貫いている雄蕊に肉襞が絡みつき、そこから迸る精液を搾り取ろうとしていた。
「焦るなって・・全部、出してやるから」
全身が心臓になったように拍動する体を重ねられ、勝貴の荒い呼吸を感じながら目を閉じる。
言いようのない安堵に包まれ、目の奥が焼けるように熱くなった。






ーーーその後。

勝貴は西遠の部屋へと帰って来るようになった。
例え、所用で数日姿を消しても必ず西遠の部屋へと戻って来た。
そして、また数日過ごし、また出て行く。
居なくなるのも唐突だが帰って来るのも唐突なので、お互いに際どい場面に何度か遭遇してしまう。
それを西遠はわかっててやっている感じがするから厄介だ。
勿論、事前に勝貴から訪問の連絡などないので、本当に偶然だとしか言いようがないのだが、今まさに抱き合おうと口付けを始めたタイミングを量ったように狙って勝貴が帰って来る。
そして、西遠も西遠で、それを取り繕うどころか、更に煽るように中澤を求めて来るのだ。
まるで見世物のように、すぐ隣からセックスを眺められる。
その視線が痛いように鋭い時もあれば、退屈したように欠伸をされる時もあり、見られているこっちが苦痛になる。
そんな中澤の心中を察して、ソファーの上で中澤の上に跨った西遠が一応は勝貴を「面白くないなら見るな」と嗜めたが、勝貴の方は「見られてまずい事があるのか?」とソファーの肘掛に腰を預け、ゆったりと煙草の煙を燻らせている。
「いいんですか・・?」
小さく聞き返すと西遠は快感に酔った目で「気にするな」と笑う。その笑顔が少し痛そうで、それを見ると中澤の胸が苦しくなる。
切なさとやり切れなさを快感で拭い、途切れ途切れの絶頂に達する。
なだらかな陶酔に脱力した体をソファーに沈めると、すぐ横で人が動く気配がした。
勝貴に腕を取られた西遠が中澤の膝の上から立ち上がり、ズルリと自分の屹立が西遠の中から抜け出た。
「ほら、こっち来い」
「ま、待って・・」
そのまま勝貴の膝の上に乗せられそうになった西遠が慌てて勝貴の腕を遮る。
中途半端にスラックスを上げ、目配せして西遠が寝室へと勝貴を誘う。
自分とのセックスを勝貴に見られても平気なのに、西遠は中澤には自分達の姿を見せたがらなかった。
「お前な・・昨日今日で、もう他の男とヤリたくなるもんか?」
ドアが閉まり切る寸前に勝貴の溜息めいた説教が聞こえ、中澤は笑いたくなってしまった。
さすがだ。
さすが西遠のお義父さんだ。
彼を今まで見守ってきただけの事はあって肚の座り方が半端ない。
時々、中澤に対して粘着質な問いかけを仕掛ける事もあるが、元々粗野で細かい事に気を囚われない性質なのだろう。そこにいるだけで発散される威圧感にはなかなか馴染めないが、全てが西遠ありきの行動なので、よくよく分析すると彼の言動が可愛く見えてきた。
この間も、新藤からの電話を取り次ぐため、まだ寝ている西遠を起こしに行くと「見りゃ、寝てるってわかるだろうが。そんなもの掛け直させろ」と勝貴に叱責を受けた。
自分としては新藤を優先する余り、西遠を起こすのが自分の仕事だと決めつけていたのだが、新藤を引かせるという選択肢もあるという事に気づいた。
他にも、よくよく考えれば新藤の都合で決められたルールがある。
その最たる物が、この事務所の最上階に西遠が住んでいる事だろう。
こう言うと語弊があるかも知れないが、護衛のための軟禁だ。
そして中澤自身、西遠にとってのアメだった。
その役割も、もう必要ないのかと覚悟をしていた中澤だが、結局のところお役御免は免れている。
以前と変わらず、西遠の気の向くままキスもセックスも求められている。
ただ最近はそれが少し違う意味を持っている気もするが、それを確かめたい訳ではない。
けれど、それで勝貴と西遠の関係が上手くまわっているなら自分には言う事などないのだ。

例え、西遠が勝貴に抱かれて甘い嬌声を上げ、それを中澤に聞こえないようにタオルを噛んで殺していたとしても。
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