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プロローグ

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 とある商業都市。大きく近代的に発展したこの街はとてもにぎわっている。
 たくさんの人や物が行き交うこの街には鍛冶師や錬金術師などがおり、良い品を求めて他の街から多くの商人が仕入れのためにやってくる。
 家業を継いで数年のさえない見た目の中年男――ダンテもそんな商人のうちの一人だった。

「さすが一流の職人。依頼した武器がキッチリ三十本用意されている」
 職人の中には納期を守らず、きまぐれに仕事をする者も少なくない。だがいつもの職人の工房を訪れたダンテは目の前に並ぶ質の良い依頼品を満足げな表情で見ていた。

「当たり前だろう。俺は伊達や酔狂で仕事をしているんじゃないからな。ダンテ、そっちもキッチリ金を払ってくれよ?」
 無骨で真面目な性格の支払いもきっちり求めてくる男――バウンズは己の職人としてのプライドにかけてこれまでの仕事上、一度として納期を破ることはなかった。

「あぁ、もちろんだ。職人の仕事には相応の対価を支払うべきだからな」
 同意するように大きく頷いたダンテは金の入った袋をバウンズへ渡す。その袋は思っていた以上のずっしりとした手ごたえを彼に与えた。
「毎度あり……うん? 少し多い気がするが」

「相応の対価と言っただろ? いつもいつも良い品を納品してくれるんだから、たまには多めにいれた……それは俺からの気持ちってことで受け取ってくれ」
 ダンテは当然のことだと笑顔で言う。バウンズは彼のこういったところを気に入っていた。

「そう言ってくれるのはダンテくらいなもんだ。ありがたくもらっておく……次の依頼の時も力をいれて制作することを約束しよう」
 腕を認めてくれているダンテに対してバウンズは敬意を払う。
「そうだ、北の山に雲がかかってきている。早めに帰ったほうがいいぞ」
「そうなのか。それならなるべく早く帰らないと……」
 窓の外に広がるダンテの帰り道である北の山を見たバウンズの助言を彼はありがたく聞くことにし、店をあとにした。


「親方、これはこっちでいいですか?」
 入れ違いで店に戻って来たのは、バウンズの弟子ではなく、彼と契約する獣人の奴隷だった。
「あぁ、そこにおいてくれ。……違う! そっちじゃなくこっちだ! ――全くなんどいえばわかるんだ……」
 先ほどまで温厚に話していたバウンズだったが、奴隷にはやや厳しい口調になっていた。

 これはこの街のどこでも見られる風景だ。人族などの多くの種族が、労働力として獣人を奴隷にする。
 しかし、その声を背中に聞いたダンテは、言いようのない感情が沸き、どこか悲しい表情になっていた。





 ――数時間後

「くっ、バウンズの言う通りに早く帰っていればよかった」
 いま、ダンテは激しく打ち付ける大雨の中、大急ぎで馬車を走らせながら後悔の言葉を口にしていた。
 店を出る前にバウンズに天候が変わることを忠告されていたが、腹が減って街の名物の麺料理を楽しんでいる間に時間が経ってしまい、ついつい帰るのが遅くなってしまったのだ。

 悪いとは思いながらも馬に鞭をうち、視界の悪い山道を急いでいる。
 その途中、とっさにダンテは慌てて手綱を引き、馬を止まらせる。
「――危ない!」
 視界が悪く、気付くのが遅くなったが、すぐ前方に倒木があって道が塞がれていたため、ダンテは慌てて止まろうとした。

「くそっ、止まれ止まるんだ!」
 ぶつかりそうになったため必死に急ブレーキをかけようとするが、不意をつかれたダンテは非情に焦っており、馬も急な指示に慌ててしまう。更に今現在は激しく大雨が降っているせいで足場も最悪だった。
「ヒヒーン!!」

 どうにか指示を実行しようとした馬はバランスを崩し、足を滑らせて道から外れ、運悪くそこにあった崖から落ちてしまう。
「……やばい! うわああああああっ!」
 目まぐるしいまでの事態にダンテを乗せたまま、馬車も崖から落下してしまった。



 どうすることもできないまま崖から落ちている間に馬は馬車から外れ、その身を何度も崖の途中にある岩などに打ち付け、そのまま絶命してしまった。
「……ぐっ! くそっ!」
 落下していく中、ダンテはなんとか馬車から放り出されないようにしがみつくが、それはかなわず、とうとう馬車から投げ出されてしまった。

 ゴロゴロと崖を転がり落ちながら彼は何度も身体を打ち付け、いつしか腕が折れ、血を吐き、そして崖下の地面に強く叩きつけられてしまった。途中、崖から生えている木にぶつかったため、地面にぶつかった際の衝撃が和らぎ、即死だけは免れたものの、今にも死にそうな瀕死の状態にあった。

 息も絶え絶えでうつろな意識の中、ぼんやりと死を覚悟したその時、なにやら人影らしきものがちらりと視界の先に入って来た。

「こりゃいい! おい、お前ら出てこい!! 商人の馬車みたいだぞ!」
 その人影は一目でガラが悪いとわかる男だった。一人振り返るとそれに続いて同じような見た目の男がニヤニヤとした表情で何人もやってくる。

 どうやらこの倒木はここら一帯をなわばりにしている山賊の仕業だった。ダンテが落ちた場所の近くに彼らのアジトの洞窟があった。
 山賊たちは、数を増やして徐々にダンテと馬車に近づいてくる。

 だがその最中、彼の身には一つの、だが大きな変化が起きていた。
 そう……一瞬だけ彼の全身が光に包まれたのだ。
 だが雨に降られて薄暗いのと、馬車の荷物に夢中の山賊たちは気づいていない。

 見た目の変化はそれだけだったが、生死の縁をさまよったダンテには大きな影響があった。
「っ……お、俺は……お、思い、だ、した……」
 彼は自分が何者であるか、という今まで失われていたことすら忘れていたその記憶を取り戻していた。

「っ……俺は……《回復術式発動》」
 その記憶の中が自然とダンテの口を動かし、自分の身に回復魔術をかけていく。それによって光に包まれた身体は怪我が修復されていった。
 通常、回復魔法では回復までに時間がかかるが、彼の使った『魔術』はみるみるうちに怪我を治していった。

「危なかった……記憶を取り戻すのが遅かったら死んでたかもしれない」
 生死をさまよっていたはずがすっかり全回復した彼はダンテという人生に転生する前の記憶をハッキリと取り戻していた。
「まさか、しがない武器屋の俺が勇者の仲間だったなんて……」
 勇者の仲間である賢者。それが彼の前世であり、魔王との戦いで命を燃やして戦って散った存在であった。すっかり忘れていたことに自嘲の笑みがこぼれてしまう。

「俺の名前は……優吾。白木優吾だ」
 そして、前世の彼は地球からの転移者であった。
 前世の記憶を取り戻したことで魔力が蘇り、怪我が治った身体には力が漲っていた。もはや以前のダンテとは明らかに纏う雰囲気が違っている。

「まずはあいつらをなんとかしないとかな」
 ぐっと握り拳を作って力を感じ取っていた優吾の視線は今、声がする方向を見ていた。呟く言葉一つとっても元の優吾としての口調に戻っている。

「おい、こっちだ!」
 降りしきる雨の中で聞こえたそれは山賊たちの声だった。弾むような声音で話す彼らは七人で馬車を囲み始めていた。

「お、お前、あれだけの高さから落ちてなぜ立っていられるんだ!?」
 だがその中で一人があり得ない存在に気付いた。崖から転落した際の傷が治り、しっかりと立ち上がって山賊たちを見ている優吾だ。

「あんな上から落ちて生きていたのはラッキーだったよね……」
 ふっと目を細めて優吾は崖を下から見上げていた。したたかに打ち付ける雨が彼の頬を濡らす。
「……おい! 無視するんじゃねえ!」
 無視され、激高した男は怒鳴りながら片手剣を優吾に向けた。

「ふぅ……落ちて良かったのか悪かったのか」
 商売の為とはいえ大事にしていた馬が亡くなり、馬車もボロボロになり、生死をさまようほどの怪我をして、山賊に囲まれている現状を考えると良いとはいえない。
 しかし、前世を思い出してかつての力を取り戻したことはうだつの上がらない人生を送っていた彼にとっては良いものであると言えた。

「おい、何を言ってやがる? ……もういい! 死ね!」
 この状況にあって尚、男に反応しない優吾に耐えかねた男が優吾に向かって剣を振り下ろした。

「あぁ、邪魔しないでくれると助かるよ」
 怒りに任せて強く振り下ろされた剣は何故か優吾に触れる寸前でぴたりと止まっていた。どれだけ男が全力を込めて押そうともびくともしない。
「……な、何をしやがった!」
 困惑する男をよそに、優吾は自分の邪魔をされないように魔力の障壁を作って剣を防いでいた。

「どうした!?」
 さすがに戻ってこない仲間を気にしたのか、他の男たちが何事かと集まって来る。
「こ、この野郎が変なんだ!」
 剣を止められたことに驚いた男は怯むように優吾から距離をとっていた。

「変? こんな細っこい男なんかさっさと殺っちまうぞ!」
 今度は訝しげな表情の別の男が近づいてくるとふんと鼻を鳴らして剣を構え、優吾に向かって来た。
「さっきからうるさいよ……少し静かにしてくれないかな――行け、《氷の茨》!」
 戻った記憶の整理をしている優吾にとって、男たちがわめきたてる声は耳障りであったため、優吾は苛立ちをにじませながら魔術で氷の茨を生み出し、男たちに放っていく。

「ぐああっ!」
「く、くそっ! なんだ、これは!?」
 勢いよく生み出された氷の茨が男たちに絡みついていき、次の瞬間にはその身体を凍り付かせていく。がむしゃらに武器で振り払おうとする者もいたが、武器に触れた瞬間、その武器ごと氷が飲み込んでいった。

「お、お前のそれは魔法じゃないな……」
 山賊の中には魔法の使い手も中に混じっていたらしく、凍り付く間際にそう呟いたが、氷像と化した彼は真実を知ることはできなかった。
「悪いね。久しぶりすぎて調整がきかなかったよ、そのまま大人しく凍っていてくれ」
 氷のように冷たい表情の彼の言葉は山賊たちが聞いた最後の言葉となった。

「少し、やり過ぎたかな……」
 落ち着いて見てみると、見える範囲が全て氷漬けになっているのを見て、優吾は思わず困ったように笑いながら頬を掻いていた。
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