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第1章 古代の魔法使い
古代魔法使いとの邂逅 その弐
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「・・・そうか、そりゃ災難だったな。」
ルークは土壁の中で出会った見知らぬ男から赤く腫らした目の理由を聞かれ自身の身の上を話していた。自分では気持ちの整理をつけたつもりであった。しかしいったん話しだすと思いは止まらず、気づけば立ったまま一気に話し終えていた。
「・・・ううん、仕方ないもん。もう諦めたよ。」
他人に心配をかける気などないが、話をする上でまた泣き出してしまい更に赤く腫らした目をこすりながら言う。
目の前の男は心配そうにルークを見ていた。
「それよりおじさんは誰?こんなところで一体何をしてるのさ?」
「ああ、俺は・・・っと、まぁこっちに来て座りなよ。んで、これでも飲みな。あれだけ喋ればのども渇いたろ?」
優しい声でそう告げると、男は広間の中央にある大きな円形の机にルークを呼んだ。近くの棚から木のコップを取り、手元にある銀色の瓶から水を注いでルークの前に差し出す。
二人がいる部屋は直径30mほどの広さでドーム状になっており5mはある天井にはまるで太陽のように明々と光る魔導具があり周囲を照らしていた。
「あ、ありがとう、おじさん。・・・ふわぁ~、冷たくて美味しいや!」
「そりゃ良かった。俺はクラウドってんだ。・・・それと、おじさんは勘弁してくれ。俺はまだ26だぜ?」
「えっ、あ、ごめんなさい。話し方とかがすごい落ち着いてたから、何だかそう呼んじゃったよ。」
「そうか?自分じゃよく分からんが、まぁ年上としての威厳を感じてくれたってことで許してやろう。」
「ふふ、ありがとクラウドさん。」
「ふふ、やっと笑ってくれたな?それと呼び方はクラウドだ。敬称はいらん!」
「え、でも・・・」
「クラウドだ!それ以外は認めん!」
「ちょ、ちょっと。いきなり大声出さないでよ!・・分かったから。」
「・・・呼べ。」
「え?」
「いいから一度俺の名を呼べ!」
「わ、分かったって。クラウド!・・・これでいいだろ!」
「よーし、まあいいだろう。」
うんうんと頷きながらクラウドと名のる男は満足気であった。
「それでクラウドはここで何をしてるのさ?見たこともないような魔導具があるけど・・・」
そういうと興味深そうに辺りを見回している。
「うん?俺は・・・まぁ魔法の研究だな。もう1年は引きこもってるよ。」
出会ってまだ1時間も経っていないというのに、ルークは目の前の男にずいぶんと親近感を感じていることに驚いていた。人と話しをして笑うことなど何時ぶりだろう?
優しい目で話しを聞いてくれたからだろうか?それとも自分が無役と知っても態度を変えず接してくれたからだろうか?
・・・・そんな相手は家族だけだったのに。
「そうだ。ルークにちょいと相談があるんだが・・・」
不意にそう言われルークは少し身構える。
「な、何・・さ?」
「実はもう研究も終わりそうっていうのに、俺には行くあてが無いんだよ。・・・ちょっとばかりルークのとこで世話にならせてくれないか?」
「ええっ、い、いきなり何言ってるのさ!・・・駄目だよ。そんなの!」
しかしクラウドは引き下がらない。
目の前のお人好しな少年は一生懸命に頼まれれば、渋々ながらも了承してくれることを知っていた。
「頼む!!生活は自分でなんとかするから!寝床を貸してくれるだけでいいからさ!」
本来家族と一緒に暮らしている上に無役として負担をかけているルークが、家族に無断で了承できるはずがない。
「・・・う、ん・・・」
困りながらもルークは必死になって頼み込むクラウドを見て考える。
「(寝るだけなら僕の部屋を使えば・・狭いけど二人が寝るくらいの場所はあるだろうし。生活は自分でするって言ってるしなぁ。お姉ちゃんやおばあちゃんに迷惑がかからないなら・・・)」
「助けてあげたいけど・・・。頼むんなら僕じゃなくおばあちゃんに頼まないと。」
「!ありがとよっ!助かるぜ~。ルークの婆ちゃんにはきちんと頼むからさ!」
「・・・う、うん、僕からも一緒に頼んでみるよ・・。それで出て行くならここはどうするのさ?」
「?もちろん崩してから行くよ。」
「ええっ!だ、駄目だよ。こんな大きい洞窟!崩したら森の入り口までつぶれちゃうよ!」
「うん?・・・はっははは!何だ?気づいてなかったのか?ここが何処だか?」
「え?どこって、そりゃ森の入り口の土壁の中じゃん。」
「ほ~、今この辺りは森なのか?んじゃ、そこはこんなだだっ広い洞窟がスッポリ入るような山でもあるのか?言っとくけど、奥に部屋はまだまだあるぜ?」
そう言われて初めてルークは違和感を感じた。確かに自分がよく知っている土壁は3m程の高さしかない。こんな部屋が入るはずなかった。
「あれ?そういえば・・。色々あったから驚いてて気づかなかった・・・。じゃ、じゃあここって一体どこなの?」
「ん?何言ってんだ。もう分かってんだろ?ここは俺が魔法で作った亜空間結界の中さ。」
「・・・はぁっ!?」
ルークはこの男が何を言っているのかが分からない。四つの属性魔法にそんな魔法があるなんて聞いたこともなかった。
「更にこの中は時間の流れが1000分の1になるように俺が時空間結界も張ってあるんだ。でもそれだと結局中に居る自分もゆっくり時が流れていくだけだろ?時間が勿体無いじゃん?だから更に結界内に思考速度を1000倍程度にまで強化する精神の制御魔法をかけてあるんだ。ついでに動けるように神経の反応速度も身体速度も強化してあるぜ。」
・・・もはや理解不可能である。ついさっきルークはクラウドから『この洞窟に1年間引きこもっていた』と聞いた。1000分の1の時間で1年が経ったなら、クラウドは1000年前の人間とでも言うのだろうか?
「ん?ははっ、ちょっと難しかったか?まぁいいや。んじゃちょっと準備してくるから待っててくれるか?」
さも平静を装ってはいるが、クラウドは今、心の中で浮かれきっている。
ルークには話していないが、自分の亜空間結界を越えるにはある条件がある。
自分以上の馬鹿でお人好しであること。
これはかつて高度魔法文明期と呼ばれた頃の話。
クラウドという男は優秀な魔法使いであり、魔法学の研究者であり、真理の探求者でもあった。一心不乱に研究と実験を繰り返しては次々に仮説を立て検証する。それが日常であり、自身の研究結果が人の生活を豊かにすると信じて疑わなかった。
最初の裏切りは幼馴染の研究者だった。
互いに切磋琢磨し魔法学の高みにのぼろうと誓い合った親友は膨大な研究データを盗み出し行方をくらませた。
次の裏切りは将来を誓い合った婚約者だった。
お互いを想い合い、お互いを尊重し合えると信じ、人生の伴侶となってくれるはずの人は、人々の為にと開発した魔導具を売りさばいて私腹を肥やしていた。
次に自分を利用しようと近づいてきたのは国の貴族達であった。
自分たちの立場を優位にするため、研究結果を渡すよう要求してきた。自分の研究は権力の為には使わせないと、強まる要求に応じなかった時、家族は行方不明となり天涯孤独になった。
それからほどなくして男は姿を消した。
この世には助けるに値する人間などいない。
全てを捨て世捨て人となる時、引きこもる結界に皮肉を込めた。
・・・いるはずもない。自分より馬鹿なお人好しなど。
研究に次ぐ研究。検証に次ぐ検証。自分がしていることが何の役に立つのかという自問自答の日々の果てに、男は少年と出会う。
クラウドはルークから聞いた話を思い出していた。
不器用な生き方を、自分のことを棚に上げ、お人好しめと鼻で笑いながら。
そしてそんなルークを大事にしてくれるという家族たちのことを。
その話しはまるで「お人好しだって良いじゃないか。」とクラウド自身にも言ってくれているかのようだ。
クラウドは心の中で誓いを立てる。
「(ルーク、俺は必ずお前の役に立ってみせる。馬鹿なお人好しが報われたっていいじゃねーか。俺はお前に心を救われた。今度は俺がお前の心に報いてみせる)」
幼さが残る少年にかつての自分の面影を重ねながら
後の世に空前絶後の大魔法使いと謳われた男が今、歴史の表舞台に姿を現した。
ルークは土壁の中で出会った見知らぬ男から赤く腫らした目の理由を聞かれ自身の身の上を話していた。自分では気持ちの整理をつけたつもりであった。しかしいったん話しだすと思いは止まらず、気づけば立ったまま一気に話し終えていた。
「・・・ううん、仕方ないもん。もう諦めたよ。」
他人に心配をかける気などないが、話をする上でまた泣き出してしまい更に赤く腫らした目をこすりながら言う。
目の前の男は心配そうにルークを見ていた。
「それよりおじさんは誰?こんなところで一体何をしてるのさ?」
「ああ、俺は・・・っと、まぁこっちに来て座りなよ。んで、これでも飲みな。あれだけ喋ればのども渇いたろ?」
優しい声でそう告げると、男は広間の中央にある大きな円形の机にルークを呼んだ。近くの棚から木のコップを取り、手元にある銀色の瓶から水を注いでルークの前に差し出す。
二人がいる部屋は直径30mほどの広さでドーム状になっており5mはある天井にはまるで太陽のように明々と光る魔導具があり周囲を照らしていた。
「あ、ありがとう、おじさん。・・・ふわぁ~、冷たくて美味しいや!」
「そりゃ良かった。俺はクラウドってんだ。・・・それと、おじさんは勘弁してくれ。俺はまだ26だぜ?」
「えっ、あ、ごめんなさい。話し方とかがすごい落ち着いてたから、何だかそう呼んじゃったよ。」
「そうか?自分じゃよく分からんが、まぁ年上としての威厳を感じてくれたってことで許してやろう。」
「ふふ、ありがとクラウドさん。」
「ふふ、やっと笑ってくれたな?それと呼び方はクラウドだ。敬称はいらん!」
「え、でも・・・」
「クラウドだ!それ以外は認めん!」
「ちょ、ちょっと。いきなり大声出さないでよ!・・分かったから。」
「・・・呼べ。」
「え?」
「いいから一度俺の名を呼べ!」
「わ、分かったって。クラウド!・・・これでいいだろ!」
「よーし、まあいいだろう。」
うんうんと頷きながらクラウドと名のる男は満足気であった。
「それでクラウドはここで何をしてるのさ?見たこともないような魔導具があるけど・・・」
そういうと興味深そうに辺りを見回している。
「うん?俺は・・・まぁ魔法の研究だな。もう1年は引きこもってるよ。」
出会ってまだ1時間も経っていないというのに、ルークは目の前の男にずいぶんと親近感を感じていることに驚いていた。人と話しをして笑うことなど何時ぶりだろう?
優しい目で話しを聞いてくれたからだろうか?それとも自分が無役と知っても態度を変えず接してくれたからだろうか?
・・・・そんな相手は家族だけだったのに。
「そうだ。ルークにちょいと相談があるんだが・・・」
不意にそう言われルークは少し身構える。
「な、何・・さ?」
「実はもう研究も終わりそうっていうのに、俺には行くあてが無いんだよ。・・・ちょっとばかりルークのとこで世話にならせてくれないか?」
「ええっ、い、いきなり何言ってるのさ!・・・駄目だよ。そんなの!」
しかしクラウドは引き下がらない。
目の前のお人好しな少年は一生懸命に頼まれれば、渋々ながらも了承してくれることを知っていた。
「頼む!!生活は自分でなんとかするから!寝床を貸してくれるだけでいいからさ!」
本来家族と一緒に暮らしている上に無役として負担をかけているルークが、家族に無断で了承できるはずがない。
「・・・う、ん・・・」
困りながらもルークは必死になって頼み込むクラウドを見て考える。
「(寝るだけなら僕の部屋を使えば・・狭いけど二人が寝るくらいの場所はあるだろうし。生活は自分でするって言ってるしなぁ。お姉ちゃんやおばあちゃんに迷惑がかからないなら・・・)」
「助けてあげたいけど・・・。頼むんなら僕じゃなくおばあちゃんに頼まないと。」
「!ありがとよっ!助かるぜ~。ルークの婆ちゃんにはきちんと頼むからさ!」
「・・・う、うん、僕からも一緒に頼んでみるよ・・。それで出て行くならここはどうするのさ?」
「?もちろん崩してから行くよ。」
「ええっ!だ、駄目だよ。こんな大きい洞窟!崩したら森の入り口までつぶれちゃうよ!」
「うん?・・・はっははは!何だ?気づいてなかったのか?ここが何処だか?」
「え?どこって、そりゃ森の入り口の土壁の中じゃん。」
「ほ~、今この辺りは森なのか?んじゃ、そこはこんなだだっ広い洞窟がスッポリ入るような山でもあるのか?言っとくけど、奥に部屋はまだまだあるぜ?」
そう言われて初めてルークは違和感を感じた。確かに自分がよく知っている土壁は3m程の高さしかない。こんな部屋が入るはずなかった。
「あれ?そういえば・・。色々あったから驚いてて気づかなかった・・・。じゃ、じゃあここって一体どこなの?」
「ん?何言ってんだ。もう分かってんだろ?ここは俺が魔法で作った亜空間結界の中さ。」
「・・・はぁっ!?」
ルークはこの男が何を言っているのかが分からない。四つの属性魔法にそんな魔法があるなんて聞いたこともなかった。
「更にこの中は時間の流れが1000分の1になるように俺が時空間結界も張ってあるんだ。でもそれだと結局中に居る自分もゆっくり時が流れていくだけだろ?時間が勿体無いじゃん?だから更に結界内に思考速度を1000倍程度にまで強化する精神の制御魔法をかけてあるんだ。ついでに動けるように神経の反応速度も身体速度も強化してあるぜ。」
・・・もはや理解不可能である。ついさっきルークはクラウドから『この洞窟に1年間引きこもっていた』と聞いた。1000分の1の時間で1年が経ったなら、クラウドは1000年前の人間とでも言うのだろうか?
「ん?ははっ、ちょっと難しかったか?まぁいいや。んじゃちょっと準備してくるから待っててくれるか?」
さも平静を装ってはいるが、クラウドは今、心の中で浮かれきっている。
ルークには話していないが、自分の亜空間結界を越えるにはある条件がある。
自分以上の馬鹿でお人好しであること。
これはかつて高度魔法文明期と呼ばれた頃の話。
クラウドという男は優秀な魔法使いであり、魔法学の研究者であり、真理の探求者でもあった。一心不乱に研究と実験を繰り返しては次々に仮説を立て検証する。それが日常であり、自身の研究結果が人の生活を豊かにすると信じて疑わなかった。
最初の裏切りは幼馴染の研究者だった。
互いに切磋琢磨し魔法学の高みにのぼろうと誓い合った親友は膨大な研究データを盗み出し行方をくらませた。
次の裏切りは将来を誓い合った婚約者だった。
お互いを想い合い、お互いを尊重し合えると信じ、人生の伴侶となってくれるはずの人は、人々の為にと開発した魔導具を売りさばいて私腹を肥やしていた。
次に自分を利用しようと近づいてきたのは国の貴族達であった。
自分たちの立場を優位にするため、研究結果を渡すよう要求してきた。自分の研究は権力の為には使わせないと、強まる要求に応じなかった時、家族は行方不明となり天涯孤独になった。
それからほどなくして男は姿を消した。
この世には助けるに値する人間などいない。
全てを捨て世捨て人となる時、引きこもる結界に皮肉を込めた。
・・・いるはずもない。自分より馬鹿なお人好しなど。
研究に次ぐ研究。検証に次ぐ検証。自分がしていることが何の役に立つのかという自問自答の日々の果てに、男は少年と出会う。
クラウドはルークから聞いた話を思い出していた。
不器用な生き方を、自分のことを棚に上げ、お人好しめと鼻で笑いながら。
そしてそんなルークを大事にしてくれるという家族たちのことを。
その話しはまるで「お人好しだって良いじゃないか。」とクラウド自身にも言ってくれているかのようだ。
クラウドは心の中で誓いを立てる。
「(ルーク、俺は必ずお前の役に立ってみせる。馬鹿なお人好しが報われたっていいじゃねーか。俺はお前に心を救われた。今度は俺がお前の心に報いてみせる)」
幼さが残る少年にかつての自分の面影を重ねながら
後の世に空前絶後の大魔法使いと謳われた男が今、歴史の表舞台に姿を現した。
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