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第3章 1000年前の遺産
レア進化
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「進化・・・?そ、そんな事が可能なのですか・・・?」
ユーテリア王国にある国王の私室にて国王アンドリューが訝しげに声を出している。しかしそれも当然のことであろう。クラウドが話している事など聞いた事も無い。
そしてそれは1000年前の知識を持つ真祖の吸血鬼でさえそうなのだ。いや、正確にいえば彼は進化ならば知っている。しかしそれが行われる前から予言する等聞いた事も無い。
「そ、それでは先程伺いました決定的な違いというのは・・・?」
「それは生活環境だよ。」
当然のようにそう言うクラウド。しかしその言葉の意味が分かるはずも無い。なぜならば彼らは知らないのだ。ナーガ達が何処で暮らしてきたかなど。
それに気づいたクラウドが補足し始める。だが・・・
「ははは、まぁ言ってなかったけど今回ルーク達を護衛しているのは俺の家の近くで暮らしている奴らなんだ。で、実は庭に世界樹が植わっているんだけど・・・」
まるで庭木のような扱いで植わっているなどと言ったクラウドであるが、スカイパレスに根を張る実物の世界樹の大きさはスカイパレスが建つ巨大な大地の2/3近くを覆ってしまう程大きいものである。
「「はぁっ!!??」」
国王と吸血鬼が揃って声を出す。
「せ、せ、せ、世界樹っ!?あの世界中を満たし尽くす程のエネルギーに溢れるという神代の樹木でございますかっ!?」
吸血鬼が驚愕に震える隣では・・・
「(せ、世界樹!?聞いた事も無いが凄い名前じゃな・・・)」
一国の王であるアンドリューであるが、その名前に聞き覚えなど無い。名前からして貴重なものであるというのは理解出来るがそれが一体どれ程のものかがピンときていなかった。
が、それも当然である。本来世界樹とは一度芽吹けばその惑星が潰えるまで枯れることが無いと言われている。しかし今のこの世界ではとある理由のために世界樹は存在しないため知りようが無いのである。
「!!ま、まさか!い、いや、確かに聞いたはず・・・」
そしてクラウドの言葉を聞いた吸血鬼が何かに気づき歓喜に震えている。
「おっ、気づいたか。頑張れよ。」
「な、なんという・・・なんという・・・」
遂には涙を流し出した。それほどまでに彼が喜んでいる理由は自分の何よりの望みが叶う可能性を見いだしたからである。
当然未だ理解が追いつかないアンドリューは詳しく教えて欲しいと頭を下げる。そこでされた話とは・・・
そもそも『進化』とは何か?
非常に簡単に答えるならば、長い年月を掛けて周囲の環境や外敵に適応していくものである。では何故それらに適応しなければならないかと言うと、そうしないと生きていけないからである。
そしてそんな長い年月を掛けて行われる進化とは別に、この世界にはもう一つの進化がある。
それが『存在進化』である。とてつもない程の巨大なエネルギーを秘めた存在のみが可能とする生命の奇跡。今までの自分を脱ぎ捨て種族ごと昇華してしまうのである。
しかし勿論誰もかれもが出来るものでは無い。前述の通りエネルギーが要るのだ。それも尋常では無いほどに強力な生命の力が。
では生命体が更なる高みに登るほどの強いエネルギーをナーガは一体どうやって得たのか?
答えは糧である。そしてそれがクラウドが言っていた『両者の決定的な違い』の答えなのだ。
彼らが住む場所にある食べ物、それは全てが世界樹の恩恵を受けている。樹に実る果実も流れる小川の水もそうだ。世界樹の力に満たされた場所で100年近く過ごした結果ナーガの体内には信じられない程の世界樹の力、つまりは生命エネルギーが蓄えられるに至った。
それに対するは生まれたての吸血鬼。エナジードレインのスキルを持つとは言えとてもでは無いが互角な筈が無い。しかも彼らは下級吸血鬼となってすぐバダックへの復讐に動きだした。力など碌に溜めてさえいない。
自身の殻をぶち破る程のエネルギー。それを持つものが力を求め、強い感情や欲求を爆発させることで一気に存在を引き上げる。
それはかつての時代で行われていた進化の解析実験で証明されている事なのだ。
例え敵わない強敵と出会おうが存在進化を可能とするナーガ達が負ける事はまず無いと考えていたクラウド。しかし彼は知らなかった。
スカイパレスに住むもの達がどれ程のエネルギーを蓄えているのかを。
世界樹の力に満ちた糧を食べ続けている以上、進化に必要なエネルギーが不足するとは考えられなかった事とスカイパレスで過ごす時間が無くそこに住むもの達の詳しい調査を後回しにした事。この2つの理由により魔物や霊獣達の持つエネルギー計測を後回しにしていたためである。
しかし実際はナーガの身体に蓄えられたエネルギーはクラウドの予想を遥かに上回るものであった。しかもナーガの個人的背景による力への渇望は凄まじく、その結果起こった存在進化はただの存在進化では無く多段階の存在進化という異例中の異例とも言える事態となっていた。
ナーガは巨蛇種から神蛇種へ、更にはそこから生物の頂点とも言える竜種にまで到達したのである。
そしてクラウドの誤算はもう1つ。
当然ながらペガサス達である。彼らもまたナーガ同様にその身体に巨大な生命エネルギーを蓄えている。それによってタニアを守るために力を欲する彼らもまた存在進化直前の状態であった。
が、問題はそのタイミングである。
ペガサスやユニコーンが存在進化を始めようとした時それは起こった。
ただでさえ奇跡的とも言える存在進化であるが、同種または類似種がひと固まりに集まって意識を統一しながら同じタイミングで存在進化を始めるという神懸かり的にあり得ない条件下で起こった事、それは・・・
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ペガサスやユニコーン達の身体が同時に輝きだす。しかしナーガの時とは様子が違った。身体が変化することも無く輝きを増しながら光り続けているのだ。
そしていつしかペガサス達は光そのものとなってしまった。
まるで細かい粒子のように全員が光の粒の集まりへと姿を変えだした。そしてその場にいる全員が光の粒子へと変わった時、それらが一つに集まり出したのである。
一つの大きな光の塊となったソレが強烈なエネルギーの波動を生み始める。
その時、不意にその光の球に影が差した。何者かが中から出てこようとしているようだ。そして姿を現したものは・・・
バチバチと裂けるような雷を身体中に纏いながら歩みを進める一体の巨馬。3m程の高さに6mはある体躯。優雅に揺れる尾を含めれば8mはあるだろうか。身体には輝くような白毛が揺れ、見た事も無い程に繊細で上品なたてがみが風に靡いていた。頭部に生える一本の角には幾何学模様のような意匠が見てとれる。
「な、な・・・」
「こ、今度は何だっ!?」
ヒュドラだけでも手に負える筈が無いというのに。現れたもう一体を見て下級吸血鬼はどうしていいかさえ分からないようだ。
しかし彼らが狼狽するのも仕方が無いことだろう。そもそも霊獣種には多数の種族が存在するのであるが、その中で最強の座に君臨し続けると言われる種族が4種ある。
姿を現したのはその内の一つ。強大な雷を自在に操り、巨躯にもかかわらず目にも止まらぬ速さで天を翔け、敵対したものに死ぬ以外の選択肢を与えないと言われるもの。
それが目の前に現れたものの正体、神獣『麒麟』である。
決してペガサスやユニコーンが存在進化で到達出来るものでは無い。しかし同種の存在が同一意識の下で同時に存在進化を始めた結果、ペガサス達はお互いの存在進化の力を共鳴させることに成功する。そして増幅した力を使い本来なら到達する筈の無い次元の存在へと至った。
一体ずつでは不可能なレベルに5体がかりで無理やり存在進化したのだ。これは並列進化と呼ばれナーガの多段階進化に勝るとも劣らない程の超レアケースである。
しかし、それが悲劇の始まりだった。
存在進化したナーガとペガサス達。無限に湧き出るかのような力を感じ、下級吸血鬼になど負ける筈が無いと確信した両者。
ようやく自分達の大事な友人を守れると息巻いた時、それは聞こえた。
「・・・・あ、あの、ナーガのおじさん・・・?」
発言の主はルークである。姿が大きく変わってしまったナーガの唯一の不安、それが自分の友人がその姿を見て怖がらないだろうかというものであったがどうやら杞憂のようだった。
こんな姿を見ても話しかけてくれる大事な友人に思わず心が暖かくなる。それと同時に自分の大事な相手を殺そうとした敵への怒りが再度湧いて来た。
『さっきは無様なところを見せてしまい申し訳なかったのである。もうなんの心配もいらないのである!
さぁっ、かかってくるのである!!』
意気揚々と声を掛け自身に気合を入れなおす。
しかし敵からは返事が無かった。8つの首を使って辺りを見回すがさっきまで居た筈の下級吸血鬼の姿が無い。
『むぅっ、一体何処へ・・・』
恐らくは護衛である自分達の変わりように驚いて逃げたのであろう。麒麟もそう考えた。
この時点で両者の思惑は同じである。ルークとタニアを害そうとしたもの達を生かしておけば今後も彼らが狙われる恐れがあるのだ。逃がす訳にはいかない。更にはルーク達に心配をかけたことを気にしているヒュドラ達はどうあっても自分達が活躍するところを心優しい友人に見て欲しかったのだ。
『よし、我が空から探そうぞ!』
『うむ、頼んだのである!』
そんな会話をした時であった。次に声を掛けたのはタニアである。
「あの、ペガサスさん達・・・だよね?」
姿に戸惑いながらも話しかけてくるタニアに麒麟が答えた。
『ふふふ、ここはお任せ下さいタニア殿。必ずや敵を見つけて参ります!逃がしはしませんよ!』
麒麟もまた自身満々で答える。しかしタニアの口から出た言葉は・・・
「いや、あの・・・、さっき戦ってた人達ならそこに・・・」
『『え!?』』
そう言いながらタニアが指さした場所を見るドラゴンと神獣。
そこにあったのは黒ずんだ灰、所謂消し炭である。
「あ、あの、さっきペガサスさん達が光から出て来た時に・・・」
「う、うん。雷が・・・」
それを聞いたヒュドラと麒麟がはっと思い出す。
『『あ・・・』』
そう、それは今さっき目の当たりにした麒麟の登場シーン。生まれ変わった麒麟は溢れるエネルギーを雷に変え身体中に纏っていた。つまり下級吸血鬼達は存在進化した麒麟の近くに居たためにその雷に巻き込まれ焼け死んだのである。
『な、な、何という事を!何を考えているのであるか!』
収まりがつかないヒュドラが声を荒げた。せっかく良い所を見せようとしたのに活躍の場を奪われて怒り心頭のようである。最も、振り上げた拳を振り下ろす先を奪われたのだからそれも当然と言えるが。しかし、
『何を言いがかりを!こちらとて本意でしたことでは無い!』
麒麟もまた活躍の場を無くし心が荒れているようだ。そしてその結果・・・
『何が言いがかりであるかこの駄馬が!』
ズドオォォォン!!
怒りに任せて振り回したヒュドラの首の一つがけたたましい音を上げ麒麟の胴体に特大の頭突きとなってぶち当たった。
『ぬぅぅっ!何をするかっ!この8首のミミズめがっ!!』
ガオォォォン!!
怒りの反撃が麒麟から返される。特大の雷が滝のようにヒュドラへと叩きつけられた。
『お、おのれぇ、やる気であるか!』
『ふんっ!それはこちらのセリフというものよ!!』
そして始まったのは正に悪夢さながらの大怪獣同士の大喧嘩である。
「う、うわわわっ!」
「きゃ、きゃぁっ!」
「ひぇ、一体どうなってるさねっ!」
「ア、アレックス!ママにしがみついてなさい!」
「びっ、びっぇぇ~」
周囲への迷惑も考えずやらかしている元護衛達を余所にルークたちがその場から逃げ出した。あまりの事態にバダックとエリスの息子アレックスが大泣きを始める。
結局頭に血が上った両者が喧嘩を辞めたのは、ルークとタニアが叫び続けていた声を聞きとれた時である。喧嘩開始から20分が経過しており周囲はその地形を変える程の惨事となっていた。
その後、ミルトアへ帰って来たクラウドがそれを知り激怒。護衛に付けた者同士の喧嘩でルーク達が怪我を負いかけるなど許容出来る筈も無く、両者はクビを言い渡される。
しかし、何があっても傍を離れないと主張するヒュドラと麒麟。結局はクラウドを含めた3者の情熱的な話し合いにより傷だらけになったヒュドラと麒麟が身体を休めるという名目でスカイパレスに(泣く泣く)一旦帰ることとなる。
これでようやく片付いたと胸をなでおろすクラウドであったが、翌日から冒険者ギルドへは次々に目撃情報が届けられギルド職員が目を回す羽目になるのは余談である。
尚、この時に至っても冒険者ギルドの受付カウンターには所有者が取りに来ない1枚のギルドカードが自身の主が来ることを待ち続けているのであった・・・
ユーテリア王国にある国王の私室にて国王アンドリューが訝しげに声を出している。しかしそれも当然のことであろう。クラウドが話している事など聞いた事も無い。
そしてそれは1000年前の知識を持つ真祖の吸血鬼でさえそうなのだ。いや、正確にいえば彼は進化ならば知っている。しかしそれが行われる前から予言する等聞いた事も無い。
「そ、それでは先程伺いました決定的な違いというのは・・・?」
「それは生活環境だよ。」
当然のようにそう言うクラウド。しかしその言葉の意味が分かるはずも無い。なぜならば彼らは知らないのだ。ナーガ達が何処で暮らしてきたかなど。
それに気づいたクラウドが補足し始める。だが・・・
「ははは、まぁ言ってなかったけど今回ルーク達を護衛しているのは俺の家の近くで暮らしている奴らなんだ。で、実は庭に世界樹が植わっているんだけど・・・」
まるで庭木のような扱いで植わっているなどと言ったクラウドであるが、スカイパレスに根を張る実物の世界樹の大きさはスカイパレスが建つ巨大な大地の2/3近くを覆ってしまう程大きいものである。
「「はぁっ!!??」」
国王と吸血鬼が揃って声を出す。
「せ、せ、せ、世界樹っ!?あの世界中を満たし尽くす程のエネルギーに溢れるという神代の樹木でございますかっ!?」
吸血鬼が驚愕に震える隣では・・・
「(せ、世界樹!?聞いた事も無いが凄い名前じゃな・・・)」
一国の王であるアンドリューであるが、その名前に聞き覚えなど無い。名前からして貴重なものであるというのは理解出来るがそれが一体どれ程のものかがピンときていなかった。
が、それも当然である。本来世界樹とは一度芽吹けばその惑星が潰えるまで枯れることが無いと言われている。しかし今のこの世界ではとある理由のために世界樹は存在しないため知りようが無いのである。
「!!ま、まさか!い、いや、確かに聞いたはず・・・」
そしてクラウドの言葉を聞いた吸血鬼が何かに気づき歓喜に震えている。
「おっ、気づいたか。頑張れよ。」
「な、なんという・・・なんという・・・」
遂には涙を流し出した。それほどまでに彼が喜んでいる理由は自分の何よりの望みが叶う可能性を見いだしたからである。
当然未だ理解が追いつかないアンドリューは詳しく教えて欲しいと頭を下げる。そこでされた話とは・・・
そもそも『進化』とは何か?
非常に簡単に答えるならば、長い年月を掛けて周囲の環境や外敵に適応していくものである。では何故それらに適応しなければならないかと言うと、そうしないと生きていけないからである。
そしてそんな長い年月を掛けて行われる進化とは別に、この世界にはもう一つの進化がある。
それが『存在進化』である。とてつもない程の巨大なエネルギーを秘めた存在のみが可能とする生命の奇跡。今までの自分を脱ぎ捨て種族ごと昇華してしまうのである。
しかし勿論誰もかれもが出来るものでは無い。前述の通りエネルギーが要るのだ。それも尋常では無いほどに強力な生命の力が。
では生命体が更なる高みに登るほどの強いエネルギーをナーガは一体どうやって得たのか?
答えは糧である。そしてそれがクラウドが言っていた『両者の決定的な違い』の答えなのだ。
彼らが住む場所にある食べ物、それは全てが世界樹の恩恵を受けている。樹に実る果実も流れる小川の水もそうだ。世界樹の力に満たされた場所で100年近く過ごした結果ナーガの体内には信じられない程の世界樹の力、つまりは生命エネルギーが蓄えられるに至った。
それに対するは生まれたての吸血鬼。エナジードレインのスキルを持つとは言えとてもでは無いが互角な筈が無い。しかも彼らは下級吸血鬼となってすぐバダックへの復讐に動きだした。力など碌に溜めてさえいない。
自身の殻をぶち破る程のエネルギー。それを持つものが力を求め、強い感情や欲求を爆発させることで一気に存在を引き上げる。
それはかつての時代で行われていた進化の解析実験で証明されている事なのだ。
例え敵わない強敵と出会おうが存在進化を可能とするナーガ達が負ける事はまず無いと考えていたクラウド。しかし彼は知らなかった。
スカイパレスに住むもの達がどれ程のエネルギーを蓄えているのかを。
世界樹の力に満ちた糧を食べ続けている以上、進化に必要なエネルギーが不足するとは考えられなかった事とスカイパレスで過ごす時間が無くそこに住むもの達の詳しい調査を後回しにした事。この2つの理由により魔物や霊獣達の持つエネルギー計測を後回しにしていたためである。
しかし実際はナーガの身体に蓄えられたエネルギーはクラウドの予想を遥かに上回るものであった。しかもナーガの個人的背景による力への渇望は凄まじく、その結果起こった存在進化はただの存在進化では無く多段階の存在進化という異例中の異例とも言える事態となっていた。
ナーガは巨蛇種から神蛇種へ、更にはそこから生物の頂点とも言える竜種にまで到達したのである。
そしてクラウドの誤算はもう1つ。
当然ながらペガサス達である。彼らもまたナーガ同様にその身体に巨大な生命エネルギーを蓄えている。それによってタニアを守るために力を欲する彼らもまた存在進化直前の状態であった。
が、問題はそのタイミングである。
ペガサスやユニコーンが存在進化を始めようとした時それは起こった。
ただでさえ奇跡的とも言える存在進化であるが、同種または類似種がひと固まりに集まって意識を統一しながら同じタイミングで存在進化を始めるという神懸かり的にあり得ない条件下で起こった事、それは・・・
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ペガサスやユニコーン達の身体が同時に輝きだす。しかしナーガの時とは様子が違った。身体が変化することも無く輝きを増しながら光り続けているのだ。
そしていつしかペガサス達は光そのものとなってしまった。
まるで細かい粒子のように全員が光の粒の集まりへと姿を変えだした。そしてその場にいる全員が光の粒子へと変わった時、それらが一つに集まり出したのである。
一つの大きな光の塊となったソレが強烈なエネルギーの波動を生み始める。
その時、不意にその光の球に影が差した。何者かが中から出てこようとしているようだ。そして姿を現したものは・・・
バチバチと裂けるような雷を身体中に纏いながら歩みを進める一体の巨馬。3m程の高さに6mはある体躯。優雅に揺れる尾を含めれば8mはあるだろうか。身体には輝くような白毛が揺れ、見た事も無い程に繊細で上品なたてがみが風に靡いていた。頭部に生える一本の角には幾何学模様のような意匠が見てとれる。
「な、な・・・」
「こ、今度は何だっ!?」
ヒュドラだけでも手に負える筈が無いというのに。現れたもう一体を見て下級吸血鬼はどうしていいかさえ分からないようだ。
しかし彼らが狼狽するのも仕方が無いことだろう。そもそも霊獣種には多数の種族が存在するのであるが、その中で最強の座に君臨し続けると言われる種族が4種ある。
姿を現したのはその内の一つ。強大な雷を自在に操り、巨躯にもかかわらず目にも止まらぬ速さで天を翔け、敵対したものに死ぬ以外の選択肢を与えないと言われるもの。
それが目の前に現れたものの正体、神獣『麒麟』である。
決してペガサスやユニコーンが存在進化で到達出来るものでは無い。しかし同種の存在が同一意識の下で同時に存在進化を始めた結果、ペガサス達はお互いの存在進化の力を共鳴させることに成功する。そして増幅した力を使い本来なら到達する筈の無い次元の存在へと至った。
一体ずつでは不可能なレベルに5体がかりで無理やり存在進化したのだ。これは並列進化と呼ばれナーガの多段階進化に勝るとも劣らない程の超レアケースである。
しかし、それが悲劇の始まりだった。
存在進化したナーガとペガサス達。無限に湧き出るかのような力を感じ、下級吸血鬼になど負ける筈が無いと確信した両者。
ようやく自分達の大事な友人を守れると息巻いた時、それは聞こえた。
「・・・・あ、あの、ナーガのおじさん・・・?」
発言の主はルークである。姿が大きく変わってしまったナーガの唯一の不安、それが自分の友人がその姿を見て怖がらないだろうかというものであったがどうやら杞憂のようだった。
こんな姿を見ても話しかけてくれる大事な友人に思わず心が暖かくなる。それと同時に自分の大事な相手を殺そうとした敵への怒りが再度湧いて来た。
『さっきは無様なところを見せてしまい申し訳なかったのである。もうなんの心配もいらないのである!
さぁっ、かかってくるのである!!』
意気揚々と声を掛け自身に気合を入れなおす。
しかし敵からは返事が無かった。8つの首を使って辺りを見回すがさっきまで居た筈の下級吸血鬼の姿が無い。
『むぅっ、一体何処へ・・・』
恐らくは護衛である自分達の変わりように驚いて逃げたのであろう。麒麟もそう考えた。
この時点で両者の思惑は同じである。ルークとタニアを害そうとしたもの達を生かしておけば今後も彼らが狙われる恐れがあるのだ。逃がす訳にはいかない。更にはルーク達に心配をかけたことを気にしているヒュドラ達はどうあっても自分達が活躍するところを心優しい友人に見て欲しかったのだ。
『よし、我が空から探そうぞ!』
『うむ、頼んだのである!』
そんな会話をした時であった。次に声を掛けたのはタニアである。
「あの、ペガサスさん達・・・だよね?」
姿に戸惑いながらも話しかけてくるタニアに麒麟が答えた。
『ふふふ、ここはお任せ下さいタニア殿。必ずや敵を見つけて参ります!逃がしはしませんよ!』
麒麟もまた自身満々で答える。しかしタニアの口から出た言葉は・・・
「いや、あの・・・、さっき戦ってた人達ならそこに・・・」
『『え!?』』
そう言いながらタニアが指さした場所を見るドラゴンと神獣。
そこにあったのは黒ずんだ灰、所謂消し炭である。
「あ、あの、さっきペガサスさん達が光から出て来た時に・・・」
「う、うん。雷が・・・」
それを聞いたヒュドラと麒麟がはっと思い出す。
『『あ・・・』』
そう、それは今さっき目の当たりにした麒麟の登場シーン。生まれ変わった麒麟は溢れるエネルギーを雷に変え身体中に纏っていた。つまり下級吸血鬼達は存在進化した麒麟の近くに居たためにその雷に巻き込まれ焼け死んだのである。
『な、な、何という事を!何を考えているのであるか!』
収まりがつかないヒュドラが声を荒げた。せっかく良い所を見せようとしたのに活躍の場を奪われて怒り心頭のようである。最も、振り上げた拳を振り下ろす先を奪われたのだからそれも当然と言えるが。しかし、
『何を言いがかりを!こちらとて本意でしたことでは無い!』
麒麟もまた活躍の場を無くし心が荒れているようだ。そしてその結果・・・
『何が言いがかりであるかこの駄馬が!』
ズドオォォォン!!
怒りに任せて振り回したヒュドラの首の一つがけたたましい音を上げ麒麟の胴体に特大の頭突きとなってぶち当たった。
『ぬぅぅっ!何をするかっ!この8首のミミズめがっ!!』
ガオォォォン!!
怒りの反撃が麒麟から返される。特大の雷が滝のようにヒュドラへと叩きつけられた。
『お、おのれぇ、やる気であるか!』
『ふんっ!それはこちらのセリフというものよ!!』
そして始まったのは正に悪夢さながらの大怪獣同士の大喧嘩である。
「う、うわわわっ!」
「きゃ、きゃぁっ!」
「ひぇ、一体どうなってるさねっ!」
「ア、アレックス!ママにしがみついてなさい!」
「びっ、びっぇぇ~」
周囲への迷惑も考えずやらかしている元護衛達を余所にルークたちがその場から逃げ出した。あまりの事態にバダックとエリスの息子アレックスが大泣きを始める。
結局頭に血が上った両者が喧嘩を辞めたのは、ルークとタニアが叫び続けていた声を聞きとれた時である。喧嘩開始から20分が経過しており周囲はその地形を変える程の惨事となっていた。
その後、ミルトアへ帰って来たクラウドがそれを知り激怒。護衛に付けた者同士の喧嘩でルーク達が怪我を負いかけるなど許容出来る筈も無く、両者はクビを言い渡される。
しかし、何があっても傍を離れないと主張するヒュドラと麒麟。結局はクラウドを含めた3者の情熱的な話し合いにより傷だらけになったヒュドラと麒麟が身体を休めるという名目でスカイパレスに(泣く泣く)一旦帰ることとなる。
これでようやく片付いたと胸をなでおろすクラウドであったが、翌日から冒険者ギルドへは次々に目撃情報が届けられギルド職員が目を回す羽目になるのは余談である。
尚、この時に至っても冒険者ギルドの受付カウンターには所有者が取りに来ない1枚のギルドカードが自身の主が来ることを待ち続けているのであった・・・
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