わたし、九尾になりました!! ~魔法と獣医学の知識で無双する~

惟名 水月

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東方編

39話 トゥサコンの夜

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 トゥサコンもまだ帝国軍の攻撃の傷跡からは癒えていなかった。元々、東方諸国との重要な交易・交通の拠点である。帝国の攻撃対象となるのも無理はない。



 大分片付いてはいるようだが、あの何とも言えない、異文化が混ざった優雅な街並みは、すっかりと崩れ去ってしまったようだ。それでも、やはり人の行き来が多いのだろう、街は活気に溢れていた。



 「お嬢ちゃん達、タルキス産ビーフジャーキー食ってかないか?安くしとくぜ!」



市内には露天商が溢れており、中にはターバンを巻いた者もいる。まさに今話しかけてきたおっちゃんはゲームの中の商人といった風貌である。



 「あーじゃあ一個ずつちょうだい!」



 「毎度!やっぱりタルキスの肉は美味いぜ!またよろしくな!」



 おっちゃんはそう言うと、また通りに向かって大きな声で呼びかけを始めた。すぐに、若い女の人2人を捕まえたようだ。商人、恐るべし。



 私はビーフジャーキーをもぐもぐと頬張りながらナーシェに尋ねた。



 「タルキスって肉が有名なの?」



 「そうなんです。元々シャウンは温暖な気候や雨が多いこともあって、畑作が中心なんですけど、タルキスは乾燥地帯が多いんですよ!すぐ南の大陸は砂漠が広まっていますし!」



 「それで、畜産が盛んなのね」



 「元々、タルキスの民は騎馬民族なんです。昔から動物と共に暮らしてきたと言う背景もありますね」



 畜産かあ…私はふと、大学時代の実習を思い出した。そうあれは4年生か5年生の頃だった。忘れもしないあの感触。まるで温かい海に包まれるような安堵感。はじめて直腸検査をしたときの感動は今でも覚えている。働いてからは小動物が中心だったが、元々馬が好きだったこともあり、大学時代はむしろ大動物の方に興味が向いていた。



 「イーナちゃんは、家畜も診れるんですか?」



 「うーん、診れなくはないけど、もう大分経つしなあ……」



 ――ジューイシは万能なんじゃな!



 サクヤはまるで自分の事のように誇らしげである。ルカもなにやら眼を輝かせてこちらに視線を向けている。



 「ねえイーナ様!ルカも大っきい動物を診れるようになりたい!」



 「じゃあ機会があったら色々教えるよ!」



 その言葉にルカははしゃいでいる。いろんな動物を知ることが出来る喜び。今となっては忘れてしまいがちな、その感覚をルカは日々思い出せてくれる。



 「おい、イーナ……! まだ行かないのか……!」



 なにやらルートはそわそわしているようだ。まだ……?



 その言葉に、ナーシェとシータは何かを察したようでクスクスと笑っている。



 「まだって?」



 「トゥサコンと言えばあれだろ!」



 そうか、すっかり感慨に耽って忘れていた。





……………………………





 トゥサコンと言えば……



 「おんせーん!」



 ルカもナーシェもはしゃいでいる。その様子を少し羨ましそうにルートは眺めている。うん、分かるぞルートよ。だが、お前はそっちに混ざってはいけない。



 さらにシータはみんなを微笑ましく眺めながら酒を嗜んでいる。まあ今日くらいはいいっか。シナツはなにやらお湯が苦手らしく、テオと共に部屋でお留守番である。



 「サクヤ」



 ――なんじゃイーナ



 「まだ、何も解決はしてないんだよね……?」



 ――そうじゃな



 「治療法見つかるかな……?」



 今更何を言っているんだろう。やると決めたのは自分のはずなのに。帝国という敵がいなくなってから、急に道しるべがなくなってしまった様な気がして、今回タルキス王国に行くのも結局は、何かしていないと、新しいことをやっていないと落ち着かない自分がいたからである。



 ――まあ、そちならそのうち見つかるじゃろ。どうした?らしくもない。



 「ちょっと目標をロストしてしまった様な気がして」



 急に恥ずかしくなってきて、思わず笑みがこぼれてしまった。そしてそれを隠そうと、私はお湯に口を浸した。



 ――まあ今日くらい楽しもうではないか!



 「そうだね!」



 ふと、思えばこんなにのんびりとした時間は久しぶりである。あれから少しずつ来院者も増え、毎日なんだかんだでばたばたと過ごしていた。



 ナーシェとルカがこちらへ近づいてきた。



 「そういえば、東方諸国には恐ろしい病気があるそうですよ!」



 ナーシェの言葉に興味が引かれた。獣医の性なので、仕方が無い、自分が病気オタクなのをまざまざと見せびらかされているようだが、仕方無い。うん。



 「どんな病気なの?」



 「いくつかあるんですけど、突然血を吹き出して倒れたりとか、麻痺して動けなくなったりだとか、身体がボコボコしてくるだとか。イーナちゃんも気をつけてくださいね!」



 なんとなく、見当はついた。この世界でもやっぱりあるのだろう。



 「なるほど。そうなると色々やらないといけないことが多いな。フリスディカに帰ったら研究だね」



 「ケンキュウ?」



 ルカが不思議そうに首をかしげている。



 「少なくとも、私の世界ではそういった病気があったけど、治療も出来る。きっとこの世界の病気も似たようなメカニズムだとは思うから……」



 「すごーい!」



 「イーナちゃん、恐ろしすぎます…」



 ルカもナーシェも驚きを隠せないようだ。



 「結局は昔の偉大な人達が生み出した知識を使ってるだけだよ。」



 医療は数知れない人々の犠牲の上に発展してきた。私に出来る事は、少しでも多くの人や動物たちをその知識を使って助けることしかない。



 「でもイーナちゃん!気をつけてくださいね!東方諸国はややこしい所も多いですから……特に、アレナ聖教会はいろいろ良くない話も聞きますから……」



 「アレナ聖教会?」



 「タルキスよりさらに東にあるアレナ聖教国を中心に最近信徒を広めている宗教なんです。シャウン王国だとあまり見ないのですが、タルキスの東部の方はそっちの影響も強いですからね!」



 「覚えておくよ、ありがとうナーシェ!」



 なにやらまた新しいキーワードが出てきたが、まあ今考えても仕方の無いことだ!今はこの時間を楽しもう。



 こうして、久々の休息となったトゥサコンの楽しい夜は更けていった。

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