『転生モブと魔獣の相棒ごはん屋 秘密を抱えた常連様に惹かれて』

miigumi

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1章

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◆第24話 「日常に、ひびが入る音」

「最近、広場が静かすぎると思わないか?」

「いや……静かっていうより、変なんだよ。見回りが増えた。王都の人間が道に立っててさ」

「この間、子どもが“モフのしっぽ亭”の前で遊んでたら、止められたらしい。『魔獣に近づくな』って」

「ミレイアちゃんは、あんなに優しいのに……」

「……何か始まるかもしれない」

そんな声が、町中でそっと囁かれ始めていた。

* * *

「……気をつけてね」

エルダがそう言った時、ミレイアは初めて“本物の恐怖”を感じた。

「気をつけて、って……?」

「ミレイアちゃん、あなたがどんなに善い子でも、
“善い子だけじゃ守れないもの”ってあるのよ」

ラテが、足元で静かにうなった。

彼のしっぽが、いつもより固く巻き込まれている。

* * *

その夜。
「営業中」の札を「準備中」に裏返した直後だった。

扉が開く音と共に、空気が一変した。

「……いらっしゃいませ?」

そう言ったミレイアの声が、喉の奥で止まった。

そこに立っていたのは、昼に見た“旅人風の青年”ではなかった。

漆黒の衣。魔力の奔流を纏い、燃えるような金の双眸を持つ男。

それは、魔族の王・ディアボロスだった。

「……久しいな、娘よ」

ラテがミレイアの前に立ちふさがる。
しかし、王はそのまま進み、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「今日のプリンは、ないのか?」

「えっ……あ、あの……」

「冗談だ」

まるで空気を読み違えた悪戯のようなやりとり。
だが、ディアボロスの目は、冗談を許さないほどに冷えていた。

「……君は、このまま“ここ”にいて、すべてを失う覚悟があるのか?」

「……え?」

「人間の秩序というものは、君のような存在を“認める”ことで崩壊する。
魔族と関わり、魔獣と暮らし、平和に飯を作る……そんな“例外”を、人間は許さない」

「でも、私は……何もしてない……」

「“何もしない者”ほど、標的になるものだ」

ミレイアは、言葉を失っていた。

怖い、わけではなかった。
ただ――その言葉が、事実であると、ラテの静かなまなざしが証明していた。

「……逃げろ、とは言わない」

ディアボロスは、机の上にそっと小さな印章を置いた。

「だが、“来る選択肢”は、常に持っておけ。
この印を持って、森の外縁へ来れば、我らの領域に通じる道が開く」

「わたしが……そっちに行ったら、どうなるの?」

「我らは、君を“客”として迎える。
住まいも、護衛も、店も与える。
料理も、ラテも、好きなようにすればいい」

「……本当に?」

「ああ。ただし――戻れはしない」

その言葉に、ミレイアは黙り込んだ。

日常が崩れかけている。
守られてきた“あたたかさ”の裏で、誰かが戦っている。
ラテの小さな背に、背負わせてはいけないものがある。

「……考えさせてください」

「当然だ。選択肢は、“あること”に意味がある」

ディアボロスは立ち上がる。

「……プリン、次は二つ頼む。俺と、あいつの分だ」

「“あいつ”?」

「――シュヴァルツだ。知らないふりは、そろそろ終わりにしておけ」

その言葉を最後に、彼の姿は霧のように消えた。

静まり返った店内で、ミレイアはラテと共に立ち尽くした。

手の中には、小さな黒金の印章だけが残されていた。
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