25 / 66
1章
25
しおりを挟む
◆第24話 「日常に、ひびが入る音」
「最近、広場が静かすぎると思わないか?」
「いや……静かっていうより、変なんだよ。見回りが増えた。王都の人間が道に立っててさ」
「この間、子どもが“モフのしっぽ亭”の前で遊んでたら、止められたらしい。『魔獣に近づくな』って」
「ミレイアちゃんは、あんなに優しいのに……」
「……何か始まるかもしれない」
そんな声が、町中でそっと囁かれ始めていた。
* * *
「……気をつけてね」
エルダがそう言った時、ミレイアは初めて“本物の恐怖”を感じた。
「気をつけて、って……?」
「ミレイアちゃん、あなたがどんなに善い子でも、
“善い子だけじゃ守れないもの”ってあるのよ」
ラテが、足元で静かにうなった。
彼のしっぽが、いつもより固く巻き込まれている。
* * *
その夜。
「営業中」の札を「準備中」に裏返した直後だった。
扉が開く音と共に、空気が一変した。
「……いらっしゃいませ?」
そう言ったミレイアの声が、喉の奥で止まった。
そこに立っていたのは、昼に見た“旅人風の青年”ではなかった。
漆黒の衣。魔力の奔流を纏い、燃えるような金の双眸を持つ男。
それは、魔族の王・ディアボロスだった。
「……久しいな、娘よ」
ラテがミレイアの前に立ちふさがる。
しかし、王はそのまま進み、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「今日のプリンは、ないのか?」
「えっ……あ、あの……」
「冗談だ」
まるで空気を読み違えた悪戯のようなやりとり。
だが、ディアボロスの目は、冗談を許さないほどに冷えていた。
「……君は、このまま“ここ”にいて、すべてを失う覚悟があるのか?」
「……え?」
「人間の秩序というものは、君のような存在を“認める”ことで崩壊する。
魔族と関わり、魔獣と暮らし、平和に飯を作る……そんな“例外”を、人間は許さない」
「でも、私は……何もしてない……」
「“何もしない者”ほど、標的になるものだ」
ミレイアは、言葉を失っていた。
怖い、わけではなかった。
ただ――その言葉が、事実であると、ラテの静かなまなざしが証明していた。
「……逃げろ、とは言わない」
ディアボロスは、机の上にそっと小さな印章を置いた。
「だが、“来る選択肢”は、常に持っておけ。
この印を持って、森の外縁へ来れば、我らの領域に通じる道が開く」
「わたしが……そっちに行ったら、どうなるの?」
「我らは、君を“客”として迎える。
住まいも、護衛も、店も与える。
料理も、ラテも、好きなようにすればいい」
「……本当に?」
「ああ。ただし――戻れはしない」
その言葉に、ミレイアは黙り込んだ。
日常が崩れかけている。
守られてきた“あたたかさ”の裏で、誰かが戦っている。
ラテの小さな背に、背負わせてはいけないものがある。
「……考えさせてください」
「当然だ。選択肢は、“あること”に意味がある」
ディアボロスは立ち上がる。
「……プリン、次は二つ頼む。俺と、あいつの分だ」
「“あいつ”?」
「――シュヴァルツだ。知らないふりは、そろそろ終わりにしておけ」
その言葉を最後に、彼の姿は霧のように消えた。
静まり返った店内で、ミレイアはラテと共に立ち尽くした。
手の中には、小さな黒金の印章だけが残されていた。
「最近、広場が静かすぎると思わないか?」
「いや……静かっていうより、変なんだよ。見回りが増えた。王都の人間が道に立っててさ」
「この間、子どもが“モフのしっぽ亭”の前で遊んでたら、止められたらしい。『魔獣に近づくな』って」
「ミレイアちゃんは、あんなに優しいのに……」
「……何か始まるかもしれない」
そんな声が、町中でそっと囁かれ始めていた。
* * *
「……気をつけてね」
エルダがそう言った時、ミレイアは初めて“本物の恐怖”を感じた。
「気をつけて、って……?」
「ミレイアちゃん、あなたがどんなに善い子でも、
“善い子だけじゃ守れないもの”ってあるのよ」
ラテが、足元で静かにうなった。
彼のしっぽが、いつもより固く巻き込まれている。
* * *
その夜。
「営業中」の札を「準備中」に裏返した直後だった。
扉が開く音と共に、空気が一変した。
「……いらっしゃいませ?」
そう言ったミレイアの声が、喉の奥で止まった。
そこに立っていたのは、昼に見た“旅人風の青年”ではなかった。
漆黒の衣。魔力の奔流を纏い、燃えるような金の双眸を持つ男。
それは、魔族の王・ディアボロスだった。
「……久しいな、娘よ」
ラテがミレイアの前に立ちふさがる。
しかし、王はそのまま進み、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「今日のプリンは、ないのか?」
「えっ……あ、あの……」
「冗談だ」
まるで空気を読み違えた悪戯のようなやりとり。
だが、ディアボロスの目は、冗談を許さないほどに冷えていた。
「……君は、このまま“ここ”にいて、すべてを失う覚悟があるのか?」
「……え?」
「人間の秩序というものは、君のような存在を“認める”ことで崩壊する。
魔族と関わり、魔獣と暮らし、平和に飯を作る……そんな“例外”を、人間は許さない」
「でも、私は……何もしてない……」
「“何もしない者”ほど、標的になるものだ」
ミレイアは、言葉を失っていた。
怖い、わけではなかった。
ただ――その言葉が、事実であると、ラテの静かなまなざしが証明していた。
「……逃げろ、とは言わない」
ディアボロスは、机の上にそっと小さな印章を置いた。
「だが、“来る選択肢”は、常に持っておけ。
この印を持って、森の外縁へ来れば、我らの領域に通じる道が開く」
「わたしが……そっちに行ったら、どうなるの?」
「我らは、君を“客”として迎える。
住まいも、護衛も、店も与える。
料理も、ラテも、好きなようにすればいい」
「……本当に?」
「ああ。ただし――戻れはしない」
その言葉に、ミレイアは黙り込んだ。
日常が崩れかけている。
守られてきた“あたたかさ”の裏で、誰かが戦っている。
ラテの小さな背に、背負わせてはいけないものがある。
「……考えさせてください」
「当然だ。選択肢は、“あること”に意味がある」
ディアボロスは立ち上がる。
「……プリン、次は二つ頼む。俺と、あいつの分だ」
「“あいつ”?」
「――シュヴァルツだ。知らないふりは、そろそろ終わりにしておけ」
その言葉を最後に、彼の姿は霧のように消えた。
静まり返った店内で、ミレイアはラテと共に立ち尽くした。
手の中には、小さな黒金の印章だけが残されていた。
0
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる