『転生モブと魔獣の相棒ごはん屋 秘密を抱えた常連様に惹かれて』

miigumi

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2章

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◆第 56 話 「おかえりなさいの一膳」

朝いちばんの冷たい空気の中で、炊き込みご飯の湯気がのぼる。
米はつやつや、にんじんとしいたけの香りがふわりと立ち、卵液の入った蒸し器は低い音でコトコトと揺れていた。

「うまくいくかな……」

ミレイアは鍋のふたを少しだけ持ち上げ、顔いっぱいに立ちのぼる蒸気を吸い込む。
熱で頬がほんのり赤く染まった。

客席は半分ほどしか準備していない。
テーブルの真ん中に野の花を挿した小瓶を置き、
木札には「いらっしゃいませ」と「おかえりなさい」の二つの言葉を並べた。

「開けてくる」

ヴァルが短く告げ、扉の木札を裏返した。
“準備中”から“営業中”へ。
金の鈴が小さく揺れて鳴る。

――コトン。

その直後、まだ客のいない店内に、一つの包みが置かれた。

「……これは?」

雨よけの油紙にくるまっている。
手紙だろうかと包みをほどくと、小さな袋入りの乾物と短いメモ。

「おにぎりの具にどうぞ。
また食べに来られる日を楽しみにしています。」

署名はない。
けれど、わかる。あの日、泣きながら食べてくれた若い旅人の筆跡だ。

胸の底にぽっと火が灯る。
「ありがとう」をそっと袋に向かってつぶやいて、
ミレイアは湯気の立つ鍋に乾物を少しだけ入れてかき混ぜた。

* * *

扉の鈴が鳴ったのは、それからまもなく。

音が小さすぎて、気のせいかと思うほどだった。
けれどラテがしっぽをひと振りして扉を見つめている。

「いらっしゃいませ――」

扉を押し開けたのは、深い灰色のマントを羽織った女性だった。
見覚えがある。
最初にラテプレートを“写真に撮りすぎていた”薬師見習いのリデル。

リデルは小さく胸の前で手を合わせ、首をすくめた。

「……来てもいい?」

「もちろん!」

声が跳ねてしまった。
リデルの目元が一瞬潤んで、すぐ破顔する。

「じゃあ……“こころのだし膳”、ください!」

「はいっ!」

ミレイアは振り返りざまヴァルと視線を交わす。
彼は小さく首を縦に振った。
――始まるね、と言われた気がした。

* * *

茶碗蒸しのふたを開けた瞬間、リデルの肩が小さく震える。
銀杏の黄、しいたけの飾り切り、三つ葉の緑。
湯気と一緒に立つ出汁の香りは、ほんの少し甘め――ミレイアが「今日のために」整えた配合。

ひとさじ、口に運んだ途端、リデルの瞳から雫がこぼれた。

「……おかえり、リデル」

「……ただいま」

ふたりの声は、とても小さかったのに、店内にあたたかく響いた。

* * *

扉の外では、何人もの人が足を止めていた。
覗き込む者、遠巻きに見守る者、躊躇して立ち去る者。

けれどラテが窓辺に座り、静かにしっぽを振るたび、
一歩、また一歩と足が近づいてくる。

「また、食べてもいいのかな……」

「魔族とか関係ないよな。腹、減ったし……」

小さな独り言が風に紛れる。

その声を、厨房で聞き取ったミレイアは、振り向いてヴァルに笑った。

「鍋、もうひと釜行けるよね?」

「任せろ。……おかわりは、俺から」

ヴァルの頬がわずかに緩む。
それを見たミレイアの胸が、ふわりと温かく膨らんだ。

ラテの「もふ」という声が、
まるで鐘の合図のように響く。

今日のごはんが、
また誰かの“ただいま”になりますように――。



これから再び席は少しずつ埋まっていく。
失われかけた日常を、一膳ずつ取り戻すように。

そして扉を開けるたび、ミレイアとヴァルは気づくだろう。
“おかえりなさい”の先にある言葉を、
もう遠くない未来に交わすことになるのだと。
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