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2章
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◆第59話 「切り札は、心の奥から引きずり出す」
「……戻ってきている、のか」
カリスは低く呟いた。
騎士団からの報告書。
そこには、“町で再び客が集まりはじめた”という一文が添えられていた。
「何度排除しても……人は“温もり”に引き寄せられるのか」
声には感情がなかった。
ただ、冷たい現実の確認にすぎなかった。
(王都の信頼も、法の威も、もう彼女の“ごはん”に勝てない)
そして、最後に残るのは――
「本人の“心”を崩す以外に、道はない」
カリスは机の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。
そこには一枚の文書と、魔術で封じられた黒い小瓶。
「“記憶魔印”。……本人が否応なく“見てしまう”強制視覚化術。
あの日、“閉じ込めてきた記憶”を――強制的に再生させる」
それは禁術に近い手段だった。
けれど、「本人の同意なく心の奥を暴く」ことに、
彼はためらいを見せなかった。
「感情を壊せば、信念も壊れる。
過去に逃げれば、“今”など守れない」
その一言は、どこか自分自身に向けられているようにも響いた。
* * *
その夜、町の外れに一台の馬車が入る。
王都からの使いと名乗った男が、一通の包みを店へ届けるよう命じられていた。
“差出人不明・宛名なし”
“直接、本人の手に渡すこと”
それだけが条件だった。
男は店の裏手で、ラテの気配に気づいてひるむも、
指示通りに封筒だけを、そっと扉の前に置いて去っていった。
ミレイアがそれに気づいたのは、翌朝だった。
「……手紙?」
不審に思いながらも開けると、封筒には手紙はなかった。
中にあったのは――黒く封じられた、小瓶。
「これ……なんだろう」
その瞬間。
瓶が、ひとりでにふるふると震えた。
ラテが「もふっ!」と大きく吠え、
ヴァルが厨房から駆け出すより先に――
瓶がぱきんと割れた。
宙に広がる、黒い煙。
そして――
ミレイアの瞳が、過去の闇へと吸い込まれる。
「……っ!」
幼い声、悲鳴、誰かの叫び。
家族の声。
責める言葉。
「おまえさえいなければ」――
あの日、抑え込んできた“記憶”が、無理やり開かれていく。
「ミレイア!」
ヴァルが駆け寄る。
ラテが吠える。
でも、ミレイアの意識は――その場にいなかった。
“過去”の中で、立ち尽くしていた。
* * *
「……これが、“最後の切り札”ですか」
騎士団の若手がぽつりと呟く。
カリスは書類を閉じ、静かに椅子に座りなおした。
「これで、すべて終わる。……あの店も、あの魔族も」
けれどその目の奥には、
ほんの僅かな“焦り”と“苛立ち”が滲んでいた。
「……戻ってきている、のか」
カリスは低く呟いた。
騎士団からの報告書。
そこには、“町で再び客が集まりはじめた”という一文が添えられていた。
「何度排除しても……人は“温もり”に引き寄せられるのか」
声には感情がなかった。
ただ、冷たい現実の確認にすぎなかった。
(王都の信頼も、法の威も、もう彼女の“ごはん”に勝てない)
そして、最後に残るのは――
「本人の“心”を崩す以外に、道はない」
カリスは机の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。
そこには一枚の文書と、魔術で封じられた黒い小瓶。
「“記憶魔印”。……本人が否応なく“見てしまう”強制視覚化術。
あの日、“閉じ込めてきた記憶”を――強制的に再生させる」
それは禁術に近い手段だった。
けれど、「本人の同意なく心の奥を暴く」ことに、
彼はためらいを見せなかった。
「感情を壊せば、信念も壊れる。
過去に逃げれば、“今”など守れない」
その一言は、どこか自分自身に向けられているようにも響いた。
* * *
その夜、町の外れに一台の馬車が入る。
王都からの使いと名乗った男が、一通の包みを店へ届けるよう命じられていた。
“差出人不明・宛名なし”
“直接、本人の手に渡すこと”
それだけが条件だった。
男は店の裏手で、ラテの気配に気づいてひるむも、
指示通りに封筒だけを、そっと扉の前に置いて去っていった。
ミレイアがそれに気づいたのは、翌朝だった。
「……手紙?」
不審に思いながらも開けると、封筒には手紙はなかった。
中にあったのは――黒く封じられた、小瓶。
「これ……なんだろう」
その瞬間。
瓶が、ひとりでにふるふると震えた。
ラテが「もふっ!」と大きく吠え、
ヴァルが厨房から駆け出すより先に――
瓶がぱきんと割れた。
宙に広がる、黒い煙。
そして――
ミレイアの瞳が、過去の闇へと吸い込まれる。
「……っ!」
幼い声、悲鳴、誰かの叫び。
家族の声。
責める言葉。
「おまえさえいなければ」――
あの日、抑え込んできた“記憶”が、無理やり開かれていく。
「ミレイア!」
ヴァルが駆け寄る。
ラテが吠える。
でも、ミレイアの意識は――その場にいなかった。
“過去”の中で、立ち尽くしていた。
* * *
「……これが、“最後の切り札”ですか」
騎士団の若手がぽつりと呟く。
カリスは書類を閉じ、静かに椅子に座りなおした。
「これで、すべて終わる。……あの店も、あの魔族も」
けれどその目の奥には、
ほんの僅かな“焦り”と“苛立ち”が滲んでいた。
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