DR.清白の診察室 Ⅴ~義兄弟

翡翠

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新生活

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 9月。僕も兄さんたちも無事に新しい学校に編入出来た。前の学校より少しだけ偏差値が高い私立校 桜華学園。数年前まで女子校だったとかで男子学生はクラスに5人くらい。今住んでいるマンションからは車で15分くらいだ。 

 本当は電車で通学しなきゃならないけど……神林の両親との話し合いが未だに終わっていない。僕の怪我の事とかもあって三人で特別に車で通学している。 

 あ…僕はもう神林じゃなくなった。本当の両親も神林の両親も僕の親権はあっさりと手放したんだ。それで僕は…清方先生の養子になった。 

 なってから凄く驚いた。護院家というのは摂関貴族らしい。しかも物凄いお金持ち!それでもこのマンションの持ち主よりは凄くないんだって。世の中にはいろんな人がいるんだな……? 

 いっぺんにたくさんの家族が増えて驚いた。朔耶っていう清方先生の義弟は、僕が養子になったのを聞いてこう言った。 

「私を叔父さんなんて呼ばないでくださいね」 

 言葉は丁寧だけど…凄く怖かった。呼べるわけないじゃないか。僕より三歳上なだけなんだし。 

 同時に祖父母が出来た。同じマンションに住んでるんだ。もちろん僕は兄さんたちと一緒に住んでる。 

 僕の生活は様変わりした。でも…僕は…不安だった。

「おはよう、葉月クン」 

「あ…おはよう」 

 次々と挨拶して来るクラスメートの女の子たち。わかってる。彼女たちが僕に挨拶して来るのは、兄さんたちに近付きたいから。ラブレターとかの繋ぎはしないって、最初に持って来た子に言ったから。 

 顰蹙ひんしゅくはかったと思う。でも…そんな事、出来るわけないだろう?僕は…兄さんたちを誰にも渡したくないんだから。 

「葉月、帰るぞ」 

 いつものように兄さんたちが迎えに来た。 

「うん」 

 僕は鞄を持って立ち上がった。僕の左手はかなり動くようになった。重いものは持てないけど。自分で切った痕と手術の痕。両方で僕の左手首はかなり無惨だ。今は包帯でカバーしてるけど…… 

 体育の授業も見学してる。みんなに訊かれたら事故に遭った怪我が完治してないって答えてる。実際に学校にそういう届けが診断書と一緒に提出されている。 

 僕の生活は穏やかに再開したように…多分、清方先生さえ思ってる。 

 でも……兄さんたちはそれぞれにベッドを購入して自分の部屋に入れた。あの大きなベッドは僕が一人で使ってる。互いに告白して三人で抱き合った日が今は夢だった気がする。 

 新しい学校で女の子たちに囲まれて、兄さんたちはきっとおかしいと感じたんだ。前の学校は男子校で同性の恋愛は普通だったらしい。だから兄さんたちも違和感がなかったんだろう。当たり前の事だけど僕はどんなに頑張っても女の子にはなれない。 

 幸彦兄さんは半年後には卒業する。那津彦兄さんは学校を変わってテニスを完全に辞めてしまった。僕は二人から何もかも奪ったんだ。 

 清方先生は僕に自分の幸せを考えて良いって言ってくれた。それを聞いた時は嬉しかった。兄さんたちとずっといたいと思った。だけど神林の両親との話し合いが難航してるらしい。 

 僕はもう蚊帳の外だから、兄さんたちがどんな想いをしてるのかわからない。兄さんたちは僕に何も話してくれない。ただ僕が清方先生の養子になった後すぐに、兄さんたちは自分のベッドを購入したんだ。 

 僕のリハビリにも付き添ってくれる。相変わらず二人とも優しい。僕にはそれが逆に悲しい。届いた筈の想いは…どこへ行ってしまったのだろう? 

 ねぇ…神さま、僕の幸せって何? 

 結局、兄さんたちに何もかもを捨てさせて、普通の生活や好きな事を奪っただけだった。やっぱり僕は消えてしまえば良かったんじゃないかな。もう出来ないけど。 

 清方先生と雫さん。朔耶さんと周先生。二人なら幸せになれるのかな?三人でと望む僕はやっぱり罪深い人間なのかもしれない。 

 でも僕は泣く事も出来ない。だって兄さんたちが心配する。精一杯の笑顔で明るく振る舞う。幸せ一杯だというふりをする。兄さんたちが僕を二度と抱き締めてくれなくても。僕は生きて行かなければならないから。 

「葉月、俺は明日から別行動になるから」 

 その日の夕食で幸彦兄さんが言った。 

「え?」 

 キョトンとした僕の頬を指でつついて幸彦兄さんはこう言った。 

「予備校に夜、通う事にしたから」 

「わかった」 

 笑顔で返事をした。幸彦兄さんは受験生だ。予備校に行くのは当然だと思う。 

「受験、頑張ってね」 

 僕はそう言う事しか出来なかった。 



 ―――その夜、那津彦兄さんが来た。 

「葉月、良いか?」 

「うん」 

 ベッドの中から僕は両手を差し出した。ベッドに腰掛けた那津彦兄さんが唇を重ねて来た。 

「ぁ…ン…」 

 久し振りのキス。身体中がゾクゾクする。パジャマの上衣のボタンが性急に外されていく。 

「兄さん…あぁ…那津彦兄さん…」 

 身体中にキスされてドンドンと熱が上がっていく。欲しかった。 僕はずっと抱いて欲しかった。 

「葉月、感じ過ぎ」 

 那津彦兄さんが苦笑する。そんな事を言われても僕は止まらない。少し前まで毎日、ラケットを握り締めていた指。たこでゴツゴツしていた手が今は柔らかくなっていた。那津彦兄さんが大好きだったテニスを捨ててしまったしるし。僕はそれが悲しい。 

「那津彦兄さん…もう…もう…欲しい…」 

 僕には何も出来ない。那津彦兄さんが僕の中に入って来た。 

「ンぁ…ああッ…」 

「葉月…葉月…」 

 名前を呼ばれて抱き締められる。僕の中の那津彦兄さんの熱が嬉しくて…悲しい。好きだから。幸彦兄さんも、那津彦兄さんも、両方とも好きだから。僕は貪欲な罪深い人間。義理とはいえ、二人の兄を一緒に愛してしまったから。 

 僕は毎日、那津彦兄さんと学校から帰宅する。幸彦兄さんがいないのが寂しくてべったりと甘えてしまう。すると那津彦兄さんは嬉しそうな顔をするんだ。僕たちは一緒にお風呂に入って、触り合ったり洗いあったりする。二人で夕食をつくり二人で食べる。 

 でも幸彦兄さんがいないのは……身体のどこかがなくなったみたいで寂しい。だから僕は余計に那津彦兄さんに甘えてしまう。いつも僕の両側にあった温もりが今は片側しかない。 

 時々、ふざけている内に互いに見詰めあってしまう。どちらからともなく唇を重ねる。 

「那津彦兄さん…好き」 

「葉月、それ、やめないか?」 

 唇が離れた途端、那津彦兄さんが言った。 

「それ?」 

 何の事を言ってるのかわからない。首を傾げると那津彦兄さんが苦笑した。 

「俺はお前の何だ?もう兄じゃないよな?」 

「え? ………あ!」 

 兄さんたちは今は僕の恋人…… 

「カアワイイ! 葉月、真っ赤!」 

 頬を摘んで声を上げて笑う那津彦兄さんを僕は思いっ切り睨んだ。だけどもっと笑うんだ。 

 ムカつく…… 

「ほら、呼んでみろ」 

「ヤダ」 

「葉月…拗ねるなって」 

「ムカつくから呼んであげない」 

「ふうん、だったら呼ぶまで虐めるぞ?」 

「サド!」 

 リビングのソファから逃げ出して廊下へ出ると、幸彦兄さんがちょうど帰って来た。僕は幸彦兄さんに飛び付いて言った。 

「那津彦兄さんが虐める~」 

「こら、ズルイぞ!」 

 那津彦兄さんが後ろで腰に手を当てて叫んだ。 

「何事だ?」 

 事情がわからない幸彦兄さんが、僕と那津彦兄さんを交互に見て聞いた。 

「おれは葉月に『兄さん』はもうやめろと言ったら逃げ出したんだ」 

「違うだろ!呼ばなかったら呼ぶまで虐めるって言ったじゃないか!」 

 僕は幸彦兄さんの後ろに隠れて叫んだ。 

「それは良いな」 

 上から幸彦兄さんの声が降って来た。 

「え?」 

「葉月、呼んでみろよ」 

「ええ!?」 

 二人ともニヤニヤと笑っている。 

「ヤダ!」 

 僕は幸彦兄さんからも逃げ出した。頬が熱い。きっと真っ赤になってる。そんな恥ずかしい事、出来ない! 

 でも二人に僕はたちまち寝室に追い込まれた。広い部屋にあるのは大きなベッドだけ。こんな時、ベッドは邪魔になる。僕はとうとう二人に挟み撃ちにされてベッドの上に逃げ込んだ。 

「お、葉月、積極的だな?」 

 那津彦兄さんが言う。 

「久し振りに二人で可愛がってやろう」 

 幸彦兄さんも楽しそうだ。 

「ヤダ!」 

 叫んで逃げようとしたら、あっという間に捕まってしまった。 

「あぁン…」 

 シャツ越しに胸を抓まれて、甘い痛みに声が漏れてしまう。幸彦兄さんと那津彦兄さんに挟まれるようにしてしっかりと抱き締められた。二人の温もりが感じられて僕は幸せに包まれる。 

 僕は胸が一杯になった。やっぱり……僕は二人共好きだ。二人共欲しい。何て欲深い……自分が嫌になる。僕がこの手を放したら問題は全てなくなるのはわかってるのに。 

 目が熱くなって涙が溢れた。 

「ごめんなさい…ごめんなさい…」 

「葉月…」 

「泣かなくて良い。お前は悪い事なんかしてない」 

 後で聞いたんだけど…兄さんたちは清方先生に言われていたんだって。心の病気は波のようなところがあるって。良くなったと思っていたらまた急に不安定になる。些細な事が苦しむ原因になると。 

「構ってやれなくてごめんな」 

 幸彦兄さんが言う。 

「新しい学校は偏差値が少し高いだろう?成績を落としたら母さんのつけ込む理由を作りそうで…集中して勉強をしていたんだ」 

「でも…」 

「大丈夫だよ」 

「俺たちは母さんを許せない。そんな母さんに丸め込まれてしまった父さんも許せない」 

「葉月とずっといたいんだ。俺と兄さんはそれだけの為に、これからを考えてる」 

「それは俺たち自身の為でもある。俺と那津彦は母さんの所有物でも、人形でもないんだよ」 

「俺たちは確かに未成年だけど、自分の意志で未来を望む事が出来る」 

 幸彦兄さんが僕の頭を優しく撫でていてくれる。那津彦兄さんは僕の腰に腕を回して、しっかりと抱き締めてくれた。 

「俺はしばらくちゃんと葉月を構ってやれないかもしれない」 

 幸彦兄さんの言葉に僕は首を振った。 

「ごめんなさい…勉強、頑張って」 

 わかってる…寂しいと思うのは僕のわがままだって。僕は自分の浅ましさが嫌だ。 

「幸彦兄さん…」 

 両手を伸ばして頬に触れた。 

「葉月、兄さんはもうやめろ」 

 那津彦兄さんが肩越しに言った。 

「そうだな。俺たちはもう兄弟じゃない…恋人同士だ」 

「あ…」

 兄弟ではなく恋人。僕の胸はその言葉で熱くなった。

「違うのか?」

 幸彦兄さんに訊かれて僕は首を振った。

「でも…家だけにして。学校じゃ無理だよ…」

 僕は養子に行って姓が違うけど、血も繋がってはいないけど…一緒に育った兄弟だってみんなに言ってあるから。

「確かに説明に困るか」

 幸彦兄さんが笑う。

「俺は世界中に自慢したいけどね」

 那津彦兄さんが僕の肩に頬を押し当てて言う。

「葉月は可愛い俺たちの恋人だってさ」

「那津…ン…ャあ…」

 那津彦兄さんの手がTシャツの裾から入って来た。大きい手が僕の胸を撫でまわす。

「葉月…葉月…」

 後ろから耳元に那津彦兄さんの声が僕の名前を熱く呼ぶ。僕の身体はそれだけで熱に侵食される。幸彦兄さんは僕の喉元にキスしながら僕の下を手早く脱がせた。

「ヤ…ダメぇ」

 幸彦兄さんの手が既に半勃ち状態のモノを掴んだ。

「ここはダメだとは言っていないぞ?」

 幸彦兄さんの意地悪に僕は睨み返した。

「そんな誘うような顔をするな」

「誘ってない!」

 ぷいと顔を背けると今度は那津彦兄さんが身を乗り出して唇を重ねて来た。

「ぁン…ン…」

 あちこちを二人に触られて僕は頭がボウっとして来た。

「かわいいな、葉月」

 僕のそんな状態を見て幸彦兄さんが囁くように言った。その声にすらゾクゾクと身体が震える。

「ここもこんなに尖ってる」

「やン…ああッ」

 那津彦兄さんが抓るように僕の胸に触れる。二人にされるのは久し振りだった。違う場所を同時に刺激される……1対1でもそれはあるだろうけど、二人がかりだともっと困惑する。そこからの感覚だけじゃなく、まるで全身が刺激されているようになる。なのに誰がどこを、うしているのかははっきりとわかる。

「ヤぁ…中…ダメぇ…」

 テニスでタコが出来ている指が僕の中をかき混ぜる。同時に幸彦兄さんの手が、僕のモノを指先でグリグリと刺激する。

「葉月、可愛い」

「葉月、愛してる」

 両側から囁かれた次の瞬間、二人は同時に僕の乳首を口に含んだ。

「ああッ…あッあッヤぁああ…」

 中をかき混ぜられ前を弄られていた僕は、既に限界ギリギリだった。だから甘い言葉と胸への刺激で、悲鳴をあげるようにして吐精した。 

「たっぷり出したな」 

 その声に振り向くと、僕が出したもので濡れた手を、幸彦兄さんが舐めた。 

「兄さん、俺にもくれ」 

 那津彦兄さんの言葉に幸彦兄さんが手を差し出した。那津彦兄さんの舌先がその手を舐める。その光景の淫猥いんわいさに僕は喉を鳴らした。 

 欲しい……欲しい……今すぐに満たされたい。

「兄さん…欲しい…」

 羞恥心より欲望が僕の頬を紅く熱く燃え上がらせろ。膝を立てて脚を開いて誘う。自分がどんなに淫らかは、誰かが言わなくてもわかってる。

「葉月…」

 幸彦兄さんがシャツを脱ぎ捨てた。ジーンズの前をくつろげる。中から現れたモノは既に、欲望を表すように天を突いていた。

「じゃあ、俺は口でしてくれよ。葉月、俯せで」

 幸彦兄さんの状態と那津彦兄さんの言葉に僕の頭はクラクラする。僕は幸彦兄さんに背を向けて、枕元に座った那津彦兄さんの方を向けた。

「葉月、腰を上げて」

 お尻を撫でまわされて、おずおずと持ち上げる。

「ほら、こっちは咥えて」

「ああッあン…ヤ…大きい…」

 久し振りに受け入れた幸彦兄さんのモノは、熱く固くたぎっていた。

「凄いな…葉月。ねっとりと絡みついて来る…溶かされてしまいそうだ」

 幸彦兄さんが欲情に掠れた声で言う。

「俺のも忘れないでくれ」

「うん…」

 僕は思いっ切り口を開いて、那津彦兄さんのモノを咥え込んだ。

 熱かった。どこもかしこも熱くて僕は途中から記憶がない。目が覚めたら兄さんたちに抱き締められていた。

「大丈夫か?」

「うん…」

「無理させたな」

 幸彦兄さんも那津彦兄さんも、心配そうに僕を覗き込んでいた。

「ううん…嬉しい。幸彦兄さん…あ…幸彦さん、愛してる。那津彦さん、愛してる。僕は凄く幸せだよ」

「葉月…お前だけを愛してる」

 幸彦兄さんが言った。

「ずっとお前といたい。葉月、愛してる」

 那津彦兄さんが僕の頬にキスした。僕は二人にたくさんのものを犠牲にさせた。僕は…僕は二人に何を返せるんだろう。

 僕は将来の夢すら決まってない。左手はかなり動くようになったけど元通りじゃない。こんな状態でも僕に出来る事はあるのだろうか。兄さんたちのお荷物にはなりたくない。じゃないと……僕は神林の両親に申し訳ない。既に顔を合わせられない事をしてるんだから。 

 清方先生や雫さんに相談してみよう。僕に何が出来るかを。 

 新しい学校は確かに前の学校より偏差値が高い。教科書自体が違う。1学期に半分しか登校していない僕は授業について行けない。見かねた朔耶さんの弟って人が家庭教師に来てくれる事になった。

 三日月と書いて『ささら』と読むらしい。朔耶さんとはお母さんが違う兄弟で最近、22階に引っ越して来たそうだ。三日月さんは幸彦兄さんと同じ歳だけど、早期入学制度ていうので6月に高校を卒業。9月から大学に通っていて、弁護士を目指しているんだって。もう一人弟がいて那津彦兄さんと同じ歳らしい。

 三日月さんは厳しいけど物凄くわかりやすく教えてくれる。お蔭で僕の成績がゆっくりと上がり始めた。

 それともう一つ新しく始めた事。朔耶さんがやってたアルバイトを僕がやる事になった。とは言っても僕は朔耶さんと同じ事は出来ない。御園生ホールディングスという会社で、一番最初に教わったのはありとあらゆる飲み物の淹れ方だった。

 お茶一杯にも決められた難しい作法がある。紅茶やコーヒーはもっと難しい。でもちゃんと淹れたそれらはびっくりするくらい美味しい。

 コピーとかプリントアウトした書類の整理。ファクスの取りまとめ。雑用だけど結構難しい。

 ここで働いて感じた事は英語の大事さだった。そこで僕は三日月さんに、英語をもっと本格的に教わる事にした。三日月さんの家庭教師の代金は、清方先生が出してくれてる。アルバイトのお金は大事にしなさいと言われた。

 朔耶さんは医学生だから、病院でのアルバイトをする事にしたらしい。

 兄さんたちは何になるんだろう。那津彦兄さんもアルバイトを始めて、それぞれの時間が今は微妙に食い違う。幸彦兄さんは予備校で夕食のお弁当を頼んでいる。那津彦兄さんは賄いが出る。僕も時々、夕食を御園生家から来るお弁当や、会社の食堂でいただく。今は朝食だけ一緒に摂る。

 お金に困ってはいない。清方先生が自分の子供たちの面倒を見るのは、至極当たり前の事だって言うから。でもいつかは独立したいって思う。ここは僕たちには贅沢過ぎる。それが兄さんたちと話し合った結果だった。

 平日は寂しいけど週末は三人で過ごす。だから僕は寂しいって言わない。僕の部屋にも一人用のベッドを入れて、寝室は休み以外は使わない。一人で寝るのは辛いから。

 アルバイトをしながら考える。

 僕は何がしたいのか。

 何が出来るのか。

 会社にいる人たちはここのトップだ。みんなとても頭が良い。僕はあんな風にはなれない。何か資格を取るべきなんだろうか?多分、完全には元に戻らない左手で出来る事はなんだろう?PCの使い方はアルバイトで少しずつ教えてもらっている。帰って来て自分用に買ってもらったノートを開いていろんな事を復習する。

 まずはPCの資格を取れば良い。そう言われたから頑張る事にした。その為の本もさっき下の階へ行ってもらって来た。キィーボードを使うのは左手のリハビリになると、慈園院先生も言ってくれたから。

 僕は兄さんたちと一緒に立っていたい。女の子じゃないから。多分、僕がしたい事より出来る事を求めた方が良い。左手のハンデは僕が自分でやった事の結果だ。だから自分でそれを背負わなけりゃダメなんだ。僕がそういうと清方先生はこう言った。

「あなたのような経験をした者は皆、死を望むものです。私も雫が止めてくれましたから、こうして生きています。私の患者だった方も何度か未遂をしています。人間は絶望すると生きる道が見えなくなります。だからあなたはこの傷の事で自分を責めてはいけませんよ?」

 その言葉に安心はする。でも兄さんたちがこれを見ないように僕はずっと包帯を巻いている。もっと傷痕が治ったら包帯をとる日が来るだろうか。

 アルバイト中やPCの練習をしている時は邪魔だから外している。会社の人たちは何も言わない。ただ普段着で出入りするのは問題がある。そう言われてスーツを買いに連れて行ってもらった。値段すらわからない高級スーツやら付属アイテムを、経費の内だと何着も買ってもらった。

 その時、秘書の人が言ったんだ。

「スーツやったらキチンとシャツ着たら、袖口が安定するさかい、あんまり傷痕が見えへんと思うよ?」

 上着の袖も長い目を選んでもらった。それでもサポーターとかをしなきゃダメだけど、少しはマシみたいだ。

 忙しいけど僕も兄さんたちも、新しい生活に慣れる為に今は必死だ。

 うん。僕は頑張れる。大丈夫だ。

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