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危急
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「武さま、ご注文のお品が届きました」
大学から帰宅してすぐ文月が武に言った。 武は笑顔で厨房へ向かった。
「あれ、届いたって?」
入口で声を掛けた彼に旧都の料亭から引き抜かれた板前が慌てた。
「お呼びいただければ、お持ちいたしましたのに」
「それはダメ。 みんなへのサプライズなんだから。
ね、見せて」
「まだ封を解いておりません。 開封時の香りをお楽しみください」
そう言って手渡された小さな木箱の封を切ってゆっくりと蓋を開けた。 するとそこにメモが入っていた。 様子からすると無理やり隙間から入れた感じだ。 武はそれをそっと掌の中に隠して箱に顔を近付けた。
箱の中身は旧都産の松茸。 件のスーパーに取り寄せてもらったのだ。 武の事で全員の心労が積もり積もっている。 せめて美味しいものでも食べてもらいたい。 そう思ってこの板前に相談し、 彼のオススメで最高級の松茸を取り寄せてもらう事にしたのだ。 冷凍空輸で極力、香りが飛ばない工夫をされたそれは、十分な芳香を放っていた。
「如何でしょうか?」
「うん。良い香り」
「御自らご調理なされますか?」
「ううん。松茸はよくわからないから任せるよ。みんなに美味しいものを作ってあげて」
「承知いたしました」
厨房を離れて一人、掌の中のメモを開いた。
『これを見たらすぐに外へひとりで出ろ』
フランス語でそう書かれてあった。武は無言で玄関に向かう。そこにちょうどいた雫にメモを渡した。
「追って来るな。発信機で確認してくれ。赤佐さんを危険にさらしたくない。いいな、何が何でも犯人たちを逮捕しろ。これで終わりにするんだ」
「御意。
……夕麿さまは良岑君と出ておられます」
「わかった。
では行く」
雫の指示でFBIが玄関から退いた。武が車椅子でゆっくりと外へ出た。庭を通って門を開け夕方の街路に出て、自らを奮い立たせるように深呼吸をした。
一台のワゴン車がゆっくりと近付いて来た、その時だった。
「武!?」
夕麿が貴之と一緒に駆け寄って来た。外出から戻って来た様子だ。徒歩のところを見ると出先は近くだったらしい。
「こんな所にひとりで何をしているのです!?成瀬さんはどうしました!?」
最低のタイミングだった。 慌てて口を開こうとした武の前に、予想通り白いワゴン車が停止した。 駆け寄った夕麿や貴之の前に、ワゴン車から帽子を目深に被った若い男が降りて来た。 夕麿が武に覆い被さるようにして全身で庇い貴之が立ちはだかる。
と、男が帽子を脱いだ。
「お前は…!?」
驚愕の余り立ち竦んでしまった貴之の腹部に、男が手にしていた小型ナイフが突き立てられた。
「ぐうッ…!?」
「貴之!?」
ぐらりと傾いだ貴之を見て夕麿が叫んだ。 ナイフが刺さった部分を押さえる貴之の指の間から、真っ赤な鮮血が流れ落ちる。
「良岑 貴之、俺はあんたが一番嫌いだったんだ」
聞き覚えのある声だった。 二人はほぼ同時に振り返った。 たった今、貴之を刺したのは二人がよく見知った顔だった。
「板倉 正巳……」
「もう一人は……お前だったのか」
武道の達人である貴之が、驚いて隙を作ってしまう筈である。 何故、紫霄学院大の附属病院の精神科隔離病棟に、強制収監された彼がロサンゼルスにいるのか。 彼は両親が引き取りを拒否したとも言われていた。
「夕麿さま、やっとお会い出来た…」
狂気に染まった瞳が夕麿を映す。
「夕麿、逃げろ!」
次の瞬間、武は夕麿を屋敷の方へと押した。すると正巳は反対側の手に持っていたスプレーを夕麿に向かって噴霧した。
「なッ…」
夕麿は背中で武を庇ってスプレーの霧を吸い込み、その場に崩れ落ちた。
「夕麿!?」
悲鳴混じりに武が呼ぶ。 だが夕麿はピクリとも動かなかった。
「心配するな、武…いや、今は紫霞宮さまだっけ? 麻酔のスプレーを吸い込んで眠っただけだ」
「ならば夕麿には構うな。 目的は俺の筈だ!」
「冗談じゃない。 夕麿さまを御褒美にもらえる約束だ」
正巳が笑う。
武は刺された貴之も心配だった。自分では不自由な状態では対応も出来ない。するとワゴン車の中から男がもう一人出て来た。初めて見る顔だ。だが面差しがどことなく、保と司に似ている。
「お前が慈園院 遥か?」
「朽木、宮と六条 夕麿を運び込め」
中から朽木 綱宏も出て来てまず夕麿を運び込んだ。それから武を抱き上げて車に乗せた。夕麿を押さえられては抵抗は出来ない。
正巳が乗り遥が乗り込んだ後、綱宏が車を降りて懸命に屋敷へと這う貴之に側に立った。傷を負っている腹部を爪先で蹴り上げ、悲鳴を上げた貴之を嘲笑うように言った。
「成瀬 雫に言っておけ。 これで俺の勝ちだとな」
綱宏は高笑いしながら車に乗った。 ワゴン車は微かな軋み音を立てて走り去って行った。 貴之が死力を振り絞って、門へと這って行こうとしたその時、中から雫と保が飛び出して来た。
「良岑君!」
「成瀬…警視正…」
「喋ってはなりません。
成瀬さん、急いで彼を中へ!」
「俺は…良いです…武さまと夕麿さまが…」
「わかっている。周囲に設置した監視カメラで観ていた」
貴之を抱き上げて門の中へと運び込む。 保もその後に続いた。
運び込まれた貴之を見て、周と高辻が同時に蒼白になった。
「貴之!」
「周…さま…申し訳…ありません…」
「話さなくて良い!」
「保さん、貴之の傷の状態は!?」
「大丈夫です、内臓は傷付いていないと思われます。 周さん、手伝ってください。 すぐに止血と縫合をします」
「ここでですか!?」
「今、騒動になったら武さまの追跡の障害になる…違いますか、成瀬さん?」
「出来れば、彼の怪我は外には漏らしたくはないですね」
雫は苦々しく答えた。武は自分を危険にさらしてまで、犯人を逮捕させようとしている。 夕麿と貴之が戻って来てしまったのは計算外だった。 夕麿まで拉致されたとなると武の身が余計危険になる。
「待ってください、雫さん。誰が武さまの追跡をしていると言うのです?」
屋敷に派遣されているFBIは全員がここにいる。
「武さまのお身体に発信機を埋め込んである。今、GPSで追跡している」
それを聞いた周は愕然とした。雫の言葉は全てが武自身の意志であるのを物語っていたからだ。
「周、お前はお前に出来る最善を尽くせ。俺たちは俺たちの最善を尽くす」
雫はそう言って周に背を向けた。
血を洗い流す。 その為にバスルームにテーブルを運び入れシーツを掛けてる。 酸素テントを張り、内部にアルコールをスプレーして滅菌する。 貴之を運び入れ、消毒を済ませた保、周、高辻がテント内部に入った。
「申し訳ないが局部麻酔しか出来ない」
保の言葉に貴之は頷く。武の決意を聞いた時点で保はある程度の処置を、屋敷内で行えるように準備を整えていた。
貴之の傷は出血量の割には浅い。幸いにも太い血管のない部分に傷はあった。戦闘能力のある貴之の動きを封じる為に、生命を脅かさない場所を選んで、小さめの刃物を使用したと判断出来る。
「義勝君、成瀬さんに伝えてください。恐らく彼らの中に医療関係者がいる様子です。刺した人間に適切な場所を教えて、一番障害になる彼の戦闘能力を奪ったと考えられると」
マスク越しのくぐもった言葉に、義勝が頷いてバスルームを飛び出して行った。
保の手際は素晴らしかった。止血も縫合も短時間で終了した。痛み止めと化膿止めを入れた点滴をすぐに投薬する。
その後、周が片付けを引き受けた。
貴之の看病には義勝と雅久があたる事になった。この場合、二人にはそれくらいしか出来ない。武と夕麿の身を心配してただ待つよりはと望んだ。
「今夜、発熱するかもしれませんが、心配する程にはならないと思います。明後日には起きられるでしょう。しかし、無理は禁物です。お二方の事はプロに任せて君は療養しなさい。
さもないと武さまのお気持ちを無碍にする事になりますよ?」
また後程、来ると言って保は出て行った。
「大した事がなくて良かった。
御厨には知らせるか?」
「いや、大した事がないなら余計な心配は掛けたくない」
貴之は自分の迂闊さと未熟さに歯軋りした。 ロサンゼルスに来て武道の達人だと持ち上げられて、いい気になっていのではないのか…… いくら相手が殺気を帯びてはいなかったと言っても、武と夕麿が狙われている現状で驚いた程度で隙を作ってしまった。
怪我の痛みなど自業自得。 しかも貴之の動きを封じる為だけの傷を負わされた。ナメられたとしか思えない……悔しい。 今すぐにでも動きたい。 二人を探しに行きたい。
「貴之、焦るな。 武が自分で決めた事だ。 お前と夕麿が居合わせてしまったのは、武にすれば予定外だったのだろう」
「武君は夕麿さまや私たちを…これ以上巻き込まない為に…」
自分たちが守ろうとすればする程、武は自分を追い詰めて行ったのだろうと思う。 犯人たちが望むものは武の生命。 周囲が守ろうとすればする程、犯人たちには邪魔になる。 結果は見えていた。 見えていたからこそ武は苦しみ恐れた。
誰もが言葉を失った。武の想いが痛いほどに理解出来てしまう故に。同じ立場に立たされたならやはり同じ結論に行き着く。それでも本来皇家の貴種は自分の生命を第一に守る事を教えられて育つ。自分と相手の身分に差があった場合は上の者の生命が一番重い。武は皇家の一員。ここにいる中で最も尊く重い生命。本来ならば全員が倒れても、守られるべき生命。だが武は普通に庶民として育った。自分の為に誰かの生命を犠牲にする。夕麿が厳しく諭しても武は受け入れる事は出来ないでいた。
誰がそんな武を責められるだろう?第一、一番の標的にされているのは夕麿なのだ。最愛の人を犠牲にする。武にとってどれだけ辛い事か。武の記憶を忘れた夕麿に対する、武の健気さを見ていればわかる。
今から思えば武にしては異様な程の怯え方は自分ではなく、夕麿をこれ以上傷付けられる事の恐怖だったのではないか。今まではギリギリ守り抜いた。
だが次は?次も守れたとしても、その次はどうなのか?いつかきっと守り切れない時がくる。
その現実に対する恐怖。 自分の所為で取り返しのつかない事態になる。 そう悟った時、自らの生命を投げ出す覚悟をした。 けれど犯人たちをそのままにしておけば、また特別室の住人が現れた場合、悲劇が繰り返される。
ただ一人、生き続ける事も許されない理不尽さを、武はどれだけ感じていたのだろうか。小柄で華奢な身体で全てを受け止めていたのだ。 それは誰にも代わる事が出来ない。
夕麿共々、どうか無事に帰って来て欲しい。 彼らにはもう祈る事しか出来なかった。
やがて貴之は薬の作用で眠ってしまった。
雅久は義勝にその場を任せてひとり自室に戻った。衣類を脱ぎ捨ててバスルームに入った。
皇国から持参した桶に水を汲み、頭から浴びる。 繰り返し、何杯も。 古来より行われる『水垢離』と言う禊である。 神仏に祈願する為に冷水にて心身を清めるのだ。
「高天原 神留座 神魯伎神魯美の 詔以 皇御祖神伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓給ひし時に生座祓戸の大神達 諸々の枉事罪穢を拂ひ賜へ清|賜へと申す事の由を 天津神国津神 八百萬神達共に聞食せと恐み恐み申す」
『身滌大祓』を唱えて心身を清め終えると、雅久は白装束をまとって練習用の舞台に立った。
武と夕麿の無事を天に祈願する為に舞を奉納する。 それは雅久に唯一出来る事であった。 本当に自分の舞が天上に属するものであるならば、どうか天に坐す八百万神に届いて欲しいと願った。
切なる願いを聞き届けて欲しい。
武は何をもってしても代える事の出来ない大切な主。
愛しい義弟。
可愛い後輩。
そして…無二の友。
夕麿もまた、雅久には主。
その高貴なる美しさと優しさと誇り高さを雅久は尊敬し愛していた。二年分の記憶しかない雅久には、二人は大切な家族でもあった。その二人が生命の危険にさらされている。もし無事に戻してもらえるならば、二度と舞う事がかなわなくても良い。
それは壮絶な美しさを持った舞であった。楽の音がない状態が逆に舞そのものを際立たせ、空間を震わせていた。
最早雅久の耳には何も聞こえてはいない。その瞳も何も映してはいない。完全なる無我。その身に神霊を宿したかの如く。
義勝が様子見に来た時も、雅久は舞い続けていた。
引き結ばれた紅の唇。
見開かれた瞳。
常日頃、雅久の美貌を間近に見慣れた義勝ですら、息を呑んで茫然としてしまう。
長い黒髪が揺れる。次の瞬間、雅久の身体が傾かしいだ。
「雅久!」
我に返った義勝が駆け寄って抱き止めた。すると焦点の合わぬ瞳をした雅久の紅の唇が動いた。
「この者の願い、確かに受け取った」
それは雅久であって雅久ではない声だった。
目覚めなければ……
重い意識の底で夕麿はもがいた。 あともう少し。 すうっと深い水底から浮かび上がるような感じがして、夕麿は息を呑んで飛び起きた。
軽い眩暈と頭痛がする。 何があったのかを思い出した途端、慌てて周囲を見回した。
「お妃さまのお目覚めですよ、宮さま」
抑揚の少ない冷酷な声が響いた。 武は少し離れた場所で、両手首を上部で縛られて座っていた。 背もたれだけで肘掛けのない椅子。 自分の力で座り続けられない武にとって、それは吊り下げられているのと同じだ。
「武!」
立ち上がって未だしっかりしない身体で駆け寄った。
何故、武だけが縛られているのだろう。 眠らされていたにしても、自分がどこも束縛されていないのが不思議だった。
「何という事を! 今すぐに解きなさい!」
「この状況で命令するとは、結構強気だな?」
窓際に立って嘲り笑う男を夕麿は睨み付けた。
「当たり前でしょう? 今の私はあなたより格段上の身分なのですよ、慈園院 遥。 わかったら武さまの戒めを解きなさい!」
「ただでは解かないと言ったら?」
「交換条件があると?」
「そういう事だ」
「訊きま…」
「訊く必要はない! お前がこいつの言う事に従っても俺を殺す」
「武!」
「慈園院 遥、そんなに夕麿が憎いか?」
「憎い? いいえ、目障りなだけですよ、僕には。 紫霄学院では弟を差し置いて、母親が皇家の女系だからと、崇められ尊敬されていた」
「司はそのような事を気にはしていませんでしたよ?」
「司は愚かだったからな」
「司さんを侮辱するな。 コンプレックスだらけのお前より、あの人はずっと誇り高く優しい人だった。 保さんもだ」
「ふん、従者と通じた挙げ句に心中するような奴より、僕が下とは面白い事を言われる。 大体、本来なら皇家の女系の血を引くのは僕だった筈だ」
これが年上の男の言う事かと武は呆れ果てた。自分の子供っぽさは自覚しているが、遥のはまるで駄々っ子のガキ大将だ。
「お前な…夕麿が紫霄で自分の立場に、胡座をかいていたと思ってるのか? そんなんで生徒全員の尊敬を得られる程、紫霄の高等部は甘くない。 夕麿がどれほど努力してみんなの模範になる為に、自分を律して来たのか知らないから言えるんだ」
自分が上手くいかない理由を、他者の所為にするなんて愚か者のする事だ。
もしも〇〇だったら……言いだしたらキリがない事だ。
「あのな、『もしも』が通じるならば、俺や夕麿だって言いたいだらけだぞ?そんな事を言っても意味がないから俺たちは言わない」
「そうですね。『もしも』は現実の前には慰めにもなりません。そのような事で言い訳しても、自分が惨めになるだけでしょう?」
「だよな…逃げてるだけだし。置かれている状況が変わってくれるわけでもない」
未だ10代の武と夕麿に言われて遥かは怒りに顔を歪めた。
「お前たちに何がわかる!?」
「わかるよ?」
「ええ、とっても。私も武もこれまででそう思いたくなった事は幾らでもありました。けれど武が言ったように現状は変わらないんです、決して。そんな愚かな夢を見続けるには、私たちが置かれている状態は厳し過ぎたのです」
「お前、夕麿と同じ目にあっても同じ事が言えるか?それはそれで同じことを事を言うだけだろう?夕麿はな、辛くても苦しくても、ちゃんと自分の過去を受け入れたぞ?」
武の言葉に夕麿は頷いた。
「俺たちよりずっと長く生きていて、お前はまだ自分の人生を受け入れられないのか?」
容赦のない言葉で遥の本心を剥き出しにする。
「黙れ! 宮中は身分がものを言う場所なんだ!!」
完全に武と夕麿に翻弄されている。
「それはおかしいですね? 今上はとても細やか御心をお持ちだと伺っています。 その者の人となりを大切にされると。 慈園院 遥。 あなたに足らないのは皇家への尊崇と忠節でしょう 今上はそれを見抜かれていらっしゃるのです」
夕麿は言葉を紡ぎながら、何とか武を縛っているロープを解こうとしていた。
「尊崇と忠節ならある!」
「ならば何故、皇家の一員である武を縛ったままにしているのです! これが僭越でなくて何だと言うつもりですか!」
遥が怯んだ。まだ19歳の夕麿の怒りに。格が違う。それが現実であると夕麿は証明して見せたのである。 武の伴侶として皇家の一員となる以前に、女系の末として皇家の血を引く者である重みを背負って、生きて来た誇りが夕麿にはあった。 武の言葉通り他者の模範となるように、常日頃からずっと要求されていた。同じ悪戯をしても失敗をしても、他の生徒と夕麿では小等部の頃から叱られ方が違った。
何故自分だけが……
そう思わなかったわけではない。下にいる者は上を羨む。ただ羨み嫉む。だが上にいる者はそれらの故なき感情を受けながらも、立ち続けなければならない。
上が上でいる努力を下は見ようともしない。上は一度会った人間の事を忘れてはならない。時には氏名も顔も経歴も記憶していなければならない。たとえば天皇は春秋の園遊会で毎回、招待された千人の者の顔、名前、経歴、近況を全て記憶している。一人ひとりに声をかけ、それがスポーツ選手ならば最近の印象に残るプレイを話題にされ、作家ならば最新刊や話題作の感想、役者ならば映画やドラマや最近のインタビューの内容。的確に話題に上げられ、時にはユーモアを混ぜて激励される。
たとえ近辺の者が資料を渡した結果だとしても、日々多忙な天皇や皇后が千人分の事を記憶する努力は、決して安易なものではないとわかる筈だ。それが天皇の責任であり、義務であり、重要な役目の一つであるのだ。
皇家の血を受け継ぐ者。その立場は皇帝程ではなくても重い。常に皇家の義務と責任を暗黙に要求される。女系の末ならそこまでは本来、要求されはしない。 だが夕麿は紫霄学院という特殊な環境で成長した。 たとえ子供でも夕麿は学院で一番高貴なる存在だった。 同じ立場にいきなり立たされた武には、夕麿がどんなに努力したのかわかる。 その結果が今の姿である事も。 一心に貫いて来た夕麿を、誇りに想い心から尊敬していた。
「慈園院だって高い身分の家柄だろう? 司さんは誇り高くて、夕麿を羨んだり妬んだりしてなかったぞ? あの人はあの人で誇り高く美しく尊大だった。
兄の癖にお前は最低だな」
手を出すなとでも言われているのだろうか? 歯軋りをしながらも、遥はそこから動かなかった。
「ああ、やっと外れました」
パラリと縄が落ちた。 夕麿は武を抱き上げて、堂々と椅子に座った。 膝の上で横抱きにして、武の両手首を確認する。 青紫色になってすっかり冷たい手に手を添えて、温めながらマッサージをする。
「こんなになって…痛かったでしょう? ちゃんと動きますか?」
「うん、大丈夫。 ありがとう、夕麿。
夕麿こそ指先とか爪とかを傷めてない?」
「大丈夫です。 ちゃんと気を付けましたから」
「良かった」
武は笑顔で夕麿の首に腕を絡めた。 笑顔で応えた夕麿に唇を重ねて、濃厚な口付けをする。 唇が離れると、武は頬に口付け夕麿の耳許に唇を寄せて、口付けをする振りで囁いた。
「俺には発信機が埋め込んである」
夕麿が息を呑む。 武はそれを誤魔化すように、夕麿の耳朶を甘噛みした。
「あッ! 武、噛まないでください」
武はたまらずに声をあげた夕麿に、クスクスと笑いながらもう一度口付けを強請った。 濃厚にたっぷりと舌を絡ませた後、名残惜しいと言いたげに武の唇が離れた。 その顔は哀しい翳りを帯びた笑みを浮かべていた。
「武…?」
夕麿は急に不安になった。腕の中の武が消えてしまいそうな気がして、夕麿はしっかりと華奢な身体を抱き締めた。雫やFBIが追跡しているとは言うが、本当にここがわかるのだろうか? 携帯は取り上げられたらしく手許にはない。
廃ビルの一室らしいここは、彼らがどこかから持って来たのか、今座っている椅子と目覚めた時に、横たわっていたベッドしかない。 窓から見えるのは空。一年間、ロサンゼルスに住んで、ある程度の地理は頭に入っているが、ここがどこかなのかは皆目見当がつかない。
「さて…と」
武が入口の方へ視線を移した。
「覗き見してないで入って来たらどうだ?」
武の言葉にドアを開けて、数人がバラバラと入って来た。 朽木 綱宏と本庄 直也、板倉 正巳。 そして最後に入って来た人物に二人は息を呑んだ。
「お前が…首謀者…だったのか…」
「確かあなたは武が紫霄に編入して来る少し前に、高等部に外部から赴任して来たのでしたね…それは武の監視と生命を奪う為だったのですか…」
「最初からその為に学院にいた? 俺、ずっと学院にいる人かと思ってた」
「私たちが在校中はそんな気配は、微塵も見せはしませんでしたね、佐久間先生?」
紫霄学院高等部の校医、佐久間 章雄。 穏やかな人柄と確かな腕で3人いる校医の中で、一番に生徒の信頼が厚かった。 実際に武や夕麿も彼の診察を受け、治療をしてもらった事が何度もある。 周ともよく親しく話をしていた。
「私の母方は代々、学院高等部の校医をしていました」
「つまり歴代の特別室の住人を抹殺して来た一族って事か?」
「ええ。 螢さま…でしたか? 夕麿さまの大伯父君を薨去させたのは私の祖父でした。ただ祖父には母しか子がなくその後、特別室にも住まわれる方はいなかったので、母方の家は廃絶になりました。私が医師になったのは偶然だったんですが…」
ヘラヘラと佐久間は笑った。
「役目だと言われて学院に赴任しましたが、楽しかったですよ、いろいろと」
「いろいろ?」
「ええ。身体が弱いと言っても人間は意外と丈夫なんですねぇ……武さまの首をあなたに絞めていただきましたが死ななかった…夕麿さまの握力なら十分にその細い首くらい簡単だと思ったのですがねぇ。喉の骨にひびが入った程度では、死なないんだと勉強になりました」
後催眠とはいえ武の首を絞めて殺し掛けた事は長い間、夕麿を苦しめた。彼は何度も夢の中でフラッシュバックして武の首を絞め、動かなくなった武を見て我に返る…というのを繰り返して見続けた。その度に悲鳴をあげて飛び起き、武に抱き締められて安堵する。
恐怖。
後悔。
悲しみ。
罪の意識。
それらが催眠術の後遺症となって雨の日の精神不安定を呼んだ。
「次は夕麿さま。ピアノ奏者として余りスポーツをなさらないから侮っていましたよ。結構体力があって、丈夫な身体をお持ちなんですね。あなたを殴って昏倒させるように横井に鈍器を渡したが、あれだけの怪我で脳は大丈夫でしたし、多々良に渡した催淫剤も一本しか使われませんでした。
三本渡したんですよ。武さまを縛り上げて目の前であなたをヤリ殺してくれないかと…考えたのですが。 邪魔が入ったので無理でした。
でも病院で処置後にすぐ帰寮するなんて、無茶苦茶な人ですよね、あなたも」
訊かれもしないのに喋り続ける姿が、二人が見知っている佐久間医師とはかけ離れて異様だった。
「昨年の肺炎にしてもそうです。 実験室で人工的に遺伝子操作した肺炎球菌を、吸引していただいたのですよ。
見事に発病しましたよね? あれで死んでいれば良かったんです、武さま。 そうしたら巻き添えを喰う人はいなかったのに」
昨年の肺炎まで仕組まれた病だったというのだ。 武も夕麿も絶句するしかなかった。
「二人とも強運の持ち主です。でもさすがにこの状況は無理でしょう?」
楽しげに声をあげて笑う。 二人の背中を冷たいものが、流れ落ちるのがわかった。
「私は元々、大学院で解剖学を研究していたのです。 最初は普通に臨床医をやっていたのですけどねぇ…生きている人間より、死んだ人間の方が好きなのに気付いて、解剖学へ転換したのですよ」
「解剖学!?」
「ええ、生きている人間は文句を言うので嫌いなんですよ。でも学院へ赴任したお陰で私が一番興味があるのは、死んで往く人間の姿だととってもわかりました」
最早正常とは言えない。
「それで今回は、趣向を凝らす事にしました」
「趣向…?」
「ええ、まずは一度失敗したのを今度こそ成功させたい。ここに以前に多々良に渡したものの何倍もの威力を持つ、強力な催淫剤を用意いたしました」
武の顔色がみるみる蒼褪めた。
「この二人が夕麿さまを欲していますし、まあ二人で足らなければ他に三人いるわけですから、今度こそ死ぬんじゃないかと。
快楽に溺れながら死ぬ。 是非見てみたいんです」
「やめろ…夕麿は関係ない! お前が欲しいのは俺の生命だろう! 夕麿をこれ以上巻き込むな。 赤佐さんと一緒に解放してくれ。 俺の生命はくれてやる」
「武…何を言うのです!」
「もう良いんだ、夕麿。 もうたくさんだ。 俺が死ねば全てが終わる」
「嫌です、武…私は、嫌です」
さっきの笑顔はこれを決意した彼の最後の口付けだったのだ。 夕麿は改めて如何に発信機を埋め込んだとはいえ、こんな無謀な行動に出たのかを理解した。 初めから生命を捨てる覚悟をして、彼らの身柄の拘束を雫に命じたのだと。
「良いでしょう。
構いませんよね、慈園院さん?」
「彼らに陵辱されて泣き叫ぶ様を見たかったのですが……良いですよ。 どうやら一番の痛手は、宮さまを殺される事らしいから」
「あなたはどうです、朽木さん?」
「こっちもOKだ」
「ではそういう事で」
遥と朽木が同時に動いた。遥は武を夕麿の腕の中から奪い、朽木は夕麿を羽交い締めにした。
「連れて行って適当な場所で解放してあげなさい。ああ、赤佐 実彦はあなた方を拉致した後で解放しましたから」
「感謝する」
遥にベッドの上に降ろされた武が言った。
「武! お願いです! 私も…私も一緒に…!」
「早く連れ出してくれ」
叫び続ける夕麿から目を背けて、武は血を吐く想いで言った。恐らく雫たちは間に合わない。ならば死ぬのは自分だけで良い。
部屋から担がれて夕麿が連れ去られた。武を呼ぶ声が遠ざかって消えた。
「さよなら……夕麿、愛してた……」
武は小さく呟いて佐久間を見た。
「本当に解放するのだろうな? お前の正体を知ったから口封じ…はなしだぞ?」
「八百万の神々に誓って」
「信用しよう。
で? さっき言ってのを試すのか? 俺は夕麿ほど体力はないし、お前が企んだ薬を呑んだ所為で、心臓も多分、そんなに強くはないと思うぞ?」
「まさか。 あれは夕麿さま用。 あなたには別の方法を」
まるでこれからピクニックにでも行くような笑顔だった。
大学から帰宅してすぐ文月が武に言った。 武は笑顔で厨房へ向かった。
「あれ、届いたって?」
入口で声を掛けた彼に旧都の料亭から引き抜かれた板前が慌てた。
「お呼びいただければ、お持ちいたしましたのに」
「それはダメ。 みんなへのサプライズなんだから。
ね、見せて」
「まだ封を解いておりません。 開封時の香りをお楽しみください」
そう言って手渡された小さな木箱の封を切ってゆっくりと蓋を開けた。 するとそこにメモが入っていた。 様子からすると無理やり隙間から入れた感じだ。 武はそれをそっと掌の中に隠して箱に顔を近付けた。
箱の中身は旧都産の松茸。 件のスーパーに取り寄せてもらったのだ。 武の事で全員の心労が積もり積もっている。 せめて美味しいものでも食べてもらいたい。 そう思ってこの板前に相談し、 彼のオススメで最高級の松茸を取り寄せてもらう事にしたのだ。 冷凍空輸で極力、香りが飛ばない工夫をされたそれは、十分な芳香を放っていた。
「如何でしょうか?」
「うん。良い香り」
「御自らご調理なされますか?」
「ううん。松茸はよくわからないから任せるよ。みんなに美味しいものを作ってあげて」
「承知いたしました」
厨房を離れて一人、掌の中のメモを開いた。
『これを見たらすぐに外へひとりで出ろ』
フランス語でそう書かれてあった。武は無言で玄関に向かう。そこにちょうどいた雫にメモを渡した。
「追って来るな。発信機で確認してくれ。赤佐さんを危険にさらしたくない。いいな、何が何でも犯人たちを逮捕しろ。これで終わりにするんだ」
「御意。
……夕麿さまは良岑君と出ておられます」
「わかった。
では行く」
雫の指示でFBIが玄関から退いた。武が車椅子でゆっくりと外へ出た。庭を通って門を開け夕方の街路に出て、自らを奮い立たせるように深呼吸をした。
一台のワゴン車がゆっくりと近付いて来た、その時だった。
「武!?」
夕麿が貴之と一緒に駆け寄って来た。外出から戻って来た様子だ。徒歩のところを見ると出先は近くだったらしい。
「こんな所にひとりで何をしているのです!?成瀬さんはどうしました!?」
最低のタイミングだった。 慌てて口を開こうとした武の前に、予想通り白いワゴン車が停止した。 駆け寄った夕麿や貴之の前に、ワゴン車から帽子を目深に被った若い男が降りて来た。 夕麿が武に覆い被さるようにして全身で庇い貴之が立ちはだかる。
と、男が帽子を脱いだ。
「お前は…!?」
驚愕の余り立ち竦んでしまった貴之の腹部に、男が手にしていた小型ナイフが突き立てられた。
「ぐうッ…!?」
「貴之!?」
ぐらりと傾いだ貴之を見て夕麿が叫んだ。 ナイフが刺さった部分を押さえる貴之の指の間から、真っ赤な鮮血が流れ落ちる。
「良岑 貴之、俺はあんたが一番嫌いだったんだ」
聞き覚えのある声だった。 二人はほぼ同時に振り返った。 たった今、貴之を刺したのは二人がよく見知った顔だった。
「板倉 正巳……」
「もう一人は……お前だったのか」
武道の達人である貴之が、驚いて隙を作ってしまう筈である。 何故、紫霄学院大の附属病院の精神科隔離病棟に、強制収監された彼がロサンゼルスにいるのか。 彼は両親が引き取りを拒否したとも言われていた。
「夕麿さま、やっとお会い出来た…」
狂気に染まった瞳が夕麿を映す。
「夕麿、逃げろ!」
次の瞬間、武は夕麿を屋敷の方へと押した。すると正巳は反対側の手に持っていたスプレーを夕麿に向かって噴霧した。
「なッ…」
夕麿は背中で武を庇ってスプレーの霧を吸い込み、その場に崩れ落ちた。
「夕麿!?」
悲鳴混じりに武が呼ぶ。 だが夕麿はピクリとも動かなかった。
「心配するな、武…いや、今は紫霞宮さまだっけ? 麻酔のスプレーを吸い込んで眠っただけだ」
「ならば夕麿には構うな。 目的は俺の筈だ!」
「冗談じゃない。 夕麿さまを御褒美にもらえる約束だ」
正巳が笑う。
武は刺された貴之も心配だった。自分では不自由な状態では対応も出来ない。するとワゴン車の中から男がもう一人出て来た。初めて見る顔だ。だが面差しがどことなく、保と司に似ている。
「お前が慈園院 遥か?」
「朽木、宮と六条 夕麿を運び込め」
中から朽木 綱宏も出て来てまず夕麿を運び込んだ。それから武を抱き上げて車に乗せた。夕麿を押さえられては抵抗は出来ない。
正巳が乗り遥が乗り込んだ後、綱宏が車を降りて懸命に屋敷へと這う貴之に側に立った。傷を負っている腹部を爪先で蹴り上げ、悲鳴を上げた貴之を嘲笑うように言った。
「成瀬 雫に言っておけ。 これで俺の勝ちだとな」
綱宏は高笑いしながら車に乗った。 ワゴン車は微かな軋み音を立てて走り去って行った。 貴之が死力を振り絞って、門へと這って行こうとしたその時、中から雫と保が飛び出して来た。
「良岑君!」
「成瀬…警視正…」
「喋ってはなりません。
成瀬さん、急いで彼を中へ!」
「俺は…良いです…武さまと夕麿さまが…」
「わかっている。周囲に設置した監視カメラで観ていた」
貴之を抱き上げて門の中へと運び込む。 保もその後に続いた。
運び込まれた貴之を見て、周と高辻が同時に蒼白になった。
「貴之!」
「周…さま…申し訳…ありません…」
「話さなくて良い!」
「保さん、貴之の傷の状態は!?」
「大丈夫です、内臓は傷付いていないと思われます。 周さん、手伝ってください。 すぐに止血と縫合をします」
「ここでですか!?」
「今、騒動になったら武さまの追跡の障害になる…違いますか、成瀬さん?」
「出来れば、彼の怪我は外には漏らしたくはないですね」
雫は苦々しく答えた。武は自分を危険にさらしてまで、犯人を逮捕させようとしている。 夕麿と貴之が戻って来てしまったのは計算外だった。 夕麿まで拉致されたとなると武の身が余計危険になる。
「待ってください、雫さん。誰が武さまの追跡をしていると言うのです?」
屋敷に派遣されているFBIは全員がここにいる。
「武さまのお身体に発信機を埋め込んである。今、GPSで追跡している」
それを聞いた周は愕然とした。雫の言葉は全てが武自身の意志であるのを物語っていたからだ。
「周、お前はお前に出来る最善を尽くせ。俺たちは俺たちの最善を尽くす」
雫はそう言って周に背を向けた。
血を洗い流す。 その為にバスルームにテーブルを運び入れシーツを掛けてる。 酸素テントを張り、内部にアルコールをスプレーして滅菌する。 貴之を運び入れ、消毒を済ませた保、周、高辻がテント内部に入った。
「申し訳ないが局部麻酔しか出来ない」
保の言葉に貴之は頷く。武の決意を聞いた時点で保はある程度の処置を、屋敷内で行えるように準備を整えていた。
貴之の傷は出血量の割には浅い。幸いにも太い血管のない部分に傷はあった。戦闘能力のある貴之の動きを封じる為に、生命を脅かさない場所を選んで、小さめの刃物を使用したと判断出来る。
「義勝君、成瀬さんに伝えてください。恐らく彼らの中に医療関係者がいる様子です。刺した人間に適切な場所を教えて、一番障害になる彼の戦闘能力を奪ったと考えられると」
マスク越しのくぐもった言葉に、義勝が頷いてバスルームを飛び出して行った。
保の手際は素晴らしかった。止血も縫合も短時間で終了した。痛み止めと化膿止めを入れた点滴をすぐに投薬する。
その後、周が片付けを引き受けた。
貴之の看病には義勝と雅久があたる事になった。この場合、二人にはそれくらいしか出来ない。武と夕麿の身を心配してただ待つよりはと望んだ。
「今夜、発熱するかもしれませんが、心配する程にはならないと思います。明後日には起きられるでしょう。しかし、無理は禁物です。お二方の事はプロに任せて君は療養しなさい。
さもないと武さまのお気持ちを無碍にする事になりますよ?」
また後程、来ると言って保は出て行った。
「大した事がなくて良かった。
御厨には知らせるか?」
「いや、大した事がないなら余計な心配は掛けたくない」
貴之は自分の迂闊さと未熟さに歯軋りした。 ロサンゼルスに来て武道の達人だと持ち上げられて、いい気になっていのではないのか…… いくら相手が殺気を帯びてはいなかったと言っても、武と夕麿が狙われている現状で驚いた程度で隙を作ってしまった。
怪我の痛みなど自業自得。 しかも貴之の動きを封じる為だけの傷を負わされた。ナメられたとしか思えない……悔しい。 今すぐにでも動きたい。 二人を探しに行きたい。
「貴之、焦るな。 武が自分で決めた事だ。 お前と夕麿が居合わせてしまったのは、武にすれば予定外だったのだろう」
「武君は夕麿さまや私たちを…これ以上巻き込まない為に…」
自分たちが守ろうとすればする程、武は自分を追い詰めて行ったのだろうと思う。 犯人たちが望むものは武の生命。 周囲が守ろうとすればする程、犯人たちには邪魔になる。 結果は見えていた。 見えていたからこそ武は苦しみ恐れた。
誰もが言葉を失った。武の想いが痛いほどに理解出来てしまう故に。同じ立場に立たされたならやはり同じ結論に行き着く。それでも本来皇家の貴種は自分の生命を第一に守る事を教えられて育つ。自分と相手の身分に差があった場合は上の者の生命が一番重い。武は皇家の一員。ここにいる中で最も尊く重い生命。本来ならば全員が倒れても、守られるべき生命。だが武は普通に庶民として育った。自分の為に誰かの生命を犠牲にする。夕麿が厳しく諭しても武は受け入れる事は出来ないでいた。
誰がそんな武を責められるだろう?第一、一番の標的にされているのは夕麿なのだ。最愛の人を犠牲にする。武にとってどれだけ辛い事か。武の記憶を忘れた夕麿に対する、武の健気さを見ていればわかる。
今から思えば武にしては異様な程の怯え方は自分ではなく、夕麿をこれ以上傷付けられる事の恐怖だったのではないか。今まではギリギリ守り抜いた。
だが次は?次も守れたとしても、その次はどうなのか?いつかきっと守り切れない時がくる。
その現実に対する恐怖。 自分の所為で取り返しのつかない事態になる。 そう悟った時、自らの生命を投げ出す覚悟をした。 けれど犯人たちをそのままにしておけば、また特別室の住人が現れた場合、悲劇が繰り返される。
ただ一人、生き続ける事も許されない理不尽さを、武はどれだけ感じていたのだろうか。小柄で華奢な身体で全てを受け止めていたのだ。 それは誰にも代わる事が出来ない。
夕麿共々、どうか無事に帰って来て欲しい。 彼らにはもう祈る事しか出来なかった。
やがて貴之は薬の作用で眠ってしまった。
雅久は義勝にその場を任せてひとり自室に戻った。衣類を脱ぎ捨ててバスルームに入った。
皇国から持参した桶に水を汲み、頭から浴びる。 繰り返し、何杯も。 古来より行われる『水垢離』と言う禊である。 神仏に祈願する為に冷水にて心身を清めるのだ。
「高天原 神留座 神魯伎神魯美の 詔以 皇御祖神伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓給ひし時に生座祓戸の大神達 諸々の枉事罪穢を拂ひ賜へ清|賜へと申す事の由を 天津神国津神 八百萬神達共に聞食せと恐み恐み申す」
『身滌大祓』を唱えて心身を清め終えると、雅久は白装束をまとって練習用の舞台に立った。
武と夕麿の無事を天に祈願する為に舞を奉納する。 それは雅久に唯一出来る事であった。 本当に自分の舞が天上に属するものであるならば、どうか天に坐す八百万神に届いて欲しいと願った。
切なる願いを聞き届けて欲しい。
武は何をもってしても代える事の出来ない大切な主。
愛しい義弟。
可愛い後輩。
そして…無二の友。
夕麿もまた、雅久には主。
その高貴なる美しさと優しさと誇り高さを雅久は尊敬し愛していた。二年分の記憶しかない雅久には、二人は大切な家族でもあった。その二人が生命の危険にさらされている。もし無事に戻してもらえるならば、二度と舞う事がかなわなくても良い。
それは壮絶な美しさを持った舞であった。楽の音がない状態が逆に舞そのものを際立たせ、空間を震わせていた。
最早雅久の耳には何も聞こえてはいない。その瞳も何も映してはいない。完全なる無我。その身に神霊を宿したかの如く。
義勝が様子見に来た時も、雅久は舞い続けていた。
引き結ばれた紅の唇。
見開かれた瞳。
常日頃、雅久の美貌を間近に見慣れた義勝ですら、息を呑んで茫然としてしまう。
長い黒髪が揺れる。次の瞬間、雅久の身体が傾かしいだ。
「雅久!」
我に返った義勝が駆け寄って抱き止めた。すると焦点の合わぬ瞳をした雅久の紅の唇が動いた。
「この者の願い、確かに受け取った」
それは雅久であって雅久ではない声だった。
目覚めなければ……
重い意識の底で夕麿はもがいた。 あともう少し。 すうっと深い水底から浮かび上がるような感じがして、夕麿は息を呑んで飛び起きた。
軽い眩暈と頭痛がする。 何があったのかを思い出した途端、慌てて周囲を見回した。
「お妃さまのお目覚めですよ、宮さま」
抑揚の少ない冷酷な声が響いた。 武は少し離れた場所で、両手首を上部で縛られて座っていた。 背もたれだけで肘掛けのない椅子。 自分の力で座り続けられない武にとって、それは吊り下げられているのと同じだ。
「武!」
立ち上がって未だしっかりしない身体で駆け寄った。
何故、武だけが縛られているのだろう。 眠らされていたにしても、自分がどこも束縛されていないのが不思議だった。
「何という事を! 今すぐに解きなさい!」
「この状況で命令するとは、結構強気だな?」
窓際に立って嘲り笑う男を夕麿は睨み付けた。
「当たり前でしょう? 今の私はあなたより格段上の身分なのですよ、慈園院 遥。 わかったら武さまの戒めを解きなさい!」
「ただでは解かないと言ったら?」
「交換条件があると?」
「そういう事だ」
「訊きま…」
「訊く必要はない! お前がこいつの言う事に従っても俺を殺す」
「武!」
「慈園院 遥、そんなに夕麿が憎いか?」
「憎い? いいえ、目障りなだけですよ、僕には。 紫霄学院では弟を差し置いて、母親が皇家の女系だからと、崇められ尊敬されていた」
「司はそのような事を気にはしていませんでしたよ?」
「司は愚かだったからな」
「司さんを侮辱するな。 コンプレックスだらけのお前より、あの人はずっと誇り高く優しい人だった。 保さんもだ」
「ふん、従者と通じた挙げ句に心中するような奴より、僕が下とは面白い事を言われる。 大体、本来なら皇家の女系の血を引くのは僕だった筈だ」
これが年上の男の言う事かと武は呆れ果てた。自分の子供っぽさは自覚しているが、遥のはまるで駄々っ子のガキ大将だ。
「お前な…夕麿が紫霄で自分の立場に、胡座をかいていたと思ってるのか? そんなんで生徒全員の尊敬を得られる程、紫霄の高等部は甘くない。 夕麿がどれほど努力してみんなの模範になる為に、自分を律して来たのか知らないから言えるんだ」
自分が上手くいかない理由を、他者の所為にするなんて愚か者のする事だ。
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「そうですね。『もしも』は現実の前には慰めにもなりません。そのような事で言い訳しても、自分が惨めになるだけでしょう?」
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「お前、夕麿と同じ目にあっても同じ事が言えるか?それはそれで同じことを事を言うだけだろう?夕麿はな、辛くても苦しくても、ちゃんと自分の過去を受け入れたぞ?」
武の言葉に夕麿は頷いた。
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容赦のない言葉で遥の本心を剥き出しにする。
「黙れ! 宮中は身分がものを言う場所なんだ!!」
完全に武と夕麿に翻弄されている。
「それはおかしいですね? 今上はとても細やか御心をお持ちだと伺っています。 その者の人となりを大切にされると。 慈園院 遥。 あなたに足らないのは皇家への尊崇と忠節でしょう 今上はそれを見抜かれていらっしゃるのです」
夕麿は言葉を紡ぎながら、何とか武を縛っているロープを解こうとしていた。
「尊崇と忠節ならある!」
「ならば何故、皇家の一員である武を縛ったままにしているのです! これが僭越でなくて何だと言うつもりですか!」
遥が怯んだ。まだ19歳の夕麿の怒りに。格が違う。それが現実であると夕麿は証明して見せたのである。 武の伴侶として皇家の一員となる以前に、女系の末として皇家の血を引く者である重みを背負って、生きて来た誇りが夕麿にはあった。 武の言葉通り他者の模範となるように、常日頃からずっと要求されていた。同じ悪戯をしても失敗をしても、他の生徒と夕麿では小等部の頃から叱られ方が違った。
何故自分だけが……
そう思わなかったわけではない。下にいる者は上を羨む。ただ羨み嫉む。だが上にいる者はそれらの故なき感情を受けながらも、立ち続けなければならない。
上が上でいる努力を下は見ようともしない。上は一度会った人間の事を忘れてはならない。時には氏名も顔も経歴も記憶していなければならない。たとえば天皇は春秋の園遊会で毎回、招待された千人の者の顔、名前、経歴、近況を全て記憶している。一人ひとりに声をかけ、それがスポーツ選手ならば最近の印象に残るプレイを話題にされ、作家ならば最新刊や話題作の感想、役者ならば映画やドラマや最近のインタビューの内容。的確に話題に上げられ、時にはユーモアを混ぜて激励される。
たとえ近辺の者が資料を渡した結果だとしても、日々多忙な天皇や皇后が千人分の事を記憶する努力は、決して安易なものではないとわかる筈だ。それが天皇の責任であり、義務であり、重要な役目の一つであるのだ。
皇家の血を受け継ぐ者。その立場は皇帝程ではなくても重い。常に皇家の義務と責任を暗黙に要求される。女系の末ならそこまでは本来、要求されはしない。 だが夕麿は紫霄学院という特殊な環境で成長した。 たとえ子供でも夕麿は学院で一番高貴なる存在だった。 同じ立場にいきなり立たされた武には、夕麿がどんなに努力したのかわかる。 その結果が今の姿である事も。 一心に貫いて来た夕麿を、誇りに想い心から尊敬していた。
「慈園院だって高い身分の家柄だろう? 司さんは誇り高くて、夕麿を羨んだり妬んだりしてなかったぞ? あの人はあの人で誇り高く美しく尊大だった。
兄の癖にお前は最低だな」
手を出すなとでも言われているのだろうか? 歯軋りをしながらも、遥はそこから動かなかった。
「ああ、やっと外れました」
パラリと縄が落ちた。 夕麿は武を抱き上げて、堂々と椅子に座った。 膝の上で横抱きにして、武の両手首を確認する。 青紫色になってすっかり冷たい手に手を添えて、温めながらマッサージをする。
「こんなになって…痛かったでしょう? ちゃんと動きますか?」
「うん、大丈夫。 ありがとう、夕麿。
夕麿こそ指先とか爪とかを傷めてない?」
「大丈夫です。 ちゃんと気を付けましたから」
「良かった」
武は笑顔で夕麿の首に腕を絡めた。 笑顔で応えた夕麿に唇を重ねて、濃厚な口付けをする。 唇が離れると、武は頬に口付け夕麿の耳許に唇を寄せて、口付けをする振りで囁いた。
「俺には発信機が埋め込んである」
夕麿が息を呑む。 武はそれを誤魔化すように、夕麿の耳朶を甘噛みした。
「あッ! 武、噛まないでください」
武はたまらずに声をあげた夕麿に、クスクスと笑いながらもう一度口付けを強請った。 濃厚にたっぷりと舌を絡ませた後、名残惜しいと言いたげに武の唇が離れた。 その顔は哀しい翳りを帯びた笑みを浮かべていた。
「武…?」
夕麿は急に不安になった。腕の中の武が消えてしまいそうな気がして、夕麿はしっかりと華奢な身体を抱き締めた。雫やFBIが追跡しているとは言うが、本当にここがわかるのだろうか? 携帯は取り上げられたらしく手許にはない。
廃ビルの一室らしいここは、彼らがどこかから持って来たのか、今座っている椅子と目覚めた時に、横たわっていたベッドしかない。 窓から見えるのは空。一年間、ロサンゼルスに住んで、ある程度の地理は頭に入っているが、ここがどこかなのかは皆目見当がつかない。
「さて…と」
武が入口の方へ視線を移した。
「覗き見してないで入って来たらどうだ?」
武の言葉にドアを開けて、数人がバラバラと入って来た。 朽木 綱宏と本庄 直也、板倉 正巳。 そして最後に入って来た人物に二人は息を呑んだ。
「お前が…首謀者…だったのか…」
「確かあなたは武が紫霄に編入して来る少し前に、高等部に外部から赴任して来たのでしたね…それは武の監視と生命を奪う為だったのですか…」
「最初からその為に学院にいた? 俺、ずっと学院にいる人かと思ってた」
「私たちが在校中はそんな気配は、微塵も見せはしませんでしたね、佐久間先生?」
紫霄学院高等部の校医、佐久間 章雄。 穏やかな人柄と確かな腕で3人いる校医の中で、一番に生徒の信頼が厚かった。 実際に武や夕麿も彼の診察を受け、治療をしてもらった事が何度もある。 周ともよく親しく話をしていた。
「私の母方は代々、学院高等部の校医をしていました」
「つまり歴代の特別室の住人を抹殺して来た一族って事か?」
「ええ。 螢さま…でしたか? 夕麿さまの大伯父君を薨去させたのは私の祖父でした。ただ祖父には母しか子がなくその後、特別室にも住まわれる方はいなかったので、母方の家は廃絶になりました。私が医師になったのは偶然だったんですが…」
ヘラヘラと佐久間は笑った。
「役目だと言われて学院に赴任しましたが、楽しかったですよ、いろいろと」
「いろいろ?」
「ええ。身体が弱いと言っても人間は意外と丈夫なんですねぇ……武さまの首をあなたに絞めていただきましたが死ななかった…夕麿さまの握力なら十分にその細い首くらい簡単だと思ったのですがねぇ。喉の骨にひびが入った程度では、死なないんだと勉強になりました」
後催眠とはいえ武の首を絞めて殺し掛けた事は長い間、夕麿を苦しめた。彼は何度も夢の中でフラッシュバックして武の首を絞め、動かなくなった武を見て我に返る…というのを繰り返して見続けた。その度に悲鳴をあげて飛び起き、武に抱き締められて安堵する。
恐怖。
後悔。
悲しみ。
罪の意識。
それらが催眠術の後遺症となって雨の日の精神不安定を呼んだ。
「次は夕麿さま。ピアノ奏者として余りスポーツをなさらないから侮っていましたよ。結構体力があって、丈夫な身体をお持ちなんですね。あなたを殴って昏倒させるように横井に鈍器を渡したが、あれだけの怪我で脳は大丈夫でしたし、多々良に渡した催淫剤も一本しか使われませんでした。
三本渡したんですよ。武さまを縛り上げて目の前であなたをヤリ殺してくれないかと…考えたのですが。 邪魔が入ったので無理でした。
でも病院で処置後にすぐ帰寮するなんて、無茶苦茶な人ですよね、あなたも」
訊かれもしないのに喋り続ける姿が、二人が見知っている佐久間医師とはかけ離れて異様だった。
「昨年の肺炎にしてもそうです。 実験室で人工的に遺伝子操作した肺炎球菌を、吸引していただいたのですよ。
見事に発病しましたよね? あれで死んでいれば良かったんです、武さま。 そうしたら巻き添えを喰う人はいなかったのに」
昨年の肺炎まで仕組まれた病だったというのだ。 武も夕麿も絶句するしかなかった。
「二人とも強運の持ち主です。でもさすがにこの状況は無理でしょう?」
楽しげに声をあげて笑う。 二人の背中を冷たいものが、流れ落ちるのがわかった。
「私は元々、大学院で解剖学を研究していたのです。 最初は普通に臨床医をやっていたのですけどねぇ…生きている人間より、死んだ人間の方が好きなのに気付いて、解剖学へ転換したのですよ」
「解剖学!?」
「ええ、生きている人間は文句を言うので嫌いなんですよ。でも学院へ赴任したお陰で私が一番興味があるのは、死んで往く人間の姿だととってもわかりました」
最早正常とは言えない。
「それで今回は、趣向を凝らす事にしました」
「趣向…?」
「ええ、まずは一度失敗したのを今度こそ成功させたい。ここに以前に多々良に渡したものの何倍もの威力を持つ、強力な催淫剤を用意いたしました」
武の顔色がみるみる蒼褪めた。
「この二人が夕麿さまを欲していますし、まあ二人で足らなければ他に三人いるわけですから、今度こそ死ぬんじゃないかと。
快楽に溺れながら死ぬ。 是非見てみたいんです」
「やめろ…夕麿は関係ない! お前が欲しいのは俺の生命だろう! 夕麿をこれ以上巻き込むな。 赤佐さんと一緒に解放してくれ。 俺の生命はくれてやる」
「武…何を言うのです!」
「もう良いんだ、夕麿。 もうたくさんだ。 俺が死ねば全てが終わる」
「嫌です、武…私は、嫌です」
さっきの笑顔はこれを決意した彼の最後の口付けだったのだ。 夕麿は改めて如何に発信機を埋め込んだとはいえ、こんな無謀な行動に出たのかを理解した。 初めから生命を捨てる覚悟をして、彼らの身柄の拘束を雫に命じたのだと。
「良いでしょう。
構いませんよね、慈園院さん?」
「彼らに陵辱されて泣き叫ぶ様を見たかったのですが……良いですよ。 どうやら一番の痛手は、宮さまを殺される事らしいから」
「あなたはどうです、朽木さん?」
「こっちもOKだ」
「ではそういう事で」
遥と朽木が同時に動いた。遥は武を夕麿の腕の中から奪い、朽木は夕麿を羽交い締めにした。
「連れて行って適当な場所で解放してあげなさい。ああ、赤佐 実彦はあなた方を拉致した後で解放しましたから」
「感謝する」
遥にベッドの上に降ろされた武が言った。
「武! お願いです! 私も…私も一緒に…!」
「早く連れ出してくれ」
叫び続ける夕麿から目を背けて、武は血を吐く想いで言った。恐らく雫たちは間に合わない。ならば死ぬのは自分だけで良い。
部屋から担がれて夕麿が連れ去られた。武を呼ぶ声が遠ざかって消えた。
「さよなら……夕麿、愛してた……」
武は小さく呟いて佐久間を見た。
「本当に解放するのだろうな? お前の正体を知ったから口封じ…はなしだぞ?」
「八百万の神々に誓って」
「信用しよう。
で? さっき言ってのを試すのか? 俺は夕麿ほど体力はないし、お前が企んだ薬を呑んだ所為で、心臓も多分、そんなに強くはないと思うぞ?」
「まさか。 あれは夕麿さま用。 あなたには別の方法を」
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