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憩い
しおりを挟む「はあ…武さま、それなら僕に訊いていただけたら…」
「だって、夕麿が周さんに訊いても無駄だって言うから」
「夕麿、どういう事だ?」
「あなたの遊びと言ったら、ベッドに気に入った誰かを押し倒す事だけじゃありませんか」
「お前なあ…」
自業自得とはいえ余りな言われ方に周はガックリと肩を落とした。
「おやおや、いけない事ばかりしているから、信用されなくなるのですよ、周」
「いけない事を教え込んだ張本人が言うか、清方?」
「私はとっかえひっかえするような事は教えてませんよ?」
「セフレが両手に余る程いた人が、それを言うわけですか、清方さん?」
雲行きが怪しくなって来た。
「反面教師というのを知らないのか、周?」
「雫さんは反面教師になりますね」
「あ、あの…えっと…喧嘩するなら他でやってくれない?」
武が困った顔で言う。その間もずっと夕麿に縋り付くようにしていた。夕麿も笑顔を武に向け、優しく髪を撫でたり抱き締めたりしている。
「「「喧嘩などしていません」」」
三人が同時に答えた。 武が思わずたじろぐ。
「ではお揃いで何事ですか?」
夕麿が呆れて溜息混じりに問い掛けた。
「私は夕麿さまに今後の治療予定についてのご相談に」
「私は警護の計画表を持って参りました」
「僕は保さんが当直なので武さまの診察を」
だったら揃って来なくても良いだろう…と武も夕麿も言いたくなった。
「では夕麿さま。 あちらで少しお願い出来ますでしょうか?」
「わかりました」
高辻の言葉に承諾した夕麿を武が不安な顔で見つめた。 夕麿は武を抱き締めて軽く唇を触れ合わせその耳に囁いた。
「大丈夫です、隣の寝室に行くだけです。 すぐに戻ります」
その言葉に武は頷いた。 離れて高辻と隣の寝室へ行く夕麿を武は、小さな子供が親に置いて行かれる時のような顔で見ている。 周と雫が彼を挟むようにして両側に座り込んだ。
周はまず武の脈と体温を調べた。
「若干、体温が高めですね、包帯を変えるのが終わりましたら、ベッドにお入りください」
「…うん」
小さく返事するのが一層、幼さを感じさせた。
包帯を解くと今だ手首は、通常の倍くらいの太さに腫れていた。関節をはめた折に出来た内出血が青黒く痛々しく思えた。
「まだかなり腫れていらっしゃいますね…痛みはおありですか?」
「動かさなければ痛くない」
「わかりました。痛むようならば仰ってください。保さんから痛み止めを預かっておりますから」
「薬は…欲しくない」
「しかし炎症を抑える薬もお飲みにならしゃってません」
「でも薬はイヤだ」
幻覚のフラッシュバックが、何を起因として起こるのかは不明だが、武は薬に恐怖感を持ってしまっている。昨夜、倒れた武にやむを得ず保が、解熱と消炎鎮痛剤を点滴を投与した。
悪夢とそれに続く幻覚。関連を考えてしまう武の気持ちもわからないわけではない。しかもその前に絹子が渡したカプセル剤で、心肺停止を起こして死にかけたのだ。トラウマにならない方がおかしい。
「強過ぎには感じませんか?」
包帯の巻き心地を問うと視線が戻って来る。
「大丈夫」
武は言葉少なく時折、寝室に視線を移す。右手は不安を紛らわせるように、右側にいる雫の上着を掴んでいた。
周と雫は視線を合わせて小さく頷いた。
「夕麿さま、武さまですが…ずっとあのような御様子でいらっしゃいますか?」
「朝はまだもう少し普通でした。時間が経過するに従って状態が酷くなっています。昨夜、私と会話したのも幻覚だと思い込んでいました。多分…今もこれが幻覚である可能性を捨て切れないのだと思います」
夕麿が離れたら全てが幻で消えてしまう。 未だに現実と幻覚の区別がわからない事が、今の武を怯えさせていた。
「薬物が見せる幻覚に、普通は縋るのが人間です。 しかし武さまは違われる。 武さまと本庄 直也の症状の差はその辺りにあると思います」
「精神的依存をしない?」
「ええ。 逆に拒否なさっています。 ですがその想いが強過ぎて現実と幻覚の区別が、難しくなられていらっしゃるのではないかと思われます。 昨夜のパニックはそれが原因ではないかと」
夕麿は高辻の言葉に頷いた。
「武さまはあなたに振り向いていただいたのだと思っていらっしゃるのですね。だからどこかあなたの想いが消えてなくなる未来に不安を持たれておられる」
「わかっています。 私が恋愛に臆病だった為に、辛い想いをさせてしまったからです」
「あなたと武さまの当時のお立場や、口さがない者の言葉が影響しているのは確かです。 そしてあなたが一時的に武さまをお忘れになった事で、失う痛みと恐怖を覚えてしまわれました。 薬物への精神的依存はそれが防いでいるわけですが…昨夜のような事が続くと武さまの御心が耐えられません」
全ては自分の責任と夕麿は答えた。中途半端な事をした結果だと。
「全てではありませんよ、夕麿さま。一端はそうですが」
「私はどうすれば良いのでしょう?」
「大学での講義の間は仕方がありませんが、出来るだけ今は武さまのお側に」
「わかりました」
「武さまと数多く会話をされてください」
「武も話をしたいと今朝言いました」
夕麿の言葉に今度は高辻が頷いた。
「幻覚の恐ろしさは私も経験致しました。 だから武の不安がわかります」
向精神薬の依存症から脱却する過程で、夕麿を苦しめたのは過去の記憶と武を失う恐怖だった。
武の日記のコピーは高辻が周に命じ、 夕麿の命綱になった。 ひたすらに夕麿への想いを綴った日記が、絶望する夕麿を何度も引き戻した。
武に逢う為に。 もう一度抱き締める為に。 夕麿は恐怖と戦った。 耐え続けた。
そして今、武が幻覚に怯えている。
「武さまが恐れていらっしゃるのは、夕麿さまや私たちと過ごす時間そのものが、幻になって泡のように消えてしまう事です」
「昨夜も幻覚をシャボン玉にたとえていました」
「しばらくは武さまの治療を重点的に行いますが…夕麿さま、決してご自分をお責めになられませんように。 お二人はお互いに影響をお与えになられます。 従って武さまの状態にあなたが引っ張られますと共に悪化いたします。
今のあなたにはお出来になられます。 どうかご自分をお信じになられて踏みとどまれてくださいませ。 さもないと武さまが御心を壊してしまわれます」
今は夕麿の存在そのものが武の命綱だった。 もし武の心が壊れてしまったら、今度こそ刺客が来る。 佐久間のような回りくどい方法ではなく、直接的に武の生命を狙って。
「わかっています」
小さな子供のように縋り付いて来る武を、夕麿はどんな事をしても守りたかった。
その決意が夕麿を導く。 高辻はそう考えていた。
高辻との話を終えて戻ると武は再び夕麿に縋り付いた。 その後、雫の話を二人で聞いてから、食堂へ夕食の為に移動した。
「武、気分はどうだ?」
義勝が頭を撫でながら問い掛けた。
「まだ、寝てなきゃダメだって」
「怪我は痛いのか?」
「動かしたら痛い」
「あれだけ腫れてたら仕方がないな」
義勝も子供を宥めるように話し掛けた。
「武君、帰りにシュークリームを買って来ました。 後で美味しいお茶を淹れますから、お部屋で夕麿さまと食べてくださいね?」
「うん、ありがとう」
全員が昨夜の錯乱して叫ぶ武を見ていた。 そして武が最も恐れている事も理解していた。
「武さま、良くなられましたら、合気道を一から鍛練し直しですよ?」
「あ、はい…よろしくお願いします」
貴之も義勝も武が夕麿を想う姿を初めから見て来た。臆病で……でも健気な武。応えた夕麿が一途な性格だった事に気付いて雅久や麗と一緒に驚いた。
雅久は記憶を失い、麗は遠く大西洋の彼方だ。
皆で見守って来た。大切な大切な存在なのだ。
「武、試験明けにみんなでサンフランシスコへ行こう。ゴールデンゲートブリッジを観に行こう」
「坂道を登って行く電車に乗れる?」
「ああ、乗せてやる」
「行く!」
古い映画に出て来るあの電車に乗ってみたい、映画のようにと目を輝かせて答えた。
「良かったですね、武?」
「うん」
武が危険に身をさらすのは夕麿だけではなく自分たちをも、守ろうとしたのだと全員が理解していた。2年前も貴之が大怪我を負った事が、自らを囮にした武の気持ちの原因だった。今回は赤佐 実彦で保を無理やりに動かす為だった。
その結果、武は心身共に傷付いた。昨夜の武の姿は彼らにどれほどの衝撃を与えた事か。独りは嫌だと泣き叫んで暴れる武。夕麿だけではなく、自分たち全員を必要だと言ったのも同じだった。
大切な家族。
普段から武は皆にそう言う。 それが言葉だけではない事を、武は自らの生命をかけて証明した。 ならばそれに報いるのも家族。 貴之と雫以外は家族縁が薄かったり家庭が問題を抱えて、本当の家族というものを渇望して成長した。
求めるだけではなく自分が想いを尽くせる存在、 与えられるだけでなく与える事とも同時に求める。 これが渇愛であり希求というものだ。
小さな子供のように怯えて夕麿に縋るならば二人を守ろう。 武が笑顔を取り戻すならば、どんな望みも叶えてやろう。 そして…穏やかな時間を取り戻そう。
「武、そろそろベッドに戻ってください。 また熱が上がるといけません」
「うん」
差し出された腕の中に身を委ねて、武は幼子のようなあどけない笑顔で夕麿に縋り付いた。
「おやすみなさい」
「後でシュークリーム、持って行きますね」
「うん」
「おやすみ、武」
「おやすみなさい、武さま」
「ごゆるりとおくつろぎくださいませ。 おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、良い夢を」
武は皆の言葉に笑みを浮かべ、部屋を出る時には軽く手を振っていた。
「お可愛らしいな。 薬の作用か、あれ?」
雫が言うと義勝が首を振った。
「元々、ああいう部分がある。 特に俺たちと一緒だと、肩肘張ってぶらなくて良いからだと思う」
その週の土曜日、昼食の時に夕麿が言った。
「申し訳ありません、武。午後からは約束があります」
未だに屋敷の中ではべったりな武を気遣うように。
「ああ、ピアノのレッスンか」
義勝が事もなく言う。
「レッスン?」
「ええ、立て込んでいたのでしばらくはお断りしていたのですが…」
「ここに来るの?夕麿が行くの?」
「今回は来ていただく事になっています。それで時間までピアノ室で少し練習をしたいのです」
練習を怠ってはいないがそれでも十分に練習をしていたとは言えない。
「わかった……先生が来るまで部屋で聴いてて良い?おとなしくして邪魔しないから」
恐る恐るわがままを言ってみる。夕麿が微笑んで頷くと武の頬が薔薇色になる。
小さなわがまま。けれど今の武には精一杯のわがまま。ピアノ室に前回入ったのは、夕麿が記憶を失っていた時だった。
ロサンジェルスに来てからも、録音したものをずっと聞き続けていた武にとって、あの時の夕麿が弾いた『紫雲英』は悲しい別れの曲だった。
椅子に座ってそれを思い出した。
「武…?」
楽譜を広げていた夕麿が、俯いて唇を噛み締めている武に気付いて声をかけた。 慌てて顔を上げて無理やり浮かべた笑みが歪んだ。 夕麿は近付いて武の頬に触れた。
「あの時の事を思い出したのですね?」
武はもう一度、頑張って笑顔をつくった。
「ごめんなさい。 邪魔しないって言ったのに」
夕麿は微笑み返して囁いた。
「愛してます、武」
唇を軽く重ねて夕麿はピアノの前に戻った。 すぐに鍵盤を夕麿の長くしなやかな指が叩き始めた。 指を温め終わると夕麿はしばらく楽譜に目を走らせてから、情感たっぷりに曲を奏で出した。
チャイコフスキーの『舟歌』。 技術と感性を求められる曲で、コンクールなどの課題曲になる事が多い。 どんなに技術的に優れていようとも、曲の解釈と奏者の感性が優れていなければ、この曲を弾きこなすのは不可能。
夕麿はずっとこの曲に苦労していた。 今までの自分の弾き方が通じない。 夕麿にレッスンを行っているのは、上院議員の息子と争った時に感動してドイツ語で褒め称えた講師である。 彼は夕麿を追っかけまわすのをやめる条件にピアノレッスンを申し出て来た。
夕麿にすれば元々ピアノ自体を辞める気はない。 指導者が見つかる事は有り難い事だった。 彼はまず夕麿に何曲か弾かせてその力量をはかった。 それから順番に課題曲を与えられた。 どれも技術的にはそれ程難しい曲ではない。なのに講師であるマイヤーからはOKが出ないのだ。
負けず嫌いの夕麿は何とか彼が求めるものを得ようと練習するのだが、今の所は答えが見付からない迷宮の中を彷徨さまよっていた。
一通り弾いて夕麿は武に声をかけた。
「今の、どう思います?」
「どう…って?う~ん、曲の調子が変わるって事は水の流れが変わるから?それとも舟を操る人の気持ち?
これって大きな船じゃないよね?」
問い掛けに問い掛けで返された。
大きな船じゃない?そういえば『舟』だ。チャイコフスキーの故郷はロシア。流れの変化?それとも流れゆく景色。いつの間にか、上手く弾ける事に夢中になっていた。この曲の情景を忘れていた。
「武、ありがとうございます」
夕麿はもう一度、曲を奏で始めた。先程とは音色が変化した気がした。美しいメロディーに武はうっとりする。最後の音の余韻が空中に消えたその瞬間、拍手と共に声があがった。
「ブラヴォー!素晴らしいの一言です」
大柄の白人男性が、笑みを浮かべて近付いて来た。
「マイヤー先生」
夕麿が慌てて立ち上がって礼をとる。 武も立ち上がって頭を下げた。
「今のでよろしいのです。 素晴らしい演奏でございました」
手放しの褒め方に武が目を白黒させた。
「ありがとうございます」
夕麿の嬉しそうな顔を見て、武は杖をついて立ち上がった。 そしてゆっくりとピアノ室を出た。 居間に入るとすぐに、文月がお茶とケーキを運んでくれた。
それを食べてから、今月の屋敷の収支を見た。
「円高で日本食の材料が値上がりいたしております」
「そうみたいだね。 1ドル70円台ってのは困ったね? 幾ら円をドルに替えるのが増えても、値上がりの方が激しいものなあ…みんなの給料の事もあるし」
公庫k人の使用人の中には仕送りをしている者もいる。 ドルで支払われる給料は円高ゆえに目減りしているのだ。
「何とかしなきゃいけないかな…えっと、高辻先生は?」
「お出掛けになられました」
「そっか…今夜にでも、みんなで考えてみるよ」
困った時には高辻に相談するように言われていた。
保に左手を診てもらい雅久と雑談していると、レッスンを終えた夕麿がマイヤーと居間に入って来た。 すぐに文月がお茶とケーキを出した。 マイヤーは武に歩み寄って言った。
「あなたはご自分の大切な方の才能を、惜しくは思われないのですかな?」
武はその言葉に息を呑み目を見開いた。
「彼の素晴らしい才能の為に、彼を解放しようとは思われませんか? 真に愛情がおありならば」
武からみるみる血の気が引いて行く。
「よくお考えになられるべきです」
「マイヤー先生、おやめください」
夕麿が彼の肩に手を置いて止める。 すると武は徐に立ち上がって部屋を出て行った。
「武!」
夕麿が慌てて後を追った。
「あなたは武さまに死ねと仰るのですか?」
雅久がマイヤーに詰め寄った。
「オーバーな。 別れるように言っただけですよ?」
マイヤーは肩を竦めて苦笑した。
「あの方のお立場や事情をご存知ではないから、笑っていられるのです、あなたは」
夕麿が天才であるのは雅久が一番知っている。 扱う楽器やジャンルが違っても、同じように音楽を嗜む同士だ。
「夕麿さまを失われれば、武さまは皇国にお帰りにならなければならない。 帰ればある場所に幽閉されて、暗殺されてしまわれるのです!
それでもあなたは、武さまに夕麿さまと別れろと仰いますか?」
雅久の言葉にマイヤーは絶句した。
「しかも度重なる心労で御心に深い傷を負われていらっしゃると言うのに……」
雅久の携帯の着信音が鳴り響いた。
「はい、保さまなら…わかりました……すぐに高辻先生に連絡を取ります。
保さま、武さまが発作を起こされました!」
保が居間を飛び出して行く。
「お引き取りください。
文月さん、この方をお送りして」
「承知いたしました。
マイヤーさま、どうぞこちらへ」
マイヤーはもう何も言えなかった。 彼はただ本当に、夕麿の才能が埋もれてしまうのを惜しんでいたのだ。 夕麿がピアニストの道を捨てた理由が伴侶である武の為だとわかっていた。 武に会って情に訴えれば、理解してもらえると考えたのだ。 恐らくもう夕麿はマイヤーのレッスンを受ける事はないだろう。 稀にみる天賦の才に出会ったと、浮かれてそれしか見ていなかった。 マイヤーは自分の愚かさを噛み締めながら、屋敷を立ち去って行った。
次の日、改めてマイヤーが謝罪に訪れた。 対応したのは高辻と周だった。
武はあの後、また幻覚の発作を起こした。 夕麿が抱き締めて懸命に声を掛けても、独りきりにされてしまう悪夢に泣き叫んで暴れた。 やむを得ず保が鎮静剤を打って、武を眠らせるしかなかった。 そのまま高熱を発してうなされ続けていた。
夕麿もベッドに入って武を抱き締め、ほとんど眠らずに看病していた。
「直接お目にかかる事は叶いませんか」
「申し訳ございませんが、武さまは伏せっていらっしゃいます。 夕麿さまも寄り添われて、御看病されております」
高辻の言葉は柔らかく丁寧であったが、はっきりと拒絶の響きがあった。 周に至っては不機嫌さを隠そうともしない。 マイヤーは渋々引き下がるしかなかった。
「人間、一つに固執するとあんな風になるんだな」
周は塩でも撒きたい気分で呟いた。
「ま、それだけ夕麿の才能が凄いって事か?」
「そうですね。 でも夕麿さまにとって一番大切なものは武さま。 マイヤー氏にはそれがどうしても理解出来ないのでしょう」
「優れた才能を見出して、世に出す喜び…か」
周にもその気持ちがわからないわけではない。 武に出逢う前の夕麿ならば、喜んでピアニストとしての道を歩んだだろう。
「彼が言うように確かにもったいないと言えばもったいないのですが……選ばれたのは夕麿さまご自身ですから」
ピアノから離れる事はない。 だが一番は武。 それだけに過ぎない。
「武さまの御容態は?」
「やっと熱が下がら始めた」
「では私が様子を窺って参ります」
高辻が居間を出て行くのを周は見送った。
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