蓬莱皇国物語 Ⅳ~DAY DREAM

翡翠

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    幽玄美

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 室内の照明が完全に消され、舞台だけが明るく浮かび上がっていた。 

 夕麿は青い装束。 

 周は緑の装束。 

 本来は色を揃えるものであるが、敢えて二つの色を雅久が選択した。 

 緊張で心拍数が上がる。 仮面の下で二人は共に唇を噛んだ。 決して失敗は許されない。 

 夕麿は周に震えが止まらない手を差し出した。 その手に重ねられた周の手も震えている。 互いに近付いて面の額を軽く合わせた。 頷き合い手を取り合って舞台に進み出た。 

 心拍数がピークになる。 

 武は言った。 舞の上で周の想いに献身に報いてやれと。 夕麿は周に対して恋愛感情を抱いた事は一度もない。 周は優しい従兄弟のお兄さんだった。 だから怠惰な生き方が許せなかった。 兄のような存在としての周が好きだったから。 だがどの様に夕麿が望んでも周は、どんどん辛辣で怠惰で節操がなくなって行った。 

 両親の不仲。 

 夕麿の置かれた状況に対して、無力である事への哀しみ 

 叶わぬ恋 

 高辻との互いの傷を舐め合うような不毛な関係 

 たくさんの苦悩と哀しみが、周をあんな姿にしていたのだと、彼の想いを知った今ならば理解出来る。 彼が置かれた状況の片鱗すら見ないで、ただ嫌悪していた自分の狭量さを心から申し訳なく思う。 周の献身がなければ、武との間は壊れていたかもしれない。 

 周の想いに応える事は出来ない。 だがその献身に報いたいのだ、 一度失敗したこの舞で。 心を合わせて共に一つの舞を作り上げる。 一振り一振りに共に生きて来た歳月を込めて。 周の献身と深い愛情に感謝を込めて。 

 自らの真心を示そう。 夕麿の幸せを誰よりも強く、望み続けてくれた従兄の為に。 そして愛する武と歩いて行く明日の為に。 


 気が付いたら周にとって夕麿は全てだった。 冷たく背を向けられても想いは深まる一方だった。 小柄な少年が背を伸ばし僅かに周の身長を越した時には、匂い立つ艶やかさをまとって美しくなっていた。 想いを果たそうと近付けば、逆に傷付けてしまう事ばかり。 素直になれない自分に苛立った日々があった。 

 武という伴侶を得て微笑む姿を見て、安堵と同時に喪失感にしばらく何も手につかなかった。 それでも夕麿が幸せな笑みを浮かべているのが嬉しかった。 

 健気で懸命な武と一途で情熱的な夕麿。 二人の幸せを守りたいと心底願うようになって自分でその変化に驚いた。 気が付けば武と一緒に泣いたり笑ったり心配したりしていた。 夕麿をひたすら想う武に寄り添うように自分の心を重ねていた。 武の健気さに夕麿の幸せを見て、二人の愛を守る事が自分の幸せになってしまった。 

 それでも夕麿を愛しいと想い、抱き締めたい欲望からは完全に逃れられなかった。 高辻と雫がいなければ、行き場のない情熱に苦しんだだろう。 

 今、穏やかに優しく微笑んでくれる夕麿を、眩しく感じながら手を取った。 

 この舞の間だけの泡沫うたかたの夢。 

 舞い始めてすぐ、周は夕麿の想いに気付いた。 それは周への感謝と思い遣り。 恋愛感情ではなくても、周の想いに応えようとしてくれている。 

 武への忠誠はあくまでも周自身の自己満足に過ぎなかった。 夕麿の幸せな姿をみたいという気持ちから生まれたものだ。 

 それなのに今夕麿の優しさが舞の中から溢れ出てくる。 

 好きだった。 

 愛していた。 

 どれほど請い求めただろう。 この腕に抱き締めて甘やかな肌を味わいたかっただろう。 零れ落ちる涙を止められない。 いつも冷たくされて悲しかった。 投げかけられる言葉は棘のようだった。 傷付きながらも止められない想いだった。 決して報われる事のない恋だった。 武に想い続ける事を許されて、それだけでも報われたと感謝していた。 

 今、一対の龍として雲間に遊ぶ舞の中で、互いに相手を想い合い呼吸を合わせる。 

 心を一つに舞う。 

 報われたと感じていた。 渇望していた心が、今、満たされて行く。 

 夕麿…… 夕麿…… ああ…… 僕は満たされた…… 僕は……僕は…… これで前に進める…… 

 二人の想いが重なり合い、 美しく荘厳に一対の龍が雲間に舞う。 優しく清らかに、互いを想い合い労り合う。 一振り一振りに情が溢れ、観る人々の胸に降り注ぐ。 

 そこここで涙を流す人がいた。 深い感動が教室を満たして、夕麿と周の『納曾利』は終わった。 

 続いて真紅の装束に身を包んだ雅久が、さえずりの振りで登場した。 夕麿と周の舞を受けて、雅久の舞は常になく冴え渡っていた。 

 絶世の美貌ゆえに仮面を被って戦へと出陣した無敗の王。 雄々しく優美な将である彼を讃えて、部下の兵たちが舞ったのが起源と言われる。 

 伽具耶姫に例えられる美貌の雅久。 美しく儚く見える姿が舞台の上では一変する。 

 一軍の将としての雄々しさ。 だが同時に人の姿を借りて、天人がここに降り立ったような錯覚を覚える。 キリスト教徒には大天使ミカエルが、天の軍勢を率いて降り立ったかの如く。 呼吸すら忘れたかのように、物音一つしなかった。 教室に響くのは楽の音と、舞手が踏み締める音、衣擦れの音のみだった。 完全に魅了された人々が我に返った時には、既に楽は止み、舞手の姿は舞台から消えていた。 

 続いて起こった歓声と割れんばかりの拍手は、教室を揺るがさんばかりに響いた。 

 3人の舞手が舞台に姿を現し同時に仮面を脱いだ。 現れた三人三様の美貌に受講生は息を呑んだ。 特に前以ての説明を聞いていた彼らは、『蘭陵王』の舞手が物語そのままの美貌であった事に狂喜した。 

 三人は鳴り止まぬ拍手と歓声の中を惜しまれながら、今一度深々と礼をして舞台を下がった。 


 その間に武は舞台裏へ急いだ。 彼らが下がって来た時、両手をいっぱいに広げて抱き留めた。 

「凄かった! 俺は3人を誇りに思う!」 

 それはどんな歓声や拍手よりも彼らが欲しい言葉だった。主たる者の讃辞。ましてや本質を見抜く武の言葉は、誰よりも真実を射抜くもの。だからこそ、胸が熱くなる程嬉しかった。 

「武!」 

「武さま…!」 

「武君!」 

 小柄で華奢な身体を抱き締め、感謝の言葉をそれぞれが告げた。 抱き返された温もりに思わず安堵の涙が溢れた。 

 その光景を誰もが美しいと思った。 

 

 全ての片付けが終わり、出演者全員が屋敷に招待された。 文月とコックたちが全員の為にパーティーの準備を整えて、武たちの帰宅を待っていてくれた。 

 参加者全員に武から褒美の品が手渡されていく。 

「周さん」 

 憑物が落ちたような晴れやかな顔で、周は武の前に進み出た。 

「これをあなたに。 素晴らしい舞でした」 

 手渡されたのはタイピンとカフスのセット。 武の紫雲英と夕麿の蝋梅、二人の御印が描かれたものだった。 

「ありがとうございます」 

 周は壊れ物を受け取ったかのように、ケースをそっと捧げ持った。 

「夕麿、良く頑張った。 今度は悔いはないだろう?」 

 武が差し出した箱の中身を見て夕麿は絶句した。 正絹独特の光沢があるネクタイに、蝋梅と紫雲英が散らされた模様。 

「これ…この前から製作してたのですよね?」 

 武は夕麿たちが練習している間に、手に入れた正絹を染色して、小型の機織り機で織っていたのだ。 その姿だけは夕麿も他の者も見ていた。 それがまさかネクタイに化けるとは思ってもいなかった。 

「初めてだからイマイチかな…ごめんなさい。 仕立てだけはちゃんとしてもらったんだけど…」 

 初めてとは思えない完成度に、覗き込んだ周も絶句した。 

「本当に…初めてですか、武さま?」 

「そうだよ?」 

 不思議そうに答える武の隠れた才能に全員が脱帽した。 

「それで…」 

 武が居住まいを正した。 

「御園生 雅久。 今回の成功はあなたの指導の賜物であり、あなたの舞は日頃の鍛錬の結果です」 

「ありがとうございます。 傷み入ります」 

 深々と頭を下げた雅久の前に、文月が畳紙たとうがみに包んだ着物を置いた。 

「これは?」 

 雅久の問い掛けに応えるように、文月が包みを解いた。 中身は菫色から菖蒲色、半色はしたいろ、薄色、そして白へとグラデーションする着物だった。 

「皇国で採れた正絹のみが使用されております」 

 蓬莱皇国産の正絹。 それは稀少過ぎるくらい稀少なものであり、よほどの事がないと手には入らない。 現在の絹製品のほとんどは中国産のものなのだ。 当然、価格も半端ではない。 

「これを…私に!?」 

「うん。 何が良いのかいろいろ考えたんだけどね。 母さんが見付けてくれたんだ」 

「こんな…素晴らしいものを…ありがとうございます、武さま」

「兄さんの苦労や努力に、こんなもので報いれるわけはないけど…気持ちを少しでも形にしたかったから。 心配もいっぱいかけたし…ありがとう」 

「そのような事…私はただ、自らの心の赴くままに行動しただけです」 

「雅久、私からもあなたに礼を」 

 そう言って夕麿が差し出したのは美しい扇だった。 

「古いもので申し訳ないのですが」 

「これは…御母堂翠子さまの御形見…よろしいのですか!?」 

 雅久の言葉に夕麿はこれ以上ない笑顔で頷いた。 

「あなたの忠義と友情に、これで報いられるとは思っていません。 これからもあなたに様々な事で、助力をいただかなければならないと思います」 

「私のようなものの力で適いますならば、如何様にも御尽力させていただきたく思います」 

「ありがとう」 

 寄り添う武と夕麿の微笑みは、穏やかで幸福に満ち足りたものだった。 

「御園生 義勝、あなたにもどう報いて良いのか…わかりませんでした。 夕麿と同じものを用意する事しか出来ませんでした」 

 手織りの正絹のネクタイ。 武の気持ちが織り込まれた、この世に二つしかないもの。 

「俺は何もしてないぞ?」 

 照れ隠しのように義勝が答えた。 

「義勝、私からもこれを…」 

 手渡されたのは鼈甲べっこうの琴爪。 鼈甲は絶滅危惧種指定を受けている為、もうその美しい甲羅製品を作る事は出来ない。 金品を積んでも手に入らないものである。 そしてこれも翠子の遺品だった。 

「良いのか?」 

「あなたならそれを使ってくださるでしょう? 道具は使ってこそ生きるものです」 

「わかった。 二つ共、有り難くいただいておく」 

 義勝が満面の笑みを浮かべた。 

「高辻先生と成瀬さんには…ここに持って来れないもので…」 

「武? あなたは一体、何を用意したのです?」 

 夕麿は武が皆に何を用意したのか、全くといって知らない状態だった。 

「あのね、不動産…マンションなんだ」 

「マンション!?」 

 全員の声がハモった。 

「ロサンゼルスでの期間が終わったら、御園生系の高層マンションの最上階のワンフロアを…」 

「待ってください、武さま」 

 高辻が武の言葉を遮った。 

「私は多分、今後も学院の監視下に置かれると思います。 御園生家を出て雫と二人で生活するのは難しいと思えるのですが」 

「今、母さんとお義父さんが交渉してる。 大丈夫、何とかしてみせる。 だから受け取ってください」 

「武さま…」 

「武さま…」 

 高辻と雫が跪いて頭を下げた。 

「では、私はその時にお二人に贈り物をいたしましょう」 

「貴之先輩にはこれを…」 

 文月から受け取ったものを差し出した。 それは御厨 敦紀が描いた、彼自身の自画像だった。 

「ちゃんと代金を払って描いてもらったんだ」 

「これは凄い…」 

「御厨は美術へ進むって言ってた。 来年、こっちへ来るつもりで願書を出したって」 

「ありがとう…ございます」 

 遠く離れている辛さは武と夕麿が一番知っている。 何をどう交換しても本人には代え難い。 

「私からはこれを」 

 貴之から手渡されたのは、紫霄学院の理事証明書だった。 

「間に合って良かったです。 御厨君は生徒会長用の部屋に現在いますが、十分な広さはありますから」 

 暗に昨年の夕麿のように紫霄に行って、敦紀の側にいてやれと言っているのだ。 貴之は言葉を失って真っ赤になった。 

「保さんにはこれを」 

 それはCDROMだった。 

「星合 清治さんの日記です…コピーだけど。 亡くなられた後に御園生家に届きました。 司さんの事ばかり書いてあります」 

「ありがとうございます」 

 今から思えば司と清治は、夕麿が武と結婚するのを確認して、黄泉路へと旅立った気がする。 全ての事を思い出した夕麿には、万感の念が胸を満たしていた。 

「現在、父に慈園院家と和解するように勧めています」 

「ありがとうございます」 

「あなたが私たちに助力をしてくださったお蔭です」 

 数百年にわたる両家の確執を終わらせる。 それが今の夕麿の願いだった。 

 そして他の紫霄OBの参加者には、武の手作りの組み紐が贈られた。 武がロサンゼルスに来てからも、仕切りに作り続けていたものだった。 

「さ、堅い話はここまでにして楽しんでよ?」 

 食事が始まる中、周が武と夕麿に歩み寄った。 

「今日はありがとうございました」 

 改めて礼を言う周を、武は真っ直ぐに見つめた。 周はそれに笑顔で応えた。 

「夕麿、ありがとう。 僕はやっとお前への想いから旅立てる。 やっと……前に進む事が出来る」 

「周さん…」 

「武さまにもお前にも、心から感謝している」 

 澄み切った眼差しで周は頭を下げた。 まるで少年時代の自分に別れを告げるように、清々しいまでの姿に武と夕麿は彼の幸せをそっと心の中で祈るのだった。 


「麗先輩、藤堂先輩。 フランスからわざわざ俺の為に、ありがとうございました」 

「別に君の為だけに来たわけじゃないよ?」 

 あっけらかんとした顔で麗は言った。 

「それでもありがとう。 

 藤堂先輩、あなたが皇国に戻れる方法はないかといろいろ模索したのですが…一時帰国が精一杯だそうです、ごめんなさい」 

「一時帰国…出来るの?」 

 麗が武の腕を掴んで言った。 

「私から説明いたします。 まず皇国へ帰国している間だけ、皇国での名は一切使用出来ません」 

「フランス名のユノール・デジレならば、確かに藤堂家とは無関係で通せますね。 名前なんでどちらでも構いません」 

 麗をせめて家に帰らせてやりたかった。 だが単独では帰ろうとはしないだろう。 

「今一つ、現在、ディトレーダーだけで生活されていらっしゃる?」 

「ええ」 

「では紹介状を書きます。 パリの御園生系企業に入社してください。 御園生の傘下に入れば便宜がはかりやすいのです」 

「わかりました」 

「出来れば将来、ここへ移っていただけませんか? 私たちはここを紫霄から、留学して来る後輩たちの寮にしようと思っています」 

「うん。 ここは既に俺の持ち物だから、紫霄OBの住処にしていろいろと救済に使いたいんだ」 

「私たちが今使っている部屋を、あなた方の住処にしてください。 ここの管理者として住んでいただきたいのです」 

「よろしいのですか?」 

「このロサンゼルスで現在、私たちが勤務している社を藤堂さんに引き継いでいただき、ここに住んでいただければ幸いです」 

「麗先輩、資金までは難しいけど…お店の確保もするよ? いっそのこと結城和菓子司のロサンゼルス支店にしても俺は面白いと思う」 

「お二人が嫌でなければ是非」 

 御園生系企業の社員としてなら皇国へ一時帰国出来る。 御園生家と藤堂家の交渉は、その辺りで決着が付きそうだった。滞在場所は御園生家に限定されはする。 それでも帰る事が出来る。 武の努力の結果だった。 

 藤堂は俯いて言葉を発しなかった。 不可能が可能になり、未来への道も示された。 胸がいっぱいで言葉が出ない。二度と戻れないと思っていた。 確かに生まれたのはパリ。 けれども物心ついた時には蓬莱皇国にいた。 どんなに容姿が蓬莱人と違っていても、影暁の心は蓬莱人だった。 パリで仕事に就かないでいたのは、どうしてもフランス人になれない自分がいたからだ。 

 第一、プライドの高い欧州人には、あくまでも影暁は異邦人だった。 フランス国籍を持っていても、フランス名を持っていても、 彼はパリの異邦人だった。 寄る辺なき身を嘆いても、仕方がないのはわかってはいた。 

 麗が渡仏して来て生きる気力だけは持てた。 でも…彼に家族と国を捨てさせた。 その思いがどうしても拭えなかった。 

 だから貴之からロサンゼルスへ招待されて、麗が喜んだのを見て無条件で旅立った。 麗の言葉に仕切りにあがる、紫霞宮武王という日陰の宮に対する興味もあった。 

 武は愛らしくて…どこか儚げだった。 それは見知っている雅久とはまた、別の意味で儚げな存在だった。 懸命に自分の置かれている立場と向き合う彼に、今までの自分自身の愚かさを悟らされた影暁だった。 

 何よりも驚いたのは親友である周の一途な献身だった。 武の為に気配りをして心を尽くす姿に感動すら覚えた。 しかも、あれ程に嫌われていた夕麿に頼られている。 

 今日の舞が周にとって転機になったのもわかった。 それが間違いなく武の真心から出た事だとわかってしまった。 こんな人物を紫霄でもフランスでも見た事も会った事もない。 麗が節々に話題にして自慢するのをようやく納得した。 

 夕麿の誇り高い性格は知っていた。 誰にもその心を開かなかったのも。 その心の氷を溶かしたのが、武だった理由もよくわかる。 

「麗、俺もみんなの仲間に…宮さまの臣下にしていただけるだろうか?」 

「あ~あ、武君はホントにタラシなんだから」 

 麗が笑う。その笑顔が眩しい。 

「影暁、武君は生命かけて僕たちを大切にしてくれる。 それに真心で応える覚悟はある?」 

「当たり前だ」 

「ならそのまんまを言って来なよ?」 

「わかった」 

 部屋を飛び出して行った影暁を見ながら麗はしみじみと思った。 

 武の存在を快く思わない人間には、他者を惹き付けてやまない彼の性格が怖いのかもしれないと。 庶民の中では輝かなかった玉たま。 ふさわしい場所で眩く輝く玉。 それが武であるのだと。

 今日、UCLAの要請を受けて特別講義を行った夕麿たちは、皆、武の為に全力を尽くした。 教室をいっぱいにした受講生が、その幽玄美に深い感動と感銘を受けたのは、彼らの仲間への思い遣りと武への混じり気のない忠義心が生んだものだった。 



「あッ…ヤ…夕麿…また…また…イく…ああッああ!」 

 抱え上げられた爪先が空を蹴る。 ベッドに入ってからもう、幾度となく吐精させられた。 夕麿も武の中に幾度か吐精していた。 

「ひィ…も…許…て…」 

 言葉すらもう紡げない。 

「愛しています、武…もっと、感じて…」 

 武が今日、集まった者たちにどれだけの幸福を与えたのか、彼自身は少しも自覚してはいない。 武の心尽くしではあっても、自分に出来る事をしているだけ…なのだ。 その無欲さ無心さが人の心を惹き付ける。 

 影暁まで武に膝をついた。 

 武はその純粋さで自らだけではなく、自分たち周囲の者の未来まで開いて行く。 

 夕麿は武の伴侶である事を心底、誇りに思っていた。 抱き締めて支える事しか出来ない。 しかしそれは自分にしか出来ないのだという事をこの数ヶ月で、夕麿は痛い程思い知った。 

 幻覚と現実の狭間で怯える武。 夕麿に縋り付いて必死に自分を保とうする姿に、どうしょうもなく強い庇護欲が溢れ出た。 

 共に生きて行く。 

 共に歩いて行く。 

 武の苦しみも悲しみも、少しでも軽くしてやりたい。 喜びも楽しみも、何倍にもして感じさせてやりたい。 

 全ては愛しい人の為に。 

 そしてそれは同時に夕麿自身の幸せでもあった。 

 溢れる想いを表現出来ずに、夕麿は武を抱き続けた。 腕の中で身悶えて、甘い声をあげるのが愛しくて。 武の確かな温もりが嬉しかった。
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