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ライバル
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社へのアルバイトを今回は葵は見送った。春休みのストレスが彼を臆病にしていた事もあり、義勝もPTSDの治療の妨げになると助言した。
薫はアルバイトを望んだので、夏休みに入ってからは武と同じ日に出社している。武はようやくギプスが取れて、左手を少しずつリハビリさせている状態になった。朔耶もアルバイトを続けているが、新学期から病院の方で働く事になっている。
「はい」
特務室からかかって来た電話を取ったのは雅久だった。
「…少々お待ちください」
保留にして受話器を置いた雅久が室内を見回した。
「武さま、夕麿さま、薫さま。雫さんが新しく配置された方を紹介に来られたいと申されています」
「来たか」
「では先程の話を実行します」
今回の人事異動によるニューフェイスについては、数日前にアメリカの貴之から連絡が入っていた。彼は夕麿たちより2歳上、つまり周や影暁と同じ年齢になる。
名前は鷺沼 知也。貴之の母親の上の兄の息子、つまり刑事局長の甥で貴之の従兄だ。貴之の話を総合すると二人は、幼少時から常に比較されていたらしい。特に知也の両親は貴之には負けるなと言い続けて来たという。貴之自身は彼に従兄弟同士という感情以外を持ってはいないらしいが、彼の方は重箱の隅を突くようにして何かと絡んで来たのだという。彼も警察官僚のキャリアの一人だが、見習い状態から特務室に引き抜かれた貴之に異常な敵愾心(ライバル心)を燃やしているらしい。ちなみに鷺沼家は名士一族ではあるが貴族ではない。それでも貴之に負けるなと言って、彼が両親に育てられたのが一因ではないかと思われた。
昨日にやって来た雫の口ぶりからすると、彼はこの人事を一度は拒否したらしい。貴之との競争では警護に身が入らないと思えるし、チームワークによる連携を彼が取れるとはどうしても思えない。武たちを危険に晒す原因になりはしないか。第一、貴族嫌いと考えられる彼が果たして、複雑な事情を抱えた武を心から受け入れられるとは思えないのだ。
「え?何?」
未だ夏休みに入る前に持ち上がった話だけに、薫はこの事を一切聞かされてはいなかった。ただ武の治療を兼ねて、慈園院 保がここにいるのが不思議だったのだ。
「夕麿、保さん、じゃあ頼んだ。朔耶も良いな?」
三人が頷いた。武が立ち上がって薫を別の席に座らせた。
「これからちょっとした実験をする。お前は知らない顔でここに俺と座っているんだ」
「…後で説明してくださる?」
「ああ」
「じゃあ、言われた通りにする」
全員の表情からこれが、何かの意味を持っていると薫は考えた。黙って見ていると武の席に夕麿が座り、横の席……本来夕麿が座る場所に保が座った。そして今し方まで薫が座っていた席に朔耶が座った。
通宗と榊がお茶の用意をして、雅久は夕麿たちの側に控えた。知らない人が見たら夕麿を武と勘違いする…と思い当たって、彼らが何をしようとしているのかが薫にもわかってしまった。無論、薫は新しく来た人物がどういう経歴の人間かは知らされてはいない。けれども武たちは普通ならこのような、嫌がらせにも思える事をしたりしない。何か余程の事情があるのだろうと感じて、兎にも角にもおとなしく状況を見る決意をした。
ただ朝からずっと彼らが話していた事の意味が、大体ではあるがわかったような気がした。
しばらくしてドアがノックされ、幸久が夕麿に促されてドアのロックを解除した。当然ではあるが非常時に備えて雫を始めとして特務室のメンバーは、ここへ上がって来るパスとドアの解錠用のパス、必要なパスワードを与えられてはいる。それでもドアを開けるのに使用するのは、あくまでも非常時のみと彼らは決めているのだ。
もっとも室長である雫と渡米中の貴之は、簡単な連絡で普通に解錠して入って来る。それ自体が彼らが特別扱いである事を証明していた。また御園生の養子である義勝は当然ではあるが、他の3人の医師、清方・保・周もパスを与えられている。もちろん敦紀や麗も持っている。
武の中学時代の同級生である大橋 了介は、ここへ上がって来るパスを許された唯一の平社員だ…とも補足しておこう。
「失礼いたします」
雫に続いて入って来た青年は、室内にいる全員を見回した。秘書たちの席に座っている薫と武を一瞥すると、興味を失ったという眼差しで顔を背けた。
雫は一切ここに居る人間を紹介する言葉を紡がずに、幸久に勧められた椅子に腰を下ろした。この間、誰も言葉を発しないで、知也の動向を冷静に見詰めていた。誰も何も言わない事に焦れたのか、彼は夕麿の前に進み出た。
「お初にお目にかかります、鷺沼 智也でございます」
と頭を下げて言葉を紡ぐと、夕麿が不快そうに横を向いた。驚いて雫を振り返るとすぐ横に控えていた雅久が口を開いた。
「まだあなたに発言の許可が出ておりません。直答の許可も」
「許可…?」
身分の差がある場合と社会的な地位の差がある時では、挨拶などのルールが違うというのを知らないのが普通である。知也も名士の家系で貴族である良岑家と縁戚であるとは言っても、貴族だけが集まるパーティなどに出席出来るわけではない。従って彼は自ら望んで特務室に移動したのではあるが、皇家の人間に対峙するマナーは一切知らないままだった。
「あなたは渡米した貴之の代わりにと、特務室に移動する願いを出したと聞いています。貴族階級には別のルールが存在しています」
前任の大夫だった周も非礼を働く者には容赦がなかったが、現大夫である雅久は更に容赦がない。彼にとっては紫霞宮家に名を連ねる者は、何を置いても守り貫かなければならない存在だった。彼らが雅久に全面的な信頼を寄せているからこそ、これに応えるのも自分の役目であり責任だと固く決意しているのだ。
「雅久」
「はい」
夕麿が穏やかではあるが幾分、低めの声で彼を呼んだ。知っている者ならば皆、彼が怒っているのがわかる。
「その者に直答を許します」
「御意」
深々と夕麿に頭を下げてから、智也に向き直って許可が出た事を告げる。智也は明らかにイラついた顔をした。相手が目の前にいて普通に会話する事に何も支障がない状況で、このようなやり取りをするのはおかしいと感じているのであろう。それが普通の反応なのだと紫霄と御園生邸以外を、殆ど知らない薫には改めて知った状況だった。
智也は武と薫を判別出来なかった。
「何故、このような事をされるのですか」
智也は怒りを隠さなかった。それに対しての夕麿の返答は冷静そのものだった。
「あなただから試したわけではありません。これまでの特務室の人間は、紫霄学院の出身者のみで構成されていました。そうでない人員はあなたが初めてです。故にあなたの覚悟を見させてもらったのです」
「覚悟?」
「そうだ。俺や薫の資料は皇統譜以外では、特務室に特殊な形でしか存在していない。しかも俺たち4人の写真はそこにもない」
「では前以って殿下のご尊顔を私は、知る事が出来なくて当たり前ではありませんか」
知らないものはわかりようがない。智也はそう言って自分に一切の非がない事を主張した。
「あのな…公式にはだ。お前の上司 成瀬 雫は俺の身内だし、顧問の護院 清方は夕麿の従兄だ。他の者にしても俺や夕麿との付き合いは長いんだ。第一、夕麿は稀にだが雑誌に写真が載る。きちんと調べれば少なくとも夕麿の顔はわかったはずだ。警護官なら普通の下調べじゃないのか?」
自分の席に戻った武が溜息吐きながら言う。
「だから劣っているとでも仰られたいのですか」
どこまでも自分の行動が正当であると主張したいらしい。
「どうしてそうなるの?」
薫にはもちろん、武が何を指し示しているのかがわかっていた。
「あのね、私や武兄さまのお写真は、皆さんは普通に持ってるんだよ?」
「え…」
純粋に困った顔をしている薫を見て、智也はようやく自分が何を求められていたのかを知った。
「良岑刑事局長も皆さまのお写真をお持ちの筈だが…」
溜息混じりに言ったのは雫だった。資料がない、写真がない。それで諦めるようでは、特殊な立場にある紫霞宮家の警護は難しいと、武たちは智也にわからせたかったのだ。TPOに合わせて臨機応変な対応を特務室に所属する人間は、瞬時に判断して実行出来なければならないのだ。まして智也はキャリア警察官であって、雫たちのように皇宮警護官の身分までは与えられてはいない。しかも特務室の表向きな役目である、プロファイルにしても彼はまるっきりの素人であるのだ。この移動は他ならぬ彼自身の希望であると刑事局長本人から武たちは知らされていた。
「あなたは特務室で何を担うつもりですか」
夕麿の眼差しは射るように真っ直ぐに、目の前に立つ知也を見据えていた。
「貴之と張り合いたい気持ちだけで望んだのであれば、殿下の伴侶としては大変迷惑だと申し上げます」
以前の薫であれば夕麿の言葉に、イジワルだと言って止めに入った。だが春の襲撃で薫は武を脅かす危険が、どの様なものなのかをまざまざと理解させられたのだ。自分たち4人の為に命懸けになってくれる警護官たちの忠節が、あるからこそ武は今まで生き延びて来られたのだと。
築かれて来たチームワークへの絶対的な信頼を抱いているのは、あの時に雫が駆け付けるのを武が信じていたからだ。成瀬 雫は必ず救いに来てくれる。40名近い相手を前に傷だらけになって久留島たちが闘い続けたのも、武が自ら傷を負ってでも薫と葵を守ったのも、雫への強い信頼があっての事だった。
「私も迷惑です」
薫が常になく鋭い言葉を発したのを見て、横にいた朔耶が息を呑むのがわかった。
「何故に迷惑だと申されますか」
「あなたには皇家に対する尊崇が感じられません」
代わって朔耶が答えた。貴族でもなく紫霄の卒業生でもない彼は、当然ながらそのような教育を受けてはいない為、特務室に移動になったからと言って急に、皇家への尊崇と忠節を持つ事は不可能なのだ。
この違いは警護をする上での大きな障害になるのだと、彼自身が自覚できていないと誰の目にも明白だった。
「そこまでだ」
知也への不信が全員の心尾を揺り動かそうとした時だった。武の厳しい声が空気を切り裂いた。
「これ以上はイジメ以外の何物でもなくなるぞ。俺は別に彼に失格を言うつもりはない。誰にだって最初がある。未経験な事は出来なくてもおかしな事ではないだろう?」
「あ…うん」
話を振られて薫は曖昧に頷いた。
「鷺沼 知也。お前が今の自分の現状を把握して、特務室の一員としてこれから何が必要で何を為さなければならないか。おまえ自身が何をしたいかをよく考えて、見極めていってくれれば良い」
彼を否定しても特務室にも、紫霞宮家の全員にも何も得るものはない。薫は武の言葉で自分が見るべき事を理解出来たらしいのが、傍らにいる朔耶にも見て取れた。自分も頷いて同意を示した。
だが智也の顔を見て朔耶は、浮かんでいる明らかな憎悪の表情にゾッとした。少し俯き加減だった為、多分、武と夕麿には見えていない筈だ。
武の言葉のどこにも彼を否定するものはなかった。にも係わらず彼は自分を否定されたと感じたのかもしれない。それが憎悪の原因であるならばこの先、彼は武と夕麿の為にならない行動に出る可能性があるのではないのか。朔耶が抱いた懸念をおそらくはここにいる全員が持ったと思われた。
「武さま、私事でございますが、ご報告したい事がございます」
「報告?何、改まって?」
先程とは違った砕けた表情の雫に、武が満面の笑顔で応えた。
「先日、ご報告いたしました少年ですが、この度、正式に清方の養子になる事になりました」
「そうか…これで、清方先生もお父さんだなぁ…」
「素直で良い子です」
「今度会わせてよ。PTSDの治療は大変だけど、幸せになって欲しいな」
「ありがとうございます」
「それで手術の結果はどうなの、保さん」
「リハビリを始めておりますが、70%程の機能回復がやっとだと思われます」
「完全に元通りは無理か」
「残念ながら」
「それも含めて将来を考えてやらないとダメなのだろうな」
「御心遣いを感謝申し上げます」
清方と雫が保護している少年の話を交わした後、雫は勉強の為にと言って智也をこの執務室に残して帰って行った。
朔耶は気分がすっきりしないままで、マンションへと車を走らせた。
鷺沼 知也…本当に彼に警護を任せて良いのだろうかと。彼は自分たちとは違う想いの中で生きている人間だと思う。貴族でも紫霄出身者でもない彼は、皇家への尊崇とは遠い世界で生きて来たのだ。彼が望むんでいるのは貴之が欠けた特務室で成果を上げて、自分の方が優れていると周囲に認めさせる事だろう。
皇家への忠義も尊敬も、彼には理解出来てはいない。紫霄関係者でない彼に紫霞宮を失う事の意味も痛手も存在していないに久しい。むしろ警護対象は彼には出世の為のアイテムに過ぎないだろう。そう思うと逆に危険が増したように感じてしまう。雫は彼をどうするつもりなのであろうか。
人間は自分が見ている世界から出る事は難しい。
朔耶にしてもそう遠くない日に死ぬのだと思っていた世界から、手術を受けて外に出たという大きな変化があったからこそ、自分の人生について考えるようになった。周囲の望むままに生きる事が正しいあり方であると教えられていた。幼き頃よりずっと朔耶が生まれて来た意味だと言われ、疑問すら生まれないようにして育てられた。常に優等生で良き兄で、やがては学院都市に閉じ込められる薫の為に生きる。それ以外の生き方は知らなかった。
しかも成長するにつれて心臓の病は重くなり、武たちが学院を訪れた頃にはもう、自分に残された時間は余りないと感じるようになっていた。今はあの想いの中で生きていたのが、夢か幻だったかのように遠くなった。
こんな経験をしたからこそわかる。鷺沼 知也が育てられた環境と両親の言葉に、心を呪縛されたままで生きているのだと。良岑 貴之と彼は従兄弟同士ではあっても、別々の人間であるという事実も多分、彼の固執を解す力にはならないだろう。皇家への想いもなくただ従弟に勝つだけの目的での転属は、最終的には彼の首を絞めてしまわないだろうか。
哀れな事だ……と思うが、本人がその不毛さに気付かない限りは、誰が何をしても言っても心を動かす事は出来ないだろう。
結局は人間は自力でしか自分を救えない。どんなに素晴らしい言葉を聴いても、心が本当の意味で動かなければただ通り過ぎて行くだけだ。
駐車場に車を止めて、朔耶は茹だる様な空気の中に踏み出した。夕刻だというのに気温はさほど下がってはいない様子だ。太陽は西に傾いているが、未だ蒼い空を仰ぎ見る。
2年前はこの暑さが辛かった。時には胸を押さえて溢れ出る脂汗をどうにも出来ず、野外に出る事自体が苦痛だった。昨年は手術のあとでまだまだ体力がなくて、夏の暑さにすぐに体調を崩した。
けれども今年はもう暑いとは感じるがそれ以外の支障はない。些細な事に自分が病気から解放されたのだと実感する。だからこそ知也を気の毒に思うのだ。何とか出来ないものだろうか…と思って、エントランスに入った時だった。
「朔耶兄さん!」
柱の影から月耶が飛び出して来た。
「月耶?」
驚いて振り返った朔耶に眼に映ったのは、目を紅く染めた弟の顔だった。
「御園生邸にいたのではなかったのですか?」
上部階への専用エレベーターへ誘いながら言葉を紡ぐと、月耶は今にも泣き出しそうな顔を隠すように俯いた。
「兎に角、話は部屋で聞きましょう」
「あの…周先生は…いるの?」
「周?彼は今日は当直で帰って来ません」
そう答えるとホッとした顔をする。周には聞かせたくはないらしい。もっとも月耶が悩む事と言ったら、大抵は下河辺 行長の事だとわかっている。彼も確か、御園生邸に滞在していた筈だった。
「それで?」
取り敢えずリビングのソファに座らせてお茶を淹れ、朔耶自身も向かい側に座って口火を切った。
「うん…」
紅茶の入ったカップを握り締めて、月耶は唇を噛み締めるようにして俯く。急がせてはいけないと思った朔耶は、黙ってカップを手にした。もっとも弟の恋愛相談に乗れる程、朔耶にも経験がある訳じゃない。未だ悩みは深いままだが、兄として弟が悲しむ姿は見たくはないのだ。
「初恋の相手には…勝てないのかなぁ…」
「初恋の相手?」
問われると朔耶も不安になる。周の初恋の相手はもちろん、従弟である夕麿だ。透麿に身代わりだと言われてあっさりと信じたのは、その事を知っていたからだ。しかも朔耶にとって夕麿はとても追い付けない大きな壁だ。どんなに頑張ったとしても、あの気高さには絶対に勝てはしない。もし自分と彼を比較すれば、余りの差に絶望しか感じないだろうと思う。
「お前と夕麿は違う」
身代わりが欲しいのではないと周が言ってくれるから、敢えて自分と夕麿を比較するなどという愚かな考えを持たずにいられるだけだ。
月耶にしても同じ筈だ。武は自分たちでは到底、手の届かない相手…尊き皇家の一員なのだ。だが月耶の気持ちもわからない訳ではない。そもそも弟は『武に似てる』と言われて、行長に構われて来た事実がある。しかも武を想う余りに飲酒が過ぎた行長に、間違えて押し倒され唇を奪われた事実がある。
どう答えて良いのかと朔耶が戸惑っていると、月耶はそのまま言葉を続けた。
「ここのところずっと先生は、武さまの為に何かを調べているんだ。夜中になっても部屋の灯が見えるし…いつも忙しそうで俺、薫の君たちと御園生邸に戻って来てから、殆ど先生と話らしい話をしてない」
良岑 貴之が不在の今、武が必要とする情報を最も手に入れられるのは、紫霄の情報網を受け継いで来た行長しかいない。本来は生徒会執行部の誰かに引き継がれるそれは、行長が学院都市に残っている為に、従来のそれよりも規模が縮小された状態で継承されている。貴之の情報網と星合清治がかつて持っていた情報網には、到底規模が及ばない状態で行長も受け継いだのだと言う。
逆に清治の情報網を受け継いだ貴之のそれは、彼自身のものと合わさって今では、誰も追従できる者がいないと言われている。だからこそ行長は苦労しているのではないだろうか。
今、行長が調べているのは恐らく、鷺沼 知也の事だろうと思われる。貴之が渡米中だというだけでなく、さすがに身内の事をあれこれと報告させる訳にはいかないだろう。武と夕麿なりの気遣いだと行長も、わかって動いていると考えられる。となると、一概には彼を責める事は朔耶には出来ない。
朔耶は現状を把握している人間の一人だった。だが言っても月耶にはわかるまい。紫霞宮家の周囲にいる紫霄在校生で、御園生等の企業関連に関わりがないのは月耶と静麿の二人だけだ。
静麿はまだ中学生で、アルバイトは無理だとわかっている。だが月耶は将来、薫の側近となる人間の一人なのだ。色恋の悩みは他の重要な事を忘れて、相手の動向に心を全て向けてしまう。これは朔耶自身が身に染みてわかっている。
どうすれば良いのか。
何を言えば良いのか。
悩んでいる弟の心を少しでも軽く出来る方法はないのか。まだまだ自分の事で手一杯の朔耶は、弟の悩みに何も言えない自分を情けなく思った。
「周先生はどうなの?」
「夕麿さまの事は本当にふっ切れているようですし、間違ってもあの方と競争しようとは思いませんね。絶対に敵わないのがわかっていますから」
アルバイトをしてみてよくわかった。高等部の生徒会長として在任中から伝説と呼ばれた彼は、実際にはそれ以上の実力の持ち主だと。同じ年齢になった時に同じ事が出来るかと問われたら間違いなく首を振る。絶対に敵わない相手と言う存在が、世の中にはいるものだと実感させられたのだ。
そういう意味では武も同じかもしれない。企業経営者としての閃きもさることながら、あの他者を惹き付けてやまない強烈な魅力は、やはり皇家直系の血ゆえのものであろうか。確かに如何に似た性格をしているとはいっても、あれと比較されるのはたまらないだろう。
「おとなだな、兄さんは」
「まさか。自分の子供っぽさに時々うんざりしていますよ」
「そうなのか?」
「ええ。まあ、周で面倒なのは在学中の相手と遭遇した時ですね」
「在学中の相手って……会ったの?」
驚きながらも興味津々に、身を乗り出すようにして問う弟に苦笑した。
「会いましたとも、昨年秋の学祭」
「あ…そっか」
「周もロスから帰国後は忙しくて、昨年が初めての参加だったそうです。彼が来ていると瞬く間に広がったらしくて、二人で歩いている最中にかなりの人数に囲まれました」
「うわっ、何それ…怖っ!」
「しかも周は彼ら一人ひとりの名前を、きちんと記憶していました。あの様子ではきっとベッドの中の事も記憶しているでしょうね」
「に、兄さん?」
言葉を紡ぐ朔耶の背後で真っ黒な炎がゆらゆらと揺れているように感じて、月耶は思わず腰を浮かせる。
「周に隠れて嫌みを言ってくれたのもいましたしね」
「それ…どうしたの?」
陰険そのものの笑みを浮かべた兄に嫌なものを感じて、月耶は恐る恐る問い掛けた。
「その辺りは10以上も離れた年下の特権ですから、周にありのまま言われたままを報告させていただきました」
「どうなったの?」
「さあ?周が彼らに何を言ったのか、言わなかったのかは知りません。でも以後は顔を見せなくなりました」
「………兄さんは何を言われたわけ?」
そう言われて朔耶は彼らが口にした不快な言葉を思い出した。
『周さまはね、結局は本気にはなられないよ?』
『可哀想に…信じていたら傷付くから、今のうちに諦めておいた方が幸せだと思うよ』
『そんなに本気になって…哀れだね、あなたは』
哀れまれたのが一番腹が立った。今口にしても口惜しい。
「なんだか周先生の過去が丸わかりだよなぁ、それって」
「昔の事情はある程度聞いていますから、私も彼らと同じになれば良いと考える根性に腹立たしいのです」
「それだけ周先生の本気が伝わったからじゃないの?」
「さあ?私は彼らではありませんから、そこのところはわかりません」
わかりたくもないと言外に匂わせると今度は月耶が苦笑する。
「でもさあ、兄さん」
「何です?」
「そういう人たちの言葉は信じないのに、どうして春のあれは信じちゃったのさ」
「それは…」
周の自分へのああいった想いは多分、今も消えてはいないだろう。それを考えると胸が痛くて苦しい。
「兄さん…?」
膝の上で手を握り締めたまま、俯いた兄を見て月耶は戸惑った。周との生活はそのまま続いているし、朔耶も元気そうに見える。だからもう解決出来たのだと月耶は思い込んでいた、たった今まで。けれども目の前の兄の状態を見ていると、自分の勝手な解釈だったと後悔した。
「他の誰かが勝手に言っているものを信じるのは、とても愚かしい事だと昨年の夏に思い知りました。でも…あれは周自身の言葉だったのですよね?」
「ああ…俺、薫の君からそう聞いた」
「あなたや薫さまが嘘を言って、何か利益があるとも思えません」
だから信じたのだと言外に匂わした兄に、月耶は更に重ねる言葉を失う。
「そんな顔をしないでください。あなたは何の責任を感じる必要もないのです。これは私と周の問題で誰かが何かをしてくれたとしても、簡単に解決出来るものではないのです。
大丈夫、私はこんな事に負けたくはありません」
先程の様子を見る限りは、まだまだ解決には遠いのだろうと月耶は思う。でも道を探そうとしている兄に尊敬の念まで感じた。
「そっか…でもさ、愚痴を言いたくなったら聞くよ?俺なんか聞くだけで、何の役には立たないと思うけどさ」
「ありがとう、月耶。私は好い弟たちに恵まれて幸せです」
柔らかな笑みを浮かべた兄を美しいと感じた。
「兄さんてさ」
「なんです?」
「やっぱり美人だよな」
「なっ…」
音がしそうな勢いで朔耶の顔が染まった。
「周先生の事を話す時は特にな」
重ねるように言葉を紡ぐともう、朔耶は身の置き所がないという風体で困り果てている。
「俺…兄さんには幸せでいて欲しい」
月耶は月耶なりにこれまでの兄の姿に、何も疑問を感じずに生きて来た自分を悔いていた。もう一人の兄 三日月はちゃんと気付いていたのにだ。
「ありがとう。でも兄としてはあなたにも三日月にも、幸せになって欲しいと願っています」
兄弟が兄弟を想う。それは血の繋がりの濃度ではないのだと、義兄になった清方の情に教えられた。彼はそれこそ30年以上の歳月、一度も会った事がなかった弟たちとの関係に懸命に努力して来た人である。彼らは朔耶も弟として普通に受け入れてくれている。同時に昨年の事件で血の繋がり故の執着を見てしまったからこそ、朔耶は自分の周囲を見詰めなおすきっかけになった。
実母よりも義理の母 高子、異父弟よりも義兄 清方。血が繋がらない二人の方が、どれほど朔耶の心を支えてくれただろうか。ひとつだけ気にかかったのは、間に立たざるを得なかった三日月であるが、これも後によく話し合った。
「いいよな…俺はそんな風になれるんだろうか、いつかは」
笑顔をけして誰に言うとなく、月耶が悲しそうに呟いた。
「俺にとって武さまって、恋敵と言うよりも宿敵って言った方が当たってる気がするんだ。でも連戦連敗で引き分けにすらならないんだ」
「いやそれは…」
そもそも武は同級生だった、下河辺 行長の自分への想いは知らない。勝負も何もある意味で武の完全な不戦勝なのかもしれない。
「でもさ、だからって諦めたくないんだ」
「それはあたりまえでしょう?」
あっさりと諦めて捨てられるならば、こんなに苦しくて悲しい想いはしない、と朔耶も自分の周への想いを重ねて考えた。
「俺、結局ダメになったとしても、このまま先生を想い続けて良いのかな?」
「誰も誰かを想う心を止める事は出来ない筈です。義兄と雫さんのように、長い間にかけて引き裂かれても、心までは引き裂かれなかった例もあります。苦しくても辛くても好きな人を好きでい続けたいのならば良いのではないですか」
そう、どんな事態に陥っても、清方と雫の辿った道を思う時、人の心の真実を信じて良いのだと励まされる。
「うん、わかった。なんか元気が出た、ありがとう」
顔を上げて笑顔になった弟を愛しく思う。辛くない筈がない。でも諦めないと言うのならば、少しでも気持ちが晴れるように心がけてやりたい。
護院家では末っ子でも、朔耶はやっぱりお兄さんな性格だった。
翌日も知也は執務室に詰めるように命じられて、武たちが忙しく働く現場で警護に就いている。
朔耶は昨日の彼のあの表情を見ているだけに、何がどうと言う訳ではないにしても不安な気持ちは消えなかった。
午後になって受付から来訪者を告げる知らせを受けて、朔耶がホールまで出迎えに降りて行くと待っていたのは行長だった。
「先生、いらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
「武さまがお待ちです、どうぞ」
社内で『上』と呼ばれる武たちの執務室には、専用エレベーターのセキュリティカードがなければ上がる事すら不可能だ。然るべき手続きを踏むか、期限と制限付きのカードを役職を持つ者に出してもらうかだ。そのカードは智恭たちが詰める、経営スタッフルームの前に設置されたセキュリティ・ゲートまでだ。立見 美聖の事件より、強化された部分であった。
もちろん執務室のドアにも以前よりも、セキュリティ機能の高い物が設置されている。これのパスワードは一人ひとり違う。カードとパスワードの双方が合致しなければ解錠はされない。
普段、紫霄の教師として都市内にいる行長には、当然ながらどちらも与えられてはいないのだ。
「朔耶さま」
「はい」
「その…月耶の事でいろいろとご心配おかけしていると思いますが、私としては不誠実なつもりではありませんが、上手く説明出来ていないようで」
行長本人が困惑しているのがわかって、朔耶は安心半分で苦笑して見せた。
「いえ、あれはまだ子供ですので、ご迷惑とご心配をおかけして申し訳ございません」
「ありがとうございます」
教師が元教え子に敬語を使用する。紫霄以外ではなかなか観られない光景だとは思う。外の大学に行ったからこそ、知らなかったものが朔耶には存在した。
「どうぞ、先生」
執務室のドアを開けて行長を先に通し、自分も入ってからしっかりと施錠する。ここのドアは敢えてオートロックにしていない。内側からしっかりと施錠して確認する方が、機械の誤作動などによる施錠ミスを防げるからだ。同時に個々の手で行う事によって、防犯の意識を高める効果もある。外から中への開錠が完全に機械任せになっているからこそ、内側からは人間の手でという方法を薦めたのは他ならぬ貴之であった。外側の施錠は機械と人間の双方で行うようになっている。
行長が入室したのに対してすぐに知也が反応した。
「氏名を聞かせてください」
何度もここへ足を運んでいる行長は、いきなりの誰何に目を丸くした。
「鷺沼さん、彼は良いんだ」
一緒に詰めていた成美が声をかけた。
「何が良いんですか」
「考えていただけませんか?わざわざ朔耶さまが迎えに降りてくださったのです。誰何が必要な人物をここに案内する筈がないと」
成美は心の中で毒付いていた。今までの特務室の構成は全て、紫霄の出身者で固められていた。春に移動になった一色 久弥も紫霄出身者だ。武の代の副会長であった下河辺 行長は有名であるし、現在は高等部の教諭として紫霄出身者ならば見知っている。正直言ってこの調子で誰彼となくこの執務室へ入る人間を疑う姿勢をとられたら……いや、外でもどこでもこの様な態度をされたら逆に、あちこちで支障が起こってしまうのではないだろうか。
「彼は俺や武さまの同級生で、現在は母校である紫霄学院の教師です」
「教師?その教師がここに何の用で来る?」
どうにも融通の利かない男だとウンザリしていると、武が行長を手招きした。
「俺の依頼したものを持って来てくれたんだ。この執務室には身元がはっきりしている人間しか通していない」
「ですが以前、その身元がはっきりしている者が、殿下を襲ったと伺いましたが?」
あんな奴と行長を一緒にするなと武が溜息吐くと、今度は夕麿が口を開いた。
「立見さんの事ですね。当時のここのセキュリティは今より簡単なものでした。同時に私は2年先輩の彼をよく知ってはいなかったのです。従兄の久我 周から危険な人物だと聞かされた時には手遅れでした」
彼が周の同級生である事は知っていたのだ。夕麿が高等部に進学した時には彼は、既に白鳳会に所属していた為、殆ど接触がなかった。ゆえに名前と顔は見知ってはいても、人となりまでは知らなかったのだ。
「それが油断だと言っているのです」
「顔見知りと友人は違うと思うが?」
もし自分がいたら…影暁は改めてそう思うが、実際には自分はまだいなかったのだから、もしもを考えても意味がないと考えた。
「そうですね。立見さんはそもそも、我が社との共同プロジェクトで来ていた人です。出入りしていたのも双方の橋渡しとして。けれども一度も彼が勝手にこの部屋へ入れるようにした事はありません」
それでも紫霄での話が花開いたのは、やはり雅久の記憶の問題があったのだと夕麿は思う。ただ貴之は幾分、自分たちよりも彼を知っていた気がするが、それでも彼の危険性までは知らなかった様子だった。何かの隠蔽が行われ貴之の情報網にまで及んでいたとなると、時雨 圭の恋人の一件の真実が最近まで判明しなかったのも頷けるのだ。
「ですから甘いのです、皆さまは」
「俺は出来れば、友人までは疑いたくはない」
板倉 正巳に裏切られてもなお、武は友人たちを信じたかった。まして行長は夕麿が卒業した後の武を、懸命に支えてくれた友人の一人なのだ。
「兎も角、彼を疑うのはやめてくれ。どの様な人間であるかは、雫さん自体が良く知っている」
「わかりました」
流石に雫の名を出されては、知也は黙るしかない。だが朔耶は再び彼が武を憎悪の眼差しで、見詰めているのを目撃してしまったのだった。
始業から1時間程経過した頃、成美に雫から連絡が入り、訝る知也を連れて引き上げて行った。午後一で夕麿が取引の為に外出する準備をする為だった。
警護には経路の安全確保も含まれている。だが常にこれが行えるだけの人員が特務室にはない。今日のようにかなり以前から、予定を組まれている場合には人員を削って経路の確認に向かう。就業時間までは武も薫も動かないとわかっているがゆえの判断だった。
知也がいなくなって執務室の全員が、ホッと息を吐いた。
「哀れな人ですね」
彼が立ち去った後のドアを眺めて、行長が誰に言うとでもなく言った。
「彼は自分の苦しみの原因が、己自身を含めた全てを愛せない事だとわからないのでしょうね」
「何だ、下河辺。そのジジィのような卓越した言葉は?」
「あなたには言われたくありませんね、武さま。私には私の悩みがあったんです、いろいろと」
今でも武は彼に密かに想われていた事実を知らない。
「ある時期までの私もあの人と似たようなところがありました。もっとも貴之先輩のような明確な競争相手がいなかった分、まだましであったかもしれません」
行長の遠い眼差しにそっと朔耶と薫は視線を合わせた。
「私は中等部から紫霄に入りましたが、亡くなった祖父はずっと私に誰よりも優秀である事をのぞみました。
……まるでそれ以外は存在価値がないとでも言うように」
「それは…あんまりだな」
武は母の為に常に優秀であろうとした。自分が望んだ事であるゆえに、何かの苦痛や苦悩を味わっても、選択したのは己だと言えた。だが他者、それも家族の誰かに強要されたならば、目的も意味も本人は見えないままで先へ先へと進み続けようとするのではないのだろうか。
「だから私は夕麿さまを自分の理想像にしたのだと今ではわかります。私はそのまま夕麿さまと同じになりたいと思っていたのかもしれません」
「それは無理でしょう、下河辺君?」
誰も誰かにはなれない。一切の記憶を失ったからこそ『自分』を懸命に捜し求めた雅久には、誰かを追いかける行為が虚しく悲しいものだとわかっていた。
雅久は過去の自分、消えた記憶の自分にすらなれなかった。
「ええ、無理でした。私は私で、夕麿さまは夕麿さま。翌檜が檜になれないのと同じでした。それでもなれないならばせめて、お側にいても恥ずかしくないようにと懸命になりました。出来ているつもりでした。
高等部進学の時も私は特待生の成績には至らなかったものの、学年トップとして入学式に同じ壇上に立てる事を喜びました」
この言葉に息を呑んだのは武だった。中等部から高等部への進級は、特待生と一般学生との振り分けやクラス編成の為の試験がある。高等部からの外部編入者だった武には特待生だけではなく、一般学生のクラス編成にも成績が関わっていると知らなかったのだ。
「私のその想いは打ち砕かれました。私は遥かに高い成績で編入された方に、あっさりと負けてしまいました」
失意の行長をさらに打ちのめしたのは、トップが壇上に上がる事を拒否した事だった。もちろん今は人見知りの激しい武には無理だったのだとわかる。しかし当時の行長にはそんな事はわかる筈がなかった。だからこそ惨めだった。
ただ一人の特待生として武は、行長が憧れた夕麿の側にいた。武が庶民育ちで御園生財閥の当主と結婚した女性の連れ子で、父親がいない私生児だというのも行長に武への嫌悪を増長させた。
「自分の不甲斐なさを認めたくはなかったのだと今の私は思います。でも当時は全てを武さまの所為にして、自分の非を認める事も受け入れる事もしませんでした」
過ぎた事、身勝手な思い込みだったと今は悟ったゆえに、武と夕麿を目の前にしてこんな昔話を口に出来るのだろう。
朔耶はというと行長の想いの深さのようなものを感じていた。
「でも…武さまはとても健気で一所懸命の方で、夕麿さまも一途に想われていらっしゃるのを見て、私は私の感情が次第に矮小で汚いものに感じられるようになったのです」
どうしようもない気持ちになって一人見上げた空を見て、行長はある日、自分の間違いに気付いた。己の存在を『矮小』と思うのは、もしかしたら神々へのとんでもない不敬かもしれないと。
「不敬?何故、そうなるんだ?」
「神々は万物にとっての父であり母です。武さま、ご母堂 小夜子さまにご自分はとるに足らない、ちっぽけな存在だと仰られたならば、あの方は何と仰られますか?」
「え…滅茶苦茶に叱られるだろうな」
「神々が万物父母であるならば、同じようにお思いになられるとは思われませんか」
「ああ、なるほど」
例えられて武も行長が言いたい意味がわかった。
「確かに宇宙は広く、この世界には数多の存在がひしめき合っています。では私たち人間はなにゆえに、天を仰いで自分を見詰める事ができるのでしょう」
人間だけが明日を憂い、我が身を憂う。その違いはどこにあるのだろうか。そう考えた時、行長は一つの結論を出した。
「人間が人間である事自体は神々が、この宇宙が望んだ事ではないのだろうかと。私たちがいろいろと苦悩するのは、結局は自らの行為が原因です。憎しみも恨みも嫉妬も、感情を抱くのは己ではありませんか。
ならば私が私を矮小だと思うのも勝手な思い込みで、私がこの世界に生きている事を望み許してくださっている神々に対する、とんでもない不敬であるのではないだろうかと思い至ったのです。
だから私は教師になる事を決意したのです。
武さまが紫霄を変えようとなさっている。それは自分を小さいと思い無力だと感じている生徒たちを、神々の望まれたままに解き放ちたいと思ったからです」
自分の想いや願いが武のそれと合致した瞬間、行長は自分が武に『恋』という形で強く惹かれている事に気付いてしまった。夕麿という自分の理想と仰いだ人物が、深く愛する方を愛してしまった事に。
自分は夕麿にはなれないのは既に痛いほどわかり切った事実。誰にも話せず、片鱗すら見せてはならない想いに、行長は苦悩しながらも歓喜した。たとえ叶う事がなくっても、誰かを想う事はこんなにも熱いものであるのかと。初めて自分が生きているというのを実感し、人生と向き合う意味を知ったからであった。
だからこそ知也を哀れに思う。自分が高等部時代に悟った事を、彼は未だに見付けられないでいるから。誰も愛さないという事は、誰にも愛されないという事だ。何故ならば誰かが想ってくれたとしても、自分が愛せない故に誰の想いも信じられないからだ。もし彼が宿敵ライバルだと思う貴之という存在が消えたとしたら、彼は自分の立ち位置すら失ってしまうだろう。
現在の彼は貴之という存在があるからこそ、自分の足元が存在しているのだとはわからないのだ。さすれば苦悩も苦痛もただ無闇に彼の心を占領し続ける。
行長は自分の武への恋心を省いた部分を、授業で生徒に話すように語った。
「成る程な。何となくはわかる気がする」
武の納得が中途半端であるのは、肝心の恋心を知らないゆえだった。だが知っている者たちはこの10数年間に、彼が辿った想いに無言で敬意を表した。
「そして最も私が身に沁みたのは、自分は自分にしか救えないのだという事実でした。誰にどの様な素晴らしい言葉を何億回聞かされたとしても、本当の意味で納得したり理解して受け入れるかどうか、実践するかどうかは自分の問題なんです。
辛くても苦しくても努力するか、嫌なものはイヤだと楽な方向へ逃げるかは、誰かが決めるものではないでしょう?自分をどこか高い位置に置いて、他者を見下すのも逃げでしかありません。
現実を歪めて幻想で埋めて逃避するのも自分の『都合』という、楽を求めているだけに過ぎないでしょう。私もここまでの事に気付けたのは、ごく最近なのですけれど」
「難しいな、それ。俺はまだまだそんな事は考える処にまでは行けてない」
紫霄編入からずっと武の人生はまさに、息つく暇もない程の状態である。何が正しいのか、自分の存在する意味すら見失う事がある。
それは行長も理解していた。いつか、武も自分の人生の本当の何かを見付ける日が来ると信じたかった。
昼食前、二人を伴って雫が執務室にやって来た。
「んじゃ、昼食はここへ運ばせよう」
武の言葉で智恭たちが全員分の食事を、地下の社員食堂から運んで来た。
「で、雫さん、何か報告?」
午後一で出る夕麿の迎えならば、時間も行く先も全て知らせてある。故に彼が直接来る必要はない。
「佐田川の息がかかった者が、紫霄学院にいる可能性が出て来ました」
「人数は?」
「一人…もしくは二人。それ以上ではないという事しかわかっておりません」
「下河辺、お前は?」
「今のところ、私の情報網には引っかかっておりませんが、早急に探らせましょう」
「頼む。今は夏休み中だが、新学期が始まると何某かの行動に出る可能性があるな」
「私もそう睨んでおります」
「雫さん、特務室の人員不足は今は致し方がないとしても、都市警察を動かしてでも警備の強化は出来ないのですか」
武の怪我を防げなかった事実を前にしても、この春からの増員は2名。だが渡米した貴之と警察大学へ戻った逸見の埋め合わせにしかなっていはいない。それが夕麿には歯痒く感じられていた。
「薫、帰ったら葵にも言っておくが、学院の中では十分に気を付けてくれ」
「うん」
「それから、静麿の方も警護を頼む。今やあの女には夕麿以上に彼が邪魔者だろうから」
「承知しております」
「雫さん、引き続き私の方からも増員の要求を出しております」
受理は一応されてはいるが一向に改善の兆しすら見えないのが、大夫の任にある雅久には腹立たしくて仕方がなかった。
「これで公務が来たら厄介だな」
「こちらの現状を伊佐さんもご存知のようですから、出来得る限り割り振りが来ないようにしてくれているのでしょう」
外務省官僚の伊佐 隆基は、紫霞宮の公務専属の担当者である。彼も紫霄の出身者で、武の置かれている状況の良き理解者であった。
「以上です」
「了解。………ところで、あっちに動きは?」
「今の所はございません」
「それなら良い。でも雫さん、絶対に深入りはするな。貴之先輩の渡米は、半分は身の安全を図る為だろう?」
「お気付きでしたか」
最初は半年の予定だった研修をアカデミーでの研鑽という、今までにない試みの対象にしたのは2年という時間が、彼をターゲットから外す為でもあったのだ。
「狙撃者は死んだ。でも他の手は考えられるだろうからな」
「そうですね。刑事局長が庇わなければ、確実に貴之は死んでいたのではありませんか」
夕麿自身言葉にすれば、背筋が冷たくなる。
「そうですね、狙撃者の腕は私も良く知っております。彼ならば確実に心臓に当てていたと思われます」
年末の良岑 芳之が狙撃された事件の真相は、関係者以外には知らされてはいない。当然ながら知也も初めて耳にする事で、このやり取りを息を呑んで聞いていた。
「お陰で根っこにいる奴が誰かはわかった。恐らくは代々の特別室の住人の生命を絶って来たのものな。俺の代で終わらせなきゃいけないとは思う。さもないと薫にまで奴らの凶手が及んでしまう。
いずれ決着を付ける時が来ると俺は信じている。だから雫さん、今はあれに触れるな、近付くな。もう誰かが殺されるのはごめんだ」
「心得ております」
朔耶も柏木教授が凶弾に倒れるのを目撃した。武の表情も見た。
終わらせる時が来る。武の言葉に光と同時に恐怖も感じてしまう。その時に全員が無事でいられるのであろうかと。
「取り敢えずは新学期からをどうするかだな。久留島は学校へ戻るんだろう?」
「9月からになります」
春に逸見 拓真が学校に戻った。
「千種 康孝を代わりに派遣する事になっております」
「そうなると外が手薄になりませんか。武さまと夕麿さまが別々にお出ましになられる場合、現状では最低でも2名は警護に就いていただかないと…春の一件もあります」
外へ出なければならないものは出来得る限りは影暁が引き受けてはいるが、相手によってはどうしても武か夕麿に会って商談がしたいと思う者がいるのだ。そうなると武を守る為に夕麿が出る事になる。しかも武の腕の怪我は未だ加療中である。
昨日のように周か保が往診に来る事があるが、二人も決して暇な訳ではない。検査が必要な場合もある。必然に武は病院へと向かう事になる。貴之がいたならば彼ひとりで、2名以上の働きは出来た。
「出来るだけ俺は動かないつもりではいるが、そうも言ってられない事もある。せめて…あと数人は欲しいな、人員が。
雫さんにも休暇は必要だし、そうなると手詰まりだろ?」
「はい。薫さまと葵さまがせめて同じ高等部に所属されているならば、もう少しなんとかなるのですが」
2学期には学祭もある。招待状がなければゲートを通過できないとわかってはいても、外部からの人間が多数往来する状態になる。知也以外のここにいる者たちには、全く頭が痛い問題だった。
「私を抜きにして話すのはやめていただけませんか」
耐えかねた知也が声をあげた。
「抜きも何も、君は紫霄学院にも学院都市にも入れない」
答えた雫の声は物静かだった。
「皆さまが入られるのにですか?」
「そうだ。君は紫霄の出身者ではないから、秋の学祭の卒業生訪問日にも入る事は出来ない。まして普段はもっと不可能だ。従って我々は薫さまと葵さまの学院内の警護については、君を抜きにして話をするしかない」
引き続き淡々と語る雫に、知也は苛立った顔を向けて尚も食い下がった。
「だから、それが何故かを訊いているんです」
どうやら彼は紫霄学院の特殊性を知らないらしい。
「あなたは…誰にも紫霄の事、聞かされていないのか」
驚いた影暁が声をあげる。
「全寮制で元々、貴族や皇家に連なる方が入学されるというのは知っています」
その返事に全員が互いに顔を見合わせた。
「そない言わはるところ見ると、武さまが狙われはる訳もわかってはらへん…という事になりますな」
何も知らないで特務室を希望したのかと、言外に幾分棘を含んで榊が言った。
「紫霄学院及び学院都市と呼ばれる地域に入るには、幾つかの条件があります」
そう答えたのは薫だった。
「高等部現生徒会長としてお答えします。紫霄は本来、卒業者にも門戸を開いておりません。学院は完全な閉鎖地域であり、在校生以外は教師と理事資格をお持ちの方のみに許可されています。特務室の皆さまは紫霄の卒業生であると同時に、皇宮警護官の身分も所持していらっしゃいます。また学院の経営に参加される理事としての資格もお持ちです」
特務室に所属している者が学院側の嫌がらせで、排除されるような事がないようにする為に、武は全員の理事資格を手に入れていた。
「特務室にいるのではないけれど一人、卒業者でも皇家とも関係がない人間が入れるけどな」
武が苦笑いを浮かべて答えた。
慈園院 保。彼は武の周囲で唯一、紫霄出身者でないにも係わらず、学院内に出入りが出来る人間だった。もっとも彼は弟 司と恋人 清治の命日に温室へ出向くくらいで、帰国した赤佐 実彦と共に足を運んでいる。
「保さんの場合は墓参りですからね、特例と言えるでしょう」
状況を黙って見詰めていた行長が初めて口を開いた。
「鷺沼君、君は警察官僚で現在の身分は警視正だが、皇宮警護官の資格までは有してはいない。俺が初めて武さまの警護に就かせていただいた時は、理事資格までは持ってはいなかったが、卒業者で警護官である身分故に選ばれた事実がある」
もちろん雫が武の元伴侶候補であったのも理由であるが、ここで敢えて言う必要はなかった。
「君の職務は現状では特務室のもう一つの役目であるプロファイルの手伝いになる。無論、警護の任もやってはもらうが、あくまでも現在の階級に関係なく、補助的な立場になる」
「鷺沼さんは部外者がおられる場所でこんな話をと思われているかもしれませんが、警護の計画などについては時と場合により、皆さまと一緒に対策を考えるのが特務室のありかたです」
「紫霞宮殿下と御園生家は、特務室に多額の寄付をされています」
「自分たちを守ってもらう為の組織だ。金銭的な不自由があって身動きが取れない…では本末転倒だと思うからな」
警察の組織としては余りにも特殊過ぎる。それが特務室であると全員が認識しているからこそ、安易に人員を増やせないでいるのもわかってはいるのだ。
「私たちはあなたを排除したい訳ではありません。むしろ警護官の資格を得られて、一刻も早く武さまや薫さまの警護に就いていただきたい。今が比較的穏やかであるのは、あちらが手駒を一度に失ったからに過ぎません」
夕麿に真っ直ぐな目で見詰められて告げられ、知也は息を呑んで言葉を失った。
「現状では武さまが外出を控えられなければなりません。お怪我の治療もありますし、伴侶としても臣下としても、大変申し訳なく心苦しく思っております」
恭しく武に対して首を垂れて言うと、知也は驚いたように雫を振り返った。だが彼が目の当たりにしたのは、右手を胸に当てて夕麿よりも恭しく首を垂れた上司の姿だった。見回せば薫以外が同じ姿勢をとっている。
知也には完全な異世界だった。
「武兄さま、私と葵が学院に戻ったら、本当にどうなさるの?」
このままでは本当に武が身動き出来なくなる。
「う~ん、出来るだけ動かないか、夕麿と一緒に行動するしかないだろう」
「ですが場合によっては、夕麿さまの警護も難しくはありませんか」
しばらく考え込んでいた成美が言った言葉に全員が雫を見詰めた。
「と言うより雫さん。今以上にあなたの休みがなくなるのではありませんか」
それは誰もが気付きながら、口に出来ない状況だった。
「それなりに休んで折りますので、どうぞお気遣いなく」
休みなど必要ないとまで思ってしまっているのが、今の雫が置かれている現状だった。
「朔耶、清方先生は何て言ってる?」
本人の口よりも身近な人間が詳しい…と判断した武に薫も頷いて返した。
朔耶は雫と武を交互に見ている。雫が知られたくはない事を口にするのは、朔耶としても憚られるのであろう。だがこのままではいけないと言う事もわかっている筈だった。
「朔耶、言って」
薫の言葉に彼はもっと困った顔をした。それを見て薫も次の言葉が見付からずに黙ってしまった。
「朔耶、紫霞宮として命じる。成瀬 雫の現状について、お前の義兄 護院 清方は何と言っているか、今すぐに俺に報告しろ」
冷たくて硬質の響きを持った武の言葉に、真っ先に息を呑んだのは夕麿だった。
薫は思い出した。以前、何かで腹を立てた武が夕麿に、「いい加減につまらない事を言うのをやめないと命令してやめさせるそ」と言った事があるのを思い出した。あの時の夕麿は表情を強張らせて、武に対して臣下としての態度で謝罪していた。同時に武本人は本当にやむを得ない時だけ抜く、伝家の宝刀とも言うべき行為であるのだろうとも。
彼が決して喜んで命令を口にしたのではなく、この場合はむしろ朔耶が真実を告げても、武の命令で仕方がなくの行為だったと周囲を納得させれる。朔耶本人には何も罪がないのだと後で誰かが、責めたりする事がないようにという配慮だと薫にもわかる。
夕麿が真っ先に反応したのは命令の意味も理由も発した武の気持ちも、ここにいる誰よりも理解しているからだろう。
誰かの上に立つ事は決して楽な事ではない。特に何某かの特権を得る事は、同時に数多くの何かを時には失い、時には痛みを持って犠牲にする事だ。
皇家の血を受けた者。その事実を薫は当たり前の事として享受して来た。何かを失った自覚もなく、何かを犠牲にした記憶もない。
「あ…」
そうではないとたった今気付いた。今まで朔耶が全て肩代わりしてくれていたのではないのかと。だから気付けなかっただけではないのかと。彼が薫を護り自分の人生さえも犠牲にしてくれていたのだ。
武が庶民育ちだから様々なものを失い、犠牲にして来たのではないのだ。彼はこの現実に逃げずに向き合って生きて来ただけなのだ。
どれだけ自分が無知で愚かであったのか。悟った事は今の薫には余りにもショックだった。
「薫…?」
思わず涙ぐんだ薫を見て、武がギョッとした顔をして夕麿を振り返った。彼は穏やかな笑みを浮かべてから、少し険しい表情になって首を横に振った。
昔からの二人を見て来た者たちには、それは見慣れた当たり前の光景だった。
「あ…いや、その…ちょっと関係ない事を思い出しただけだから」
まるで武を責めたようできまりが悪い。
「…義兄だけではなく、義母も大変心配しています」
「朔耶」
躊躇うように口を開いた朔耶に、雫は咎めるような声を上げた。
「私だって心配なんです」
雫の代わりはどこにも存在しない。
「俺もそう思ってる」
「武さま」
「雫さん、あなたは俺たちの警護をしてくれる者の長であるけど、その前に俺の数少ない血の繋がった身内だって事を忘れてもらっては困る。
大切な存在に血が繋がっているかどうかは、確かに関係はないだろう。それでも俺は自分の血縁者がもう、余り残っていないのを悲しく思っているんだ。幾らあなたが健康で丈夫でも、誰にだって限界はある筈だ」
血の繋がった身内…というのを薫は一切知らない。だが雫を真っ直ぐに見詰めた武を見て、知らないならば知らないままの方が、楽で良いのかもしれないと感じてしまった。
武の生命を最初に狙ったのは血縁者だったと聞いている。一方の血縁者は武を愛し、大切に想い、こうして護ろうとしている。だがもう一方の血縁者は武の存在を疎み、雫の母親の史子のように無視するか、この世から消そうと考える。その事実は武をきっと苦しめている。
だからこそ身近にいてくれる雫を大切に思うのだ。そして雫が無理をするのも忠義心だけではなくやはり、身内としての武を大切に思うからではないのだろうか。その想いがあうからこそ彼は、特務室のメンバーを一つにまとめる事が出来ているのだ。
誰かを敬い大切に思う心。身分や立場もあるがこの場合は既に、それを超えた部分があるのではと思う。
「私にとっても雫さんは、大切な従兄である清方先生の選ばれた方。血の繋がりはなくても、縁続きの身内です」
この状態に清方がどれだけ胸を痛めているかと考える。
「鷺沼さん、こういう特務室の事情を理解してはいただけませんか。紫霞宮殿下の側近の一人として、また大夫として、強くお願い申し上げます」
そう言って前に進み出て首を垂れたのは、ほとんど黙って状況を見守っていた雅久だった。
「え…あ…はい」
不意をつかれて知也はとっさに了承の返事をしてしまった。
目の前にいるのは『傾国の佳人』と呼ばれる美形。彼の事は敦紀が描いた絵画のリトグラフが、良岑 芳之刑事局長の執務室に飾られているので知っていた。絵画の中の彼も美しかったが、目の前にいる本当の彼はもっと美しいと思ってしまう。とは言っても知也はこれまでの人生で、同棲に恋愛感情も欲情も覚えた事はない。
「キャリアとして実績を詰まれて来られた経験を、どうか殿下のお為にお使いくださいますように、お願いいたします」
「わ、わかりました」
「ありがとうございます。殿下、これでよろしゅうございますね?」
武を軽く諌めてその上でこの場を収めようとする雅久の気遣いを、無にする事が出来る者はここにはいなかった。武の為となるどうしても、全員がムキになる傾向がある。それを一番理解しているのは雅久で、少し退いた位置から状況を見詰める判断を尊敬する。
自分もこうならなければならないのだと、朔耶は改めて自分を戒めた。
薫はアルバイトを望んだので、夏休みに入ってからは武と同じ日に出社している。武はようやくギプスが取れて、左手を少しずつリハビリさせている状態になった。朔耶もアルバイトを続けているが、新学期から病院の方で働く事になっている。
「はい」
特務室からかかって来た電話を取ったのは雅久だった。
「…少々お待ちください」
保留にして受話器を置いた雅久が室内を見回した。
「武さま、夕麿さま、薫さま。雫さんが新しく配置された方を紹介に来られたいと申されています」
「来たか」
「では先程の話を実行します」
今回の人事異動によるニューフェイスについては、数日前にアメリカの貴之から連絡が入っていた。彼は夕麿たちより2歳上、つまり周や影暁と同じ年齢になる。
名前は鷺沼 知也。貴之の母親の上の兄の息子、つまり刑事局長の甥で貴之の従兄だ。貴之の話を総合すると二人は、幼少時から常に比較されていたらしい。特に知也の両親は貴之には負けるなと言い続けて来たという。貴之自身は彼に従兄弟同士という感情以外を持ってはいないらしいが、彼の方は重箱の隅を突くようにして何かと絡んで来たのだという。彼も警察官僚のキャリアの一人だが、見習い状態から特務室に引き抜かれた貴之に異常な敵愾心(ライバル心)を燃やしているらしい。ちなみに鷺沼家は名士一族ではあるが貴族ではない。それでも貴之に負けるなと言って、彼が両親に育てられたのが一因ではないかと思われた。
昨日にやって来た雫の口ぶりからすると、彼はこの人事を一度は拒否したらしい。貴之との競争では警護に身が入らないと思えるし、チームワークによる連携を彼が取れるとはどうしても思えない。武たちを危険に晒す原因になりはしないか。第一、貴族嫌いと考えられる彼が果たして、複雑な事情を抱えた武を心から受け入れられるとは思えないのだ。
「え?何?」
未だ夏休みに入る前に持ち上がった話だけに、薫はこの事を一切聞かされてはいなかった。ただ武の治療を兼ねて、慈園院 保がここにいるのが不思議だったのだ。
「夕麿、保さん、じゃあ頼んだ。朔耶も良いな?」
三人が頷いた。武が立ち上がって薫を別の席に座らせた。
「これからちょっとした実験をする。お前は知らない顔でここに俺と座っているんだ」
「…後で説明してくださる?」
「ああ」
「じゃあ、言われた通りにする」
全員の表情からこれが、何かの意味を持っていると薫は考えた。黙って見ていると武の席に夕麿が座り、横の席……本来夕麿が座る場所に保が座った。そして今し方まで薫が座っていた席に朔耶が座った。
通宗と榊がお茶の用意をして、雅久は夕麿たちの側に控えた。知らない人が見たら夕麿を武と勘違いする…と思い当たって、彼らが何をしようとしているのかが薫にもわかってしまった。無論、薫は新しく来た人物がどういう経歴の人間かは知らされてはいない。けれども武たちは普通ならこのような、嫌がらせにも思える事をしたりしない。何か余程の事情があるのだろうと感じて、兎にも角にもおとなしく状況を見る決意をした。
ただ朝からずっと彼らが話していた事の意味が、大体ではあるがわかったような気がした。
しばらくしてドアがノックされ、幸久が夕麿に促されてドアのロックを解除した。当然ではあるが非常時に備えて雫を始めとして特務室のメンバーは、ここへ上がって来るパスとドアの解錠用のパス、必要なパスワードを与えられてはいる。それでもドアを開けるのに使用するのは、あくまでも非常時のみと彼らは決めているのだ。
もっとも室長である雫と渡米中の貴之は、簡単な連絡で普通に解錠して入って来る。それ自体が彼らが特別扱いである事を証明していた。また御園生の養子である義勝は当然ではあるが、他の3人の医師、清方・保・周もパスを与えられている。もちろん敦紀や麗も持っている。
武の中学時代の同級生である大橋 了介は、ここへ上がって来るパスを許された唯一の平社員だ…とも補足しておこう。
「失礼いたします」
雫に続いて入って来た青年は、室内にいる全員を見回した。秘書たちの席に座っている薫と武を一瞥すると、興味を失ったという眼差しで顔を背けた。
雫は一切ここに居る人間を紹介する言葉を紡がずに、幸久に勧められた椅子に腰を下ろした。この間、誰も言葉を発しないで、知也の動向を冷静に見詰めていた。誰も何も言わない事に焦れたのか、彼は夕麿の前に進み出た。
「お初にお目にかかります、鷺沼 智也でございます」
と頭を下げて言葉を紡ぐと、夕麿が不快そうに横を向いた。驚いて雫を振り返るとすぐ横に控えていた雅久が口を開いた。
「まだあなたに発言の許可が出ておりません。直答の許可も」
「許可…?」
身分の差がある場合と社会的な地位の差がある時では、挨拶などのルールが違うというのを知らないのが普通である。知也も名士の家系で貴族である良岑家と縁戚であるとは言っても、貴族だけが集まるパーティなどに出席出来るわけではない。従って彼は自ら望んで特務室に移動したのではあるが、皇家の人間に対峙するマナーは一切知らないままだった。
「あなたは渡米した貴之の代わりにと、特務室に移動する願いを出したと聞いています。貴族階級には別のルールが存在しています」
前任の大夫だった周も非礼を働く者には容赦がなかったが、現大夫である雅久は更に容赦がない。彼にとっては紫霞宮家に名を連ねる者は、何を置いても守り貫かなければならない存在だった。彼らが雅久に全面的な信頼を寄せているからこそ、これに応えるのも自分の役目であり責任だと固く決意しているのだ。
「雅久」
「はい」
夕麿が穏やかではあるが幾分、低めの声で彼を呼んだ。知っている者ならば皆、彼が怒っているのがわかる。
「その者に直答を許します」
「御意」
深々と夕麿に頭を下げてから、智也に向き直って許可が出た事を告げる。智也は明らかにイラついた顔をした。相手が目の前にいて普通に会話する事に何も支障がない状況で、このようなやり取りをするのはおかしいと感じているのであろう。それが普通の反応なのだと紫霄と御園生邸以外を、殆ど知らない薫には改めて知った状況だった。
智也は武と薫を判別出来なかった。
「何故、このような事をされるのですか」
智也は怒りを隠さなかった。それに対しての夕麿の返答は冷静そのものだった。
「あなただから試したわけではありません。これまでの特務室の人間は、紫霄学院の出身者のみで構成されていました。そうでない人員はあなたが初めてです。故にあなたの覚悟を見させてもらったのです」
「覚悟?」
「そうだ。俺や薫の資料は皇統譜以外では、特務室に特殊な形でしか存在していない。しかも俺たち4人の写真はそこにもない」
「では前以って殿下のご尊顔を私は、知る事が出来なくて当たり前ではありませんか」
知らないものはわかりようがない。智也はそう言って自分に一切の非がない事を主張した。
「あのな…公式にはだ。お前の上司 成瀬 雫は俺の身内だし、顧問の護院 清方は夕麿の従兄だ。他の者にしても俺や夕麿との付き合いは長いんだ。第一、夕麿は稀にだが雑誌に写真が載る。きちんと調べれば少なくとも夕麿の顔はわかったはずだ。警護官なら普通の下調べじゃないのか?」
自分の席に戻った武が溜息吐きながら言う。
「だから劣っているとでも仰られたいのですか」
どこまでも自分の行動が正当であると主張したいらしい。
「どうしてそうなるの?」
薫にはもちろん、武が何を指し示しているのかがわかっていた。
「あのね、私や武兄さまのお写真は、皆さんは普通に持ってるんだよ?」
「え…」
純粋に困った顔をしている薫を見て、智也はようやく自分が何を求められていたのかを知った。
「良岑刑事局長も皆さまのお写真をお持ちの筈だが…」
溜息混じりに言ったのは雫だった。資料がない、写真がない。それで諦めるようでは、特殊な立場にある紫霞宮家の警護は難しいと、武たちは智也にわからせたかったのだ。TPOに合わせて臨機応変な対応を特務室に所属する人間は、瞬時に判断して実行出来なければならないのだ。まして智也はキャリア警察官であって、雫たちのように皇宮警護官の身分までは与えられてはいない。しかも特務室の表向きな役目である、プロファイルにしても彼はまるっきりの素人であるのだ。この移動は他ならぬ彼自身の希望であると刑事局長本人から武たちは知らされていた。
「あなたは特務室で何を担うつもりですか」
夕麿の眼差しは射るように真っ直ぐに、目の前に立つ知也を見据えていた。
「貴之と張り合いたい気持ちだけで望んだのであれば、殿下の伴侶としては大変迷惑だと申し上げます」
以前の薫であれば夕麿の言葉に、イジワルだと言って止めに入った。だが春の襲撃で薫は武を脅かす危険が、どの様なものなのかをまざまざと理解させられたのだ。自分たち4人の為に命懸けになってくれる警護官たちの忠節が、あるからこそ武は今まで生き延びて来られたのだと。
築かれて来たチームワークへの絶対的な信頼を抱いているのは、あの時に雫が駆け付けるのを武が信じていたからだ。成瀬 雫は必ず救いに来てくれる。40名近い相手を前に傷だらけになって久留島たちが闘い続けたのも、武が自ら傷を負ってでも薫と葵を守ったのも、雫への強い信頼があっての事だった。
「私も迷惑です」
薫が常になく鋭い言葉を発したのを見て、横にいた朔耶が息を呑むのがわかった。
「何故に迷惑だと申されますか」
「あなたには皇家に対する尊崇が感じられません」
代わって朔耶が答えた。貴族でもなく紫霄の卒業生でもない彼は、当然ながらそのような教育を受けてはいない為、特務室に移動になったからと言って急に、皇家への尊崇と忠節を持つ事は不可能なのだ。
この違いは警護をする上での大きな障害になるのだと、彼自身が自覚できていないと誰の目にも明白だった。
「そこまでだ」
知也への不信が全員の心尾を揺り動かそうとした時だった。武の厳しい声が空気を切り裂いた。
「これ以上はイジメ以外の何物でもなくなるぞ。俺は別に彼に失格を言うつもりはない。誰にだって最初がある。未経験な事は出来なくてもおかしな事ではないだろう?」
「あ…うん」
話を振られて薫は曖昧に頷いた。
「鷺沼 知也。お前が今の自分の現状を把握して、特務室の一員としてこれから何が必要で何を為さなければならないか。おまえ自身が何をしたいかをよく考えて、見極めていってくれれば良い」
彼を否定しても特務室にも、紫霞宮家の全員にも何も得るものはない。薫は武の言葉で自分が見るべき事を理解出来たらしいのが、傍らにいる朔耶にも見て取れた。自分も頷いて同意を示した。
だが智也の顔を見て朔耶は、浮かんでいる明らかな憎悪の表情にゾッとした。少し俯き加減だった為、多分、武と夕麿には見えていない筈だ。
武の言葉のどこにも彼を否定するものはなかった。にも係わらず彼は自分を否定されたと感じたのかもしれない。それが憎悪の原因であるならばこの先、彼は武と夕麿の為にならない行動に出る可能性があるのではないのか。朔耶が抱いた懸念をおそらくはここにいる全員が持ったと思われた。
「武さま、私事でございますが、ご報告したい事がございます」
「報告?何、改まって?」
先程とは違った砕けた表情の雫に、武が満面の笑顔で応えた。
「先日、ご報告いたしました少年ですが、この度、正式に清方の養子になる事になりました」
「そうか…これで、清方先生もお父さんだなぁ…」
「素直で良い子です」
「今度会わせてよ。PTSDの治療は大変だけど、幸せになって欲しいな」
「ありがとうございます」
「それで手術の結果はどうなの、保さん」
「リハビリを始めておりますが、70%程の機能回復がやっとだと思われます」
「完全に元通りは無理か」
「残念ながら」
「それも含めて将来を考えてやらないとダメなのだろうな」
「御心遣いを感謝申し上げます」
清方と雫が保護している少年の話を交わした後、雫は勉強の為にと言って智也をこの執務室に残して帰って行った。
朔耶は気分がすっきりしないままで、マンションへと車を走らせた。
鷺沼 知也…本当に彼に警護を任せて良いのだろうかと。彼は自分たちとは違う想いの中で生きている人間だと思う。貴族でも紫霄出身者でもない彼は、皇家への尊崇とは遠い世界で生きて来たのだ。彼が望むんでいるのは貴之が欠けた特務室で成果を上げて、自分の方が優れていると周囲に認めさせる事だろう。
皇家への忠義も尊敬も、彼には理解出来てはいない。紫霄関係者でない彼に紫霞宮を失う事の意味も痛手も存在していないに久しい。むしろ警護対象は彼には出世の為のアイテムに過ぎないだろう。そう思うと逆に危険が増したように感じてしまう。雫は彼をどうするつもりなのであろうか。
人間は自分が見ている世界から出る事は難しい。
朔耶にしてもそう遠くない日に死ぬのだと思っていた世界から、手術を受けて外に出たという大きな変化があったからこそ、自分の人生について考えるようになった。周囲の望むままに生きる事が正しいあり方であると教えられていた。幼き頃よりずっと朔耶が生まれて来た意味だと言われ、疑問すら生まれないようにして育てられた。常に優等生で良き兄で、やがては学院都市に閉じ込められる薫の為に生きる。それ以外の生き方は知らなかった。
しかも成長するにつれて心臓の病は重くなり、武たちが学院を訪れた頃にはもう、自分に残された時間は余りないと感じるようになっていた。今はあの想いの中で生きていたのが、夢か幻だったかのように遠くなった。
こんな経験をしたからこそわかる。鷺沼 知也が育てられた環境と両親の言葉に、心を呪縛されたままで生きているのだと。良岑 貴之と彼は従兄弟同士ではあっても、別々の人間であるという事実も多分、彼の固執を解す力にはならないだろう。皇家への想いもなくただ従弟に勝つだけの目的での転属は、最終的には彼の首を絞めてしまわないだろうか。
哀れな事だ……と思うが、本人がその不毛さに気付かない限りは、誰が何をしても言っても心を動かす事は出来ないだろう。
結局は人間は自力でしか自分を救えない。どんなに素晴らしい言葉を聴いても、心が本当の意味で動かなければただ通り過ぎて行くだけだ。
駐車場に車を止めて、朔耶は茹だる様な空気の中に踏み出した。夕刻だというのに気温はさほど下がってはいない様子だ。太陽は西に傾いているが、未だ蒼い空を仰ぎ見る。
2年前はこの暑さが辛かった。時には胸を押さえて溢れ出る脂汗をどうにも出来ず、野外に出る事自体が苦痛だった。昨年は手術のあとでまだまだ体力がなくて、夏の暑さにすぐに体調を崩した。
けれども今年はもう暑いとは感じるがそれ以外の支障はない。些細な事に自分が病気から解放されたのだと実感する。だからこそ知也を気の毒に思うのだ。何とか出来ないものだろうか…と思って、エントランスに入った時だった。
「朔耶兄さん!」
柱の影から月耶が飛び出して来た。
「月耶?」
驚いて振り返った朔耶に眼に映ったのは、目を紅く染めた弟の顔だった。
「御園生邸にいたのではなかったのですか?」
上部階への専用エレベーターへ誘いながら言葉を紡ぐと、月耶は今にも泣き出しそうな顔を隠すように俯いた。
「兎に角、話は部屋で聞きましょう」
「あの…周先生は…いるの?」
「周?彼は今日は当直で帰って来ません」
そう答えるとホッとした顔をする。周には聞かせたくはないらしい。もっとも月耶が悩む事と言ったら、大抵は下河辺 行長の事だとわかっている。彼も確か、御園生邸に滞在していた筈だった。
「それで?」
取り敢えずリビングのソファに座らせてお茶を淹れ、朔耶自身も向かい側に座って口火を切った。
「うん…」
紅茶の入ったカップを握り締めて、月耶は唇を噛み締めるようにして俯く。急がせてはいけないと思った朔耶は、黙ってカップを手にした。もっとも弟の恋愛相談に乗れる程、朔耶にも経験がある訳じゃない。未だ悩みは深いままだが、兄として弟が悲しむ姿は見たくはないのだ。
「初恋の相手には…勝てないのかなぁ…」
「初恋の相手?」
問われると朔耶も不安になる。周の初恋の相手はもちろん、従弟である夕麿だ。透麿に身代わりだと言われてあっさりと信じたのは、その事を知っていたからだ。しかも朔耶にとって夕麿はとても追い付けない大きな壁だ。どんなに頑張ったとしても、あの気高さには絶対に勝てはしない。もし自分と彼を比較すれば、余りの差に絶望しか感じないだろうと思う。
「お前と夕麿は違う」
身代わりが欲しいのではないと周が言ってくれるから、敢えて自分と夕麿を比較するなどという愚かな考えを持たずにいられるだけだ。
月耶にしても同じ筈だ。武は自分たちでは到底、手の届かない相手…尊き皇家の一員なのだ。だが月耶の気持ちもわからない訳ではない。そもそも弟は『武に似てる』と言われて、行長に構われて来た事実がある。しかも武を想う余りに飲酒が過ぎた行長に、間違えて押し倒され唇を奪われた事実がある。
どう答えて良いのかと朔耶が戸惑っていると、月耶はそのまま言葉を続けた。
「ここのところずっと先生は、武さまの為に何かを調べているんだ。夜中になっても部屋の灯が見えるし…いつも忙しそうで俺、薫の君たちと御園生邸に戻って来てから、殆ど先生と話らしい話をしてない」
良岑 貴之が不在の今、武が必要とする情報を最も手に入れられるのは、紫霄の情報網を受け継いで来た行長しかいない。本来は生徒会執行部の誰かに引き継がれるそれは、行長が学院都市に残っている為に、従来のそれよりも規模が縮小された状態で継承されている。貴之の情報網と星合清治がかつて持っていた情報網には、到底規模が及ばない状態で行長も受け継いだのだと言う。
逆に清治の情報網を受け継いだ貴之のそれは、彼自身のものと合わさって今では、誰も追従できる者がいないと言われている。だからこそ行長は苦労しているのではないだろうか。
今、行長が調べているのは恐らく、鷺沼 知也の事だろうと思われる。貴之が渡米中だというだけでなく、さすがに身内の事をあれこれと報告させる訳にはいかないだろう。武と夕麿なりの気遣いだと行長も、わかって動いていると考えられる。となると、一概には彼を責める事は朔耶には出来ない。
朔耶は現状を把握している人間の一人だった。だが言っても月耶にはわかるまい。紫霞宮家の周囲にいる紫霄在校生で、御園生等の企業関連に関わりがないのは月耶と静麿の二人だけだ。
静麿はまだ中学生で、アルバイトは無理だとわかっている。だが月耶は将来、薫の側近となる人間の一人なのだ。色恋の悩みは他の重要な事を忘れて、相手の動向に心を全て向けてしまう。これは朔耶自身が身に染みてわかっている。
どうすれば良いのか。
何を言えば良いのか。
悩んでいる弟の心を少しでも軽く出来る方法はないのか。まだまだ自分の事で手一杯の朔耶は、弟の悩みに何も言えない自分を情けなく思った。
「周先生はどうなの?」
「夕麿さまの事は本当にふっ切れているようですし、間違ってもあの方と競争しようとは思いませんね。絶対に敵わないのがわかっていますから」
アルバイトをしてみてよくわかった。高等部の生徒会長として在任中から伝説と呼ばれた彼は、実際にはそれ以上の実力の持ち主だと。同じ年齢になった時に同じ事が出来るかと問われたら間違いなく首を振る。絶対に敵わない相手と言う存在が、世の中にはいるものだと実感させられたのだ。
そういう意味では武も同じかもしれない。企業経営者としての閃きもさることながら、あの他者を惹き付けてやまない強烈な魅力は、やはり皇家直系の血ゆえのものであろうか。確かに如何に似た性格をしているとはいっても、あれと比較されるのはたまらないだろう。
「おとなだな、兄さんは」
「まさか。自分の子供っぽさに時々うんざりしていますよ」
「そうなのか?」
「ええ。まあ、周で面倒なのは在学中の相手と遭遇した時ですね」
「在学中の相手って……会ったの?」
驚きながらも興味津々に、身を乗り出すようにして問う弟に苦笑した。
「会いましたとも、昨年秋の学祭」
「あ…そっか」
「周もロスから帰国後は忙しくて、昨年が初めての参加だったそうです。彼が来ていると瞬く間に広がったらしくて、二人で歩いている最中にかなりの人数に囲まれました」
「うわっ、何それ…怖っ!」
「しかも周は彼ら一人ひとりの名前を、きちんと記憶していました。あの様子ではきっとベッドの中の事も記憶しているでしょうね」
「に、兄さん?」
言葉を紡ぐ朔耶の背後で真っ黒な炎がゆらゆらと揺れているように感じて、月耶は思わず腰を浮かせる。
「周に隠れて嫌みを言ってくれたのもいましたしね」
「それ…どうしたの?」
陰険そのものの笑みを浮かべた兄に嫌なものを感じて、月耶は恐る恐る問い掛けた。
「その辺りは10以上も離れた年下の特権ですから、周にありのまま言われたままを報告させていただきました」
「どうなったの?」
「さあ?周が彼らに何を言ったのか、言わなかったのかは知りません。でも以後は顔を見せなくなりました」
「………兄さんは何を言われたわけ?」
そう言われて朔耶は彼らが口にした不快な言葉を思い出した。
『周さまはね、結局は本気にはなられないよ?』
『可哀想に…信じていたら傷付くから、今のうちに諦めておいた方が幸せだと思うよ』
『そんなに本気になって…哀れだね、あなたは』
哀れまれたのが一番腹が立った。今口にしても口惜しい。
「なんだか周先生の過去が丸わかりだよなぁ、それって」
「昔の事情はある程度聞いていますから、私も彼らと同じになれば良いと考える根性に腹立たしいのです」
「それだけ周先生の本気が伝わったからじゃないの?」
「さあ?私は彼らではありませんから、そこのところはわかりません」
わかりたくもないと言外に匂わせると今度は月耶が苦笑する。
「でもさあ、兄さん」
「何です?」
「そういう人たちの言葉は信じないのに、どうして春のあれは信じちゃったのさ」
「それは…」
周の自分へのああいった想いは多分、今も消えてはいないだろう。それを考えると胸が痛くて苦しい。
「兄さん…?」
膝の上で手を握り締めたまま、俯いた兄を見て月耶は戸惑った。周との生活はそのまま続いているし、朔耶も元気そうに見える。だからもう解決出来たのだと月耶は思い込んでいた、たった今まで。けれども目の前の兄の状態を見ていると、自分の勝手な解釈だったと後悔した。
「他の誰かが勝手に言っているものを信じるのは、とても愚かしい事だと昨年の夏に思い知りました。でも…あれは周自身の言葉だったのですよね?」
「ああ…俺、薫の君からそう聞いた」
「あなたや薫さまが嘘を言って、何か利益があるとも思えません」
だから信じたのだと言外に匂わした兄に、月耶は更に重ねる言葉を失う。
「そんな顔をしないでください。あなたは何の責任を感じる必要もないのです。これは私と周の問題で誰かが何かをしてくれたとしても、簡単に解決出来るものではないのです。
大丈夫、私はこんな事に負けたくはありません」
先程の様子を見る限りは、まだまだ解決には遠いのだろうと月耶は思う。でも道を探そうとしている兄に尊敬の念まで感じた。
「そっか…でもさ、愚痴を言いたくなったら聞くよ?俺なんか聞くだけで、何の役には立たないと思うけどさ」
「ありがとう、月耶。私は好い弟たちに恵まれて幸せです」
柔らかな笑みを浮かべた兄を美しいと感じた。
「兄さんてさ」
「なんです?」
「やっぱり美人だよな」
「なっ…」
音がしそうな勢いで朔耶の顔が染まった。
「周先生の事を話す時は特にな」
重ねるように言葉を紡ぐともう、朔耶は身の置き所がないという風体で困り果てている。
「俺…兄さんには幸せでいて欲しい」
月耶は月耶なりにこれまでの兄の姿に、何も疑問を感じずに生きて来た自分を悔いていた。もう一人の兄 三日月はちゃんと気付いていたのにだ。
「ありがとう。でも兄としてはあなたにも三日月にも、幸せになって欲しいと願っています」
兄弟が兄弟を想う。それは血の繋がりの濃度ではないのだと、義兄になった清方の情に教えられた。彼はそれこそ30年以上の歳月、一度も会った事がなかった弟たちとの関係に懸命に努力して来た人である。彼らは朔耶も弟として普通に受け入れてくれている。同時に昨年の事件で血の繋がり故の執着を見てしまったからこそ、朔耶は自分の周囲を見詰めなおすきっかけになった。
実母よりも義理の母 高子、異父弟よりも義兄 清方。血が繋がらない二人の方が、どれほど朔耶の心を支えてくれただろうか。ひとつだけ気にかかったのは、間に立たざるを得なかった三日月であるが、これも後によく話し合った。
「いいよな…俺はそんな風になれるんだろうか、いつかは」
笑顔をけして誰に言うとなく、月耶が悲しそうに呟いた。
「俺にとって武さまって、恋敵と言うよりも宿敵って言った方が当たってる気がするんだ。でも連戦連敗で引き分けにすらならないんだ」
「いやそれは…」
そもそも武は同級生だった、下河辺 行長の自分への想いは知らない。勝負も何もある意味で武の完全な不戦勝なのかもしれない。
「でもさ、だからって諦めたくないんだ」
「それはあたりまえでしょう?」
あっさりと諦めて捨てられるならば、こんなに苦しくて悲しい想いはしない、と朔耶も自分の周への想いを重ねて考えた。
「俺、結局ダメになったとしても、このまま先生を想い続けて良いのかな?」
「誰も誰かを想う心を止める事は出来ない筈です。義兄と雫さんのように、長い間にかけて引き裂かれても、心までは引き裂かれなかった例もあります。苦しくても辛くても好きな人を好きでい続けたいのならば良いのではないですか」
そう、どんな事態に陥っても、清方と雫の辿った道を思う時、人の心の真実を信じて良いのだと励まされる。
「うん、わかった。なんか元気が出た、ありがとう」
顔を上げて笑顔になった弟を愛しく思う。辛くない筈がない。でも諦めないと言うのならば、少しでも気持ちが晴れるように心がけてやりたい。
護院家では末っ子でも、朔耶はやっぱりお兄さんな性格だった。
翌日も知也は執務室に詰めるように命じられて、武たちが忙しく働く現場で警護に就いている。
朔耶は昨日の彼のあの表情を見ているだけに、何がどうと言う訳ではないにしても不安な気持ちは消えなかった。
午後になって受付から来訪者を告げる知らせを受けて、朔耶がホールまで出迎えに降りて行くと待っていたのは行長だった。
「先生、いらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
「武さまがお待ちです、どうぞ」
社内で『上』と呼ばれる武たちの執務室には、専用エレベーターのセキュリティカードがなければ上がる事すら不可能だ。然るべき手続きを踏むか、期限と制限付きのカードを役職を持つ者に出してもらうかだ。そのカードは智恭たちが詰める、経営スタッフルームの前に設置されたセキュリティ・ゲートまでだ。立見 美聖の事件より、強化された部分であった。
もちろん執務室のドアにも以前よりも、セキュリティ機能の高い物が設置されている。これのパスワードは一人ひとり違う。カードとパスワードの双方が合致しなければ解錠はされない。
普段、紫霄の教師として都市内にいる行長には、当然ながらどちらも与えられてはいないのだ。
「朔耶さま」
「はい」
「その…月耶の事でいろいろとご心配おかけしていると思いますが、私としては不誠実なつもりではありませんが、上手く説明出来ていないようで」
行長本人が困惑しているのがわかって、朔耶は安心半分で苦笑して見せた。
「いえ、あれはまだ子供ですので、ご迷惑とご心配をおかけして申し訳ございません」
「ありがとうございます」
教師が元教え子に敬語を使用する。紫霄以外ではなかなか観られない光景だとは思う。外の大学に行ったからこそ、知らなかったものが朔耶には存在した。
「どうぞ、先生」
執務室のドアを開けて行長を先に通し、自分も入ってからしっかりと施錠する。ここのドアは敢えてオートロックにしていない。内側からしっかりと施錠して確認する方が、機械の誤作動などによる施錠ミスを防げるからだ。同時に個々の手で行う事によって、防犯の意識を高める効果もある。外から中への開錠が完全に機械任せになっているからこそ、内側からは人間の手でという方法を薦めたのは他ならぬ貴之であった。外側の施錠は機械と人間の双方で行うようになっている。
行長が入室したのに対してすぐに知也が反応した。
「氏名を聞かせてください」
何度もここへ足を運んでいる行長は、いきなりの誰何に目を丸くした。
「鷺沼さん、彼は良いんだ」
一緒に詰めていた成美が声をかけた。
「何が良いんですか」
「考えていただけませんか?わざわざ朔耶さまが迎えに降りてくださったのです。誰何が必要な人物をここに案内する筈がないと」
成美は心の中で毒付いていた。今までの特務室の構成は全て、紫霄の出身者で固められていた。春に移動になった一色 久弥も紫霄出身者だ。武の代の副会長であった下河辺 行長は有名であるし、現在は高等部の教諭として紫霄出身者ならば見知っている。正直言ってこの調子で誰彼となくこの執務室へ入る人間を疑う姿勢をとられたら……いや、外でもどこでもこの様な態度をされたら逆に、あちこちで支障が起こってしまうのではないだろうか。
「彼は俺や武さまの同級生で、現在は母校である紫霄学院の教師です」
「教師?その教師がここに何の用で来る?」
どうにも融通の利かない男だとウンザリしていると、武が行長を手招きした。
「俺の依頼したものを持って来てくれたんだ。この執務室には身元がはっきりしている人間しか通していない」
「ですが以前、その身元がはっきりしている者が、殿下を襲ったと伺いましたが?」
あんな奴と行長を一緒にするなと武が溜息吐くと、今度は夕麿が口を開いた。
「立見さんの事ですね。当時のここのセキュリティは今より簡単なものでした。同時に私は2年先輩の彼をよく知ってはいなかったのです。従兄の久我 周から危険な人物だと聞かされた時には手遅れでした」
彼が周の同級生である事は知っていたのだ。夕麿が高等部に進学した時には彼は、既に白鳳会に所属していた為、殆ど接触がなかった。ゆえに名前と顔は見知ってはいても、人となりまでは知らなかったのだ。
「それが油断だと言っているのです」
「顔見知りと友人は違うと思うが?」
もし自分がいたら…影暁は改めてそう思うが、実際には自分はまだいなかったのだから、もしもを考えても意味がないと考えた。
「そうですね。立見さんはそもそも、我が社との共同プロジェクトで来ていた人です。出入りしていたのも双方の橋渡しとして。けれども一度も彼が勝手にこの部屋へ入れるようにした事はありません」
それでも紫霄での話が花開いたのは、やはり雅久の記憶の問題があったのだと夕麿は思う。ただ貴之は幾分、自分たちよりも彼を知っていた気がするが、それでも彼の危険性までは知らなかった様子だった。何かの隠蔽が行われ貴之の情報網にまで及んでいたとなると、時雨 圭の恋人の一件の真実が最近まで判明しなかったのも頷けるのだ。
「ですから甘いのです、皆さまは」
「俺は出来れば、友人までは疑いたくはない」
板倉 正巳に裏切られてもなお、武は友人たちを信じたかった。まして行長は夕麿が卒業した後の武を、懸命に支えてくれた友人の一人なのだ。
「兎も角、彼を疑うのはやめてくれ。どの様な人間であるかは、雫さん自体が良く知っている」
「わかりました」
流石に雫の名を出されては、知也は黙るしかない。だが朔耶は再び彼が武を憎悪の眼差しで、見詰めているのを目撃してしまったのだった。
始業から1時間程経過した頃、成美に雫から連絡が入り、訝る知也を連れて引き上げて行った。午後一で夕麿が取引の為に外出する準備をする為だった。
警護には経路の安全確保も含まれている。だが常にこれが行えるだけの人員が特務室にはない。今日のようにかなり以前から、予定を組まれている場合には人員を削って経路の確認に向かう。就業時間までは武も薫も動かないとわかっているがゆえの判断だった。
知也がいなくなって執務室の全員が、ホッと息を吐いた。
「哀れな人ですね」
彼が立ち去った後のドアを眺めて、行長が誰に言うとでもなく言った。
「彼は自分の苦しみの原因が、己自身を含めた全てを愛せない事だとわからないのでしょうね」
「何だ、下河辺。そのジジィのような卓越した言葉は?」
「あなたには言われたくありませんね、武さま。私には私の悩みがあったんです、いろいろと」
今でも武は彼に密かに想われていた事実を知らない。
「ある時期までの私もあの人と似たようなところがありました。もっとも貴之先輩のような明確な競争相手がいなかった分、まだましであったかもしれません」
行長の遠い眼差しにそっと朔耶と薫は視線を合わせた。
「私は中等部から紫霄に入りましたが、亡くなった祖父はずっと私に誰よりも優秀である事をのぞみました。
……まるでそれ以外は存在価値がないとでも言うように」
「それは…あんまりだな」
武は母の為に常に優秀であろうとした。自分が望んだ事であるゆえに、何かの苦痛や苦悩を味わっても、選択したのは己だと言えた。だが他者、それも家族の誰かに強要されたならば、目的も意味も本人は見えないままで先へ先へと進み続けようとするのではないのだろうか。
「だから私は夕麿さまを自分の理想像にしたのだと今ではわかります。私はそのまま夕麿さまと同じになりたいと思っていたのかもしれません」
「それは無理でしょう、下河辺君?」
誰も誰かにはなれない。一切の記憶を失ったからこそ『自分』を懸命に捜し求めた雅久には、誰かを追いかける行為が虚しく悲しいものだとわかっていた。
雅久は過去の自分、消えた記憶の自分にすらなれなかった。
「ええ、無理でした。私は私で、夕麿さまは夕麿さま。翌檜が檜になれないのと同じでした。それでもなれないならばせめて、お側にいても恥ずかしくないようにと懸命になりました。出来ているつもりでした。
高等部進学の時も私は特待生の成績には至らなかったものの、学年トップとして入学式に同じ壇上に立てる事を喜びました」
この言葉に息を呑んだのは武だった。中等部から高等部への進級は、特待生と一般学生との振り分けやクラス編成の為の試験がある。高等部からの外部編入者だった武には特待生だけではなく、一般学生のクラス編成にも成績が関わっていると知らなかったのだ。
「私のその想いは打ち砕かれました。私は遥かに高い成績で編入された方に、あっさりと負けてしまいました」
失意の行長をさらに打ちのめしたのは、トップが壇上に上がる事を拒否した事だった。もちろん今は人見知りの激しい武には無理だったのだとわかる。しかし当時の行長にはそんな事はわかる筈がなかった。だからこそ惨めだった。
ただ一人の特待生として武は、行長が憧れた夕麿の側にいた。武が庶民育ちで御園生財閥の当主と結婚した女性の連れ子で、父親がいない私生児だというのも行長に武への嫌悪を増長させた。
「自分の不甲斐なさを認めたくはなかったのだと今の私は思います。でも当時は全てを武さまの所為にして、自分の非を認める事も受け入れる事もしませんでした」
過ぎた事、身勝手な思い込みだったと今は悟ったゆえに、武と夕麿を目の前にしてこんな昔話を口に出来るのだろう。
朔耶はというと行長の想いの深さのようなものを感じていた。
「でも…武さまはとても健気で一所懸命の方で、夕麿さまも一途に想われていらっしゃるのを見て、私は私の感情が次第に矮小で汚いものに感じられるようになったのです」
どうしようもない気持ちになって一人見上げた空を見て、行長はある日、自分の間違いに気付いた。己の存在を『矮小』と思うのは、もしかしたら神々へのとんでもない不敬かもしれないと。
「不敬?何故、そうなるんだ?」
「神々は万物にとっての父であり母です。武さま、ご母堂 小夜子さまにご自分はとるに足らない、ちっぽけな存在だと仰られたならば、あの方は何と仰られますか?」
「え…滅茶苦茶に叱られるだろうな」
「神々が万物父母であるならば、同じようにお思いになられるとは思われませんか」
「ああ、なるほど」
例えられて武も行長が言いたい意味がわかった。
「確かに宇宙は広く、この世界には数多の存在がひしめき合っています。では私たち人間はなにゆえに、天を仰いで自分を見詰める事ができるのでしょう」
人間だけが明日を憂い、我が身を憂う。その違いはどこにあるのだろうか。そう考えた時、行長は一つの結論を出した。
「人間が人間である事自体は神々が、この宇宙が望んだ事ではないのだろうかと。私たちがいろいろと苦悩するのは、結局は自らの行為が原因です。憎しみも恨みも嫉妬も、感情を抱くのは己ではありませんか。
ならば私が私を矮小だと思うのも勝手な思い込みで、私がこの世界に生きている事を望み許してくださっている神々に対する、とんでもない不敬であるのではないだろうかと思い至ったのです。
だから私は教師になる事を決意したのです。
武さまが紫霄を変えようとなさっている。それは自分を小さいと思い無力だと感じている生徒たちを、神々の望まれたままに解き放ちたいと思ったからです」
自分の想いや願いが武のそれと合致した瞬間、行長は自分が武に『恋』という形で強く惹かれている事に気付いてしまった。夕麿という自分の理想と仰いだ人物が、深く愛する方を愛してしまった事に。
自分は夕麿にはなれないのは既に痛いほどわかり切った事実。誰にも話せず、片鱗すら見せてはならない想いに、行長は苦悩しながらも歓喜した。たとえ叶う事がなくっても、誰かを想う事はこんなにも熱いものであるのかと。初めて自分が生きているというのを実感し、人生と向き合う意味を知ったからであった。
だからこそ知也を哀れに思う。自分が高等部時代に悟った事を、彼は未だに見付けられないでいるから。誰も愛さないという事は、誰にも愛されないという事だ。何故ならば誰かが想ってくれたとしても、自分が愛せない故に誰の想いも信じられないからだ。もし彼が宿敵ライバルだと思う貴之という存在が消えたとしたら、彼は自分の立ち位置すら失ってしまうだろう。
現在の彼は貴之という存在があるからこそ、自分の足元が存在しているのだとはわからないのだ。さすれば苦悩も苦痛もただ無闇に彼の心を占領し続ける。
行長は自分の武への恋心を省いた部分を、授業で生徒に話すように語った。
「成る程な。何となくはわかる気がする」
武の納得が中途半端であるのは、肝心の恋心を知らないゆえだった。だが知っている者たちはこの10数年間に、彼が辿った想いに無言で敬意を表した。
「そして最も私が身に沁みたのは、自分は自分にしか救えないのだという事実でした。誰にどの様な素晴らしい言葉を何億回聞かされたとしても、本当の意味で納得したり理解して受け入れるかどうか、実践するかどうかは自分の問題なんです。
辛くても苦しくても努力するか、嫌なものはイヤだと楽な方向へ逃げるかは、誰かが決めるものではないでしょう?自分をどこか高い位置に置いて、他者を見下すのも逃げでしかありません。
現実を歪めて幻想で埋めて逃避するのも自分の『都合』という、楽を求めているだけに過ぎないでしょう。私もここまでの事に気付けたのは、ごく最近なのですけれど」
「難しいな、それ。俺はまだまだそんな事は考える処にまでは行けてない」
紫霄編入からずっと武の人生はまさに、息つく暇もない程の状態である。何が正しいのか、自分の存在する意味すら見失う事がある。
それは行長も理解していた。いつか、武も自分の人生の本当の何かを見付ける日が来ると信じたかった。
昼食前、二人を伴って雫が執務室にやって来た。
「んじゃ、昼食はここへ運ばせよう」
武の言葉で智恭たちが全員分の食事を、地下の社員食堂から運んで来た。
「で、雫さん、何か報告?」
午後一で出る夕麿の迎えならば、時間も行く先も全て知らせてある。故に彼が直接来る必要はない。
「佐田川の息がかかった者が、紫霄学院にいる可能性が出て来ました」
「人数は?」
「一人…もしくは二人。それ以上ではないという事しかわかっておりません」
「下河辺、お前は?」
「今のところ、私の情報網には引っかかっておりませんが、早急に探らせましょう」
「頼む。今は夏休み中だが、新学期が始まると何某かの行動に出る可能性があるな」
「私もそう睨んでおります」
「雫さん、特務室の人員不足は今は致し方がないとしても、都市警察を動かしてでも警備の強化は出来ないのですか」
武の怪我を防げなかった事実を前にしても、この春からの増員は2名。だが渡米した貴之と警察大学へ戻った逸見の埋め合わせにしかなっていはいない。それが夕麿には歯痒く感じられていた。
「薫、帰ったら葵にも言っておくが、学院の中では十分に気を付けてくれ」
「うん」
「それから、静麿の方も警護を頼む。今やあの女には夕麿以上に彼が邪魔者だろうから」
「承知しております」
「雫さん、引き続き私の方からも増員の要求を出しております」
受理は一応されてはいるが一向に改善の兆しすら見えないのが、大夫の任にある雅久には腹立たしくて仕方がなかった。
「これで公務が来たら厄介だな」
「こちらの現状を伊佐さんもご存知のようですから、出来得る限り割り振りが来ないようにしてくれているのでしょう」
外務省官僚の伊佐 隆基は、紫霞宮の公務専属の担当者である。彼も紫霄の出身者で、武の置かれている状況の良き理解者であった。
「以上です」
「了解。………ところで、あっちに動きは?」
「今の所はございません」
「それなら良い。でも雫さん、絶対に深入りはするな。貴之先輩の渡米は、半分は身の安全を図る為だろう?」
「お気付きでしたか」
最初は半年の予定だった研修をアカデミーでの研鑽という、今までにない試みの対象にしたのは2年という時間が、彼をターゲットから外す為でもあったのだ。
「狙撃者は死んだ。でも他の手は考えられるだろうからな」
「そうですね。刑事局長が庇わなければ、確実に貴之は死んでいたのではありませんか」
夕麿自身言葉にすれば、背筋が冷たくなる。
「そうですね、狙撃者の腕は私も良く知っております。彼ならば確実に心臓に当てていたと思われます」
年末の良岑 芳之が狙撃された事件の真相は、関係者以外には知らされてはいない。当然ながら知也も初めて耳にする事で、このやり取りを息を呑んで聞いていた。
「お陰で根っこにいる奴が誰かはわかった。恐らくは代々の特別室の住人の生命を絶って来たのものな。俺の代で終わらせなきゃいけないとは思う。さもないと薫にまで奴らの凶手が及んでしまう。
いずれ決着を付ける時が来ると俺は信じている。だから雫さん、今はあれに触れるな、近付くな。もう誰かが殺されるのはごめんだ」
「心得ております」
朔耶も柏木教授が凶弾に倒れるのを目撃した。武の表情も見た。
終わらせる時が来る。武の言葉に光と同時に恐怖も感じてしまう。その時に全員が無事でいられるのであろうかと。
「取り敢えずは新学期からをどうするかだな。久留島は学校へ戻るんだろう?」
「9月からになります」
春に逸見 拓真が学校に戻った。
「千種 康孝を代わりに派遣する事になっております」
「そうなると外が手薄になりませんか。武さまと夕麿さまが別々にお出ましになられる場合、現状では最低でも2名は警護に就いていただかないと…春の一件もあります」
外へ出なければならないものは出来得る限りは影暁が引き受けてはいるが、相手によってはどうしても武か夕麿に会って商談がしたいと思う者がいるのだ。そうなると武を守る為に夕麿が出る事になる。しかも武の腕の怪我は未だ加療中である。
昨日のように周か保が往診に来る事があるが、二人も決して暇な訳ではない。検査が必要な場合もある。必然に武は病院へと向かう事になる。貴之がいたならば彼ひとりで、2名以上の働きは出来た。
「出来るだけ俺は動かないつもりではいるが、そうも言ってられない事もある。せめて…あと数人は欲しいな、人員が。
雫さんにも休暇は必要だし、そうなると手詰まりだろ?」
「はい。薫さまと葵さまがせめて同じ高等部に所属されているならば、もう少しなんとかなるのですが」
2学期には学祭もある。招待状がなければゲートを通過できないとわかってはいても、外部からの人間が多数往来する状態になる。知也以外のここにいる者たちには、全く頭が痛い問題だった。
「私を抜きにして話すのはやめていただけませんか」
耐えかねた知也が声をあげた。
「抜きも何も、君は紫霄学院にも学院都市にも入れない」
答えた雫の声は物静かだった。
「皆さまが入られるのにですか?」
「そうだ。君は紫霄の出身者ではないから、秋の学祭の卒業生訪問日にも入る事は出来ない。まして普段はもっと不可能だ。従って我々は薫さまと葵さまの学院内の警護については、君を抜きにして話をするしかない」
引き続き淡々と語る雫に、知也は苛立った顔を向けて尚も食い下がった。
「だから、それが何故かを訊いているんです」
どうやら彼は紫霄学院の特殊性を知らないらしい。
「あなたは…誰にも紫霄の事、聞かされていないのか」
驚いた影暁が声をあげる。
「全寮制で元々、貴族や皇家に連なる方が入学されるというのは知っています」
その返事に全員が互いに顔を見合わせた。
「そない言わはるところ見ると、武さまが狙われはる訳もわかってはらへん…という事になりますな」
何も知らないで特務室を希望したのかと、言外に幾分棘を含んで榊が言った。
「紫霄学院及び学院都市と呼ばれる地域に入るには、幾つかの条件があります」
そう答えたのは薫だった。
「高等部現生徒会長としてお答えします。紫霄は本来、卒業者にも門戸を開いておりません。学院は完全な閉鎖地域であり、在校生以外は教師と理事資格をお持ちの方のみに許可されています。特務室の皆さまは紫霄の卒業生であると同時に、皇宮警護官の身分も所持していらっしゃいます。また学院の経営に参加される理事としての資格もお持ちです」
特務室に所属している者が学院側の嫌がらせで、排除されるような事がないようにする為に、武は全員の理事資格を手に入れていた。
「特務室にいるのではないけれど一人、卒業者でも皇家とも関係がない人間が入れるけどな」
武が苦笑いを浮かべて答えた。
慈園院 保。彼は武の周囲で唯一、紫霄出身者でないにも係わらず、学院内に出入りが出来る人間だった。もっとも彼は弟 司と恋人 清治の命日に温室へ出向くくらいで、帰国した赤佐 実彦と共に足を運んでいる。
「保さんの場合は墓参りですからね、特例と言えるでしょう」
状況を黙って見詰めていた行長が初めて口を開いた。
「鷺沼君、君は警察官僚で現在の身分は警視正だが、皇宮警護官の資格までは有してはいない。俺が初めて武さまの警護に就かせていただいた時は、理事資格までは持ってはいなかったが、卒業者で警護官である身分故に選ばれた事実がある」
もちろん雫が武の元伴侶候補であったのも理由であるが、ここで敢えて言う必要はなかった。
「君の職務は現状では特務室のもう一つの役目であるプロファイルの手伝いになる。無論、警護の任もやってはもらうが、あくまでも現在の階級に関係なく、補助的な立場になる」
「鷺沼さんは部外者がおられる場所でこんな話をと思われているかもしれませんが、警護の計画などについては時と場合により、皆さまと一緒に対策を考えるのが特務室のありかたです」
「紫霞宮殿下と御園生家は、特務室に多額の寄付をされています」
「自分たちを守ってもらう為の組織だ。金銭的な不自由があって身動きが取れない…では本末転倒だと思うからな」
警察の組織としては余りにも特殊過ぎる。それが特務室であると全員が認識しているからこそ、安易に人員を増やせないでいるのもわかってはいるのだ。
「私たちはあなたを排除したい訳ではありません。むしろ警護官の資格を得られて、一刻も早く武さまや薫さまの警護に就いていただきたい。今が比較的穏やかであるのは、あちらが手駒を一度に失ったからに過ぎません」
夕麿に真っ直ぐな目で見詰められて告げられ、知也は息を呑んで言葉を失った。
「現状では武さまが外出を控えられなければなりません。お怪我の治療もありますし、伴侶としても臣下としても、大変申し訳なく心苦しく思っております」
恭しく武に対して首を垂れて言うと、知也は驚いたように雫を振り返った。だが彼が目の当たりにしたのは、右手を胸に当てて夕麿よりも恭しく首を垂れた上司の姿だった。見回せば薫以外が同じ姿勢をとっている。
知也には完全な異世界だった。
「武兄さま、私と葵が学院に戻ったら、本当にどうなさるの?」
このままでは本当に武が身動き出来なくなる。
「う~ん、出来るだけ動かないか、夕麿と一緒に行動するしかないだろう」
「ですが場合によっては、夕麿さまの警護も難しくはありませんか」
しばらく考え込んでいた成美が言った言葉に全員が雫を見詰めた。
「と言うより雫さん。今以上にあなたの休みがなくなるのではありませんか」
それは誰もが気付きながら、口に出来ない状況だった。
「それなりに休んで折りますので、どうぞお気遣いなく」
休みなど必要ないとまで思ってしまっているのが、今の雫が置かれている現状だった。
「朔耶、清方先生は何て言ってる?」
本人の口よりも身近な人間が詳しい…と判断した武に薫も頷いて返した。
朔耶は雫と武を交互に見ている。雫が知られたくはない事を口にするのは、朔耶としても憚られるのであろう。だがこのままではいけないと言う事もわかっている筈だった。
「朔耶、言って」
薫の言葉に彼はもっと困った顔をした。それを見て薫も次の言葉が見付からずに黙ってしまった。
「朔耶、紫霞宮として命じる。成瀬 雫の現状について、お前の義兄 護院 清方は何と言っているか、今すぐに俺に報告しろ」
冷たくて硬質の響きを持った武の言葉に、真っ先に息を呑んだのは夕麿だった。
薫は思い出した。以前、何かで腹を立てた武が夕麿に、「いい加減につまらない事を言うのをやめないと命令してやめさせるそ」と言った事があるのを思い出した。あの時の夕麿は表情を強張らせて、武に対して臣下としての態度で謝罪していた。同時に武本人は本当にやむを得ない時だけ抜く、伝家の宝刀とも言うべき行為であるのだろうとも。
彼が決して喜んで命令を口にしたのではなく、この場合はむしろ朔耶が真実を告げても、武の命令で仕方がなくの行為だったと周囲を納得させれる。朔耶本人には何も罪がないのだと後で誰かが、責めたりする事がないようにという配慮だと薫にもわかる。
夕麿が真っ先に反応したのは命令の意味も理由も発した武の気持ちも、ここにいる誰よりも理解しているからだろう。
誰かの上に立つ事は決して楽な事ではない。特に何某かの特権を得る事は、同時に数多くの何かを時には失い、時には痛みを持って犠牲にする事だ。
皇家の血を受けた者。その事実を薫は当たり前の事として享受して来た。何かを失った自覚もなく、何かを犠牲にした記憶もない。
「あ…」
そうではないとたった今気付いた。今まで朔耶が全て肩代わりしてくれていたのではないのかと。だから気付けなかっただけではないのかと。彼が薫を護り自分の人生さえも犠牲にしてくれていたのだ。
武が庶民育ちだから様々なものを失い、犠牲にして来たのではないのだ。彼はこの現実に逃げずに向き合って生きて来ただけなのだ。
どれだけ自分が無知で愚かであったのか。悟った事は今の薫には余りにもショックだった。
「薫…?」
思わず涙ぐんだ薫を見て、武がギョッとした顔をして夕麿を振り返った。彼は穏やかな笑みを浮かべてから、少し険しい表情になって首を横に振った。
昔からの二人を見て来た者たちには、それは見慣れた当たり前の光景だった。
「あ…いや、その…ちょっと関係ない事を思い出しただけだから」
まるで武を責めたようできまりが悪い。
「…義兄だけではなく、義母も大変心配しています」
「朔耶」
躊躇うように口を開いた朔耶に、雫は咎めるような声を上げた。
「私だって心配なんです」
雫の代わりはどこにも存在しない。
「俺もそう思ってる」
「武さま」
「雫さん、あなたは俺たちの警護をしてくれる者の長であるけど、その前に俺の数少ない血の繋がった身内だって事を忘れてもらっては困る。
大切な存在に血が繋がっているかどうかは、確かに関係はないだろう。それでも俺は自分の血縁者がもう、余り残っていないのを悲しく思っているんだ。幾らあなたが健康で丈夫でも、誰にだって限界はある筈だ」
血の繋がった身内…というのを薫は一切知らない。だが雫を真っ直ぐに見詰めた武を見て、知らないならば知らないままの方が、楽で良いのかもしれないと感じてしまった。
武の生命を最初に狙ったのは血縁者だったと聞いている。一方の血縁者は武を愛し、大切に想い、こうして護ろうとしている。だがもう一方の血縁者は武の存在を疎み、雫の母親の史子のように無視するか、この世から消そうと考える。その事実は武をきっと苦しめている。
だからこそ身近にいてくれる雫を大切に思うのだ。そして雫が無理をするのも忠義心だけではなくやはり、身内としての武を大切に思うからではないのだろうか。その想いがあうからこそ彼は、特務室のメンバーを一つにまとめる事が出来ているのだ。
誰かを敬い大切に思う心。身分や立場もあるがこの場合は既に、それを超えた部分があるのではと思う。
「私にとっても雫さんは、大切な従兄である清方先生の選ばれた方。血の繋がりはなくても、縁続きの身内です」
この状態に清方がどれだけ胸を痛めているかと考える。
「鷺沼さん、こういう特務室の事情を理解してはいただけませんか。紫霞宮殿下の側近の一人として、また大夫として、強くお願い申し上げます」
そう言って前に進み出て首を垂れたのは、ほとんど黙って状況を見守っていた雅久だった。
「え…あ…はい」
不意をつかれて知也はとっさに了承の返事をしてしまった。
目の前にいるのは『傾国の佳人』と呼ばれる美形。彼の事は敦紀が描いた絵画のリトグラフが、良岑 芳之刑事局長の執務室に飾られているので知っていた。絵画の中の彼も美しかったが、目の前にいる本当の彼はもっと美しいと思ってしまう。とは言っても知也はこれまでの人生で、同棲に恋愛感情も欲情も覚えた事はない。
「キャリアとして実績を詰まれて来られた経験を、どうか殿下のお為にお使いくださいますように、お願いいたします」
「わ、わかりました」
「ありがとうございます。殿下、これでよろしゅうございますね?」
武を軽く諌めてその上でこの場を収めようとする雅久の気遣いを、無にする事が出来る者はここにはいなかった。武の為となるどうしても、全員がムキになる傾向がある。それを一番理解しているのは雅久で、少し退いた位置から状況を見詰める判断を尊敬する。
自分もこうならなければならないのだと、朔耶は改めて自分を戒めた。
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