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酒場を出て、涼しい夜風を浴びながら石畳の道を歩く。
アランと別れ、ひとりになった途端、トーマスの胸の奥に重たいものが残った。
――もし付き合う気があるなら、彼女を満足させられないと続かないぞ。
アランの真剣な忠告が、耳から離れない。
それは、単に会話や気遣いのことじゃない。身体の関係だって当然、含まれるのだろう。
「……満足って、やっぱり……そういうこと、だよな…」
小さく呟いた声は、夜の闇に溶けて消える。
トーマスは容姿端麗で、学生時代から女子に言い寄られることは多かったが、恋愛や女心には疎く、友人たちと剣を振ったり学問を語ったりして過ごすほうが気楽だった。
何度か、女子達から告白されても適当にあしらい、深く考えたこともない。結果、交際歴はなく、経験もなかった。
女性に全く興味がないわけではない。
友人たちに恋人ができ、愛を育む様子を見聞きするたびに、羨ましく思うこともあった。
ただ――本気で惹かれる人が、今までいなかっただけだ。
ハルディの笑顔を思い浮かべると、胸が高鳴った。
大きな瞳に、無邪気な笑み。髪を耳にかける仕草や、何気なく近づいたときに漂う柔らかな香り――。
そして、自分だけに向けられたかのような眼差し。
思い出すだけで、身体の奥から熱がこみ上げてくる。喉が渇き、手のひらに汗がにじむ。
「……もし、あの人と交際できたら」
その想像だけで鼓動が速まり、頭の中が白くなる。
隣に並んで歩く姿や、手を取って微笑まれる光景まで浮かび、心臓が痛いほどに跳ねた。
だが――同時に、アランの言葉が胸を締めつける。
『彼女を満足させられないと続かないぞ』
その言葉が呪いのように蘇る。
自分は女性を知らない。恋人どころか、触れ合ったこともない。
そんな自分が、ハルディの隣に立つことができるのだろうか。
ハルディは受付係だった。その愛らしい容姿と、人目を惹きつける仕草は、取引先にまで知られていた。
彼女は、営業部のエースであり、華やかな雰囲気をまとったユアン先輩と交際していたらしい。
社交的で場を盛り上げることに長けた先輩と比べれば、自分は地味で、恋愛経験もない。
「……俺なんかと付き合ったら、すぐに幻滅されるんじゃないか」
足を止め、石畳を見つめながら深いため息をついた。
理性では、彼女と自分は釣り合わないとわかっているのに、心はどうしようもなくハルディに惹きつけられていく。
アランの忠告を思い返しても、不安は増すばかりだった。それでも――彼女を求める気持ちは、強くなる一方なのだった。
*
重たい気持ちを抱えながら寮の部屋へ戻ると、扉を開けた瞬間、トーマスは思わず足を止めた。
「……ジャンヌ?」
そこにはまだ明かりが灯り、机には湯気を失った料理が並んでいた。
てっきり彼女は先に帰っていると思っていたのに、待っていたのだ。
「おかえりなさい、トーマス」
ジャンヌが微笑む。その声に胸が痛む。
(……料理が冷めてる。悪いことしたな)
罪悪感がじわりと広がった。
冷めてしまった料理が申し訳なくて、ジャンヌに顔を合わせるのがつらい。
だが、この瞬間でも脳裏を離れないのはハルディの笑顔だった。
(……俺なんかが、彼女を満足させられるのか?)
アランに言われた「女性経験」の言葉が鋭く胸に突き刺さる。
ハルディと向き合うためには、避けては通れないこと――そう思えば思うほど、不安と焦りが募った。
ジャンヌの姿を見ながら、トーマスの心は乱れる。
彼女はずっと自分を支えてくれている。それでも今、頭の中を占めているのは別の女性だ。矛盾と罪悪感が重なり、胸の奥でざわめきが止まらなかった。
(……試さなきゃ。俺は――)
気づけば口が勝手に動いていた。
「今日は、もう遅いし…泊まっていったらどうだ?」
自分でも唐突だと思う言葉だった。
ジャンヌは一瞬、耳を疑ったように目を見開いた。胸が高鳴り、頬が熱くなる。
動揺しつつも、彼の提案を恋人としての誘いだと受け止める。
長い間、特別だと思ってきた相手に初めて認められた気がして、心の奥から喜びが溢れた。
「……うん。泊まっていく」
小さな声で答えるとき、ジャンヌの瞳は期待と幸福に輝いていた。
アランと別れ、ひとりになった途端、トーマスの胸の奥に重たいものが残った。
――もし付き合う気があるなら、彼女を満足させられないと続かないぞ。
アランの真剣な忠告が、耳から離れない。
それは、単に会話や気遣いのことじゃない。身体の関係だって当然、含まれるのだろう。
「……満足って、やっぱり……そういうこと、だよな…」
小さく呟いた声は、夜の闇に溶けて消える。
トーマスは容姿端麗で、学生時代から女子に言い寄られることは多かったが、恋愛や女心には疎く、友人たちと剣を振ったり学問を語ったりして過ごすほうが気楽だった。
何度か、女子達から告白されても適当にあしらい、深く考えたこともない。結果、交際歴はなく、経験もなかった。
女性に全く興味がないわけではない。
友人たちに恋人ができ、愛を育む様子を見聞きするたびに、羨ましく思うこともあった。
ただ――本気で惹かれる人が、今までいなかっただけだ。
ハルディの笑顔を思い浮かべると、胸が高鳴った。
大きな瞳に、無邪気な笑み。髪を耳にかける仕草や、何気なく近づいたときに漂う柔らかな香り――。
そして、自分だけに向けられたかのような眼差し。
思い出すだけで、身体の奥から熱がこみ上げてくる。喉が渇き、手のひらに汗がにじむ。
「……もし、あの人と交際できたら」
その想像だけで鼓動が速まり、頭の中が白くなる。
隣に並んで歩く姿や、手を取って微笑まれる光景まで浮かび、心臓が痛いほどに跳ねた。
だが――同時に、アランの言葉が胸を締めつける。
『彼女を満足させられないと続かないぞ』
その言葉が呪いのように蘇る。
自分は女性を知らない。恋人どころか、触れ合ったこともない。
そんな自分が、ハルディの隣に立つことができるのだろうか。
ハルディは受付係だった。その愛らしい容姿と、人目を惹きつける仕草は、取引先にまで知られていた。
彼女は、営業部のエースであり、華やかな雰囲気をまとったユアン先輩と交際していたらしい。
社交的で場を盛り上げることに長けた先輩と比べれば、自分は地味で、恋愛経験もない。
「……俺なんかと付き合ったら、すぐに幻滅されるんじゃないか」
足を止め、石畳を見つめながら深いため息をついた。
理性では、彼女と自分は釣り合わないとわかっているのに、心はどうしようもなくハルディに惹きつけられていく。
アランの忠告を思い返しても、不安は増すばかりだった。それでも――彼女を求める気持ちは、強くなる一方なのだった。
*
重たい気持ちを抱えながら寮の部屋へ戻ると、扉を開けた瞬間、トーマスは思わず足を止めた。
「……ジャンヌ?」
そこにはまだ明かりが灯り、机には湯気を失った料理が並んでいた。
てっきり彼女は先に帰っていると思っていたのに、待っていたのだ。
「おかえりなさい、トーマス」
ジャンヌが微笑む。その声に胸が痛む。
(……料理が冷めてる。悪いことしたな)
罪悪感がじわりと広がった。
冷めてしまった料理が申し訳なくて、ジャンヌに顔を合わせるのがつらい。
だが、この瞬間でも脳裏を離れないのはハルディの笑顔だった。
(……俺なんかが、彼女を満足させられるのか?)
アランに言われた「女性経験」の言葉が鋭く胸に突き刺さる。
ハルディと向き合うためには、避けては通れないこと――そう思えば思うほど、不安と焦りが募った。
ジャンヌの姿を見ながら、トーマスの心は乱れる。
彼女はずっと自分を支えてくれている。それでも今、頭の中を占めているのは別の女性だ。矛盾と罪悪感が重なり、胸の奥でざわめきが止まらなかった。
(……試さなきゃ。俺は――)
気づけば口が勝手に動いていた。
「今日は、もう遅いし…泊まっていったらどうだ?」
自分でも唐突だと思う言葉だった。
ジャンヌは一瞬、耳を疑ったように目を見開いた。胸が高鳴り、頬が熱くなる。
動揺しつつも、彼の提案を恋人としての誘いだと受け止める。
長い間、特別だと思ってきた相手に初めて認められた気がして、心の奥から喜びが溢れた。
「……うん。泊まっていく」
小さな声で答えるとき、ジャンヌの瞳は期待と幸福に輝いていた。
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