【完結・R18】花のように微笑み、棘のように傷ついて

とっくり

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 温もりの余韻に包まれた寝室。
シーツにはまだ二人の熱がこもり、吐息の名残が漂っている。

 ベッドの上で肩で息をしながら、トーマスは長く息を吐き出した。
 胸の鼓動は早鐘のように高鳴り、今しがたの行為の現実味がようやく身体に馴染み始めていた。

「……ジャンヌ」

 名を呼ぶと、寄り添う彼女がかすかに身じろぎする。
 肩を片腕でそっと抱き寄せると、小さな震えが掌を通じて伝わってきた。

 それは寒さからではなく、昂ぶりの余韻ゆえだと分かる。

 頬はまだ紅潮し、長い睫毛の影が揺れていた。指先はシーツをきゅっと掴み、解けない結び目のように緊張を宿している。

 羞恥と戸惑い、その奥にかすかな幸福が混ざった表情だった。

 ――初めて、女性を抱いた。
 その事実が胸に重く響く。

 柔らかな身体に覆い被さり、甘い肌を味わった。

 自身の塊が彼女の奥へ入った瞬間は、驚くほどの快楽が全身を駆け抜けた。
 自分もついに一歩を踏み出したのだと、奇妙な実感が押し寄せてくる。

 けれども、まぶたを閉じると浮かんでくるのは、目の前のジャンヌではなかった。

――ハルディ。

 愛らしい笑顔。澄んだ瞳。場の空気を一瞬で掌握してしまう明るさ。その姿がどうしても消えない。

 そして同時に思い出す。
 彼女はかつて、ユアン先輩と付き合っていた。会社の皆から一目を置かれ、華やかで人望のあるあの先輩と。

(……ユアン先輩に、抱かれたのか)

 考えたくもない光景が脳裏を侵食する。

 ユアンが彼女を抱き寄せ、彼女のふっくらとした唇を奪い、中をじっとりと潤す。
 ユアンの高まりがハルディの奥を貫き、彼女が甘い嬌声を上げる。

 二人の身体が一つに繋がり、溶け合うーーそんな想像が、止めようとしても湧き上がってくる。

 胸の奥がざらつき、焼けるような嫉妬が心臓を締めつけた。

 誰よりも深く、誰よりも強く、彼女を悦ばせて満たしたい。その渇望は、トーマス自身が驚くほど激しいものだった。

 寝返りを打つと、隣でジャンヌが目を細めて微笑んだ。

「……トーマス」

 その声は安堵と幸福に満ちている。
彼女の表情を見て、一瞬、胸は高鳴る。
だがそれは愛おしさというより、欲求を満たした充足感に近かった。

 一方でジャンヌは、まったく別の世界にいた。

 トーマスの胸に顔を埋め、鼓動を聴きながら幸せそうに目を閉じる。

(やっと……並んで歩けるんだ)
 その確信が胸を温かく満たしていた。

 彼女にとって、この夜は永遠に記憶に残る一歩だった。
 ずっと片思いをしてきた彼の隣に立てる日を夢見て、幾度も心をすり減らしてきた。ようやく報われた――そう信じて疑わない。

「……私、幸せ」

 小さく洩らした言葉に、トーマスは目を瞬かせる。
 潤んだ瞳で見つめ、微笑むジャンヌ。その頬は火照り、長い睫毛が震えていた。

「ずっと……こうなれたらいいなって思ってたの。だから今は夢みたい」

「ジャンヌも、があったのか?」
 トーマスは、ジャンヌが自分に恋愛感情を持っているとは考えていなかった。

 好意はあると思っていたが、それは自分と同じ、幼馴染としての「好き」だと思っている。

「え? 興味?……違うわ。こうして結ばれたのがトーマスで良かったと思ってるの。トーマスは違うの?」

「……うん?…まぁ、いつかは誰かと経験するものだとは思ってたよ。とはできないからさ」

「そ、そうよね!」

 トーマスの「」という言葉に自分は含まれていないと理解し、ジャンヌの気持ちは浮き立つ。

 だがトーマスは自覚していた。
 自分がジャンヌを求めた理由は、恋愛経験の乏しさから来る不安を解消したかっただけ。
 ――ハルディに向き合う自信を得るために、幼馴染の彼女が都合よく存在していただけなのだ。

(……一度抱いたくらいじゃ、ハルディを満足させられないかもしれない)
 
 身体の関係を持つまでになったが、二人の想いはすれ違っている。

 同じベッドで抱き合いながらも、心は決して一つにはなっていなかった。

 やがてジャンヌは安らかな寝息を立て始める。その寝顔を見ながら、トーマスはそっと目を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶのはハルディばかり。
 夢の中に現れたのも、ジャンヌではなく――
彼の心を強烈に独占するハルディの幻影だった。
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