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本編【カレンへの試練】
Ⅳ. The Lovers(恋人たち)②
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カレンはすぐさま部屋を出て、誰にも見られないよう慎重にかつ急ぎ足で電話室に向かった。
恐る恐る受話器を取り、「もしもし……?」と応じたカレンに、電話の向こうの彼は信じられない一言を発した。
「おはようございます、ハニー? お休みの日でもお話しできるなんて、嬉しいなぁ」
いつになく優しげで甘ったるい彼の声色に、カレンは戦慄し、絶句した。まるで、本当に恋人に語りかけているようだった。
同年代の異性からそのような呼ばれ方をしたことがない彼女は、不覚にも顔がぽっと熱くなるのを感じてしまった。ところが同時に、『ハニー』などというその甘い呼びかけが、カレンにとってこの時ほど不気味で恐ろしく感じられたことは一度も無かった。
彼のこの怪物並みの演技力といったらなんたることか。話している人間の声自体は彼のものであるはずなのに、別人のように聞こえてしまう。『ハニー』(夫婦、恋人、子どもなど親しい関係の人間に対して使う語)という言葉一つとってみたって、そこに込められている感情はやけにリアルで生々しい。
この時カレンは、彼の顔を思い浮かべた。かといって、ハッキリと思い出せたわけではない。あんなに近くで話したのに、なぜかぼやけて思い出せない。それでも、完璧なようで『何か』が欠けているあの感じ。あの感じだけは、ざらっとした鈍い感触として記憶に残っていた。だからこそ、そんな彼からこのような甘い言葉が発せられているだなんて、それこそ本物の人形が喋り出すことよりも恐ろしい……。
受話器をうっかり落としたりしなかったのが自分でも不思議だった上、もっと言えば本当に『チャーリー』が電話をかけてきたならまだよかったのに、とさえ嘆いてしまった。
「どうしたの? 聞こえているくせに、無視しないでよ。せっかく二人きりで話せるんだから、周りに人がいないか確認してくれませんか?」
容赦なく恋人を演じ続ける彼に対して、カレンは何がなんだか分からなくなってきていた。
自分がおかしいのだろうか? それとも、何事もないかのように話を進めていく彼がおかしいのだろうか?
困乱する一方で、彼が言っていることは理解できた。部外者に会話を聞かれないように気を付けろと言いたいのだろう。
電話を繋いだまま、個室になっている電話室の外の廊下の様子も確認した。震える目つきで右、左と見渡したが誰もいない。不気味なほど静かだった。
「い、いないけど……?」
「そう。じゃあ、そのまま静かに聞いててくださいね。今からお迎えに行くので、僕の家に来てください」
「へぇっ?! なんで?」
とうとう動揺を隠せなくなったカレンが素っ頓狂な声を上げたものの、彼はそれを無視し、迎えの集合場所と時間を一方的に通告し終えると、さっさと通話を切り上げたいと言っているかののように、ブツりと通話を切ってしまった。
その後、事情を聞いたハルヒコは、チャーリーとの集合場所までカレンを送迎することを申し出てくれた。ところが、『チャーリーくんと会うところを見られるのは恥ずかしいから早めに帰って欲しい』というもっともらしい嘘をついてしまったことで、「そ、そうですよね……! 私の考えが及ばず、申し訳ございません……」と気恥ずかしそうに赤面した彼を見た時、ハルヒコがくれた思いやりに対する感謝と申し訳なさから、昔のように抱きついてしまいたいという衝動に駆られるも、カレンはそれを涙を飲んで堪えたのだった。
恐る恐る受話器を取り、「もしもし……?」と応じたカレンに、電話の向こうの彼は信じられない一言を発した。
「おはようございます、ハニー? お休みの日でもお話しできるなんて、嬉しいなぁ」
いつになく優しげで甘ったるい彼の声色に、カレンは戦慄し、絶句した。まるで、本当に恋人に語りかけているようだった。
同年代の異性からそのような呼ばれ方をしたことがない彼女は、不覚にも顔がぽっと熱くなるのを感じてしまった。ところが同時に、『ハニー』などというその甘い呼びかけが、カレンにとってこの時ほど不気味で恐ろしく感じられたことは一度も無かった。
彼のこの怪物並みの演技力といったらなんたることか。話している人間の声自体は彼のものであるはずなのに、別人のように聞こえてしまう。『ハニー』(夫婦、恋人、子どもなど親しい関係の人間に対して使う語)という言葉一つとってみたって、そこに込められている感情はやけにリアルで生々しい。
この時カレンは、彼の顔を思い浮かべた。かといって、ハッキリと思い出せたわけではない。あんなに近くで話したのに、なぜかぼやけて思い出せない。それでも、完璧なようで『何か』が欠けているあの感じ。あの感じだけは、ざらっとした鈍い感触として記憶に残っていた。だからこそ、そんな彼からこのような甘い言葉が発せられているだなんて、それこそ本物の人形が喋り出すことよりも恐ろしい……。
受話器をうっかり落としたりしなかったのが自分でも不思議だった上、もっと言えば本当に『チャーリー』が電話をかけてきたならまだよかったのに、とさえ嘆いてしまった。
「どうしたの? 聞こえているくせに、無視しないでよ。せっかく二人きりで話せるんだから、周りに人がいないか確認してくれませんか?」
容赦なく恋人を演じ続ける彼に対して、カレンは何がなんだか分からなくなってきていた。
自分がおかしいのだろうか? それとも、何事もないかのように話を進めていく彼がおかしいのだろうか?
困乱する一方で、彼が言っていることは理解できた。部外者に会話を聞かれないように気を付けろと言いたいのだろう。
電話を繋いだまま、個室になっている電話室の外の廊下の様子も確認した。震える目つきで右、左と見渡したが誰もいない。不気味なほど静かだった。
「い、いないけど……?」
「そう。じゃあ、そのまま静かに聞いててくださいね。今からお迎えに行くので、僕の家に来てください」
「へぇっ?! なんで?」
とうとう動揺を隠せなくなったカレンが素っ頓狂な声を上げたものの、彼はそれを無視し、迎えの集合場所と時間を一方的に通告し終えると、さっさと通話を切り上げたいと言っているかののように、ブツりと通話を切ってしまった。
その後、事情を聞いたハルヒコは、チャーリーとの集合場所までカレンを送迎することを申し出てくれた。ところが、『チャーリーくんと会うところを見られるのは恥ずかしいから早めに帰って欲しい』というもっともらしい嘘をついてしまったことで、「そ、そうですよね……! 私の考えが及ばず、申し訳ございません……」と気恥ずかしそうに赤面した彼を見た時、ハルヒコがくれた思いやりに対する感謝と申し訳なさから、昔のように抱きついてしまいたいという衝動に駆られるも、カレンはそれを涙を飲んで堪えたのだった。
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