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第一章 再会は突然に

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馬車を再び降りると、そこには知らない世界が広がっていた。



行き交う人々の多さに眩暈がして、がやがやとした喧騒に耳は馴染まない。

食べ物の匂いもあちらこちらから漂い、感覚のすべてが刺激されている。



「こっちよ」



街の雰囲気に紛れて、パトリシアの口調も普段より随分と砕けていた。



パトリシアは慣れた様子で街の中を歩いていく。

ずんずんと人混みを掻き分けていく彼女についていくうちに、いつの間にか御者とはぐれてしまったらしい。



俺たちは三人だけになっていた。

というか、そもそも公爵令嬢がたった一人で街に繰り出そうとしているのがおかしい話なのだ。



「おい、どこに向かっているんだよ」



俺がパトリシアに話しかけたそのとき、ふらつきながら歩いている大男とぶつかった。

大男からはつんと酒の匂いがしていた。



「お? なんだぁ?」



今この場に頼れる大人はいない。俺は殿下とパトリシアを背中に庇った。

……三人の中で一番に価値がないのは俺だから。



二人を守れない側近候補に存在意義などないのだから。



きっと酔っ払いを睨み上げる。

すると、大男がにやりと下衆な笑顔を浮かべた。



「ほう、面白い坊主だな。いいぞ、かかってこいよ」



大男はそう言うと、片手に持っていた瓶を道の脇に投げ捨てた。



大男が挑発的な仕草で俺を煽ってくる。

俺はこれまで習ってきた全てを持って奴に挑んだ。



曲がりなりにも王族の側近なのだ。

「それなり」の働きをしなければならない。



そう意気込んだはいいものの、結果は惨敗だった。

軽く足払いをされ、決着がついた。



フェイントをかけていたにも関わらず、だ。

不思議なほど悔しいという感情は湧かなかった。



それほどまでに全力を尽くしたし、その全力を圧倒的に上回る力ですねじ伏せられたのだ。



この人には敵わない。

素直にそう思った。



と同時に。

比較せずにはいられなかった。

これはもう物心ついた時からの悪癖だ。



取るに足らない、空想の話だ。

もしも、もしも仮に、二人の兄上がここにいたら。



俺ではなく、彼らが殿下とパトリシアを守っていたのなら。



――――きっと殿下とパトリシアもがっかりしていることだろう。



そんな覚悟でパトリシアたちの方を見ると、何やら大男は彼女と仲が良さそうに談笑していた。
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