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言の葉デリバリー
言の葉デリバリー4
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マジックアワーで淡く揺らめく空模様を助手席の窓から眺めながら、ついさっきまで浸かっていた魔法のような時間を思い出す。
夏希さんの朗読の後、少しだけお茶菓子をいただきながら談笑して、僕たちは秋江さんの家を辞した。僕らが家を出る時、秋江さんの顔に潜んでいた寂しさはすっかり消えていた。それは決して僕らの存在が一時の気分転換になったからということではなくて、冬休みまでの4ヶ月間が秋江さんにとってただ待ち続けるだけの日々ではなくなったのだろう。
「ねえ、悠人君。どうだった?」
事務所への帰り道、行きよりも気持ちゆっくりと運転している夏希さんが横目で僕を見る。今の気持ちを表す言葉は直ぐに浮かんでこなかった。でも、それはいつもの感情を言葉にしてはいけないといった追い詰められるような感じではなくて、ただ単に適切に言い表せる言葉が見当たらなかった。
「なんか、ぐちゃぐちゃにかき回されちゃって。どんな言葉にしたらいいのかわからないです」
結局、ありのままを口にすることしかできなかった。雪乃さんが書いた物語の意味とか秋江さんが受け取ったものとか色々と考えるし、そういったものと関係ないはずの僕の境遇とも重ねてしまっていた。
例えばこれから先、僕が結婚して子供ができたとき、僕の親はどんな風にその子を見るだろう。もしそれが“兄の子”と一緒にいた場合はどうだろうか。そんなことを考えていると、知らず知らずのうちにため息が溢れてくる。
「それでいいんだと思うよ。私もね、仕事が終わった後の感情を書けっていわれてもできないから。鈴ちゃんの物語って、なにか特別な言葉が使われてるわけでもないのに、いつの間にか読み上げた私の方まで知らなかった想いを突き付けられることがよくあるの」
そうなのかもしれない。どの部分、ということは難しいけど、間違いなく僕も朗読に当てられている。雪乃さんが創った物語を夏希さんが語る。時折手に取る小説との違いはそれくらいのはずなのに、どうしてこんなにも胸の奥をぐちゃぐちゃとかき回されるんだろう。
「ねえ、悠人君。どうして私が君のことをバイトに誘ったと思う?」
「それは、僕が夏希さんの知り合いで……」
夏希さんが小さく首を振るのが見えて、僕は言葉を途中で止める。
「何人もいる知り合いから、私は悠人君が一番向いてると思ったんだ。それはね、君が私の知ってる人の中で誰よりも、人の気持ちに寄り添うことができる人だから」
「気持ちに、寄り添う……」
夏希さんの言葉はいまいちピンとは来なかった。普段そういったことを意識して生きているわけでもなければ、親との間の蟠りを見てみぬふりしてやり過ごしている僕はむしろ真逆のタイプな気さえする。
「鈴ちゃんがどういう人かすぐに感じ取って、受け入れてくれて。それに、気づいてる? さっき私が朗読してるとき、君はずっと秋江さんと同じ表情だったんだよ。私たちが秋江さんの為に書いた話を悠人君は自然と自分事として受け止めてた」
夏希さんがニッと笑う。それは夏休みにおばあちゃんの家で宝物を見つけてキラキラと輝く少女の笑みのようにも見えた。
「そういったことを普通にできちゃう悠人君が、鈴ちゃんの物語にどんな色をつけるのか凄い楽しみなの」
「色、ですか?」
夏希さんから少し視線を外して窓の外を見る。淡い色合いが映える黄昏時が徐々に夕闇の中に沈んでいた。西から東へのグラデーションは一か所たりとも同じ色はない。それどころか同じ場所でさえ時間とともにその色合いは移ろっていく。
「鈴ちゃんの物語には余白があって、依頼をくれた人が必要としているものが何か考えながら、私はそこに色を付けて読み上げてるんだけどね。悠人君ならどんな色が一番ふさわしいのか、私よりもずっとよく見えると思うから」
誰かが必要なものを見つけて、僕なりの色を付けた物語を贈る。そんなことができる実感は全然ない。だけど、もし僕にそんなことができるなら、いつかは僕自身の言葉で想いを伝えることもできるようになるだろうか。
「夏希さん。僕にも誰かを励ましたり勇気づけたり、そんなことができるようになれますか?」
夏希さんが車を路肩に停車させた。自信に満ちた笑みがじっと僕を見る。
「できるよ、悠人君なら」
夏希さんが右手を差し出す。
朗読なんてしたことないし、誰かが必要としている色が僕に本当に見えるかもわからない。それでも、手を伸ばしたかった。相手が変わるんじゃないかと期待して待っているだけじゃなくて、変えることができるということを確かめてみたかった。
「よろしくお願いします。夏希さん」
重ねた夏希さんの右手は麗らかな陽だまりのように温かかった。夏希さんは今日一番の笑顔を浮かべる。
ああ、そっか。僕が積み上げていくべきなのは、こういうものかもしれない。
一つずつ積み上げていった先で、僕はもう一度家族と心の底から笑うことができるだろうか。
夏希さんの朗読の後、少しだけお茶菓子をいただきながら談笑して、僕たちは秋江さんの家を辞した。僕らが家を出る時、秋江さんの顔に潜んでいた寂しさはすっかり消えていた。それは決して僕らの存在が一時の気分転換になったからということではなくて、冬休みまでの4ヶ月間が秋江さんにとってただ待ち続けるだけの日々ではなくなったのだろう。
「ねえ、悠人君。どうだった?」
事務所への帰り道、行きよりも気持ちゆっくりと運転している夏希さんが横目で僕を見る。今の気持ちを表す言葉は直ぐに浮かんでこなかった。でも、それはいつもの感情を言葉にしてはいけないといった追い詰められるような感じではなくて、ただ単に適切に言い表せる言葉が見当たらなかった。
「なんか、ぐちゃぐちゃにかき回されちゃって。どんな言葉にしたらいいのかわからないです」
結局、ありのままを口にすることしかできなかった。雪乃さんが書いた物語の意味とか秋江さんが受け取ったものとか色々と考えるし、そういったものと関係ないはずの僕の境遇とも重ねてしまっていた。
例えばこれから先、僕が結婚して子供ができたとき、僕の親はどんな風にその子を見るだろう。もしそれが“兄の子”と一緒にいた場合はどうだろうか。そんなことを考えていると、知らず知らずのうちにため息が溢れてくる。
「それでいいんだと思うよ。私もね、仕事が終わった後の感情を書けっていわれてもできないから。鈴ちゃんの物語って、なにか特別な言葉が使われてるわけでもないのに、いつの間にか読み上げた私の方まで知らなかった想いを突き付けられることがよくあるの」
そうなのかもしれない。どの部分、ということは難しいけど、間違いなく僕も朗読に当てられている。雪乃さんが創った物語を夏希さんが語る。時折手に取る小説との違いはそれくらいのはずなのに、どうしてこんなにも胸の奥をぐちゃぐちゃとかき回されるんだろう。
「ねえ、悠人君。どうして私が君のことをバイトに誘ったと思う?」
「それは、僕が夏希さんの知り合いで……」
夏希さんが小さく首を振るのが見えて、僕は言葉を途中で止める。
「何人もいる知り合いから、私は悠人君が一番向いてると思ったんだ。それはね、君が私の知ってる人の中で誰よりも、人の気持ちに寄り添うことができる人だから」
「気持ちに、寄り添う……」
夏希さんの言葉はいまいちピンとは来なかった。普段そういったことを意識して生きているわけでもなければ、親との間の蟠りを見てみぬふりしてやり過ごしている僕はむしろ真逆のタイプな気さえする。
「鈴ちゃんがどういう人かすぐに感じ取って、受け入れてくれて。それに、気づいてる? さっき私が朗読してるとき、君はずっと秋江さんと同じ表情だったんだよ。私たちが秋江さんの為に書いた話を悠人君は自然と自分事として受け止めてた」
夏希さんがニッと笑う。それは夏休みにおばあちゃんの家で宝物を見つけてキラキラと輝く少女の笑みのようにも見えた。
「そういったことを普通にできちゃう悠人君が、鈴ちゃんの物語にどんな色をつけるのか凄い楽しみなの」
「色、ですか?」
夏希さんから少し視線を外して窓の外を見る。淡い色合いが映える黄昏時が徐々に夕闇の中に沈んでいた。西から東へのグラデーションは一か所たりとも同じ色はない。それどころか同じ場所でさえ時間とともにその色合いは移ろっていく。
「鈴ちゃんの物語には余白があって、依頼をくれた人が必要としているものが何か考えながら、私はそこに色を付けて読み上げてるんだけどね。悠人君ならどんな色が一番ふさわしいのか、私よりもずっとよく見えると思うから」
誰かが必要なものを見つけて、僕なりの色を付けた物語を贈る。そんなことができる実感は全然ない。だけど、もし僕にそんなことができるなら、いつかは僕自身の言葉で想いを伝えることもできるようになるだろうか。
「夏希さん。僕にも誰かを励ましたり勇気づけたり、そんなことができるようになれますか?」
夏希さんが車を路肩に停車させた。自信に満ちた笑みがじっと僕を見る。
「できるよ、悠人君なら」
夏希さんが右手を差し出す。
朗読なんてしたことないし、誰かが必要としている色が僕に本当に見えるかもわからない。それでも、手を伸ばしたかった。相手が変わるんじゃないかと期待して待っているだけじゃなくて、変えることができるということを確かめてみたかった。
「よろしくお願いします。夏希さん」
重ねた夏希さんの右手は麗らかな陽だまりのように温かかった。夏希さんは今日一番の笑顔を浮かべる。
ああ、そっか。僕が積み上げていくべきなのは、こういうものかもしれない。
一つずつ積み上げていった先で、僕はもう一度家族と心の底から笑うことができるだろうか。
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