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その傷跡を抱きしめて
その傷跡を抱きしめて1
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「何だよ悠人、夏休みなのに浮かない顔してんな」
クーラーがガンガンに効いたファミレスで日替わりランチのハンバーグにフォークを伸ばしながら、恭太は怪訝そうな顔で僕を見る。こんがりと小麦色に日焼けした恭太は午前中に陸上部の練習を終えてきたはずなのに、僕の生気を吸い取ったかのように溌溂としていた。
「いやあ、バイトの調子がいまいちよくなくてさ……」
恭太は高校時代のクラスメイトで、今は同じ大学の文学部に所属している。それでこうして時々昼食を一緒に食べたりするのだけど、色々と愚痴やらなんやら吐き出せる貴重な気の置けない友人だった。
「そういえば新しくバイト始めたんだっけ。でも、またデリバリーなんだろ? 悠人なら慣れっこじゃん」
「前は弁当運ぶだけでよかったんだけど、今回はキッチンスタッフ兼ねてる……というか出張調理するみたいな?」
気の置けない間柄、ではあるのだけど『言の葉デリバリー』の詳細までは伝えていない。言葉を届けるというバイトをすんなりと理解してもらえるとは思えなかったし、万が一理解されたとして興味本位で注文されたら目も当てられない。
「ふうん、よくわかんないけど大変そうだな。盆もずっとバイトすんの?」
「まずはバイトの内容覚えちゃいたいし。それに、そもそも奨学金だけだと学費きついしさ」
嘘はついてないけど、それだけではなく実家に帰りにくいというのもあった。だけど、わざわざ空気を不味くする必要もない。
「すげえな、悠人は。俺も一応バイトはしてるけど殆ど走ってばっかりだからなあ」
「僕からすればこの凄い暑い中で練習してる恭太の方が凄いけど」
窓の外では痛そうなくらいの陽射しがジリジリとコンクリートを焼いていた。走るのなんてもってのほかで自転車でバイト先に向かうのすら億劫になる。
「実はさ、9月の駅伝の選手に選ばれてさ。めちゃめちゃ気合入ってんだよ」
「へえ、凄いじゃん」
「まあ、エースの先輩が不調でその枠に滑り込んだ感じだから素直に喜べないんだけどな。もし俺がブレーキになったらその先輩に申し訳が立たないし」
そう言いながらも恭太の顔はキラキラと輝いていた。高校時代から恭太はギラギラと燃えていて、どんな壁も真っすぐ突き破っていく感じで、近くで見ていると少しばかり眩しかった。それでも、その明るさに救われることも少なくなくて、高校時代に恭太に出会えていなければこうして大学に進んでいたかもわからない。
「話戻るけどさ、悠人、前のバイトは上手いことやってたじゃん。昔から器用なタイプだと思ってたんだけどな」
「そんなに器用だったっけ。自覚ないなあ」
「いやいや、文化祭とかで殺伐としたグループがあったとしても、悠人を放り込んでおけばどうにかなるって委員長とか感謝してたぜ」
「それは器用っていうか、都合よくつかわれてる気がする」
ドリンクバーの少し薄めのメロンソーダをズルズルと吸う。そういえば高校時代は不和のあるグループによく放り込まれてた。当時は運が悪いくらいに思っていたけど、今思えば調整役とみなされていたのか。
「それで、そんな器用な悠人君は何に苦労してるんだ?」
バイトを始めてから一週間、僕は夏希さんの仕事を見学しながら朗読の練習をしていた。朗読の練習は夏希さんと雪乃さんを相手に行うのだけど、その反応は芳しくない。雪乃さんから反応がないっていうのは予想がついていたけど、夏希さんも腕を抱えて悩まし気な表情を浮かべてしまう有様だった。
思い返すだけでため息が溢れてくる。やっぱり僕に才能なんてないんじゃないだろうか。読んでいるのは同じ雪乃さんの物語のはずなのに、夏希さんが朗読するように上手くいかない。
「あー、やっぱいいや。なんか大変そうってことだけは理解した」
言いよどんでいるうちに恭太が続ける。恭太はグラスに残るウーロン茶を飲み干しながら苦笑を浮かべていた。朗読のことを話さずに苦労を伝えることが難しいのでありがたく頷いて話題を終わらせる。
元々自分の朗読力なんて信じてなかったわけだけど、それにしたって予想以上だった。そういえば恭太は文学部なのだし、朗読のコツとかも知っているのかな。まあ、文学部が朗読の練習をするなんて聞いたことないけど。ああ、でも文章を読むコツみたいなのは知ってるのかな。そういえば、雪乃さんも文学部だったっけ。
「あのさ、恭太。雪乃さんって知ってる?」
「ああ、わかるけど……。もしかしてだけどさ、悠人。悪いこと言わないから雪乃さんはやめとけ?」
恭太は本気で心配するような視線を僕の方に向ける。大いに誤解されているようで慌てて掌をブンブン横に振る。
「いやいやいや、そういうのじゃないから。バイト先で一緒になったからどんな子なのかなって」
「どんな子っていっても、俺も殆ど話したことないからなあ。というか、女子同士とかで話しているのもほとんど見たことないし」
恭太は軽く天井の方を見て記憶をたどる仕草をするけど、すぐに困り顔になってしまった。何となくわかる気がする。この一週間、業務連絡のような会話は何度か交わす機会があったけど、感情を面に出すことは一切なかった。
「ああ、そうだ。ちょっと気分よくない話なんだけどさ」
「うん?」
恭太は少し身を伏せるようにして声のトーンを落とす。
「他の女子とかは雪乃さんのこと、陰で『雪女』って呼んでるらしいんだ」
クーラーがガンガンに効いたファミレスで日替わりランチのハンバーグにフォークを伸ばしながら、恭太は怪訝そうな顔で僕を見る。こんがりと小麦色に日焼けした恭太は午前中に陸上部の練習を終えてきたはずなのに、僕の生気を吸い取ったかのように溌溂としていた。
「いやあ、バイトの調子がいまいちよくなくてさ……」
恭太は高校時代のクラスメイトで、今は同じ大学の文学部に所属している。それでこうして時々昼食を一緒に食べたりするのだけど、色々と愚痴やらなんやら吐き出せる貴重な気の置けない友人だった。
「そういえば新しくバイト始めたんだっけ。でも、またデリバリーなんだろ? 悠人なら慣れっこじゃん」
「前は弁当運ぶだけでよかったんだけど、今回はキッチンスタッフ兼ねてる……というか出張調理するみたいな?」
気の置けない間柄、ではあるのだけど『言の葉デリバリー』の詳細までは伝えていない。言葉を届けるというバイトをすんなりと理解してもらえるとは思えなかったし、万が一理解されたとして興味本位で注文されたら目も当てられない。
「ふうん、よくわかんないけど大変そうだな。盆もずっとバイトすんの?」
「まずはバイトの内容覚えちゃいたいし。それに、そもそも奨学金だけだと学費きついしさ」
嘘はついてないけど、それだけではなく実家に帰りにくいというのもあった。だけど、わざわざ空気を不味くする必要もない。
「すげえな、悠人は。俺も一応バイトはしてるけど殆ど走ってばっかりだからなあ」
「僕からすればこの凄い暑い中で練習してる恭太の方が凄いけど」
窓の外では痛そうなくらいの陽射しがジリジリとコンクリートを焼いていた。走るのなんてもってのほかで自転車でバイト先に向かうのすら億劫になる。
「実はさ、9月の駅伝の選手に選ばれてさ。めちゃめちゃ気合入ってんだよ」
「へえ、凄いじゃん」
「まあ、エースの先輩が不調でその枠に滑り込んだ感じだから素直に喜べないんだけどな。もし俺がブレーキになったらその先輩に申し訳が立たないし」
そう言いながらも恭太の顔はキラキラと輝いていた。高校時代から恭太はギラギラと燃えていて、どんな壁も真っすぐ突き破っていく感じで、近くで見ていると少しばかり眩しかった。それでも、その明るさに救われることも少なくなくて、高校時代に恭太に出会えていなければこうして大学に進んでいたかもわからない。
「話戻るけどさ、悠人、前のバイトは上手いことやってたじゃん。昔から器用なタイプだと思ってたんだけどな」
「そんなに器用だったっけ。自覚ないなあ」
「いやいや、文化祭とかで殺伐としたグループがあったとしても、悠人を放り込んでおけばどうにかなるって委員長とか感謝してたぜ」
「それは器用っていうか、都合よくつかわれてる気がする」
ドリンクバーの少し薄めのメロンソーダをズルズルと吸う。そういえば高校時代は不和のあるグループによく放り込まれてた。当時は運が悪いくらいに思っていたけど、今思えば調整役とみなされていたのか。
「それで、そんな器用な悠人君は何に苦労してるんだ?」
バイトを始めてから一週間、僕は夏希さんの仕事を見学しながら朗読の練習をしていた。朗読の練習は夏希さんと雪乃さんを相手に行うのだけど、その反応は芳しくない。雪乃さんから反応がないっていうのは予想がついていたけど、夏希さんも腕を抱えて悩まし気な表情を浮かべてしまう有様だった。
思い返すだけでため息が溢れてくる。やっぱり僕に才能なんてないんじゃないだろうか。読んでいるのは同じ雪乃さんの物語のはずなのに、夏希さんが朗読するように上手くいかない。
「あー、やっぱいいや。なんか大変そうってことだけは理解した」
言いよどんでいるうちに恭太が続ける。恭太はグラスに残るウーロン茶を飲み干しながら苦笑を浮かべていた。朗読のことを話さずに苦労を伝えることが難しいのでありがたく頷いて話題を終わらせる。
元々自分の朗読力なんて信じてなかったわけだけど、それにしたって予想以上だった。そういえば恭太は文学部なのだし、朗読のコツとかも知っているのかな。まあ、文学部が朗読の練習をするなんて聞いたことないけど。ああ、でも文章を読むコツみたいなのは知ってるのかな。そういえば、雪乃さんも文学部だったっけ。
「あのさ、恭太。雪乃さんって知ってる?」
「ああ、わかるけど……。もしかしてだけどさ、悠人。悪いこと言わないから雪乃さんはやめとけ?」
恭太は本気で心配するような視線を僕の方に向ける。大いに誤解されているようで慌てて掌をブンブン横に振る。
「いやいやいや、そういうのじゃないから。バイト先で一緒になったからどんな子なのかなって」
「どんな子っていっても、俺も殆ど話したことないからなあ。というか、女子同士とかで話しているのもほとんど見たことないし」
恭太は軽く天井の方を見て記憶をたどる仕草をするけど、すぐに困り顔になってしまった。何となくわかる気がする。この一週間、業務連絡のような会話は何度か交わす機会があったけど、感情を面に出すことは一切なかった。
「ああ、そうだ。ちょっと気分よくない話なんだけどさ」
「うん?」
恭太は少し身を伏せるようにして声のトーンを落とす。
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