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ありのままの貴方で
ありのままの貴方で9
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道尾さんへの朗読を終えてから一週間がたった。結局あれ以降、道尾さんのことは見かけていない。朗読の翌日に木下さんからお礼の連絡が来て、それっきりだった。
僕の朗読の技術はまだまだ勉強することの方が多すぎると思う。夏希さんだって毎回上手くいくわけではないといってくれたし、それはわかっているけど、モヤモヤとしたものがずっと胸の奥の方に居座り続けていた。
今日は午前中から言の葉デリバリーに出勤して、スマホでテレビを見ていた。道尾さんから言われた恭太を応援してやってくれという言葉。テレビ画面ではまだ残暑が居座る山道をランナーたちが襷をかけて走っている。これまで駅伝なんて正月の箱根駅伝しか見たことがなくて、九月の駅伝というのは何だか新鮮だった。
「うちの大学、どんな調子?」
のんびりと事務所の片づけをしていた夏希さんが尋ねてくる。夏希さんも雪乃さんも今日は午前中から出勤してきたけど、特に駅伝の様子を見る事はなく普段通り過ごしていた。カタカタというタイプ音のBGMもいつものように響いている。
「あまり芳しくはないですね」
長部田大学は全体の真ん中くらいの順位だった。実況を聞いているともう少し上位争いをしていてもおかしくなかったらしいが、やはり道尾さんが走れなかった穴は大きいらしい。それ自体をどうこう思うわけではない。例え道尾さんへの朗読がどれだけ上手くいったとしてもこの駅伝に道尾さんが走ることはなかったのだから。
「悠人君の友達はもう走ったの?」
「この次みたいです」
恭太の走順はアンカーの一つ前。一番短い区間――それでも僕が走れと言われたらとても無理な距離だけど――を走るようだった。ちょうど中継所の映像に切り替わる。続々と各大学のランナーが走り込んできて、襷を繋いでいった。
「長部田大学は3年生の秋浜大地から1年生の月代恭太への襷リレーです!」
実況で自分の知り合いの名前が呼ばれるのはどことなくむず痒い。画面の中では襷を受け取った恭太がぐっと前を見据えて走り出した。そこで画面は再び先頭車へと切り替わる。頑張れ、と心の中で声援を送ってから画面から視線を外し、そっと雪乃さんの様子を伺う。
道尾さんへの朗読の結果について、雪乃さんのコメントはなかった。僕の胸の中のモヤモヤ感の半分くらいは雪乃さんへの罪悪感だった。色々と手を尽くしてくれたのに、肝心なところで僕が役に立たなかった。いっそ怒ってもらえた方が僕の方もすっきりするのかもしれない。
視線を感じたのか、ふと雪乃さんの手が止まってこちらを向いて目が合った。すぐに目を逸らされるかと思っていたけど、そのまま雪乃さんはじっと僕を見ている。何か言いたいことがあるのかなと首をかしげてみると、パチッと電源が入ったように視線を戻してパチパチとキーを叩く音が再開する。
「長部田大学の給水がエースの道尾翔から手渡されます! 昨年は過去最高順位を出した長部田大ですが、今年は道尾を欠き我慢のレースが続いています!」
テレビから聞こえてきた声にサッと視線を戻す。走路の脇から駆け出した道尾さんが恭太にドリンクを手渡していた。BGMも歓声も少ないから、息遣いや足音まで聞こえてきそうだった。
画面は切り替わることなく二人を映し続ける。ドリンクを口にする恭太のすぐ隣を走る道尾さんが声をかける。
「恭太、ここからだ!」
道尾さんの声は中継越しでもよく聞こえた。恭太が小さく頷くのが見える。
「お前の走りを見せつけてやれ! それで、冬の駅伝は一緒に走るぞ!」
その言葉に恭太の目がハッと見開かれるのが分かった。
「お前と走れるのは冬が最後かもしれないから。だから、月代恭太が駅伝に強いってところを見せてくれ!」
道尾さんは恭太からドリンクを受け取るとニッと笑みを浮かべてみせる。
「やっぱり、俺はお前らと一緒に走りたい!」
道尾さんがスピードを緩めて恭太との距離が開いていく。やがて足を止めた道尾さんは恭太に向けて拳を突き上げる。
「だからっ! 死ぬ気で突っ走れ!」
ドンっと背中に風を受けたように恭太が加速する。グングンと駆け抜けていく恭太に向けて道尾さんは声をかけ続けて、最後にまた拳を突き上げる。その道尾さんの顔は突き抜ける青空のように晴れやかだった。
「すごい……熱いね」
いつの間にか僕のすぐ隣で夏希さんが画面に見入っていた。意外なことに僕と夏希さんの一歩後ろから雪乃さんもじっと画面を見つめている。
その時、中継を映していたスマホに着信が入る。木下照乃という表示に僕は二人に小さく頭を下げて、スピーカーモードにしてからスマホをとる。
「ね、ね! 駅伝見てる!?」
木下さんの声は何だか涙ぐんでいるようだった。電話の向こう側から実況の音声が流れてくる。
「見てます」
「あれっ、いつもの翔だよ! ただ走るのが楽しいって言ってた頃の翔! あんな姿、久しぶりに見た……」
ほっと零れた息の音。
「本当にありがと……! やっぱり君に頼んでよかった。って、ごめんっ。また長部田大映った! ねえ、抜くよっ!」
興奮した様子のままバタバタと電話が切れて、スマホには再び駅伝の中継が映る。木下さんが言っていた通り恭太が一つ前にいた選手を抜くところだった。恭太は苦しそうな顔で襷をギュッと握りしめて、ぐっと前を向くと抜いた相手を一気に突き放して更に加速していく。
どっと息が溢れた。この一週間溜め込んできたモヤモヤが一気に零れ落ちていくようだった。ポンっと夏希さんの手が肩に置かれる。
「お疲れ、悠人君。頑張ったね」
優しい声に思わず瞳に込み上げてくるものがあって、声が声にならなかった。ただ頷く。ちゃんと終わった。きっと道尾さんは自分の居場所を取り戻せる。
夏希さんはポンポンと軽いリズムで僕の肩を叩いてから、後ろにいた雪乃さんを振り返る。
「鈴ちゃんも、ね。聞いたよ、途中まで書きかけた物語、一から全部書き直したんでしょ?」
「別に」
淡々と答えた雪乃さんが小さくい眼を閉じて僕を見た。いつもは透明だと感じていた瞳にほんのりと温かな色が見えた気がした。
「私一人じゃ書けなかったから」
あ、やばい。
その一言で本当に泣きそうになる。ずっと失敗したと思ってたから、その反動もあってジンジンと来るものがあった。雪乃さんの視線を受け止めて、バクバクと胸の音が高鳴っていく。
「うそっ……」
そんな声をポツリと零したのは僕の隣の夏希さんだった。わなわなとその目が見開かれていく。
「ウソウソウソっ! 私だって鈴ちゃんからそんなこと言ってもらえたことないよ!? ねえ、ねえねえ。鈴ちゃん、悠人君! どういうことっ!」
混乱したように僕と雪乃さんを交互に見る夏希さんに思わず笑ってしまって、笑い泣きってことにして目元を擦る。雪乃さんはなんだかバツが悪そうにしながらノートパソコンの前に戻ってしまった。夏希さんはその後に着いていって雪乃さんに問い続けるけど、雪乃さんは黙って執筆を始める。
そっとスマホの画面に視線を戻すと、更にもう一人前を抜いた恭太が襷をアンカーの選手に手渡すところだった。恭太はそのまま倒れ込みながら、拳を突き上げる。
それは、道尾さんからのリレーだった。お疲れ、と小さく口ずさんでみる。それから、頑張れと。きっと冬に見られるであろう道尾さんから恭太への襷リレーのシーンを思い浮かべながらエールを送る。
僕の朗読の技術はまだまだ勉強することの方が多すぎると思う。夏希さんだって毎回上手くいくわけではないといってくれたし、それはわかっているけど、モヤモヤとしたものがずっと胸の奥の方に居座り続けていた。
今日は午前中から言の葉デリバリーに出勤して、スマホでテレビを見ていた。道尾さんから言われた恭太を応援してやってくれという言葉。テレビ画面ではまだ残暑が居座る山道をランナーたちが襷をかけて走っている。これまで駅伝なんて正月の箱根駅伝しか見たことがなくて、九月の駅伝というのは何だか新鮮だった。
「うちの大学、どんな調子?」
のんびりと事務所の片づけをしていた夏希さんが尋ねてくる。夏希さんも雪乃さんも今日は午前中から出勤してきたけど、特に駅伝の様子を見る事はなく普段通り過ごしていた。カタカタというタイプ音のBGMもいつものように響いている。
「あまり芳しくはないですね」
長部田大学は全体の真ん中くらいの順位だった。実況を聞いているともう少し上位争いをしていてもおかしくなかったらしいが、やはり道尾さんが走れなかった穴は大きいらしい。それ自体をどうこう思うわけではない。例え道尾さんへの朗読がどれだけ上手くいったとしてもこの駅伝に道尾さんが走ることはなかったのだから。
「悠人君の友達はもう走ったの?」
「この次みたいです」
恭太の走順はアンカーの一つ前。一番短い区間――それでも僕が走れと言われたらとても無理な距離だけど――を走るようだった。ちょうど中継所の映像に切り替わる。続々と各大学のランナーが走り込んできて、襷を繋いでいった。
「長部田大学は3年生の秋浜大地から1年生の月代恭太への襷リレーです!」
実況で自分の知り合いの名前が呼ばれるのはどことなくむず痒い。画面の中では襷を受け取った恭太がぐっと前を見据えて走り出した。そこで画面は再び先頭車へと切り替わる。頑張れ、と心の中で声援を送ってから画面から視線を外し、そっと雪乃さんの様子を伺う。
道尾さんへの朗読の結果について、雪乃さんのコメントはなかった。僕の胸の中のモヤモヤ感の半分くらいは雪乃さんへの罪悪感だった。色々と手を尽くしてくれたのに、肝心なところで僕が役に立たなかった。いっそ怒ってもらえた方が僕の方もすっきりするのかもしれない。
視線を感じたのか、ふと雪乃さんの手が止まってこちらを向いて目が合った。すぐに目を逸らされるかと思っていたけど、そのまま雪乃さんはじっと僕を見ている。何か言いたいことがあるのかなと首をかしげてみると、パチッと電源が入ったように視線を戻してパチパチとキーを叩く音が再開する。
「長部田大学の給水がエースの道尾翔から手渡されます! 昨年は過去最高順位を出した長部田大ですが、今年は道尾を欠き我慢のレースが続いています!」
テレビから聞こえてきた声にサッと視線を戻す。走路の脇から駆け出した道尾さんが恭太にドリンクを手渡していた。BGMも歓声も少ないから、息遣いや足音まで聞こえてきそうだった。
画面は切り替わることなく二人を映し続ける。ドリンクを口にする恭太のすぐ隣を走る道尾さんが声をかける。
「恭太、ここからだ!」
道尾さんの声は中継越しでもよく聞こえた。恭太が小さく頷くのが見える。
「お前の走りを見せつけてやれ! それで、冬の駅伝は一緒に走るぞ!」
その言葉に恭太の目がハッと見開かれるのが分かった。
「お前と走れるのは冬が最後かもしれないから。だから、月代恭太が駅伝に強いってところを見せてくれ!」
道尾さんは恭太からドリンクを受け取るとニッと笑みを浮かべてみせる。
「やっぱり、俺はお前らと一緒に走りたい!」
道尾さんがスピードを緩めて恭太との距離が開いていく。やがて足を止めた道尾さんは恭太に向けて拳を突き上げる。
「だからっ! 死ぬ気で突っ走れ!」
ドンっと背中に風を受けたように恭太が加速する。グングンと駆け抜けていく恭太に向けて道尾さんは声をかけ続けて、最後にまた拳を突き上げる。その道尾さんの顔は突き抜ける青空のように晴れやかだった。
「すごい……熱いね」
いつの間にか僕のすぐ隣で夏希さんが画面に見入っていた。意外なことに僕と夏希さんの一歩後ろから雪乃さんもじっと画面を見つめている。
その時、中継を映していたスマホに着信が入る。木下照乃という表示に僕は二人に小さく頭を下げて、スピーカーモードにしてからスマホをとる。
「ね、ね! 駅伝見てる!?」
木下さんの声は何だか涙ぐんでいるようだった。電話の向こう側から実況の音声が流れてくる。
「見てます」
「あれっ、いつもの翔だよ! ただ走るのが楽しいって言ってた頃の翔! あんな姿、久しぶりに見た……」
ほっと零れた息の音。
「本当にありがと……! やっぱり君に頼んでよかった。って、ごめんっ。また長部田大映った! ねえ、抜くよっ!」
興奮した様子のままバタバタと電話が切れて、スマホには再び駅伝の中継が映る。木下さんが言っていた通り恭太が一つ前にいた選手を抜くところだった。恭太は苦しそうな顔で襷をギュッと握りしめて、ぐっと前を向くと抜いた相手を一気に突き放して更に加速していく。
どっと息が溢れた。この一週間溜め込んできたモヤモヤが一気に零れ落ちていくようだった。ポンっと夏希さんの手が肩に置かれる。
「お疲れ、悠人君。頑張ったね」
優しい声に思わず瞳に込み上げてくるものがあって、声が声にならなかった。ただ頷く。ちゃんと終わった。きっと道尾さんは自分の居場所を取り戻せる。
夏希さんはポンポンと軽いリズムで僕の肩を叩いてから、後ろにいた雪乃さんを振り返る。
「鈴ちゃんも、ね。聞いたよ、途中まで書きかけた物語、一から全部書き直したんでしょ?」
「別に」
淡々と答えた雪乃さんが小さくい眼を閉じて僕を見た。いつもは透明だと感じていた瞳にほんのりと温かな色が見えた気がした。
「私一人じゃ書けなかったから」
あ、やばい。
その一言で本当に泣きそうになる。ずっと失敗したと思ってたから、その反動もあってジンジンと来るものがあった。雪乃さんの視線を受け止めて、バクバクと胸の音が高鳴っていく。
「うそっ……」
そんな声をポツリと零したのは僕の隣の夏希さんだった。わなわなとその目が見開かれていく。
「ウソウソウソっ! 私だって鈴ちゃんからそんなこと言ってもらえたことないよ!? ねえ、ねえねえ。鈴ちゃん、悠人君! どういうことっ!」
混乱したように僕と雪乃さんを交互に見る夏希さんに思わず笑ってしまって、笑い泣きってことにして目元を擦る。雪乃さんはなんだかバツが悪そうにしながらノートパソコンの前に戻ってしまった。夏希さんはその後に着いていって雪乃さんに問い続けるけど、雪乃さんは黙って執筆を始める。
そっとスマホの画面に視線を戻すと、更にもう一人前を抜いた恭太が襷をアンカーの選手に手渡すところだった。恭太はそのまま倒れ込みながら、拳を突き上げる。
それは、道尾さんからのリレーだった。お疲れ、と小さく口ずさんでみる。それから、頑張れと。きっと冬に見られるであろう道尾さんから恭太への襷リレーのシーンを思い浮かべながらエールを送る。
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