言の葉デリバリー

粟生深泥

文字の大きさ
24 / 39
変わりたくない君と変われない僕

変わりたくない君と変われない僕2

しおりを挟む
 すっかり見慣れた「片倉印刷」の看板を片目に砂利道を慎重に進みバイクを停める。このバイクの本来の所属である弁当屋の店主は先日退院したけど、まだ本調子とはいかず、弁当屋の再開までは今しばらく時間がかかりそうだった。そういうわけでまだバイクを借りられているわけだけど、そろそろ弁当屋が再開した時のことも考えなければいけないのかもしれない。前の店主にはお世話になってたし弁当屋が再開したら戻りたい気持ちもあるけど、今の環境も捨てがたくなってしまっていた。
 ヘルメットをハンドルにかけつつため息をついてみる。考えてもキリがないし、もう少しだけ先送りしよう。

「お疲れ様ですー」

 言の葉デリバリーの事務所に戻ると、雪乃さんの定位置のノートパソコンのところで夏希さんが雪乃さんと何やら話し込んでいる。それ自体は珍しい光景ではないはずだけど、今日はどこかいつもと違う雰囲気がした。

「どうかしました?」

 パッと顔をあげた夏希さんはすっと駆け寄ってくると、僕の腕をとって雪乃さんの方へと連れていく。雪乃さんはいつも通りの表情だったけど、心なしか不服そうな感じがした。雪乃さんの目の前のノートパソコンには白紙の画面が広がっている。

「ねえ、悠人君。最近の鈴ちゃんのお話、どう思う?」

 夏希さんがおもむろにずいっと顔を近づけてきて思わずのけ反る。もしかして、二人の雰囲気が少し微妙な感じがしたのはその話をしていたのだろうか。仕事を終えてリラックスしていた心が一気に引き締まる。雪乃さんの物語は言の葉デリバリーの根幹だ。

「……僕がここで働き始めた頃から、少し変わったと思います」

 僕を見る雪乃さんの瞳がゆらゆら揺れる。どう答えるのが正解かはわからない。今の僕にできるのは自分に正直に答えるだけだった。

「僕が入った頃は印象的なセリフとかシーンに向けて物語が展開していく感じだったと思います。緻密に組み立てられていって、クライマックスでグッと揺さぶられるというか……」

 慎重に言葉を探す。表現したいことは色々とあるのに、自分で言葉を選び出して伝えるのはとても難しい。それを更に物語に込めて毎日のように積み上げていく雪乃さんの凄さをこんな時に感じてしまう。

「最近の物語は人と人との関係に力が込められてる印象です。印象的なシーンの良さを残しながら、ふとした場面の登場人物のやり取りでハッと気づかされたり、ほっこりしたり、じんと来たり」

 今日の木下さんのところで朗読した物語もそうだった。すれ違っていた二人が仔犬を通じて仲良くなっていく過程のやり取りにも温もりがあり、おかしさがあり、ドキドキする場面があった。

「でも、僕はどっちも――」
「ほら」

 僕の言葉を雪乃さんの冷たい声が遮る。凛と通るその声は、でもどこか震えていた。

「やっぱり、変わっちゃってる」

 雪乃さんは夏希さんの服を両手できつく握りしめる。
 声だけじゃない、その手が震えていた。夏希さんにすがるように震えるそんな雪乃さんの姿を見るのは初めてだった。僕の知る雪乃さんはいつだって冷静で、僕よりずっと大人に見えて。

「私には物語しかないのに、それさえも変わっちゃった」
「鈴ちゃん……」

 夏希さんはそんな雪乃さんをギュッと抱き寄せると、その頭をゆっくりと撫でる。

「大丈夫。鈴ちゃんの物語は少し変わったかもしれないけど、悪いことじゃないと思う。それはきっと、鈴ちゃんの世界が広がったってことだから」

 雪乃さんは夏希さんの胸に顔をうずめたままかぶりを振る。僕はその二人のやり取りについていくことができなかった。ただ一つ分かったのは僕の答えが正解ではなかったこと。少なくとも雪乃さんが求めていたものではなかった。

「最近のお話、お客さんからも好評なんだよ。ね、悠人君?」
「は、はい。今日の木下さんもすごい喜んでました」

 雪乃さんは顔をあげない。夏希さんも僕も雪乃さんにかける言葉が見つからなくて、ただ黙って雪乃さんを見守る。

「でも」

 やがて、雪乃さんがポツリと言葉を漏らした。

「でもやっぱり、このままじゃ書けない。今のまま書き続けることは、私自身を否定することになるから」

 雪乃さんの声は空気を求めて喘ぐような苦しさがこもっていた。必死にもがくように言葉を吐き出す雪乃さんに僕の方まで息が苦しくなる。夏希さんは少しだけ逡巡するように目を閉じて、それからポンポンと軽く雪乃さんの背中を叩く。

「わかった。じゃあ、しばらくお休みしよっか」

 雪乃さんがハッと顔をあげる。そんな雪乃さんに夏希さんはいつものようにニッと勝気な笑みを浮かべてみせた。

「鈴ちゃん、夏の間働きづめだったでしょ。まずは一週間、一足遅い夏休みってことで」
「でも、その間宅配は」
「大丈夫。鈴ちゃんが書き溜めてくれたお話がまだちゃんと残ってるから。それで対応できる範囲だけお仕事を受けるようにする」

 夏希さんはそのまま両手で雪乃さんの頬を優しく包み込む。

「もしその一週間で何も変わらなかったらそのとき考えればいいからさ。まずは何も考えずに休んでみて、ね?」

 雪乃さんはじっと夏希さんの目を見つめて、やがて躊躇いながらもゆっくりと頷いた。夏希さんはそんな雪乃さんの頭をポンポンと撫でて、よし、と切り替えるように明るい声を出した。

「じゃ、今日はもう撤収しようか。今日は悠人君も送っていくから。」
僕もですか?」
「うん。明日から暫くバイト休みにするから、ちょっとみんなで夜のドライブしよう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。 高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。 まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。 まほろがいない、無味乾燥な日々。 そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。 「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」 意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...