言の葉デリバリー

粟生深泥

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変わりたくない君と変われない僕

変わりたくない君と変われない僕3

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 夏希さんの運転する車に雪乃さんと乗り込んで3人で帰ったけど、雪乃さんの家の近くに着くまで後部座席の雪乃さんは一言も話さなかった。その状況では迂闊に口を開くのもはばかられて、結局ほとんど無言のまま車は走り続けた。

「鈴ちゃん、ちゃんと休んでね」

 車から降りる雪乃さんを見送る夏希さんの言葉に、雪乃さんは朧気に頷いた。そのまま離れていく雪乃さんの背中をしばらくじっと見送った夏希さんはやがて重たげに息を吐き出して、ゆったりと車を走らせた。

「……悠人君、ごめんね」
「何に、ですか?」
「無理やり誘って。鈴ちゃんと二人きりで帰るの、今日はちょっとだけ、しんどそうだったから」

 夜のドライブなんて言って僕を誘ったのが、僕よりも夏希さん自身のためだということは途中から何となく気づいていた。後部座席で静かに座っているだけの雪乃さんからズキズキとした圧を感じた。こうなることがわかっていたとして、僕が夏希さんの立場でも同じことをしただろう。

「さっき悠人君が帰ってくる前ね。最近物語の組立てが変わってきたね、って鈴ちゃんに話したの。お客さんの感想をそのまま伝えたつもりだったけど、鈴ちゃん、最近ずっとそれを気にしてたみたいで」

 信号待ちで夏希さんはハンドルにもたれるように体を預ける。その視線は信号と何もない夜空を虚ろに行き来していた。

「悠人君が言の葉デリバリーに来てくれて、鈴ちゃんが少しずつ変わっていくのがわかって、悠人君を誘ったのは間違ってなかったって、私凄いワクワクしてた」

 信号が青に変わり、ワンテンポ遅れて車が走り出す。急発進で軽自動車がグラリと揺れた。

「私と二人だった時は自分から進んで誰かの話を聞きに行こうとか、私の助言で物語に手を加えるとかしたことなかったから。鈴ちゃんの世界が少しずつ広がっていくことが鈴ちゃんにとっていいことだって、勝手に信じ込んでたんだ」

 開けっ放しの助手席の窓から夏の気配を残す生ぬるい風が入り込んでくる。夏希さんがその風にため息を混ぜる音が聞こえてきた。

「……木下さんの依頼を初めて受けたとき、『軽々しく空っぽだなんて言わないで』って怒られたんです。雪乃さんが変化を拒絶するのと何か関係があるんでしょうか?」

 自分には物語しかないと雪乃さんは言っていた。雪乃さんにとっての物語が特別なものだというのはわかっていたつもりだったけど、それは僕の想像よりずっと大きなものだったのかもしれない。
 僕の問いに夏希さんは答えない。ただ物憂げに前を見ながら車を走らせていく。
 他の車のいない夜の道、車のエンジン音と虫の声だけが響いていた。気がつけば黙ったままずっと雪乃さんのことを考えていた。
 今の雪乃さんをつくりあげたのは一体何なのだろう。言の葉デリバリーでバイトを始めてからずっと考えてきたけど、これといって想像もできなかった。それくらい僕は雪乃さんを知らなさすぎる。

「……いくら悠人君でも、私から勝手に教えることはできないかな」
「知ってるんですね、雪乃さんに何があったか」
「一応、ね」

 夏希さんはそれ以上言わず、再び車内に沈黙が流れる。夏希さんが教えてくれないのなら、雪乃さんに直接聞くしかない。真正面から聞いても教えてくれることはないだろうけど。
 そもそも、言の葉デリバリーを休んでしまえば雪乃さんと話す機会があるかも怪しい。そんなことに今更気づいて、不意に吹き込んできた秋風に腕をさする。

「一つ、お願いがあるの」

 夏希さんが車を路肩に停める。ふと、僕が言の葉デリバリーに入った日のことを思いだした。じっと夏希さんを見ていると、夏希さんは弱々しい笑みを浮かべて僕を見返す。

「悠人君も明日から一週間夏休みってことで。それでね、鈴ちゃん、休んでる間も物語のことばかり考えちゃいそうだから。悠人君が気分転換させてあげて」
「僕が、ですか? 夏希さんじゃなく?」
「うん。私はちょっと……私は色々と知り過ぎちゃってるから。それに、言の葉デリバリーも完全休業するわけにはいかないし」

 夏希さんがポンと僕の頭の上に手を置く。でもそれは僕を励ますためではなく、夏希さんが落ち着くための儀式のように感じた。ぽんぽんと僕の頭の上でリズムを刻んだ夏希さんは、ようやくにっと笑みを浮かべる。少しだけ無理をしているような感じはあるけれど。

「自信持って、悠人君。悠人君が来てから鈴ちゃん、ずっとイキイキするようになったから。鈴ちゃんが変わることを怖がったとしても、それが悪いこととは限らないし。それにね」

 夏希さんがゆっくりと目を閉じる。その向こう側には街灯の乏しい街並みに星の光が降り注いで、夏希さんを幻想的に映し出していた。

「もし鈴ちゃんが変わらないことを選んだとしても、それは世界の広さを知った上での選択であってほしいから」
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