言の葉デリバリー

粟生深泥

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変わりたくない君と変われない僕

変わりたくない君と変われない僕4

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「悠人、飯食い行こうぜー。って、覇気のない顔してんな」

 言の葉デリバリーの夏休みを言い渡された翌日、午前中の講義が終わると、僕の後ろの方の席で講義を聞いていた恭太から呆れ気味の声が飛んできた。
 “地形を読み解く”という選択性の講義で、学部関係なく受講できるから工学部の僕と文学部の恭太で同じ講義をとっていた。今日の講義は水に関する地形の話で、分かったようなわかんないような、というのが正直なところなのだけど。

「恭太がキラキラしすぎなだけじゃない?」

 先月の駅伝がきっかけで躍進した恭太は月が替わっても調子がいいらしく、満ち満ちた顔が言外に「充実してます」というオーラを放っている。高校時代も調子がいい時はあったけど、最近の恭太はその頃とは比べ物にならないくらい躍動的だった。

「今すげえノッててさ。俺もタイム伸びてるんだけど、それだけじゃなくてさ」

 ガヤガヤと動き出した周囲の学生の波に乗るようにして学食に向かう。9月までは猛威を振るっていた太陽も10月になると落ち着きを取り戻していて、吹き抜ける風は心地よさを孕んでいる。小春日和ってこんな日のことを言うんだっけ。

「駅伝終わってから翔先輩がまた一緒に練習するようになってさ。戻ってきた時に『ただの一選手としてもう一度やり直す』って言ってたと思ったら、この半年の不調がなんだったんだってくらいガンガン皆を引っ張ってんだよ」

 ちょっと非難めいた声色を出しながらも恭太の笑顔はキラキラというよりはつい先月までの真夏の太陽のようにギラギラして見えた。傍にいるだけで熱さが広がってくる。

「切磋琢磨っていうのかな。翔先輩に負けない様にってみんな張り切ってて、すげえいい雰囲気で練習できてる。冬の駅伝がマジで楽しみなんだ」

 道尾さんとは朗読以降一度も会ってないけど、恭太の話を聞くと調子を取り戻しているようでホッとする。雪乃さんの物語が道尾さんを励まして、その道尾さんが陸上部を引っ張っていく。こんなつながりを見ると、雪乃さんの物語の持つ力を改めて実感する。

「それで。悠人は何でそんなしょげた顔してるんだ?」

 そんなにしょげた顔しているんだろうか。自覚はないけど少し頬の辺りを揉み込んでみる。

「バイトが今日から一週間休みになってさ」
「え、いいじゃん」
「それが……なんだろな。ずっと働いてたから、逆に張り合いなくなってさ」
「マジかよ。ワーカーホリックってやつ?」

 呆れと驚きを入り交ぜた声に僕は曖昧に頷く。雪乃さんのことを話すわけにもいかないってのはあるけど、今話した内容も嘘ではない。急に休みになったせいでぽっかりと日常に穴が開いたような気分になってしまって、言の葉デリバリーでの時間はすっかり日常に組み込まれてしまっていた。

「あー、でも。それで雪乃さんも元気なかったのか」
「え、雪乃さん?」
「ああ。一限目は外国文学っていう同じ講義とっててさ。なんか夏休み明けて雰囲気変わったなって思ってたけど、今日は何となく前期の頃を思い出した」

 そっか、恭太は雪乃さんと同じ文学部だった。ちゃんと大学には来てるということ安心が半分と、元気がないということに胸の辺りがひゅっと締められるような感じが半分。でも、それ以上に気なったのは。

「雪乃さんが変わったって、どんな風に?」
「どんな風って……前期も別に話とかしてたわけじゃないから本当にそんな感じがしたってだけだけどさ。なんだろう、こう……ふわっとした? 話しかけて見ようかなって思うくらいに柔らかくなった気がする」

 そういえばバイトを始めた頃に恭太から聞いた話では、雪乃さんのことを『雪女』なんて呼ぶ人もいるんだった。もし、恭太が受けた印象が雪解けを意味しているなら、それは雪乃さんに望ましい変化のように感じるけど。でも、雪乃さんがそう望んでいるとは限らない。

「というか、俺に聞くまでもなく一緒に働いてんだろ?」
「いや、まあ。周りの人から見たらどうなのかなって」
「そうは言っても、ほとんど話したことない俺の印象聞いてもしょうがないだろ」

 苦笑を浮かべた恭太がすぐに何か思いついたように笑みの種類を変える。なにか悪いことを思いついたときの恭太の顔。そんなことを考えていると、恭太がグッと肩を組んできた。

「というか、二人して暇ならどこか遊びにでも行けばいいじゃん。彼女持ちのやつに聞けばどっかいい場所の一つ二つ出てくるだろ」

 さっきまで眩しいオーラが出ていたはずなのに、一気に下世話な雰囲気を漂わせ始めた。ハイハイと聞き流してため息をついてみる。でも、案外悪くないのかもしれない。外出なんて気分転換の方法の際たるものだろうし、また違った方法で雪乃さんの世界を広げることができるかもしれない。

「それじゃ、そうしてみようかな」
「え、マジかよ」

 思わずといった様子で足を止める恭太に思わず吹き出してしまう。ずっと昨日の夜からもやもやしていたけど、ようやく笑えた気がする。やるべき方向性が見えてきた途端、不思議なくらい力が沸いてきた。
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