言の葉デリバリー

粟生深泥

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変わりたくない君と変われない僕

変わりたくない君と変われない僕6

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 善は急げ、ということでノースポールを出てからすぐにスマホを手に取る。だけど、雪乃鈴と書かれたアドレス帳の番号を押す前に指が止まった。配達先で何かあった時の為にということでバイトを始めてすぐに電話番号を交換していたけど、かかってきたことはもちろんかけたことは一度もない。大体、僕が電話をかけたとして今の雪乃さんは出てくれるんだろうか。言の葉デリバリーの僕や夏希さんと距離を置いた方がいいと思われていたら。
 一度画面から視線を外し、深呼吸。

――ブー、ブー、ブー。

 その時着信が入ってスマホが震える。何を躊躇っているんだろうと思いながらホッとしている自分もいて、なんだか情けなくなってくる。
 夏希さんあたりからかなと思って画面を見ると、そこには「雪乃鈴」の文字。

「ちょっ、まっ、はっ!?」

 思わず声が出てしまう。バクバクと心臓が飛び跳ねる。なんで、雪乃さんから。じゃなくて、このままじゃ切れてしまう。二回くらいタップを失敗してから電話に出る。

「もしもし、田野瀬です」
「……こんにちは」

 少しか細いけど確かに雪乃さんの声だった。僕が電話しようとしていたときに雪乃さんから電話がかかってきたことに顔が熱っぽくなる。

「珍しいね。どうかした?」
「暇してるなら電話でもかけてみろって、夏希が」

 盛り上がりかけていた気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。なんだか僕が雪乃さんに連絡する踏ん切りがつかないのを夏希さんに見抜かれていた気がした。というか、雪乃さんもそれで僕に電話かけてくれるんだ。

「雪乃さん、暇してるんだ?」
「特にやることないから」

 それは急にバイトが夏休みになった僕も同じだ。とにもかくにもきっかけをくれたことに心の中で夏希さんに感謝する。

「ちょうどよかった」
「え?」
「今度の週末。よかったら、少し、出かけない?」

 できる限り自然に誘ってみたつもりが緊張で途切れ途切れになってしまう。そういえば、こんな風に人を誘うのなんて久しぶりだし、女の子相手なんてなおさらだった。
 ハッと息を呑む声。それから少しバタバタと音がして、電話の向こう側が静かになる。静かな時間に不安と緊張があおられていく。

「……夏希に言われたの? 私を励ませ、みたいな」

 返事ではなく質問が返ってきた。それもあまり聞かれたくない類の。
 でも、夏希さんに電話をかけろと言われてかけてみたら、その相手から誘われるなんて出来過ぎか。物語を書く雪乃さんがその裏側を思い浮かべるなんて造作もないことなのかもしれない。

「そうだね。夏希さんからそう言われた」
「そう」

 だから、雪乃さんの質問を否定しない。ここで嘘をついても雪乃さんを誤魔化し続けられるとは思えない。それでも雪乃さんの声の温度がスッと下がって胃の辺りが冷やりとする。

「それなら別に――」
「でも、それだけじゃない」

 何かを言いかけた雪乃さんを遮る。夏希さんから言われただけで、木下さん達に助けを求めたわけじゃない。それだけだったら恭太と話して方針が見えたときにあんなに気分が上がることはなかったはずだ。

「僕自身が、そうしたいと思ったから」
「私なんかと出かけても貴方にとって何もない」
「それは僕が勝手に決めることだから」

 雪乃さんからすぐに返事はない。じっと考えこんでいる息遣いだけが電話の向こうから聞こえてくる。

「よく考えたら僕は雪乃さんのこと、全然知らないから。雪乃さんのことがわかったら、もっと雪乃さんの物語のことを理解できるかもしれないし、朗読だって上手くできるようになるかもしれない。雪乃さんの物語に……一番合う色を付けられるようになれるかもしれない」
「作者の情報なんて物語には余計なノイズでしかない。特に、それが私の場合には」
「そうだとしても、僕は物語を書く以外の雪乃さんの姿を知りたい。理屈じゃなくて、ただのワガママかもしれないけど」

 言の葉デリバリーで働き始めて、何度も考えてきた。この物語を書く雪乃さんとはどんな人なのだろうかと。だけど、僕が知っている雪乃さんの姿は言の葉デリバリーの事務所にいる姿くらいだ。

「だから、僕が雪乃さんを励ますとかじゃなくてさ。雪乃さんにちょっと僕のワガママに付き合ってほしいんだ」

 またしばらく電話からは沈黙だけが返ってきた。これで断られてしまったらこれ以上雪乃さんを誘う言葉は残ってないし、そもそも来週から雪乃さんとどんな顔をして会えばいいのかもわからなくなってしまう。じっと待ち続けると、やがてため息にも似た音が聞こえてきた。

「……わかった」

 ポツリと零れるような雪乃さんの言葉にほっと息が漏れる。本番は当日だというのはわかっていたけど、雪乃さんが僕の誘いに応じてくれたというそれだけで、大きな前進のような気がした。
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