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その言の葉に想いを乗せて
その言の葉に想いを乗せて3
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「あ、悠人君」
兄が来た翌日、普通に大学には行ったけど午前中の講義には殆ど集中できなかった。習慣のように食堂へと向かう途中の廊下で聞き慣れた声に後ろから話しかけられる。
「雪乃さん」
「お疲れ。今からご飯?」
「うん、そのつもり」
すると雪乃さんは廊下のあちこちをそわそわと見渡した後、もう一度僕を見上げる。
「それなら、一緒にどう?」
雪乃さんの言葉が一拍遅れて頭に届く。
「僕と、ご飯に?」
雪乃さんはギュッと唇を結んだ状態でコクリと頷く。突然すぎることに悩みとか全部どこかに吹き飛んでいった。
どこか緊張した面持ちで雪乃さんはじっと僕を見上げている。完全に固まってしまっていたらしい。
「学食混んでるし、ノースポールでどう?」
学食だとのんびりおしゃべりという感じならないし、せっかくなら雰囲気がいいところで食べたかった。雪乃さんは特に迷うことなく頷いてくれて、二人で学食に向かう列から外れて校内のカフェレストランであるノースポールの方に向かう。
流石に昼時でノースポールも人が多かったけど、テラス席が一つ空いていた。日が照ってるおかげで特に肌寒さも気にならなさそうだ。
「そういえば、学内で雪乃さんと会うのって初めてかも?」
道尾さんの依頼の時にも一度ノースポールで会っていたけど、あれは約束したから別として講義の合間に偶然会うみたいなことはなかったと思う。とりあえず話題づくりのつもりだったけど、雪乃さんは気まずそうに視線を逸らした。
「実は、見かけたことは時々あって」
「え」
「その時は友達と一緒にいたりするから声かけにくくて。それに、私と一緒にいるところ見られたくなかったらって」
雪女。クラスの中で雪乃さんが陰でそう呼ばれているらしいということは恭太から聞いていた。そんなこと僕は気にしない。だけど、僕がどう感じるかよりも雪乃さんがどう感じる方かの方が重要だ。
だから、今日こうやって声をかけてくれたのは雪乃さんが自分を認めることができたとともに、僕のことも認めてくれたということだろう。
「また顔がだらしなくなってる」
「あ、ごめんごめん」
パチンと両手で自分の頬を挟む。いけない。何か雪乃さんの変化の一面を見ると自分のことのように嬉しくなってしまう。だけどあんまりだるんだるんの顔を雪乃さんに見られるわけにもいかないし気をつけよう。
そんな会話をしている間に頼んでいた食事が届けられる。雪乃さんは野菜多めのサンドイッチで僕はシーフードパスタ。これまで飲んだコーヒーの美味しさで期待していたけど、パスタの味も間違いなかった。自然とフォークが進んでいく。
「……それで、何か悩んでるの?」
パスタをある程度食べ進めたところで、不意に雪乃さんが尋ねてきた。何気なく尋ねるというよりは、確信を持って聞いてきている感じ。ノースポールに来てからは雪乃さんとの会話に集中していたつもりだったから、急に核心を突かれたようでドキリとする。
「話し方の間の取り方や表情の動き、言葉の選び方が何かに悩んでいる時と同じ」
雪乃さんは感情を感じるのではなく読み取っているというけど、その一端を垣間見た気がして息を呑むと同時にぐうの音もでないくらいにお手上げだった。
「実は、昨日兄貴が急に訪ねてきてさ。兄貴、来月結婚式を挙げるんだけど、そこでスピーチしてほしいって言われて」
パスタの最後を飲み込んでしまう。さっきまで美味しく感じていたはずがあまり味がしなくなっていた。
「僕がスピーチすると場の空気を壊しかねないから断ったけど、どうして兄貴が急にそんなこと頼んできたのかわからなくて」
兄は思い付きで急にスピーチを頼むようなタイプではない。僕にスピーチを頼んできた理由があるはずだけど、それがわからなかった。兄が何を考えたのか、本当に断ってよかったのか。漠然とした考えがグルグルと巡っている。
「……もしかしたら」
雪乃さんがポツリと呟く。その声は半信半疑といったところだったけど、一瞬空をさ迷った視線がすぐにまた僕のところで焦点を合わせる。
「悠人君。その話、受けた方がいいかもしれない」
「え?」
「お兄さんはもしかしたら、これがいい機会になると思ってるのかも」
いい機会。昨日、兄も「こんな機会」と言っていた。でも、兄の結婚式が僕にとって何の機会になるというのだろう。最後に彼女がどうこうって話もしたけどまさか出会いの場とか言い出すわけじゃないだろうし。
「悠人君たちの家族の歪をなくす機会」
「なっ――」
雪乃さんの言葉をすぐには飲み込めなかった。兄だって当然僕らの家族の間の歪には気づいているし、どうにかしたいとは思っているだろうけど。でも、それをせっかくの晴れ舞台である自分の結婚式でやるなんて。それも、スピーチという形で僕に託そうとしている。俄かには信じられなかった。
「悠人君のお兄さんのこと、悠人君から聞いた範囲でしか知らないけど。でも、誰かのためなら自分の大事なものを差し出すことを躊躇わないタイプだと思うから」
確かに、雪乃さんの言う通りかもしれない。でも、そうだとしてもそれは僕が幼い頃、山村留学に行くということで兄の中に育まれた性質じゃないだろうか。ここでもそれに甘えるのは何か違うのではないか。
「また兄貴を犠牲にすることなんてできないよ」
「お兄さんは犠牲だなんて思ってはいなさそうだけど」
雪乃さんの声はどこまでも冷静で。その真剣な眼差しに見据えられると、それ以上の反論ができなくなってしまう。小さく頷くと雪乃さんの透明な瞳が微かな熱を帯びた。
「それに、今の悠人君ならお兄さんの想いを叶えることができると思う。言の葉デリバリーで変わったのは、私だけじゃないはずだから」
兄が来た翌日、普通に大学には行ったけど午前中の講義には殆ど集中できなかった。習慣のように食堂へと向かう途中の廊下で聞き慣れた声に後ろから話しかけられる。
「雪乃さん」
「お疲れ。今からご飯?」
「うん、そのつもり」
すると雪乃さんは廊下のあちこちをそわそわと見渡した後、もう一度僕を見上げる。
「それなら、一緒にどう?」
雪乃さんの言葉が一拍遅れて頭に届く。
「僕と、ご飯に?」
雪乃さんはギュッと唇を結んだ状態でコクリと頷く。突然すぎることに悩みとか全部どこかに吹き飛んでいった。
どこか緊張した面持ちで雪乃さんはじっと僕を見上げている。完全に固まってしまっていたらしい。
「学食混んでるし、ノースポールでどう?」
学食だとのんびりおしゃべりという感じならないし、せっかくなら雰囲気がいいところで食べたかった。雪乃さんは特に迷うことなく頷いてくれて、二人で学食に向かう列から外れて校内のカフェレストランであるノースポールの方に向かう。
流石に昼時でノースポールも人が多かったけど、テラス席が一つ空いていた。日が照ってるおかげで特に肌寒さも気にならなさそうだ。
「そういえば、学内で雪乃さんと会うのって初めてかも?」
道尾さんの依頼の時にも一度ノースポールで会っていたけど、あれは約束したから別として講義の合間に偶然会うみたいなことはなかったと思う。とりあえず話題づくりのつもりだったけど、雪乃さんは気まずそうに視線を逸らした。
「実は、見かけたことは時々あって」
「え」
「その時は友達と一緒にいたりするから声かけにくくて。それに、私と一緒にいるところ見られたくなかったらって」
雪女。クラスの中で雪乃さんが陰でそう呼ばれているらしいということは恭太から聞いていた。そんなこと僕は気にしない。だけど、僕がどう感じるかよりも雪乃さんがどう感じる方かの方が重要だ。
だから、今日こうやって声をかけてくれたのは雪乃さんが自分を認めることができたとともに、僕のことも認めてくれたということだろう。
「また顔がだらしなくなってる」
「あ、ごめんごめん」
パチンと両手で自分の頬を挟む。いけない。何か雪乃さんの変化の一面を見ると自分のことのように嬉しくなってしまう。だけどあんまりだるんだるんの顔を雪乃さんに見られるわけにもいかないし気をつけよう。
そんな会話をしている間に頼んでいた食事が届けられる。雪乃さんは野菜多めのサンドイッチで僕はシーフードパスタ。これまで飲んだコーヒーの美味しさで期待していたけど、パスタの味も間違いなかった。自然とフォークが進んでいく。
「……それで、何か悩んでるの?」
パスタをある程度食べ進めたところで、不意に雪乃さんが尋ねてきた。何気なく尋ねるというよりは、確信を持って聞いてきている感じ。ノースポールに来てからは雪乃さんとの会話に集中していたつもりだったから、急に核心を突かれたようでドキリとする。
「話し方の間の取り方や表情の動き、言葉の選び方が何かに悩んでいる時と同じ」
雪乃さんは感情を感じるのではなく読み取っているというけど、その一端を垣間見た気がして息を呑むと同時にぐうの音もでないくらいにお手上げだった。
「実は、昨日兄貴が急に訪ねてきてさ。兄貴、来月結婚式を挙げるんだけど、そこでスピーチしてほしいって言われて」
パスタの最後を飲み込んでしまう。さっきまで美味しく感じていたはずがあまり味がしなくなっていた。
「僕がスピーチすると場の空気を壊しかねないから断ったけど、どうして兄貴が急にそんなこと頼んできたのかわからなくて」
兄は思い付きで急にスピーチを頼むようなタイプではない。僕にスピーチを頼んできた理由があるはずだけど、それがわからなかった。兄が何を考えたのか、本当に断ってよかったのか。漠然とした考えがグルグルと巡っている。
「……もしかしたら」
雪乃さんがポツリと呟く。その声は半信半疑といったところだったけど、一瞬空をさ迷った視線がすぐにまた僕のところで焦点を合わせる。
「悠人君。その話、受けた方がいいかもしれない」
「え?」
「お兄さんはもしかしたら、これがいい機会になると思ってるのかも」
いい機会。昨日、兄も「こんな機会」と言っていた。でも、兄の結婚式が僕にとって何の機会になるというのだろう。最後に彼女がどうこうって話もしたけどまさか出会いの場とか言い出すわけじゃないだろうし。
「悠人君たちの家族の歪をなくす機会」
「なっ――」
雪乃さんの言葉をすぐには飲み込めなかった。兄だって当然僕らの家族の間の歪には気づいているし、どうにかしたいとは思っているだろうけど。でも、それをせっかくの晴れ舞台である自分の結婚式でやるなんて。それも、スピーチという形で僕に託そうとしている。俄かには信じられなかった。
「悠人君のお兄さんのこと、悠人君から聞いた範囲でしか知らないけど。でも、誰かのためなら自分の大事なものを差し出すことを躊躇わないタイプだと思うから」
確かに、雪乃さんの言う通りかもしれない。でも、そうだとしてもそれは僕が幼い頃、山村留学に行くということで兄の中に育まれた性質じゃないだろうか。ここでもそれに甘えるのは何か違うのではないか。
「また兄貴を犠牲にすることなんてできないよ」
「お兄さんは犠牲だなんて思ってはいなさそうだけど」
雪乃さんの声はどこまでも冷静で。その真剣な眼差しに見据えられると、それ以上の反論ができなくなってしまう。小さく頷くと雪乃さんの透明な瞳が微かな熱を帯びた。
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