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その言の葉に想いを乗せて
その言の葉に想いを乗せて5
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「こんにちは、言の葉デリバリーです」
秋江さんの家のドアをノックして声をかけると、どうぞ、というおなじみの声が返ってくる。この数か月ですっかり勝手を知った家の中を居間へと向かうと、ローテーブルのいつもの位置に秋江さんが座っていた。
だけど、少し部屋に違和感を覚える。心なしかいつもより部屋が雑然としているような気がした。別に散らかっているって程ではないけど、普段はお孫さんの遊具を除けば綺麗に片付けられている部屋のちょっとした変化は何だかとても大きく感じた。
思わず立ち止まったまま部屋をジロジロと見てしまっていて、ハッと我に返って秋江さんを見ると目を丸くして僕を見ていた。それから、困ったようにしながらくしゃりと表情を崩す。
「さすがだねえ。悠人さんにはバレちゃう気はしてたけど」
「何か、あったんですか?」
秋江さんは軽く目を閉じるとゆっくりと息を吐き出す。
「別に大したことはないんだけどね。また娘と喧嘩して」
娘とは時々喧嘩する、ということをかつて秋江さんは語っていた。これまで秋江さんの家に来て寂しそうにしていることはあってもこんな風に元気が無いのは初めてだった。もちろん言の葉デリバリーに依頼する人はどこかしら心の不調を抱えていたりするのだけど、常連の秋江さんのいつもと違う不調は心配になる。
「娘さんからなんて言われたんですか?」
朗読に入る前にその原因を探る。それによって物語の読み方に変化をつけたり、物語が噛み合っていなければ出直すこともある。その点においては、僕は夏希さんより感度がいいらしい。最もその評価をしたのは夏希さんだからお世辞込みだろうけど。
でも、少なからず僕にそんな能力があるとすれば。それは雪乃さんが生きていく手段としてその能力を会得したように、僕は兄に気をつかう親の様子を探り続けることで身に着けてしまった力なのかもしれない。
「今年の正月はもう帰らない、なんて言われちゃってね」
秋江さんが力なく息をつく。ああ、それは。
年末にお孫さんと会うことを生きがいにしてきた秋江さんにとってそれは大きすぎる言葉だろう。物語で一時的に気持ちを持ち直してもらうことはできるかもしれないけど、対処療法にしかならないかも。それよりは根本の原因をどうにかした方がいいだろう。
「娘さんとの喧嘩はいつですか?」
「三日前くらいかしら」
「一体何が原因で喧嘩を」
「それは……」
それまでサクサクと答えていた秋江さんが言いよどむ。部外者には話しにくいことなのだろうか。家族の中の問題を他人に知られたくないという気持ちは僕自身よくわかっているつもりだけど、それでもなんとかできる可能性がある以上、どうにか教えてほしい。
説得すべく口を開きかけたところで、玄関の方からガタガタと音がする。そのままスパーンとドアが開かれバタバタと誰かが上がってくる気配。とっさに身構えて振り返ると、秋江さんによく似た女性が立っていた。最も、秋江さんより二回りほど若く見える。
「お母さん!」
「晴美じゃないかい。どうしてここに?」
「どうしてって、お母さんが三日間うんともすんとも連絡返さないからでしょ!」
入ってきた女性――晴美さんは激しい剣幕で言い返す。でもそれは怒っているわけではなくて、乱れた髪だったり荒れた息だったり、急いで駆けつけてきたことが見るからにわかった。
「だって、それは晴美が……」
「正月に帰ってこないなんて、本当にできるわけないに決まってるじゃない! 月華がおばあちゃんに会うの楽しみってずっと言い続けてるのに、つまらない意地はって帰らないわけないじゃない……!」
晴美さんの言葉の最後は胸の奥の方から絞り出すようだった。
秋江さんは目を丸くして晴美さんを見つめ、それからクスクスと堪えるようにしながら笑い出す。
「そう、そうかい」
「ちょっと、何笑ってるの! 私がどんな思いでここまで来たか……」
「ねえ、晴美。そういえば私たちなんで喧嘩したんだっけ」
「なんでってそりゃあ……」
そこまで言いかけて、晴美さんが言葉に詰まった。その様子をみた秋江さんがいよいよ大きな声で笑い始める。
「ねえ、おかしいでしょう、悠人さん。私たち、二人して喧嘩の理由を覚えてないんだよ」
そんなまさか。だけど、晴美さんは戸惑った顔のまま秋江さんの言葉を否定しない。どうやら秋江さんの言っていることは本当らしい。喧嘩した理由を忘れるって、それだけ些細なことだったのか。逆に理由が気になってくるけど、いずれにしても楽しそうに笑う秋江さんの様子にほっと息をつく。
そこで初めて晴美さんは僕の存在を意識したようだった。
「そういえば、どちら様?」
「この前電話で話したけど、近くの学生さんで時々お話をしてもらいに来ているの」
「あらあら、それは。母がお世話になっています」
おもむろに我に返ったように晴美さんが膝をついて、慌てて僕も正座で頭を下げる。
「ああ、そうだ。せっかくだから晴美も聞いていきなさいよ。すごいんだから」
「なんでお母さんが得意げなのよ……。すみませんね。でも、せっかくだし、お願いできるかしら?」
母娘のやり取りに若干気圧されつつも、促されるまま僕は冊子を取り出す。今日持ってきた物語は家族の再会に関する話だった。今の秋江さん達にピッタリかもしれない。そして、それ以上にそれは雪乃さんから僕へのメッセージのようにも感じた。
秋江さんの家のドアをノックして声をかけると、どうぞ、というおなじみの声が返ってくる。この数か月ですっかり勝手を知った家の中を居間へと向かうと、ローテーブルのいつもの位置に秋江さんが座っていた。
だけど、少し部屋に違和感を覚える。心なしかいつもより部屋が雑然としているような気がした。別に散らかっているって程ではないけど、普段はお孫さんの遊具を除けば綺麗に片付けられている部屋のちょっとした変化は何だかとても大きく感じた。
思わず立ち止まったまま部屋をジロジロと見てしまっていて、ハッと我に返って秋江さんを見ると目を丸くして僕を見ていた。それから、困ったようにしながらくしゃりと表情を崩す。
「さすがだねえ。悠人さんにはバレちゃう気はしてたけど」
「何か、あったんですか?」
秋江さんは軽く目を閉じるとゆっくりと息を吐き出す。
「別に大したことはないんだけどね。また娘と喧嘩して」
娘とは時々喧嘩する、ということをかつて秋江さんは語っていた。これまで秋江さんの家に来て寂しそうにしていることはあってもこんな風に元気が無いのは初めてだった。もちろん言の葉デリバリーに依頼する人はどこかしら心の不調を抱えていたりするのだけど、常連の秋江さんのいつもと違う不調は心配になる。
「娘さんからなんて言われたんですか?」
朗読に入る前にその原因を探る。それによって物語の読み方に変化をつけたり、物語が噛み合っていなければ出直すこともある。その点においては、僕は夏希さんより感度がいいらしい。最もその評価をしたのは夏希さんだからお世辞込みだろうけど。
でも、少なからず僕にそんな能力があるとすれば。それは雪乃さんが生きていく手段としてその能力を会得したように、僕は兄に気をつかう親の様子を探り続けることで身に着けてしまった力なのかもしれない。
「今年の正月はもう帰らない、なんて言われちゃってね」
秋江さんが力なく息をつく。ああ、それは。
年末にお孫さんと会うことを生きがいにしてきた秋江さんにとってそれは大きすぎる言葉だろう。物語で一時的に気持ちを持ち直してもらうことはできるかもしれないけど、対処療法にしかならないかも。それよりは根本の原因をどうにかした方がいいだろう。
「娘さんとの喧嘩はいつですか?」
「三日前くらいかしら」
「一体何が原因で喧嘩を」
「それは……」
それまでサクサクと答えていた秋江さんが言いよどむ。部外者には話しにくいことなのだろうか。家族の中の問題を他人に知られたくないという気持ちは僕自身よくわかっているつもりだけど、それでもなんとかできる可能性がある以上、どうにか教えてほしい。
説得すべく口を開きかけたところで、玄関の方からガタガタと音がする。そのままスパーンとドアが開かれバタバタと誰かが上がってくる気配。とっさに身構えて振り返ると、秋江さんによく似た女性が立っていた。最も、秋江さんより二回りほど若く見える。
「お母さん!」
「晴美じゃないかい。どうしてここに?」
「どうしてって、お母さんが三日間うんともすんとも連絡返さないからでしょ!」
入ってきた女性――晴美さんは激しい剣幕で言い返す。でもそれは怒っているわけではなくて、乱れた髪だったり荒れた息だったり、急いで駆けつけてきたことが見るからにわかった。
「だって、それは晴美が……」
「正月に帰ってこないなんて、本当にできるわけないに決まってるじゃない! 月華がおばあちゃんに会うの楽しみってずっと言い続けてるのに、つまらない意地はって帰らないわけないじゃない……!」
晴美さんの言葉の最後は胸の奥の方から絞り出すようだった。
秋江さんは目を丸くして晴美さんを見つめ、それからクスクスと堪えるようにしながら笑い出す。
「そう、そうかい」
「ちょっと、何笑ってるの! 私がどんな思いでここまで来たか……」
「ねえ、晴美。そういえば私たちなんで喧嘩したんだっけ」
「なんでってそりゃあ……」
そこまで言いかけて、晴美さんが言葉に詰まった。その様子をみた秋江さんがいよいよ大きな声で笑い始める。
「ねえ、おかしいでしょう、悠人さん。私たち、二人して喧嘩の理由を覚えてないんだよ」
そんなまさか。だけど、晴美さんは戸惑った顔のまま秋江さんの言葉を否定しない。どうやら秋江さんの言っていることは本当らしい。喧嘩した理由を忘れるって、それだけ些細なことだったのか。逆に理由が気になってくるけど、いずれにしても楽しそうに笑う秋江さんの様子にほっと息をつく。
そこで初めて晴美さんは僕の存在を意識したようだった。
「そういえば、どちら様?」
「この前電話で話したけど、近くの学生さんで時々お話をしてもらいに来ているの」
「あらあら、それは。母がお世話になっています」
おもむろに我に返ったように晴美さんが膝をついて、慌てて僕も正座で頭を下げる。
「ああ、そうだ。せっかくだから晴美も聞いていきなさいよ。すごいんだから」
「なんでお母さんが得意げなのよ……。すみませんね。でも、せっかくだし、お願いできるかしら?」
母娘のやり取りに若干気圧されつつも、促されるまま僕は冊子を取り出す。今日持ってきた物語は家族の再会に関する話だった。今の秋江さん達にピッタリかもしれない。そして、それ以上にそれは雪乃さんから僕へのメッセージのようにも感じた。
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