言の葉デリバリー

粟生深泥

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その言の葉に想いを乗せて

その言の葉に想いを乗せて6

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 バイトを終えて家に帰ると、壁に背を預けてしゃがみ込みゆっくりと息を吐き出す。
 秋江さんの家での朗読は無事に終わった。朗読する頃には問題は解決していたわけだけど、秋江さんも晴美さんも朗読を喜んでくれて充実感とともに帰ってきた。
 だけど、先延ばししてきたものといい加減向き合わなければならない。僕の僕自身の家族のこと。

――一番難しいのは、止まっているところから動き出すことだ。

 それは道尾さんが自分自身に向けて言ったであろう言葉。だけど、その言葉は深く耳の中に残っていた。
 それならば僕はいつから立ち止まってしまっているのだろう。どれだけの間目をつぶり膝を抱えてしゃがみ込んでいたのだろう。
 秋江さん母娘みたいにあっけらかんと仲直りする道もずっと昔にあったはずなのに。
 雪乃さんの言う通り兄が僕にスピーチを頼んだことが僕の背を押しているのだとしても、ドロドロの深い沼に沈み込んでいる足を引き抜くにはもう一押しが必要だった。
 ゆっくりと深呼吸をして、スマホを手に取る。今度は躊躇いなく発信ボタンをタップする。

「もしもし?」

 少し夜遅い時間だったけど、雪乃さんは直ぐに電話に出てくれた。電話の向こうから小さくカタカタと音がするけど何か作業中なのだろうか。

「こんな時間にごめん。一つお願いがあるんだ」
「何?」

 もう一度息を吸う。

「僕の為に物語を書いてほしいんだ。兄貴の結婚式でスピーチするための話を」

 自分の兄弟の結婚式で話す内容を、兄のことを知らない人に書いてもらう。傍から見たらそれはおかしいことだろう。だけど、不思議と断られる気はしなかった。
 雪乃さんからすぐに返事はない。やがて少し呆れたように息をつく音が聞こえた。

「もう書いてる」

 カタカタカタカタ。
 雪乃さんの声に続いて聞こえてきたのはすっかり耳に馴染んだ小気味のいい音。
 体からゆるゆると力が抜ける。スマホを持つのと反対の手で頭を覆う。
 もう書いてる。雪乃さんのことを傍で支えるとか偉そうなこと言ったけど、まるで敵いっこない。

「悠人君なら、きっとそうするだろうって」

 泥沼の真ん中で座り込む僕を、ぐっと雪乃さんが引き上げてくれる。雪乃さんが物語を書いてくれているのに、今更後になんて退けっこない。小気味のいいタイプ音は僕の手を引くとともに、やや荒っぽく僕の背中を押してくれた。

「ありがとう」
「お礼を言われるのはまだ早いから」
「それでも、ありがとう。雪乃さんがいてくれてよかった」

 ピタリとタイプ音が止まる。それと同時に時間が止まったかのような沈黙。
 少し浅い息遣いだけが雪乃さんが変わらず電話の向こうにいることを感じさせてくれる。
 しばらく待ってみたけど、雪乃さんからの返事はなかった。

「雪乃さん?」

 尋ねてみると、時が動き出したようにバタバタと音が聞こえる。

「と、とにかく。今日中に書き上げるから、また明日のお昼にノースポールで」

 雪乃さんはどこか慌てた様子でそう言い切ると電話を切ってしまった。
 胸の奥に溜まっていた息を吐き出し、スマホをギュッと握りしめる。これでもう大丈夫。
 籠った熱が消えていくまで祈るように握り続けてから、もう一度画面に触れる。
 さっきとは違う番号に電話をかけると、こちらもすぐに出てくれた。

「もしもし、碧兄。結婚式のスピーチのことだけどさ――」
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