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その言の葉に想いを乗せて
その言の葉に想いを乗せて7
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人生で初めて結婚式というものに出たけど、兄と新婦――彩香さん――は同じ職場ということもあって披露宴は新郎新婦の友人や同僚が来客のメインという感じで、僕は会場端の親族席で初めて食べるようなお洒落な料理に舌鼓を打ちながら進行を見守っていた。
噂には聞いていたけど本当に三つの袋の話をするんだとなんだか感心したり、フォトムービーでは兄と彩香さんの生い立ちから、出会ってから婚約までの様子に僕の知らない兄の表情を数多く見つけた。彩香さんと一緒にいる時の兄の顔は真面目を繕ってるけど完全に蕩けている。
職場の同僚の人たちの余興やケーキ入刀を終えると、いよいよ僕の出番が近づいてくる。大学の入学式振りに来たスーツの内ポケットを確かめる。スピーチの原稿に指が触れると少しだけ落ち着いた。
「さて、それではご親族の方たちからのメッセージです! まずは新郎のご家族から弟の悠人さんから兄の碧さんへ、よろしくお願いします!」
司会進行とともに会場が暗くなり、スポットライトが僕を照らした。スタッフが椅子を引いてくれたのと合わせて立ち上がり、事前に聞いていた場所へと向かう。会場中の人たちの視線が集中して胃の辺りがぎゅうっと絞られる。これだけの人に注目される機会なんてこれまでなかったからか、緊張で今度は胃がせり上がってきそうだった。
落ち着け。一番態度が悪かった時の道尾さんを思い出せ。ほら、それに比べれば今日は皆味方だ。小さく息をついて兄を見ると、兄はゆっくりと笑みを浮かべて大きく頷いた。
「碧兄、彩香さん。結婚おめでとうございます。また、会場の皆さん、本日は盛大なお祝いをありがとうございます。今日はこの場をお借りして皆さんに少しだけ僕たちの家族のことを紹介したいと思います」
そこまでを話すと、内ポケットからこれまで何度も手に取ってきた白い無地の冊子を取り出す。
「僕は今、言の葉デリバリーというところで言葉を運ぶアルバイトをしています。そこで、今日はその朗読の形で家族の紹介と、碧兄へのメッセージを伝えます」
それまで見守っていた視線に戸惑いが混ざりざわめきが起こる。わかっていたことだけど、それに気圧されそうになりつつ冊子を開く。
――頑張れ。
冊子の1ページ目の裏側に手書きでかきこまれた一言。思えば、僕の朗読は雪乃さんのその言葉から始まった。
その文字を撫でると不思議といつもの言の葉デリバリーの事務所にいるような温かな気配に満たされた。軽く目を閉じその物語のイメージを脳裏に浮かべる。
「僕の記憶の古い部分に残っているのは、大きくなった兄の姿への驚き」
その一言ですっと会場が静かになる。言葉が染みていくのを待ってからゆっくりと言葉を紡いでいく。
「昔は泣き虫だった、と聞いたのは後になってからだったけど、最後に見た時より大きく強くなっていた。今振り返れば、大人になった、というのがぴったりだったのかもしれない。2年間の山村留学から帰ってきた兄はまるで別人にも見えた」
雪乃さんが書き上げたのは在りし日の僕の物語。滝を見た日に話したことを元に雪乃さんが書いたものを二人でギリギリまで練り上げた。
かつて見上げた兄の背中を今でもよく覚えている。僕のせいで2年間も知らない場所で過ごすことになったと怒られるかと不安だった僕の頭を、笑いながらくしゃりと撫でた兄の姿も。
「『元気になってよかった』と兄は僕の頭を撫でる。『ごめんね』ようやく口から出てきた言葉に兄は首を横に振った。『僕が見た広く綺麗な世界をいつか悠人にも見せてあげる』混じりっ気のない表情で兄はニコニコと笑っていた」
冊子から顔をあげて兄を見る。兄は少し照れくさそうにしながらあの日笑みを浮かべていた。
「それが僕の原点だった。兄に付き合って登山にも行ったし、大学に入って弁当屋でバイトもしてみた。登山は肌に合わなかったし、弁当屋は料理が上手くいかなくてデリバリーの担当になったけど」
それが巡り廻って僕を言の葉デリバリーに導いてくれるのだから、本当に何がどこに繋がっているのかわからない。
冊子のページをめくり、一度目を閉じて深呼吸。さあ、ここからが本番だ。
「兄のようになりたいと思うほど、兄との違いを思い知った。登山とか料理だけじゃなく、何をやっても兄のように上手くできない。そのことに気づくと、家の中が急に息苦しくなった」
ザワリ、と会場の雰囲気がまた蠢く。その気配は僕の背中側にいる親族――父と母からも感じた。
「二年間の山村留学に兄を行かせたことを両親が罪悪感を抱いていることにはいつの頃からか気づいていた。いつからか、そのこともまた僕の精神を少しずつ蝕んでいた。いつまでも届かない兄の大きさと、僕が原因で兄を知らない土地に追いやった罪悪感。息苦しさに耐えられなくなった僕は実家から遠い大学を選び高校卒業とともに家を出た」
九ヶ月ほど前に家を離れたその日、ずっと背中にこべりついた重みが剥がれ落ちたような気がした。これで息苦しさから解き放たれたと安堵していた。
「家から遠く離れた大学に入学した僕はこれで何かが変わると漠然と考えていた。だけど、僕がどれだけ恵まれていたのか思い知らされただけだった。一人暮らしして、大学に行って、バイトをして。自分の面倒を見るだけでもいっぱいいっぱいで。兄はそれに加えて僕の面倒を見てくれていたし、両親は仕事でどれだけ忙しくても病気がちの僕に愚痴一つ零さなかった」
僕が感じていた息苦しさは、結局僕に注がれていた愛情を上手く処理できていなかったのだと、今になってようやく気付いた。木下さんは物語を通じて自分の感情を受け入れたように。
僕が目指すべきは兄でも誰でもなく僕自身でいいのだと信じることができた。道尾さんが自分の好きに走って調子を取り戻していったように。
秋江さん母娘みたいに気安い関係であり続けたいと、願えるようになった。
「自分が目を背けてきたものにようやく気付いた時には遅かった。今更どうやってあの頃に帰ってやり直せばいいのかわからなくなっていた。ありがとうとかごめんとか、それだけの言葉ですらとてつもない重荷になっていた」
かつて感じていた息苦しさや兄を追いかけた自分がいたから今の僕がいる。だから、僕は雪乃さんの書いた冊子を持って今ここにいる。
冊子を閉じる。ここからは僕の想いが色づいた言の葉。
「一人身動きをとれなくなった僕を引き上げてくれたのは、碧兄でした。碧兄のおかげで僕はいまここで想いを言の葉に託すことができました。やっぱり碧兄は僕にとっては手が届かないほど大きくて、自慢の兄です」
視界の先の兄が滲む。声が震える。
「改めて、結婚おめでとう。彩香さん、兄は時折頑張りすぎることがあるので、その時は引っ叩いてでも止めてあげてください。二人の幸せな未来を祈念して、僕からのメッセージとします」
兄と彩香さんに向かって一礼する。
会場はしんと静まりかえっていた。それくらい無茶なスピーチをしたと思う。結婚式にはてんでふさわしくない内容だった。
――パチパチパチ。
拍手の音。兄が手を叩きながら立ち上がる。その顔には笑み。
「ありがとう、悠人」
よく通る声で語り掛けた兄はそれからマイクを手に取った。
「悠人が話してくれた通り、僕は二年間山村留学に行っていました。そこで出会ったのが彩香です」
兄は隣に座る彩香さんの手を差し出し、彩香さんは兄に寄り添うように立ち上がった。
「悠人に少しでも旨いものを食べさせてやりたくて、弁当屋のキッチンスタッフのバイトをしました。そのおかげで同僚になった彩香の胃袋を掴むことができました」
兄はちらっと隣の彩香さんを見てからニッと笑う。そんな兄を彩香さんが慌てて止めようとするけど、兄は小さく舌を出してやり過ごした。
「父さんや母さん、悠人が負い目を持っていたことに気づいていながら、どうすることもできませんでした。だから、今日悠人に話してもらうことで僕からも伝えたかったんです」
兄はマイクを置いて僕のすぐ前まで歩いてくる。僕よりずっと高いと思っていた兄の顔がすぐ目の前にあった。
「悠人がいてくれたから、今の僕はここにいる。悠人にそんなつもりはなかったかもしれないけど、僕は悠人がいるから頑張ってこれた。だから、僕の弟でいてくれてありがとう。父さん、母さん、悠人と僕をここまで育ててくれてありがとう」
兄の最後の声は微かに震えていた。でも、そんな兄の姿は滲んで全然よく見えなくて、次の瞬間にはその胸に抱き寄せられた。
「ありがとう。それからおめでとう。これからは碧兄自身の為に幸せになって」
頭の上に兄の手が置かれる。久しぶりの温かくて大きな手。
「ありがとう、悠人」
噂には聞いていたけど本当に三つの袋の話をするんだとなんだか感心したり、フォトムービーでは兄と彩香さんの生い立ちから、出会ってから婚約までの様子に僕の知らない兄の表情を数多く見つけた。彩香さんと一緒にいる時の兄の顔は真面目を繕ってるけど完全に蕩けている。
職場の同僚の人たちの余興やケーキ入刀を終えると、いよいよ僕の出番が近づいてくる。大学の入学式振りに来たスーツの内ポケットを確かめる。スピーチの原稿に指が触れると少しだけ落ち着いた。
「さて、それではご親族の方たちからのメッセージです! まずは新郎のご家族から弟の悠人さんから兄の碧さんへ、よろしくお願いします!」
司会進行とともに会場が暗くなり、スポットライトが僕を照らした。スタッフが椅子を引いてくれたのと合わせて立ち上がり、事前に聞いていた場所へと向かう。会場中の人たちの視線が集中して胃の辺りがぎゅうっと絞られる。これだけの人に注目される機会なんてこれまでなかったからか、緊張で今度は胃がせり上がってきそうだった。
落ち着け。一番態度が悪かった時の道尾さんを思い出せ。ほら、それに比べれば今日は皆味方だ。小さく息をついて兄を見ると、兄はゆっくりと笑みを浮かべて大きく頷いた。
「碧兄、彩香さん。結婚おめでとうございます。また、会場の皆さん、本日は盛大なお祝いをありがとうございます。今日はこの場をお借りして皆さんに少しだけ僕たちの家族のことを紹介したいと思います」
そこまでを話すと、内ポケットからこれまで何度も手に取ってきた白い無地の冊子を取り出す。
「僕は今、言の葉デリバリーというところで言葉を運ぶアルバイトをしています。そこで、今日はその朗読の形で家族の紹介と、碧兄へのメッセージを伝えます」
それまで見守っていた視線に戸惑いが混ざりざわめきが起こる。わかっていたことだけど、それに気圧されそうになりつつ冊子を開く。
――頑張れ。
冊子の1ページ目の裏側に手書きでかきこまれた一言。思えば、僕の朗読は雪乃さんのその言葉から始まった。
その文字を撫でると不思議といつもの言の葉デリバリーの事務所にいるような温かな気配に満たされた。軽く目を閉じその物語のイメージを脳裏に浮かべる。
「僕の記憶の古い部分に残っているのは、大きくなった兄の姿への驚き」
その一言ですっと会場が静かになる。言葉が染みていくのを待ってからゆっくりと言葉を紡いでいく。
「昔は泣き虫だった、と聞いたのは後になってからだったけど、最後に見た時より大きく強くなっていた。今振り返れば、大人になった、というのがぴったりだったのかもしれない。2年間の山村留学から帰ってきた兄はまるで別人にも見えた」
雪乃さんが書き上げたのは在りし日の僕の物語。滝を見た日に話したことを元に雪乃さんが書いたものを二人でギリギリまで練り上げた。
かつて見上げた兄の背中を今でもよく覚えている。僕のせいで2年間も知らない場所で過ごすことになったと怒られるかと不安だった僕の頭を、笑いながらくしゃりと撫でた兄の姿も。
「『元気になってよかった』と兄は僕の頭を撫でる。『ごめんね』ようやく口から出てきた言葉に兄は首を横に振った。『僕が見た広く綺麗な世界をいつか悠人にも見せてあげる』混じりっ気のない表情で兄はニコニコと笑っていた」
冊子から顔をあげて兄を見る。兄は少し照れくさそうにしながらあの日笑みを浮かべていた。
「それが僕の原点だった。兄に付き合って登山にも行ったし、大学に入って弁当屋でバイトもしてみた。登山は肌に合わなかったし、弁当屋は料理が上手くいかなくてデリバリーの担当になったけど」
それが巡り廻って僕を言の葉デリバリーに導いてくれるのだから、本当に何がどこに繋がっているのかわからない。
冊子のページをめくり、一度目を閉じて深呼吸。さあ、ここからが本番だ。
「兄のようになりたいと思うほど、兄との違いを思い知った。登山とか料理だけじゃなく、何をやっても兄のように上手くできない。そのことに気づくと、家の中が急に息苦しくなった」
ザワリ、と会場の雰囲気がまた蠢く。その気配は僕の背中側にいる親族――父と母からも感じた。
「二年間の山村留学に兄を行かせたことを両親が罪悪感を抱いていることにはいつの頃からか気づいていた。いつからか、そのこともまた僕の精神を少しずつ蝕んでいた。いつまでも届かない兄の大きさと、僕が原因で兄を知らない土地に追いやった罪悪感。息苦しさに耐えられなくなった僕は実家から遠い大学を選び高校卒業とともに家を出た」
九ヶ月ほど前に家を離れたその日、ずっと背中にこべりついた重みが剥がれ落ちたような気がした。これで息苦しさから解き放たれたと安堵していた。
「家から遠く離れた大学に入学した僕はこれで何かが変わると漠然と考えていた。だけど、僕がどれだけ恵まれていたのか思い知らされただけだった。一人暮らしして、大学に行って、バイトをして。自分の面倒を見るだけでもいっぱいいっぱいで。兄はそれに加えて僕の面倒を見てくれていたし、両親は仕事でどれだけ忙しくても病気がちの僕に愚痴一つ零さなかった」
僕が感じていた息苦しさは、結局僕に注がれていた愛情を上手く処理できていなかったのだと、今になってようやく気付いた。木下さんは物語を通じて自分の感情を受け入れたように。
僕が目指すべきは兄でも誰でもなく僕自身でいいのだと信じることができた。道尾さんが自分の好きに走って調子を取り戻していったように。
秋江さん母娘みたいに気安い関係であり続けたいと、願えるようになった。
「自分が目を背けてきたものにようやく気付いた時には遅かった。今更どうやってあの頃に帰ってやり直せばいいのかわからなくなっていた。ありがとうとかごめんとか、それだけの言葉ですらとてつもない重荷になっていた」
かつて感じていた息苦しさや兄を追いかけた自分がいたから今の僕がいる。だから、僕は雪乃さんの書いた冊子を持って今ここにいる。
冊子を閉じる。ここからは僕の想いが色づいた言の葉。
「一人身動きをとれなくなった僕を引き上げてくれたのは、碧兄でした。碧兄のおかげで僕はいまここで想いを言の葉に託すことができました。やっぱり碧兄は僕にとっては手が届かないほど大きくて、自慢の兄です」
視界の先の兄が滲む。声が震える。
「改めて、結婚おめでとう。彩香さん、兄は時折頑張りすぎることがあるので、その時は引っ叩いてでも止めてあげてください。二人の幸せな未来を祈念して、僕からのメッセージとします」
兄と彩香さんに向かって一礼する。
会場はしんと静まりかえっていた。それくらい無茶なスピーチをしたと思う。結婚式にはてんでふさわしくない内容だった。
――パチパチパチ。
拍手の音。兄が手を叩きながら立ち上がる。その顔には笑み。
「ありがとう、悠人」
よく通る声で語り掛けた兄はそれからマイクを手に取った。
「悠人が話してくれた通り、僕は二年間山村留学に行っていました。そこで出会ったのが彩香です」
兄は隣に座る彩香さんの手を差し出し、彩香さんは兄に寄り添うように立ち上がった。
「悠人に少しでも旨いものを食べさせてやりたくて、弁当屋のキッチンスタッフのバイトをしました。そのおかげで同僚になった彩香の胃袋を掴むことができました」
兄はちらっと隣の彩香さんを見てからニッと笑う。そんな兄を彩香さんが慌てて止めようとするけど、兄は小さく舌を出してやり過ごした。
「父さんや母さん、悠人が負い目を持っていたことに気づいていながら、どうすることもできませんでした。だから、今日悠人に話してもらうことで僕からも伝えたかったんです」
兄はマイクを置いて僕のすぐ前まで歩いてくる。僕よりずっと高いと思っていた兄の顔がすぐ目の前にあった。
「悠人がいてくれたから、今の僕はここにいる。悠人にそんなつもりはなかったかもしれないけど、僕は悠人がいるから頑張ってこれた。だから、僕の弟でいてくれてありがとう。父さん、母さん、悠人と僕をここまで育ててくれてありがとう」
兄の最後の声は微かに震えていた。でも、そんな兄の姿は滲んで全然よく見えなくて、次の瞬間にはその胸に抱き寄せられた。
「ありがとう。それからおめでとう。これからは碧兄自身の為に幸せになって」
頭の上に兄の手が置かれる。久しぶりの温かくて大きな手。
「ありがとう、悠人」
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