【恋愛短編】ブレイブはクソゲーじゃない

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【恋愛短編】ブレイブはクソゲーじゃない

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 クリスマスに買ってもらったゲームソフトがちっとも面白くなかった。本屋で何度も立ち読みしてロコロコの巻頭特集も読み倒した。巻頭のカラーページが擦り切れるほど読んで、イメージを重ねて、買ってもらった。小学五年生の頃だ。サンタクロースの存在はいるということにして、シビアに希望を伝えていた。
 今のゲームと比べれば、ドット絵で音楽もシンプル、だけど名作ゲームはたくさんある。だが、その何倍もの数、クソゲーがある。ウチは父ちゃんがいない。小さい頃に現場の足場から落ちてそのままあっさり死んだ。一人親方で、労災もない。生命保険でなんとかなったが、借金の返済であっという間に消えて行った。母ちゃんは、まるでテンプレートのごとく、働きづめで僕は小学校に上がってからは学童保育に預けられていた。四年生からは学童保育の対象外になり、鍵っ子デビューとなった。母ちゃんがなけなしの金で、僕にテレビゲームを買ってくれた。ソフトがないと遊べないということに気づいたのは、買ってくれたその夜。遊べないゲーム機のコントローラーを二人で持って、ワイワイ言いながら遊んだ記憶がある。ゲームソフトを買ってもらえたのは、その年のクリスマスだった。クリスマスまで一ヶ月。その間、仕事から帰ってくる母ちゃんを待ちながらコントローラーを持って、テレビをつけて操作しているみたいなイメージで遊んでた。
初めて買ってもらえたゲームソフトのタイトルは「ブレイブ・マスタ・ソード」。よく意味が分からなかったけど、ゲーム雑誌や漫画、テレビCMでも広告されていたから、きっと面白いはずだった。だけど、ゲームをはじめて二時間、期待はしっかりと裏切られた。
「どう?面白い」
 土曜日、スーパーのパートから帰ってきて、夜の清掃の仕事に行く束の間、母ちゃんがゲームの感想を訊いてきた。
「うん、面白いよ」
 僕なりの気遣いだった。そもそもゲームが面白くないのは母ちゃんのせいじゃない。選んだ僕のせいだ、ということはわかっていた。
 このゲームどこが面白くないのかというと、シンプルに「難しすぎる」という点だった。二十年経った今では、隠れた名作なんて言われているが、当時小学生がプレイするには難易度がハードすぎる。ソロプレイで悪魔側から勇者を倒すというシナリオ自体が通好みの勧善懲悪とは何ぞやを問うものだった。勇者の剣を破壊することが目的で、勇者を倒すことが目的ではないゲーム、いわゆる魔王の手下として業務履行するというのがゲームの主旨。サラリーマンになった今では、投影するものもあるが、家に帰ってまでやりたくはない。そのせいもあり、当時の大人にはめっぽう不人気だった。
 一方、当時の子供だった僕たちにとっては、王道正義のゲーム自体に辟易としていたので、もっとも辟易なんて言葉は知らなかったが、あえて逆を行くゲームに引かれた。そしてそれは、当時の僕にとってはクソゲーだった。母ちゃんが必死で働いて買ってきてくれたゲームだから、クソゲーとは言えない。
 中学生になった頃、すっかりゲーム熱も冷めてしまい部活のバレーボールに熱中しすぎた。塾に行くお金がなかったが、学校の教科書と先生から特別にもらった難問プリントに取り組むだけで、地元の進学公立高校にも受かった。そのあとは、奨学金で国立大学に進み、ゲームメーカーに就職した。配属部署は、デザイン進行課で説明書やパッケージの進行管理業務で採用された。就職したゲームメーカーは、ブレイブ・マスタ・ソードを作った会社だった。

とどろきくん、佐島さじまさんに憧れて入社したんだって?」
 二個上の先輩国崎望くにさきのぞみが隣の席から、雑談を放り込んできた。締め切り前の忙しい時に限って話しかけてくる。僕が忙しいときは、彼女はヒマだから、仕方ないが。僕は役割てきには編集者・進行管理のようなもので、彼女はデザイナー。といっても、外部デザイナーにディレクションしていくのが本業で、たまに外部では受けきれないデザインは自分でこなす。そういった自分案件が今月すくないのだろうと、思う。
「入稿前なんで、邪魔しないでくださいよ」
「じゃぁ、終わったらごはん行こうよ。給料も出たところだし」
 国崎さんがマウスをカチャカチャ動かしながら、器用にクリッピングパスで切り抜きをしている。
「それ、自動切り抜きした方がはやいんじゃないですか?」
 僕は国崎さんを横目に見ながら、印刷所から上がってきた色校正紙を広げた。ルーペ―で版ズレを確認しながら、誤植がないか最終プルーフと付け合わせをしていた。
「ねぇ、ごはん行く?」
 確約を取りたいのか、週末の予定に穴が開いたのか、国崎さんはいい先輩だが、二人でメシとなると他の同僚からやっかまれそうだ。なにより、部長のお気に入りとくれば、マンツーマンでの対応は勘弁して欲しい。
「他に誰か誘うんですか?」
 暗に二人ではちょっと、という返事をしてみた。色味は蛍光灯ではわかりづらい。色味台で三千ケルビンの光源で見ないとわからない。といっても、これはデザイナーの領分だから国崎さんにお願いするのがよさそうだ。
「いや、誰も。ふたりだよ」
「二人誘うんですか?」
「ちがうよ、私と轟くんの二人」
 スマホに珍しくメールが入った。ラインじゃなくてメール。母ちゃんだ。
《明日、お父さんの命日だけど、休みなかえって来る?》
 シンプルに要件を伝えるが、メールはラリーが面倒だ。僕は席を離れ、廊下に向かった。
「あとで、返事します。ちょっとお待ちください」
 丁寧に国崎さんに返事を引き延ばし、廊下に出るまでに母ちゃんに電話をかけた。トイレの先にある踊り場は吹き抜けになっている非常階段だ。音が複雑に反響する。
「あ、母ちゃん。今大丈夫?メールありがと。明日行くよ、いやいや忘れてないって。花買っていくよ、え?いらない。じゃぁ酒でも。いないよ、彼女はねぇ、その子はもう半年も前に別れたよ。うん、会社だからさ。じゃぁ、明日、十一時に行くよ。お昼ご飯、そうだなぁ、なんでもいいよ。え、寿司、いらないいらない。希望かぁ。それならねぇ、カレーライスがいいな。うん、自分で作らないからさぁ。うん、はいはい。じゃぁね」
 仕事中の私用電話は意外と緩い。オフィス内で電話するとちょっととなりがちだが、部長はその辺は寛容だ。なにせ、若い部下に手を出すようなビジネスパーソンだから。
 席に戻ると国崎さんが色校正紙にルーペを当ててチェックしていた。僕の椅子に座っているもんだから、僕は隣の国崎さんの椅子に座る。国崎さんのパソコンは無防備に会社のメーラーが開いていた。新着メールの件名がポップアップされた。会議でパソコンを投影することがないせいか、ポップアップ解除にしていないのだろう。国崎さんはとにかく無防備すぎる。
 続けて新着メールが届いている。見ないようにしたが、目に飛び込んできたのは部長からだった。件名がなんとも、そういうことか。
《Re:Re:Re今日会える?》だった。巻き込まれる前に、彼女の今日の誘いを断る決心ができた。口実にはならないが、自分の中の理由にはなる。部長のお気に入りに近づいたら、後がややこしい。
「あの、国崎さん、今日ですね、夜は難しくて」
 国崎さんはルーペ―で色校正紙のキャラクター紹介ページを確認している。小さな説明書でも間違ったら内容によっては刷り直しだ。
「ここさぁ、誤植じゃない?キャラクターの技名間違ってるよ」
 拡大して網点を見るルーペでは、誤植は見つけられない。つまり、国崎さんはルーペを外して、部長からのお誘いメールに見入っていたのを見た?ってことか?え?
「あとで、確認します」
 僕は誤植といわれたキャラクターの設定集を広げ、技名を確認しようとした。
「あのさぁ、わかってると思うけど、部長がしつこいんだ。だから、助けて欲しい。でも、轟君に迷惑かかっちゃうか」
 なぜか自分が悪くもないのに、自嘲気味に話す国崎さんに、胸が締め付けられる思いになった。
「あのですね、ブレイブ・マスタ・ソード、まだクリアできてないんですよね」
「私、クリアしたよ。小学生の頃」
「それ、開発の佐島さんに聞きました。ロコロコで紙面のキャンペーンでクリア最速王応募ってあったじゃないですか。それ、国崎さん応募してきたって」
 国崎は僕の椅子に座ったまま、自分のデスクの方に向いた。つまり、国崎さんの椅子に座っている僕の方に向きなおしたということだ。
「攻略法、教えるよ」
 少しの間があいた。僕は国崎さんをどうも好きみたいだ。
「じゃぁ、ウチ来ますか?」
 思い切って言った。今までみたいに選んで何か言葉を話すというよりも、思ったことをそのまままっすぐにぶつけた。
「でも、今日は帰るよ、終電までには」
「もちろんです、僕も明日父親の命日で実家に帰るんで」
 僕と国崎さんは、会社から二駅離れた中華料理屋で待ち合わせし、そのまま一緒に僕の家に向かった。
「クソゲーじゃなかったな」
 ぼそっと、漏れ出てしまったウレションのような僕のつぶやきを国崎さんは聞き逃さなかった。
「ブレイブはクソゲーじゃないよ」
 国崎さんはそう言うと、長年定位置のように僕の右隣を歩いた。手を握りそうになったけど、そっと引っ込めてコートのポケットにしまった。国崎さんは、何も言わず僕のポケットに手を突っ込んた。何も言わない国崎さんに僕はしっかりと言った。
「ブレイブはクソゲーじゃないですね」
(おわり)

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